第69話 幕間

 アルボスよりはるか東にて、二人の人間が机を挟んで対峙していた。彼らの前には十×十のマス目のある盤が置かれ、その上にいくつかの駒が存在していた。かつて訪れたルシャがこの世界に広めた、戦場を模したボードゲームだ。地域によってマス目や駒の数が変わったり、駒の動きやルールが異なるが、基本は同じ。

 あらゆる駒を使い、時に犠牲にして、相手の王を討ち取ること。

「アルボスは、滅びなかったようだな」

 二人のうちの一人が、馬の形をした駒を動かして、相手の戦士の駒をとった。

「もしや、我らの動きを気取られたか?」

 鋼のような肉体をゆったりとしたローブで包んだ壮年の男は、駒を動かすために長身を屈めた低い体勢から、相手の顔を伺うように見上げた。

「いえ、そうであるなら、今頃私たちはここでのんびりボードゲームをしているはずがありません、よっと」

 もう一人、同じようなローブを身にまとった若い男が弓兵を動かし、馬の駒をとった。

「物見を遣わせましたが、ヒュッドラルギュルムもカリュプスも動いた形跡はありません。また、アルボスの街ですが、滅びこそ免れたとはいえ、街は半壊していたようです。途中までは、我々の計画通りに進んでいたと思われます」

 壮年の男の視線を意に介さず、男はあくまでゲームと割り切った軽い打ち方で駒を置く。

「横槍が入ったということか」

 槍兵の駒を前に動かす。

「ええ、我々が雇ったエクゥウスとかいう傭兵団とは別に、ボースという傭兵団がそこに常駐していたと情報があります。彼らが領主の兵と結託し、同盟国の隠密部隊とエクゥウスを退けたのではないか、と思われます」

 斥候の駒を槍兵の前に置く。囮だ。もし槍兵で斥候をとれば、相手の馬が槍兵をとり、かつ王に近づく。かといって斥候をとらなければ槍兵はとられてしまう。悩みどころだった。

「エクゥウスは、我らが授けた道具をうまく使えなかったのだろうか?」

「ん? どうしてです?」

「だって、ドラゴンだぞ? ドラゴン種ペルグラヌスと言えば、高地に住む者たちにとって恐怖の象徴だ。エクゥウスがあの笛を吹いていれば、絶対にアルボスはペルグラヌスに蹂躙されていたはずだ。正直、今でも俺はあのドラゴンの巣に行った時のことを思い出しては体が震えるのだが」

「我が国きっての猛将がそこまで言うのですから、そうなのでしょうね」

「しれっと言ってくれる。あの巣から子どもを盗んで来いと指示したのはお主だぞ。気でも狂ったかと思ったわい。お主が姫のお気に入りでなければ、叩っ斬っていた」

「そいつは勘弁していただきたいものです。でも、上手くいったでしょう?」

「まあ、な。我らはドラゴンは触れるべきではないという考えに固執しすぎ、ドラゴンを知ることを放棄していた。しかし、きちんと生態を知れば必要以上におびえることはない、ということを知った。お主のおかげでな。さすがは歴代最速最短で一軍を従える将にまで上り詰めた男。思考が先進的だ」

「そんな大したことじゃありません。ドラゴンは確かに人間よりあらゆる面で優れている。ですが、その優れている部分を逆手に取れば、倒せないまでも行動を誘導することができる。好きな餌をばらまいたり、嫌いな匂いをふりまいたりしてね。生物としての規格が違うだけで、行動原理や根本は同じです」

「平然とそんなことをのたまい、あまつさえドラゴンの子どもまで利用するのだからな。お主、なかなかの嫌われ者になっておるぞ。他国を巻き込み、ドラゴンとはいえ親の心をもてあそぶ悪魔、だとかなんとか。あと、一足飛びで昇進したから若い連中からはゴマすり野郎と陰口を叩かれておるな」

「このボードゲームと同じです。ありとあらゆるものを利用して、目的を達成する覚悟が私にはあります。なんと言われようが、構いません。姫様の願いを叶えるためならば、悪魔にでも鬼にでもなりましょう。あと、陰口をたたく輩にはゴマすりもできねえ無能野郎と言ってやりますよ」

「ふん、だからこそ、俺はお主のことが嫌いだが、信頼しておる」

「あらら、残念。嫌いだったんですか?」

「ああ、そうだとも、こんな嫌らしい手を打つのだからな」

「手加減無用、とおっしゃったのはそちらですよ。さあさ、早く、次の手は?」

「ちょっと待て。黙って待っておれ。・・・あ」

 にやりと笑みを浮かべて、手を打つ。将軍の駒を動かし、相手陣地深くに攻め入った。

「王手だ。むふう、どうだ。これでお主の王を追い詰めたぞ」

「おっと、こいつは、いけません」

「なんだ? 負け惜しみか? いいぞう、いくらでも言ってくれ。ただし、待ったは無しだ」

「いえいえ、そういう意味ではなく」

 ひょいと横合いから将軍の駒の前に現れたのは暗殺者の駒だ。

「あ」

「いけませんな。将軍がうかつに攻め入っては。どんな罠があるかもわからないのに」

「ま、待った」

「待ったは無し、なのでは?」


「ったく、負けそうになるといつもこれだ」

 床に散らばった駒を片付けながらため息をつく。負けそうになった将軍は「手が滑った」とかなんとか言って盤をひっくり返した。

「何が『悪い悪い。しかしこれではどういう配置だったかわからんな。うむ、無効試合だ』だよ。良い歳こいてガキかあの人は」

 ビキ、と異音で我に返る。見れば、手に持っていた戦士の駒にひびが入っている。

「くそ、まだ慣れないな。力加減が難しい」

 そういって腕を掲げた。腕の半ばから、銀色に輝いている。自分の腕ではなく、義手の魔道具だ。怒りに任せて思わず力を込めてしまったら、人の握力の何倍もの出力が出てしまった。

 負けず嫌いの上司である将軍のことはさておいて、考えなければならないのは次の手だ。すでに石は転がり始め、いろんなものを巻き込んでいる。後戻りはできない。いや、するつもりはない。それこそ、自分たちが望んだ未来だ。

 しかし気にかかるのは、将軍も言っていたペルグラヌスの件だ。ボードゲームと同じで途中でうやむやになってしまったが、その件についての情報が届いていた。

 ペルグラヌスは間違いなく街を襲った。しかし、討伐されたのだという。

 俄かには信じがたい情報だった。将軍の言う通り、ドラゴンは不可侵の存在だ。誰もかれもが天災と同じで逆らえないものだと思い込んでいる。事実、その力は人間を圧倒していて、戦おうという考えすら普通は浮かばない。そんなことを考える奴は、自分のように頭がどこかおかしいか

「ルシャ」

 リムスとは違う、別の世界から訪れた者。違う思考の持ち主。想定外の異分子。それが、今回の計画の邪魔をしたのではないか。

 誰であろうと、邪魔はさせない。瀕死の重傷を負い、記憶を失った自分を保護し、取り立ててくれた姫への恩を返す。そのためならどんな手段でも使い、邪魔するなら誰であろうと排除する。

 ただ、できれば無駄な労力は使いたくない。そのペルグラヌスを討った連中も、使い方次第では強力な駒になる。ドラゴンを討つのだから、その力、人間相手にでも大いに有効であるに違いない。可能であれば、味方につけたい。

「ドラゴンを討つ者、か。会ってみたいものだ」

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