第58話 ボース対エクゥウス

 街中で、ボース傭兵団とエクゥウス傭兵団が激突していた。だが、大規模な合戦のように、大通りで正面から激突、ではなく、入り組んだ道での遭遇戦になった。エクゥウスはもちろん街の全滅を目指しているが、その最短距離として、領主の命をまず狙っている。いくら包囲し、罠を仕掛け、先手を打ったとしても、投入出来る戦力はほぼ互角。互角同士の傭兵団が争えば消耗戦は必死だ。たとえボースを倒せたとしても、次に待っているのは消耗した人員でのアルボス攻略だ。毎日訓練してはいても経験に劣る街の守備兵と比べれば、エクゥウスは戦士の質では勝っている。しかし、体力も団員も武具も消耗した傭兵団と全く消耗していない守備兵とでは、どちらが勝つかなど明らかだ。

 故に、彼らは小隊で各自領主の館を目指す。領主を失えば、守備兵は指揮系統を失い壊乱する。また、ボース傭兵団も雇い主が死ねば争う理由がなくなり、撤退を余儀なくされる。金払いがなくなり、団を消耗するだけの愚行を犯す傭兵団はない。忠義よりも金。金の切れ目は縁の切れ目は世の真理だ。もちろん、そんな彼らを逃がすつもりは一切ない。ここで起こった事を、自分達と依頼人以外に知られていてはまずい。

 団を小分けにしたのは、一つの隊が見つかったとしても、そこが囮となり、ボースならびに守備兵を釣れるからだ。彼らが勝つには、領主が隠れる館を防衛するだけでは足りない。

 館には、多くの住民が逃げ込んだことが既に確認されている。街を囲む城壁の中での戦闘だ、彼らが立て篭もるには館の敷地の中しかない。食料も備蓄はしているだろうが、それでも住民達に支給すればすぐに底をつく。反対に、エクゥウスは人がいなくなった家から充分な食料を調達出来る。持久戦になればアルボス側に勝ちはない。

 また、彼らは街から脱出しない。できない。先程の爆発で、出口に仕掛けがあると思い込んでいるためだ。もしここで、数の損害を無視した突破を試みられれば、エクゥウスの企みは瓦解していた。正門の他にも、街を囲むようにして幾つかのトラップを仕掛けてはいたが全部をまかなえる訳ではない。

 しかし爆発からしばらく経つが、脱出を試みる様子は見られない。彼らが外へ、ヒュッドラルギュルムに応援を呼びに行く可能性は低く、依然としてエクゥウスの狙い通りに事は動いている。

 以上のことから、ボース及びアルボスが勝つには、エクゥウスという脅威を排除するのが条件となり、発見したエクゥウスの団員を無視出来ない。深追いは出来ないだろうが、警戒によって神経を削られ、体力を奪われる。館に侵入されても、自分達の防衛網を突破されても、もちろん倒されても負ける。敗北条件が多く、勝利条件が一つしかないのだ。時間と精神に余裕のあるエクゥウスの団員達は、時間をかけて丁寧に敵を削っていく。不利な状況を押し付けられたボース傭兵団は、押しては引き、引いては押すエクゥウスの用兵術に苦しめられていた。


 エクゥウスの一小隊が、ボース傭兵団の索敵に引っかかり、追撃をけん制しながら引いていた。発見された場合、彼らは無理な突破をすることなく、相手から距離を取って立て直すことを徹底していた。先ほどから接敵すれば引き、接敵すれば引きを何度か繰り返している。

 ボースの団員達はせっかく発見し、相手を戦闘で押していたとしても、撤退していくエクゥウスの小隊を深くまで追撃することが出来ないでいた。あまりに突出しすぎれば、自分達が担っていた防衛ラインを崩し、そこからの進入を許してしまうし、おびき出された先に自分達を上回る数の敵に囲まれる可能性もあるからだ。いっそ隠れる場所もない平原であればそんな心配もいらなのだろうが、街の防衛も依頼の一つのため、住民達の建物を壊して更地にするわけにもいかない。追い払っても追い払ってもやってくるエクゥウスの小隊相手に、ボースの団員達はかなり窮屈な思いをしていた。

