歯車は回り、運命は巡る

第70話 北の国、鉄鋼の街

「これは、うちでは取り扱ったことないねぇ」

 上半身をむき出しにした男が、私が手渡したものを眺めながら言った。すでに老年に差し掛かろうという年齢に見えるが、首も腕も足も胴体も分厚い筋肉に覆われている。鍛冶屋を営む彼は鉄を打ち、鋼を鍛えて道具を作るのだろうが、その彼自身もまた作品だと言われれば納得してしまいそうだった。

 見覚えあるか? と男が背後に向かって声をかけると、部屋の中で反響していた音が止む。

「いや、俺も見たことないですね」

 顔を伝う汗をタオルで拭いながら、彼の弟子が近づいてきた。それだけでむわっとした湿気と熱気がこちらに漂う。師から見れば孫にあたるくらいの年齢の若さで、うちの団員のムトと同い年くらいだろうか。

「だよなあ。・・・そもそもお嬢さん。こいつは一体何なんだい?」

「歯車、と呼ばれるものです」

「ハグルマ・・・何に使われるもんなんだ? 武器にしちゃ、ちっと使いづらそうだが」

「それ単体では用をなしません。歯車や、そういったものをいくつも組み合わせて使う、部品です」

「部品、ねぇ・・・」

 これが? という考えを隠しもせずに顔に出している。彼の反応も最もではある。彼が部品からイメージできる最たるものは、剣の柄であったり盾の取っ手など、シンプル、かつ一目で用途がわかるものだろうからだ。

 現代日本の認識であれば、歯車はイコール部品だ。様々な道具の中に組み込まれている。時計もそうだし、おもちゃや釣り具、ロボットなど、より良く生活するための道具の中には必ずと言っていいほど存在する。まあ、人間は社会の歯車、なんていう皮肉で使われることも多々あり、事実簡単に挿げ替えられることもあるが。それは、この世界リムスでも同じだろうが。

 しかし、この世界ではいくつかの理由で、歯車が存在しにくい環境にある。

 一つ目は文明のレベルだ。リムスは主観ではあるが十二、三世紀くらいにあたる。時折それを超える技術が存在したりして、ちぐはぐな感じがするが、生活等は教科書で見たルネサンスあたりのイメージだ。鉄の加工はすでに存在するが、機械などではなくハンドメイドで、精密な加工は困難であるし、またまったく同じものを複数個用意するのはハードルがさらに上がる。

 二つ目は、魔法、魔術の存在だ。うちの傭兵団に所属する魔術師プラエがいうには、厳密には違うらしいが、素人なのでまとめて魔術とくくる。

 歯車は人間がより良く生活するための便利な道具に使われる。複雑な動きをしたり、人間には困難なほど重たいものを持ち上げたりするために、多くの部品を組み合わせる。しかし、この世界の、現在の文明であれば、魔術で十二分に補えてしまう。現行で充分満足できるので、それ以降の道具の発展がない、というのも要因だろうか。ちなみに、歯車で動いていたと思っていた、この世界の時計は水晶に電気の魔道具を組み込むことで発生する一定の振動を時間や日時を割り当てているらしい。ゼンマイ仕掛けを通り越してクオーツ時計を発明しているのだから恐れ入る。

 三つ目は、二つ目と少し理由が被ってしまうのだが、必要がない、という点だ。前述した人間が便利に使う道具の中で、もっとも革新的だと個人的に思うのが車、飛行機などの移送手段だ。しかし、この世界の人間は、ほとんどの人間が生まれた街や村を出ない。軍隊や商会、傭兵などの例外を除き、生まれ故郷で育ち生まれ故郷で死ぬ。街の中で生産や消費など経済活動が円滑に回るので、外に出る必要がない。ゆえに、移動手段はほぼ必要ない。車を生産できたとしても、コストに見合わない。加えて、ドラゴンを筆頭とした危険な生物が城壁の外に存在するため、外出を控える傾向にある。

 以上の理由から、リムスでは歯車は場違いな加工品となっている。

「ちなみに、知り合いの鍛冶屋で、奇妙な依頼を受けたとか、こういった妙なものを作ったとか、そういう話は聞いたことありませんか?」

「週一で鍛冶屋ギルドの集会で技術交換という飲み会を開くが、そういった話は聞いてないな」

「そうですか」

 落胆はない。この鍛冶屋に来るまでに複数の鍛冶屋を当たったが、軒並み同じ反応が返ってきた。

「お姉さん、でもこれ、本当に鍛冶屋が作ったんですか?」

 師から歯車を受け取った弟子言った。これまでの鍛冶屋では見られなかった反応だ。

「どうしてですか? 鉄を加工するのは、鍛冶屋の得意分野では?」

「ええ、俺はまだまだひよっこですけど、師匠やほかの鍛冶屋のマイスターたちは、鉄の加工の専門家です。だからこそ、こんなのは作らないんじゃないかな、って」

「ゲオーロ、どういうこった?」

 師匠の疑問に、弟子ゲオーロが答える。

「初めて見るもんで、間違ってたらすいません。お姉さん、こいつって、もしかしてもっとキレイなんじゃありませんか? なんというか、ほらこれ」

 ゲオーロが歯車を傾ける。歯車の穴を覗く形だ。

「この穴、実はもっと真円になる予定ではないですか? あと、このギザギザも、もっと大きさを統一しているのでは?」

「ええ、そうです。本来使われるものはもっと形が整えられています」

「で、ですよね」

 ゲオーロはほっとしたような、気弱な笑みを浮かべた。事前に間違っていた時の予防線を張っていたのに、間違った時のことを考えていたのだろうか。気にしなくていいのに。がっしりした大柄な体格だが、小心者なのだろうか。

