第62話 プラエの説得・交渉とその結果

「アルボスを捨てろと言うのか?」

 ほんの数十分前、プラエの提案に対しての領主の答えだ。敵の動きがどうであれ、狙いがわかっているのなら、狙いを逃がすのは常套手段だと彼女とギースは考えた。アカリに連絡し、まだ敵が領主と館への侵入に拘っているのであれば、それを逆手に取る準備を進めようと、まずは領主の説得に彼女が向かったわけだが、当然というか、最初は話にならんと追い返されそうになる始末だ。

「いや、そういう意味ではなくてですねぇ」

「そういう意味に聞こえるから聞き返したのだ。私にここから逃げろという事は、守りが崩されるという事、アルボスが敵の手に渡るという事だろう」

 まいったなという内心を賢明に隠して、プラエは言葉を選び続ける。

「念のためというか、確実に勝つためというか。敵は領主様の首を狙っています。あなたが死ねば、我々は瓦解せざるを得ない。アルボスを捨てない為に、脱出して欲しいんです」

「しかし、脱出できないから、私はここに篭城しているのだぞ? お前も見たであろう。正門前で、文を持たせた伝令が爆発によって殺されるのを」

「ええはい。見ています。おそらく、敵は街周辺に感応型の魔道具を仕掛けていると思います。脱出するのは危険でしょう」

「であろう? ならば、お前の提案は不可能だ。まだここの方が安全だ」

「そこです」

 ぴしゃりとプラエは領主の鼻先に人差し指を突きつけた。説得するための取っ掛かりを見つけたのだ。その取っ掛かりが領主自身の言葉からなのだから、説得しやすいはずだ。

「敵もそう考えているはずです。だから、どうにかしてここに辿り着こうとするはずです。今、最低限の護衛しか館内にはおらず、他の兵は外の守りに回しています。だからこそ敵がもし忍びこんだとき、ここまで安々と突破を許すことにつながります」

「敵はお前たちや、ボース傭兵団の守備を掻い潜って館に忍び込む、と?」

「はい。我々は街の周囲にある罠の存在を知りません。だから動けない。しかし敵は罠の位置を当然把握している。どこからでも進入出来るのです。今目の前で起こっている決戦が、我々の目を眩ませるためのものかもしれないのです」

「しかし、ならばどうする。外には逃げられない、内も危険、身を隠すところなどないぞ?」

「ですので、外には出ず、館からは出ます」

「? 言っている意味が分からない。お前は私にどうして欲しいのだ?」

「領主様には館を明け渡して頂き、館の庭にいる領民達に紛れて欲しいのです。木を隠すなら森、人を隠すなら人混みです。そして、無人となったこの館に罠を仕掛けたいのです。進入してくる敵を一網打尽にします」

「な、ふざけた事を申すな! 百歩譲って、館が戦場になるのは良しとしよう。しかし、それではもしお前らやボース傭兵団が敗れたら、その時私を守る物が何一つないではないか!」

 その危険なところに領民放り出してんのはどこの誰だよと頭の片隅で思わなくもないが、プラエは大人なので口にはしなかった。

「我々やボース傭兵団が敗れたら、必然的にここは落ちます。守りのいない館など、ただの逃げ場のない虐殺場です。敵が我々を突破し、この部屋に来るまでの僅かな時間に、逃げられる自信があるのなら話は変わりますけどね。我々は自分がくたばった後のことまで責任をもてませんが、生きている間の事には責任を持ちたいとは思います」

 可能な限りではあるが、と心の中で付け加える。

「相手と我々の実力は五分五分です。ですがこの拮抗は、いとも簡単に崩れます。その鍵があなたです領主様。さっきも言いましたが、あなたに死なれると、私たちは戦う理由を失い、瓦解します。敵は勢いを増し、士気の挫けた我々をすり潰すでしょう。ですが反対に生き残り続ければ、敵は焦り、こちらは勝率が上がります。アルボスのため、我々のため、何よりご自身の為に、多少の苦労は厭わずあらゆる手法をとって頂きたいと思います。敵に勝つために率先して頂ければ、既に高い領民からの信頼が計測不能なまで上昇し、あなたのためなら何でも出来るほどの高さに到達することでしょう。この難局さえ乗りきれば、領主様の名声はうなぎのぼりで良い事尽くめなのです! どうか、私どもの策に乗ってください!」

