第68話 戦利品

「面白いものが見つかったわ」

 ノックもおざなりに部屋に入ってきたプラエは、少し興奮気味に私が寝ているベッドに戦利品を置いた。

 ペルグラヌス戦後、私は療養を強制させられていた。

 肋骨を複数個所骨折、肩や腕にはヒビ、全身は擦過傷だらけのひどい姿の私に、プラエやムトをはじめとした団員たちは絶対安静を言い渡した。どうせペルグラヌスを解体したりする手間がかかるし、街の修復などの依頼があれば小銭稼ぎもできるとのことで、もうしばらくアルボスに逗留することになり、それならケガが治りきるまで安静にしていようと開き直ることにした。

 久しぶりの、何もしない休みは数時間で飽きがきて、どうしようかと思っていた頃のプラエの訪問は願ったり叶ったりだった。

「これは?」

 ベッドから体を起こし、置かれたものを手に取る。土や血の汚れが落ちきってないそれは、三十センチほどの三角錐型の物体だった。最も広い面の部分は六角形の穴が三つ空いており、その面とは反対側の頂点は笛の吹き込み口のような形になっている。私が抱いた印象は、ヴァイキングが持ってそうな、西洋風のホラ貝だ。ホラ貝もどきを指差し、プラエが言った。

「私が聞いた、音の正体」

「それって」

 ペルグラヌスに遭遇した時、プラエがよこした連絡で言っていた『音』か。

「ええ。ペルグラヌスを呼び寄せた原因がこれってわけ」

 朝一で戦場跡の検分に行ったのは、原因である何かを探すためだったようだ。

「あの状況でペルグラヌスが現れた原因は、ボースでもなければ私たちでもないから、当然エクゥウス側にあるはずと考えてね。調べに行ったら、エクゥウス団の団長がこいつを持ってた。残念ながら団長はすでに死亡していて、これが何かは教えてくれなかったけど、形状からして笛っぽいんで試しに吹いてみた」

「吹いたんですか?!」

 思わず大声をあげて、胸や横腹が痛んだ。蹲った私の背中を優しくプラエが撫でてくれた。

「ちょ、薬は塗ったけど、まだ無茶したら駄目よ。普通なら一か月は寝込むケガなのよ?」

「だって・・・」

 叫びたくもなる。ペルグラヌスを呼び寄せたかもしれない笛を確証もなく吹くってどういう神経をしているんだ。

「大丈夫よ。吹いたって程じゃないから。ちょっとだけ息を吹き込んで、微かに音が響く、程度のもんだから」

「だからって、ドラゴンの聴力が人間以上なのはご存じでしょうに」

「そう言うと思って、念を入れて氷室の管理者に頼んで、氷室の中で試したわ。音は大気の振動でしょ? 分厚い壁で囲われたあの部屋の中なら漏れる心配はないからね」

「最初に安全面を確認したと言ってください・・・」

 いらぬ冷や汗をかいた。

「さすがの私でも、命がかかりそうな場面なら慎重に慎重を重ねるわよ。信用無いわね」

 プラエは膨れるが、その信用、借りた部屋を爆破するなどで吹き飛ばし、汚染して返上不可にしたことをお忘れなのだろうか。

「話を戻すわ。で、吹いてみたらやっぱり、あの時聞いたペルグラヌスの声に似てたわけ。ただ、これは私の印象だけど、昨日聞いたペルグラヌスの声よりも、若干高い気がするのよね。で、その仮説をもとに、今回のペルグラヌス襲撃を色々と推測してみたわけ。多分アカリも、どうしてペルグラヌスが襲撃してきたのか気になっていたんじゃない?」

「ええ。私も、プラエさんたちに話をしようかと思ってたので。丁度いいタイミングです」

 プラエが椅子を引っ張ってきてベッドの横に座る。

「ちょっと見ててね」

 プラエが笛を持ち上げ、両手で挟み込み左右で逆にひねる。少し力むと、カチリと音がして笛が真ん中で二つに割れた。

「面白いわよね、これ。この中でらせん状になっていて、互いにはめ込めるようになっているの。それだけじゃなくて、この二つの結合部にひっかける爪みたいな部分があって、はめることで簡単に外れないように工夫してある。留め金も釘も使わずに二つの材料をつなぎ合わせるこの加工、参考になるわ」

