第74話 謁見
私の心配をよそに、謁見は恐ろしいほど順調に進んだ。門番に可能な限り丁寧に挨拶に来たことを伝えると、伝令が走り、一分ほどで中に通された。武器を預けるように言われ、ウェントゥスを外す。少々心細いが、相手は暗殺にも気を配らなければならない領主だ。仕方ない処置と納得しよう。篭手を免除されただけでもマシというものだ。ジュールの話では、相手によっては謁見するのに素っ裸にされることもあるらしい。
アルボス以上に大きな屋敷の中を進むと、大広間に出た。奥の上座に当たる場所がレンガ一つか二つ分高くなっていて、椅子が二席並んでいた。その一つに女性が座り、もう一方の椅子は空席となっていた。それ以外に何もない、がらんどうの部屋だ。領主の部屋に通されたのなら執務室なんかがあってもおかしくないし、まだ行ったことはないが、どこかの王家の謁見の間みたいな場所ならもっと威厳を醸し出すような作りをしているはずだ。通された場所の違和感を覚えながら周囲を伺う。私とジュールは、その女性の前へと案内される。小声でジュールが「彼女が領主だ」と私に伝えた。
女性の領主の前で、私たちは跪いて首を垂れる。
「初めまして領主様。傭兵団アスカロンの団長、アカリと申します」
「同じくアスカロン団員、ジュールと申します。閣下のご拝謁を賜り、恐悦至極に存じます」
表を上げて、と想像よりも高く良く通る声に頭を上げた。
「初めまして。アカリ、そしてジュール。ラーワー国王よりこのミネラを任された領主イブスキ・ミネラです。高名な傭兵団の来訪、心より歓迎します」
「「ありがとうございます」」
「しかし、意外ね」
すっとイブスキが立ち上がった。そのまますいすいと遠慮なしに近づいてくる。
「実物はこんな可愛らしい子なのね。こんな若く小さな女性が、これまで何匹ものドラゴンを倒してきたなんて」
「イブスキ様、それ以上は」
衛兵が窘めながら、彼女と私の間に位置取る。警戒しなくても、そっちが何もしなければ危害を加えるつもりはないが、出来れば頑張って間に入ってほしい。貴族の戯れにこっちは下手を打てないのだ。触っただけで刑罰とかありえるらしいし、それをわざと身分の低い相手にして虐げる口実にする性悪な貴族もいるらしい。
「大丈夫。心配性ね」
苦笑を漏らしながらも、イブスキは私たちを観察するのをやめない。
「そうね、うん、そうしましょう」
周囲を置いてけぼりにして、イブスキの中で何かが決まった。
「アカリ、といったわね?」
「はい」
「ちょっとあなた、戦ってみせてくれる?」
・・・え? 何と言われたかわからず固まっている。戦ってくれる? ん? いったいどういう意味だ? 助けを求めるように衛兵の方を向くと、あちゃあ、といった風に手で額を押さえている。
「ああ、もちろん、私とじゃないわ。私の部下と手合わせしてほしいの。舌戦ならいい勝負ができると思うけど、腕力じゃあ勝ち目がないもの。残念ながら、私ナイフとフォークより重いもの持てないから」
「いえ、その、どうして?」
「どうしてって、決まってるじゃない。龍を屠った人間の強さがどれほどのものか、確かめてみたくなったのよ。私、吟遊詩人の歌が苦手でね。どうも、言葉から映像を想像しにくいの。でも、目で見れば想像する必要はないでしょう?」
小説苦手なタイプの人か。
「それに、あなた達にとっても悪い話じゃないわ。領主の私に実力を見せれば、いろいろと融通を利かせられるかもしれないし。あなた達もそのために来たのでしょう?」
そりゃ、融通を利かせてもらえればありがたいが。まさか、最初からそのつもりでこの部屋に呼んだのか。適度に広く、椅子や壁に掛けた装飾品以外何もない広間は、武道場として使うのに適している。違和感は正しかった。まともな謁見ではなかったのだ。
しかしこの展開は予想外だ。助けを求め、横目でジュールを見た。彼の口が声を出さずにゆっくり動く。
が・ん・ば・れ