 苦々しい顔をして、しばし熟考する領主。

「・・・本当に、それで勝てるのだな?」

「敵の策の一つは間違いなく潰せます」

 勝てるとは言わない。

「外に出た私の身は?」

「我々が守ります」

 嘘ではない。可能な限りは善処する。

「ぐ、ぬぬぬぅ」

 強く目を瞑り、唸り、逡巡し、葛藤した後、ようやく領主は頷いた。

「わかった。我が館、好きに使え。但し、絶対に勝て。私を守れ。領民を、街を守れ。それが条件だ。いいな!」

「もちろんでございます。あ、ただ、戦闘が起こった場合、どうしても一部破損等はしてしまうのでそのあたりご了承頂けると・・・」

「わかっている! 命には代えられん! 少々の損害には目を瞑る!」

「ありがとうございます。では、早速移動を開始してください」




 プラエの素晴らしい説得で、館は空になった。来るか来ないかも分からない敵に対して、私たちは大急ぎでホームアローンのような極悪仕様の罠を準備する。無駄になればそれに越した事はない。取りこし苦労、大いに結構。この業界、臆病すぎるくらいで丁度良いと誰かが言っていた。そして、臆病で良かったと実感する。まさか北部の川から潜って侵入してくるとは誰も予想できなかった。が、進入を防ぐのは困難でも、進入してきた敵を誘導するのは容易い。敵は必ず領主の部屋まで突入するのがわかっているのだから。

 階段下で爆発させたのは、車につけられていた魔道エンジンだ。ファリーナ商会にあった物をプラエが解析したところ、過剰な魔力を注ぎ込むことで暴走、爆発する仕組みなのが分かった。魔道具に使う魔力を通す導線を伸ばせば、遠距離からでも魔力を送り込めるので起爆出来る。簡易遠隔装置の完成だ。一緒に置いた通信機器で音と振動によってタイミングを見計らい、爆破したと言うわけだ。

 爆発の効果は大きく、潜入した敵の戦力の大部分を削ぎ落とせた。けれど、まだ動ける者がいる。一階に十二、三名、二階に五名ほどか。彼らは衝撃の動揺で動けずにいるが、今この場にいる私たちよりもまだ数は多い。現在、モンドに指揮を任せてアスカロンの団員の大多数をボース傭兵団の援護に向かわせている。領主が直接狙われる可能性があったとはいえ、向こうが負けては意味がない。両方勝たなければ意味がないのだ。

 一階にいた敵が、私たちに向かって突撃してきた。構える私の前に、団員達が盾を構えて出る。同時、プラエが閃光手榴弾を私たちと彼らの境目の丁度良い場所に投げ込む。私たちにとっては慣れた、敵にとっては未知の刺激が網膜に炸裂する。視界を奪われた敵を、団員達は盾をぶち当てて押し切り転倒させた。各々が片手や足で盾越しに相手を押さえつけ、剣を首や頭へと降り下ろす。悲鳴さえ上げさせず、迅速かつ確実に致命傷を与え、命を奪う。

「ここ、お願いします!」

 転倒した敵の相手を任せ、私は右手の篭手に魔力を注いで起動させる。篭手の形態が解け、さらさらと解けて流れる。篭手『アレーナ』を構成するのは一つ一つが細かな粒子だ。そこに魔力を注ぎ込むことで、使用者の思い通りの動きをする。盾にもなれば、剣にも斧にも、そして鞭にもなる。

 上に向かってアレーナを向ける。粒子が魔力を通じて意思を汲み取り、形状を鞭に変える。鞭の先端が二階部分の手すりにかかり、私の体を引き上げた。手すりを乗り越え、着地と同時に目の前の男へ覆い被さるようにしてウェントゥスを突き立てる。くぐもった声を血液と一緒に吐き出して、男は動かなくなった。

 ウェントゥスを引き抜き、すぐ目の前にいる男に向かって突きを放つ。今度は肉を裂く手応えではなく、ガリガリと硬質の物を削る感触。相手が持つ剣によって塞がれていた。目をしばたたかせながらも、気配を察知したようだ。

