第59話 アルボス決戦、開幕

「何だったんだ、ありゃ」

 刃に付いた血を拭いながら、ボース傭兵団突撃隊長のオームが言った。ついさっきまで両肩と足に穴が空いていたとは思えない程の俊敏な動きで、敵の一人の首を取った。そのことを誇る事もなく、私たちが用いた未知の魔道具に警戒混じりの興味を抱いていた。駆け足で移動しているのだが、平気な顔でついてくる。

「お前らから借りたあの変なメガネ、あれを着けていても眩むほどの光が溢れた。どういう魔道具だありゃ」

 彼が言っているのは、さっき使った閃光手榴弾モドキのことだろう。私が持ち込んだ知識を元に、プラエが作った物だ。大きな音まで出すには至っていないが、充分な効果を生み出した。

「光を出すだけの魔道具です。けれど、時と場合を選べば結果はご覧の通りです」

「ふん、光を出すだけ、ね。でも良いのか? 俺の前でそんなポンポン魔道具使って。仮にも別の傭兵団の人間だぞ」

 手の内は味方以外には晒さない。知らないからこそさっきのような不意が打てる。知られていないというのも一つの武器だ。知られればもちろん対策される。

「良くはないですが、仕方ありません。ケチって死ぬよりマシです。それに、人が考えつく事は、いずれ他の誰かも考えつきます。その誰かが思いつき、対策を施すまでは有効活用できますし、対策されたとしても、その裏をかけば良いのです」

 手の内を晒した後も、それが手札になる。手札にしなければならない。弱小傭兵団は、そうやって頭を使って戦うしかない。

「お前が言うように、手の内を知られる前にこの調子でエクゥウスの小隊を各個撃破していくのか?」

「いえ、二つか三つで良いと思います。潰しすぎると、私たちが小細工を弄して動き回っていることがばれるので。後はモンドさんたちと合流し、エクゥウスの背後を突きます」

「背後を突くったって、エクゥウス本隊の居場所は分からないだろう?」

「はい。わからないので、出てきて貰えるよう仕向けます」

「仕向ける? そうか、さっき奪ってたあいつらの魔道具を利用するのか」

「そうです。彼らだって勝負は早く決めたいはずです。だから、あの鳥型の魔道具を使って、ボース傭兵団の人員配置を集めていたんです。そこへ味方から、敵の布陣に穴があると分かれば、その穴を広げようと部隊を一点集中させるはず。しかし」

「そこには防御を固めた俺達ボース傭兵団がいる。しかし、俺達が連中の行動を操れても、肝心のボース本隊やおまけの領主の兵がその通り動いてくれるか?」

「その為に、ギースさんをそちらの団に、プラエさんを領主の館に配置しました。彼女の魔道具を使えば、半径一キロ圏内であればすぐに連絡が取れます。ギースさんを通じて、そちらの団長に連絡がつく事は確認済みです」

 そう伝えると、オームは気にいらねえと苦い顔をした。

「お前らがポンポン俺達に魔道具を見せるのは、さっき言ってたみてえな、どうせ誰かが思いつくから、なんて可愛らしい理由じゃねえ。真似出来るモンならやってみろってことなんだろ? エクゥウスの連中が使ってた鳥の魔道具なら、俺も見たことがある。けれど、離れた部隊同士を即時連携可能にする連絡用魔道具なんざ聞いたことねえ」

「うちのプラエさんは優秀ですから」

 そこまで解説してやる必要はない。連絡が取り合えるというのは戦略上かなり重要で、私たちの現時点での大きなアドバンテージだ。代わりに思い切り笑顔を返してやると、オームは不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。魔道具のことは置いておいて、これからの作戦内容に戻る。

「大部隊のデメリットは、小回りが利かない事です。一度突撃すれば後には引けません。足止めを喰らい、身動きが取れなくなったところを私たちが背後から襲い、前後から削っていけば良い。もちろん、ボース傭兵団が彼らの総攻撃を受け止められる、というのが前提条件ではありますが」