「あ、で、ですね。なんでそう思ったかっていうと、師匠がもしこれをお姉さんの依頼通り作っていたら、もっと良い出来になったと思うんです」

「あっ・・・」

 思わず声を上げてしまった。なるほど、これは盲点だった。鉄を加工しているから、てっきり鍛冶屋の仕事と思い込んでいた。

「では、鍛冶屋以外で、鉄の加工を取り扱うとしたら、どういう人、職、店があるでしょうか?」

 質問が変われば、彼らの返答も変わる。

「すぐに思いつくのは魔術師だろうな。この世のありとあらゆるものが奴らの魔術媒体だ。他は・・・宝石とかの細工を行う職人か。まあ、あいつらは鉄を小馬鹿にしているところがあるから可能性は低いと思うが」

「後、傭兵の方もですね。武具の簡単な修繕ならできると聞いたことがあります。・・・あ、そういえば、お姉さんは傭兵、ですか? この街の人じゃないですよね?」

 疑問形なのは、やはり女の傭兵はまだ珍しいからだろう。別に否定するほどのものでもないので、肯定する。

「ええ、一応は」

「もしかして『傭兵団アスカロン』、の、方ですか?」

 言い当てられて驚く。

「どうして・・・?」

「じゃあ、お姉さんが『龍殺し』アカリ!」

 嬉しそうにゲオーロが騒ぐ。なんだその二つ名。恰好悪いんだが。

「知ってますとも! ヒュッドラルギュルム領アルボスで起きたドラゴン襲来事件! 危機に陥ったアルボスを救うために立ち上がったのが傭兵団アスカロン。その団を率いているのが龍殺しアカリで、ひとたび剣を振れば大地を裂き海を割るという」

 両手を組んで恍惚の表情で私を見つめるゲオーロ。いい気分のところ悪いが大地は裂けないし海は割れない。私が裂けるのはチーズ、割れるのは卵だ。

「嘘だろ!? 実在するのか?! 吟遊詩人が金稼ぐための適当なほら話だろ!」

「違うよ師匠! 龍殺しは実在したんだよ! いつかこの街にも来てくれるって思ってたんだ! ね、師匠! もしアスカロンにお客さんになってもらったら、うちの店にも箔がつくよ!」

「お、おう、そうだな、その通りだ。こんな上客、逃すわけにはいかねえ!」

 逃すわけにはいかない客の前でその話はしないほうがいい、と注意したほうが良いのだろうか?

「あの・・・」

「へい! なんでございましょうお客様! 武具の修理、刃砥ぎ、製造、このマイスターファキオの工房にお任せあれ! サービスしますよ!」

 師弟そろって笑顔で対応されている。そんなに態度を急変させられても困る。

「まことに申し上げにくいのですが、私としてはこの歯車のことを知りたかっただけであって、その、注文を出す予定は・・・」

 私の言葉が進むにつれ、師弟はしおしおと、目に見えてかわいそうなほど萎みやつれていく。

「あ、ええと、でも、そう! 私や、団員たちがまた歯車のことを聞きに来るかもしれないしそれ以外にも色んな情報を集めに来るかもしれない。もしかしたらその時、ちょっとした修理や注文を出すかもしれません」

 どうして客である私が気を遣わねばならないのか。しかしその甲斐あってファキオとゲオーロは立ち直った。

「ほ、本当ですかい!」

「ただし、私たちとしても武具は命を預けるものです。腕の良い職人でないと、注文したくないんですが、その辺りどうです?」

「うちの師匠は、北の大国ラーワーが有する、この鉄鋼の街ミネラでも一、二を争う腕前です! 俺が保証します!」

「そこまでおっしゃるなら、もし必要とあらばこちらのファキオ工房に注文を出すとしましょう」

「「ありがとうございます!」」

「また来た時に新しい情報があると嬉しいんですが・・・」

「街駆けずり回って集めます! ですので」

「傭兵は、約束は守ります」

 手を差し出す。満面の笑みで、ファキオは私の手を握り返した。



「人が悪いな。『龍殺し』」

 ファキオ工房を出てすぐ、声がかけられた。中での会話を聞かれていたようだ。

「必ず注文する、とは言わず、向こうに一方的な協力を取り付けるなんて。それでも世界有数のドラゴンキラーか?」

 からかうような口調に、少しムキになる。

「恥ずかしいんでやめてください」

「何でだ? 二つ名は傭兵の箔だ。それだけ実力が世間に広く認められているってことだ。自慢こそすれ、恥ずかしがる理由はないと思うが」

「謙虚を良しとする国で生まれたんで、自分を主張するのが慣れてないんです」

「なら、傭兵の先達として改めたほうが良いと忠告しておこう。傭兵は名前を売ってなんぼだ。団長がそれでどうする」

「私のことはいいですから、そっちはどうでしたか? 何か情報は?」

「いや、残念ながら有力な情報は得られていない」

「はっ、それでよく偵察部隊の隊長が務まりましたね」

 からかわれた分、お返しに言い返す。しかし相手は風を受ける柳のように肩をすくめて受け流した。

「まあ、そう言うな。きちんと給料分は働いてみせるさ」

 『元』エクウゥス団偵察部隊隊長ジュールは、口の端の片側を器用に吊り上げた。

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