 ウェントゥスを弾き、敵が肉薄してくる。体重の乗った上段からの袈裟切りを、アレーナを盾に変えて弾く。右腕が痺れるほど重い。幾ら鍛えても、体格の差はやはり大きい。

「オオォ!」

 雄たけびを上げての追撃を見舞ってくる。下からの切り上げを半身で躱し、お返しに右手を突き出してアレーナを叩きつける。ロケットパンチのように伸びたアレーナが敵の顎を打ち砕いた。崩れる敵、しかしその背後では同じように動揺から立ち直り、既に戦闘準備を整えている敵が並んでいた。アレーナで崩れる男を掴み、強制的に立ち上がらせ、敵の前に押し出す。間合いを詰めようとした敵の足が止まり、倒れていく仲間に気を取られる。

 すかさずウェントゥスの刃を伸ばした。過たず、一人の敵の横顔、顎の辺りに突き刺さる。そのまま横薙ぎに振るい、もう一人の首筋を断つ。太い血管が裂け、廊下が血で染まる。これで、後一人だ。

「よくも、貴様ぁ!」

 憤怒の顔で、最後の一人が飛びかかってきた。上段からの降り下ろしに体を逸らして対応する。敵は振り下ろしの途中で剣を止め、そのまま切り上げへと移行させる。剣先が喉元を狙って跳ね上がった。ウェントゥスで防ぐ。面前で火花を散らしながら刃が通過して行く。

「どぅら!」

 敵は間髪入れず、こちらに蹴りを見舞った。足裏を当てて、打撃というよりは、相手の体勢を崩すための押し出すような蹴りだ。右手で防ぎ、踏ん張らずに勢いのまま後方へ飛ぶ。着地し、距離を取って対峙する。

 互いに次の手を探りあう。相手は剣を片手で持ち、切っ先をこちらに向けてゆらゆらと八の字に揺らしている。対して私は右腕を前に、左腕を後ろにして、体を正面の相手に対して半身の状態を維持している。頭の中で、あの切っ先の軌道が上からの場合、左右からの場合、囮として先ほどのような蹴りなどの当身の場合と、幾つもの想像演習が脳内で繰り広げられる。それは相手も同じだろう。

 切っ先の揺れが、止まる。鋭い踏み込みに合わせた突きが見舞われる。盾状にしたアレーナで振り払うような動作で弾く。勢いそのままに体を捻り左手を振る。

 敵は防ごうとせず、こちらに向かって体当たりを敢行してきた。突きが防がれるのも、こちらの反撃を防ぎきれないのも分かりきった上の行動だ。振り回した剣は先端の方が当然威力は高く、手元の方は勢いが少ない。多少の傷は覚悟の上で、肉を切らせて私の命を絶つ寸法だ。敵の右腕にウェントゥスの根元がめり込む。がそこまでだった。勝利を確信した顔で、敵は持っていた剣を手放し、拳を握った。握り締めた指と指の間から、細い杭が突き出している。暗器というやつだろう。拳を振り上げ、振り下ろす。先端が迫る。

 鈍い音が響く。

「悪いね」

 残念ながら、敵の拳は空を切った。敵の顔が、驚愕に染まり、苦痛に歪む。彼の拳よりも先に、私のつま先が彼の股間にめり込んだ音だった。痛みのせいでぶれた狙いの拳は首を傾げることで躱し、その腕に自分の腕と足を絡めて、敵の体をよじ登る。敵の腕を天井に向けて引き肩関節を極め、同時に脛で思い切り後頭部を押す。体勢を崩した敵は、前のめりに顔面から落ちる。床に激突すると首の骨が砕ける嫌な音が脛から振動で伝わってきた。手を離せば、力なく敵の腕はぱたりと落ちて、以降動く様子はない。ふうと息をつく。今のは少々危なかった。

「一階、状況は?」

 手放していた武器を拾い上げ、一階を覗き込む。最後の敵が団員によって討ち取られ、仰け反りながら倒れていくところだった。

「見える範囲では、こいつで終い。こっちは全員無事よ。あなたは?」

 プラエが私を見上げた。

「こちらも制圧完了しました。ですが、まだ敵が潜んでいるかもしれません。早急に確認し、モンドさん達に合流しますよ」

「了解。とりあえずギースに忍びこんできた連中を排除した事を伝えるわ」

「お願いします。その情報を流布すれば、敵の士気は削げるでしょうから」

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