「舐めんな。俺達があんな連中に押し負ける訳ないだろう」

「期待してます。出来なければ、うちも危ういですから・・・ああ、次の目標がいました」

 前方にエクゥウスの小隊を確認し、剣を構える。オームも、そしてアスカロンの団員達も武器を手に、徐々に速度を上げていく。相手がこちらに気づいた。私は閃光手榴弾の安全装置を解除し、彼らの足元に向かって投げつける。一度、二度とバウンドし、再び苛烈な閃光が敵の目を焼いた。

 目を奪われた敵集団の横腹に、獣の牙が如く剣を突き立てる。



「敵陣に綻びが生じている?」

 エクゥウス傭兵団団長シフが部下から寄せられる報告を聞いて片眉を吊り上げた。

「はい。各部隊から寄せられる情報の幾つかから、ボース傭兵団の配置に乱れが見られます。小隊の断続的な波状攻撃が功を奏したのでしょう。西側の被害が大きく、それを補填する為に中央、東から人数を割いているようです」

 シフは腕を組み、瞑目する。瞼の裏で、この街の見取り図を再生する。自分達本隊がいる場所は街の外、東部に位置にて布陣している。領主の館までは直線距離でおよそ三百メートル。しかも今回は破城用の道具も用意されている。布陣している位置、敵の布陣の乱れ、アルボス陥落の為の条件が出揃っている。

「ジュールと連絡は?」

 不安要素は、自分達の目となる偵察部隊からの連絡が途絶えている点だ。アルボス内で発生した火事の確認に向かったまま、消息を絶っている。ただの火事ならばそのまま捨て置けば良かったが、火事を起こしたのがファリーナ商会の店舗だというので無視出来なかった。あそこには駄目押しのための一手になる毒が置いてある。長期の篭城となった時、アルボスの水源を絶つ為だ。

「ジュール隊長、及び団員達とは、依然連絡が取れません。街に潜入している団員からも情報は上がってきていません。これはもしや」

 報告を上げる部下は、既にジュールが死亡している事を想定している。シフも同じ気持ちだった。火事が発生した時、既にアルボス攻略は動き始めていた。よほどの事がない限り止める訳にはいかない状況だった。

「団長、万が一の場合、計画中止も念頭に置いておいて下さい」

 偵察前にジュールが言っていたのを思い出す。これまで偵察部隊として多くの有益な情報をもたらしてきた男の言葉を、シフは聞き流した。言われるまでもなくリスクは大きい。しかし、それ以上の利益をこの依頼はもたらす。成功報酬だけではない。未来に繋がる話だ。今回のことで武勲を上げ、名を売っておけば、巨万の富と名声と、そして傭兵ながらにして権力が手に入る。一握りの大傭兵団しか持たない権力を得れば、依頼は向こうから頭を下げて来るようになり、売れた名のおかげで信用を得る努力をしなくて良い。一つの街すら支配出来るようになる。

 それよりも先をシフは見てしまった。かつて奴隷の身分から、将軍へと成り上がった伝説の傭兵スルクリー。彼の逸話を知らぬ傭兵はいない。しかもシフは幼き日、実際にスルクリー将軍が率いる軍に助けられたことがある。圧倒的なまでの力を、その日シフは見た。自分もスルクリーのようになりたくて傭兵となり、ようやく傭兵団の団長にまでのし上がった。

 身分や力を持つにつれて、シフは自分の限界にも気づいてしまった。これ以上の力を得られないことに。実力はあると自負している。名前もそこそこ売れている。ヒュッドラルギュルムやカリュプスでは知らない者はいないだろう。だが、そこまでなのだ。自分はここまでしか昇りつめる事は出来ない。生まれはどうしようもないから貴族にもましてや王族になどなれはしない。大傭兵団を目指そうにも現実的な問題が立ち塞がった。

 金だ。人を増やす事は出来る。団を大きくする事は出来る。しかし、維持が出来ないのだ。今現在、大きな団を維持するだけの報酬がかかった依頼がない。五つの大国がリムスを支配し、バランスを取っていることで大きな戦が存在しないのだ。