 プラエが割れた笛の中を開き、私の前に見せるように置いた。

「作りはシンプルなのよ。吹き込んだ空気が、この三つの穴から出る。その時に空気が震えて音になるんだけど」

「その音がなんなのか、ですね」

「そそ。私の仮説は、これ、ペルグラヌスの幼体、子どもの鳴き声なんじゃないかな」

 プラエが私の顔を覗き込んだ。

「私も、そう思います。あの時プラエさんは、食料問題でも、住処問題でも、ペルグラヌスは平地に降りてこないと言ってましたよね。じゃあ残るはそれしかない」

「一度、痛い目見てるしね」

 彼女もまた、インフェルナムの時のことを思い出したようで、悲しそうに笑った。

「この仮説が正解だとして、もっと大きな問題が出来上がる。一体どこのどいつが何のために、ドラゴンの子どもの鳴き声を作ったか」

 そこから、当たり前の事実が浮かび上がる。

「この音を追ってきたってことは、あのペルグラヌスの子どもが消えたことになるわ。この笛を作った奴は、あのペルグラヌスから子どもを奪った。おそらくそれだけじゃない。殺し、解体し、骨格や発声器官を調べ、ペルグラヌスの頭部を模してこの笛を作った」

「エクゥウスの仕業では、なさそうですね」

「知ってたら、ペルグラヌスの登場に混乱して殺されることはなかったはずよ。これは、ファリーナ商会を利用したあいつらの仲間が作ったとみるべきね」

 『虐げられる側』と言った、戦争が勃発することを目論んだ連中。車を開発し、禁忌と呼ばれる毒を用いた連中は、ドラゴンまで利用していた。

「アカリ、心当たりない?」

 唐突に、プラエが尋ねてきた。なぜそんなことを聞かれるのか理由がわからない。

「え、どうして、ですか?」

「これ、多分あなたと同じ異世界から来たルシャが関わってると思うから」

「ちょっと、待ってください。私と同じ?」

「さっきも言ったけど、この笛を組み合わせる技術、私初めて見たわ。後、車のエンジンとか歯車に関しても同じ。私たちとは別系統の知識がなければ作れない。何より、ドラゴン。前に酒場で話したわよね。私たちは少し慣れたけど、今もなおドラゴンは踏み込まざる領域。それに踏み込み、あまつさえ利用するなんて考え、この世界の人間からは生まれないわ」

 そんなこと言われても困る。たとえルシャでも、私の知り合いとは限らない。限らない、のだが。

 ふと考える。私以外に生き残ったクラスメイト達のことを。彼らはあれから、どうしたのだろうか。この世界に飛ばされて、最初に逃げ込んだ街、ラテルにいた頃は多少のやり取りをしていた。魔道具を売った金でしばらく生活して、そこから店に就職したり、私と同じようにどこかの傭兵団に入団したりしていた。今はもう生きているのか死んでいるのかすらわからない。だがもし、彼らのうち誰かが生きていたら。どこかの国で取り立てられて出世していたら。戦争を起こそうとしている国に入り込んだそいつと、手を組めれば。

 チャンス、かもしれない。

「すみません。心当たりは、無いです」

 昏い感情を押し殺し、答える。

「ルシャである可能性は高いと思います。けれど、私と同じ世界から来たとは限りませんし、同じ世界でも知り合いとは限らない。それに、私の知り合いはラテルにいました。あの戦いの後で、生き残っているかどうかもわからないんです。生き残ってくれれば嬉しいですけど、さすがにどこかの国に雇われて取り立てられるとかは、考えにくい」

「そ、っか。うん、それもそうよね。考えすぎか」

「でも、気にしておいた方が良いとは私も思います。この件、これからの長期目的として団の計画に盛り込み、行く先々で情報を集めましょう。上手くいけば、儲け話に転がるかもしれません」

「お、商魂逞しいねぇ」

「これでも団長ですから」

 そろそろペルグラヌスの解体が終わる頃合いだからとプラエが出ていき、また部屋で一人きりになった。残された笛の部品を手に取り合わせてひねる。

 カチリ、と音を立てて、笛は元に戻った。

 ドラゴンを操る者。さて、一体何者だろうか。

「会える日が、楽しみね」

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