ぐっと握りこぶしをこちらに掲げて見せた。そうか。そういう態度か。あとで覚えていろよ。
「カナエを呼んで」
イブスキが指示を出すと、衛兵の一人がドアから出て行った。
「ちょっと待っていてね。うちでも選りすぐりの猛者がいるのよ」
「りょ、領主様。まことに申し上げにくいのですが」
「あらどうしたの? まさか、ドラゴン退治は嘘だとでも?」
「いえ、そういうわけではありません。しかし、これまでの戦いは仲間と幸運に恵まれて、何とか勝ちを拾ったようなもの。私一人では到底勝てませんでした」
「まあ、そうよね。常識で考えれば集団で戦うしかないわよね。でもその戦うと決めた胆力はやはり人並み以上だと思うの」
どうしても良いように取ってしまう。どうもこのお方、先ほどから夢見る少女のような、無邪気な思考回路と喋り方をする。貴族だから純粋培養の箱入りお嬢様がそのまま成長してしまったのだろうか。もっとはっきり、戦いたくないという意思を見せるべきか。
「領主様とこの街を守護するミネラの精鋭に、私ごときが勝てるとはとても」
「ん? どういうこと? あなたがそう言うと、うちの兵士はドラゴンに勝ててしまうという話になるのだけど。逆に嫌味かなにかに聞こえてくるわね?」
イブスキの眉間に皺が寄る。隣のジュールが思わず口を挟んだ。
「イブスキ様。団長は少々説明下手なところがありまして代わりに説明させていただきます。我が団は、確かにドラゴンを倒しております。ですが、事前に多くの罠を用意し、様々な策を練り、何より相手の奇をてらいます。奇襲し、圧倒的に有利な状況を作ったうえで戦いに挑むのです。我が団はそれらの、イブスキ様が考えておられる純粋な武力ではない、別の武力と言いますか、策略、戦略が優れている、ということを団長は言いたかったのです」
「純粋な力比べじゃダメ、と?」
「はい。もし我が団長の力を図ることがお望みであれば、そういった作戦立案などの要素も複合していただければ」
「ふむ、なるほど。一理あるわ。でもダメ。待てないの。私はシンプルな方が好き」
ガチャリとドアが開いた。ドアをくぐって現れたのは、先ほど伝令に走った衛兵よりも一回り大きな男だった。二メートル近くある巨体は、縦にも横にも分厚い、鎧のような筋肉に覆われている。彼は衛兵たちとは違い鎧姿ではなく、布のズボンにシャツとラフな姿だった。
「紹介するわ。我が息子、カナエよ」
挨拶なさい、と子供みたいな大きさに見えるイブスキに言われ、カナエが頭を下げた。本当にこの人から生まれたのかと遺伝を疑いたくなる。
「お初にお目にかかる。傭兵団アスカロン団長アカリ殿。ミネラ守備隊隊長、カナエ・ミネラだ。この度は、高名な龍殺しと手合わせする機会を得たことに、心から神に感謝する」
イメージとかけ離れた礼儀正しさに少し驚いた。貴族で腕っぷしも強い人間ともなれば、ガキ大将みたいに自分がナンバーワンだと痛い勘違いをする輩ばかりかと思っていたが、彼はどうも違うようだ。ということは、これで高慢さからくる油断や隙も狙いにくくなったということだ。
ジュールを睨んだ。奴はそっぽを向いた。給料をカットしてやろうと心に決めた。それも、ここを生き延びられれば、の話になるが。ふたたびカナエを見上げた。
「良いわ。その目。でも一応念のため、あなた方の逃げ道を塞ぎましょう。もしこの手合わせを拒否したら、二度とミネラで活動できると思わないことね。当然、アスカロンの名は地に落ちるでしょう。さあ、尋ねるわ。私に戦っているところ、見せてもらえて?」
答えず、私は首や肩をゴリゴリと回した。今更気を遣うのもバカバカしい。どうせ戦うことに違いはないのだ。
「結構。その意気に免じて、篭手の魔道具の使用を許可します」
見抜かれていたのか。ただの箱入りでは当然なかったようだ。
短い呼気とともに、カナエが構えた。
「では、始めて頂戴」
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