 既存の大傭兵団はその大国と強固に結びつくことで団を維持する手法を得ている。宿一つとっても優遇されるだろう。国だって、自分の息のかかっている傭兵団を大事にする。持ちつ持たれつの関係が構築されているそこに、自分達が入り込む余地はない。

 上を見る事を諦めたシフの前に現れたのが、今回の依頼だ。シフは天啓に導かれる思いだった。成功すれば、良くも悪くも保たれているバランスは崩れ、戦乱が起こる。リムスは大きな渦に飲み込まれる。自分達の頭の上に居座っている王族や貴族といった階級が全て失われ、更地になる。そうなれば、更地の上に新しくシステムを作り上げれば良い。この依頼を逃す選択肢は、シフにはなかった。

「団長、どうされますか?」

 部下が尋ねた。ジュールの不安を除けば、今が攻め時である。配置を移動し、足並みが揃わない今こそ、戦力の局所投入、守りに穴を空ける時期だ。瞑っていた目を開き、指示を飛ばす。

「西と南に待機している部隊に伝令。魔道具『伝令鳥』到達の五分後に、依頼主から貸与された魔道具『無人車』を起動させ、アルボス城壁に風穴を空けよ。同時、アルボス内で戦闘を繰り返している各部隊にも伝令鳥を飛ばせ。城壁爆破後、東、西、南から同時に突入。本命は本陣、手薄になった東防衛ラインを突破し、領主の館を目指す。各部隊は本陣を援護せよ、と」

 無人車。一定の魔力を溜め込むことができ、それを開放することで自動で走行する荷馬車だ。本来は運搬用の魔道具だが、溜め込んだ魔力を暴走させることで爆発するようにこの無人車は改良が施されている。城壁に突き刺さり爆発すれば、魔術の炎をぶつけるよりも高い破壊効果が期待出来る。

「兵糧攻めにするのではなく、ですか? 篭城された場合、長期戦に移行する予定でしたが」

「そのための毒は火事により紛失したとみるべきだ。当てには出来ない。ジュールからの音信が途絶えたという事は、奴は残念ながら敵の手に落ちた。奴の口から今回の計画が漏れる前に決着をつける。天も今が好機とばかりに、我々に有利な状況を与えてくれている。これを逃すべきではない」

 ありったけの無人車を自分達の陣の前に待機させる。

「第一陣で壁を突き破り、第二陣を突っ込ませてボースの連中に喰らわせる。爆発に巻き込まれた連中を踏み潰して、残った無人車全てを領主の館を囲む壁に叩き込め」

 シフの指示に従い、部下達は伝令鳥を飛ばす。間もなくだ。空の闇に消えていく伝令鳥達を見送って、シフは少しだけ感慨にふける。今この時から、自分の伝説が始まる。スルクリーのような、いや、彼を上回る伝説が、自分の手で作られるのだ。

「者共! 今この時この場所にて、歴史が変わる!」

 部下達を鼓舞するために、シフは声を張り上げた。

「これまでどんな傭兵団もなし得なかった偉業を、自らの手で作り上げることが出来る! 成し遂げれば、お前達の願いは全て叶う! 使いきれないほどの金銀財宝、世界中の美しい女達! 王族、貴族にも匹敵する権力! 全てがお前達の物だ!」

 エクゥウス傭兵団が吠える。

「欲しいか! 全てが!」

 欲しい、大音声がシフの体を震わせる。

「ならば勝ち取れ! これはその一歩だ!」

 団員達は各々武器を掲げた。自らの内に溜め込んだ力を開放する時を待つ。時間を見計らい、シフは掲げていた腕を、振り下ろした。無人車が一斉に城壁に向かって走っていく。爆発音は連続で三回。ほぼずれなく、三方向で轟いた。

「突撃!」

 シフの号令に、エクゥウス傭兵団がアルボスに流れ込んだ。

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