 痛快なのはエクゥウスだ。まるで鎖に繋がれた犬をからかう猫のように、ボースの前で挑発し、逃げていく。振り切ったらまた別のルートで領主の館を目指せば良い。

「振り切ったか?」

 小隊を率いる部隊長が振り返り、敵の追撃の有無と、部下達の状態を把握した。一、二、三、四、五・・・。全員の無事を確認し、体勢を整える。彼らが今アタックしたのは、街の東からのルートの一つだ。そのルートの先にはボース傭兵団の守備の要、守備隊長のフレミンズがいた。あそこを抜くのは不可能だろう。だが、それでいい。自分達が不可能でも、フレミンズの部隊をかく乱さえ出来れば、どこかで防衛ラインが綻びる。そうすれば別の部隊が仕事を達成させる。

 彼らもただ無闇に突撃と撤退を繰り返しているわけではない。そうしてどこにどの部隊が配されているかを確認し、防衛ラインの全容を明らかにしようとしていた。部隊を率いる隊長によって、戦い方は大分変わる。先ほどのフレミンズなどは防衛に優れ、たとえ少数であっても巧な用兵術で倍以上の敵相手に持ち堪えられる。だが反対に攻勢は平凡で、けして下手ではないが巧とは言い難い。代わりにボースで攻めが得意なのはオームだ。長く同じ街に滞在し、同じ依頼にも何度か出れば、相手の団の内情もある程度は知れてくる。その為にエクゥウスは今日の作戦が始まる前からアルボスに入っていたのだから。

 次に辿るルートを確認しながら、隊長はふと考える。アルボスに滞在している、もう一つの傭兵団のことだ。

 偵察部隊よりもたらされた情報は、女が団長の、中型のドラゴン種を狩る実力がある小さな団という事だ。小隊より少し多い程度の人数でドラゴン種を狩れるとは大した物だが、それだけだ。ドラゴン種コルヌは鋭い牙や強靭な膂力は脅威だが、火も吹かずでかいだけ。自分達でも狩れないわけではないと隊長は踏んでいた。

 ドラゴン種は触れざるべき災厄というのは、人間が適わないわけではなく、損失と利益が釣りあわないから。それをわざわざ選んで依頼をこなしているアスカロンとかいう団は、自分達のような傭兵団によって依頼を奪われ、実入りの少なそうなそういう隙間を突くような依頼しかありつけない弱小傭兵団なのだ。数でも実績でも劣る奴らが脅威にはなり得ない。おそらく、守備隊と一緒に館の防御を固めているだろう。あの人数では、それくらいしか出来まい。

 隊長の意識はアスカロンの情報を脳裏から追い出した。今はその館に辿り着くことに意識を注ぐべきだ。その後に相対するであろう弱小団のことなど今考えても仕方ない。それに、そんな小さい団なら既に逃げ出す算段を整えているかもしれない。戦うよりもその方がよほど面倒だ。経験の浅い団の厄介なのは、こちらの予定通りに動いてくれない点だ。予想もつかない行動を取って、作戦に綻びを入れかねない。何の実績もない団が、ここで起こった事の真相を声高に叫ぼうと、誰も信じはしないだろう。奴らよりも遥かに実績も信用もあるエクゥウスの言う事を信じるはずだ。それでも、小さくとも厄介の芽は摘んでおきたい。

「よし、もう一度だ。次は東第二ルートを辿る」

 頷く部下達を見ながら、他の部隊の仲間に対して連絡を残す。今自分達が辿ったルートとそこにいた部隊を率いる隊長の名前を書き記した紙を、鳥の姿をした魔道具に取りつける。鳥の行き先はエクゥウス団長の元だ。本物の鳥とは違い、夜間であろうと有効範囲内であれば間違いなく目的地に辿り着く。隊長はその鳥に魔力を込め、空へと放つ。飛び立った鳥は羽ばたきではなく翼の下から噴出する風によって上昇し

 遠距離からの狙撃により、隊長の目の前で撃墜された。

「な」

 驚く隊長の目は、しかし鳥を撃ち落した何かの軌跡を辿った。城壁の方角からの狙撃。その方向を見ると、いた。今まさに、自分が考えていた団アスカロンの女団長だ。右手の篭手に剣の刃を乗せている。剣の切っ先が、先ほどの鳥の飛ぼうとしていた方角に一致する。まさか、あの女が撃ち落したというのか。

 構えを解いた女は、こちらに顔を向け、あろうことか嗤った。自分の技を誇るような、こちらを見下すかのような、とにかくこちらを馬鹿にした嗤い方だった。想定外の出来事に呆然としていた隊長と部下達の頭が急速に沸騰した。

「貴様!」

 部隊全員が獲物を構える。傭兵は舐められたら終わりだ。ましてや、自分達よりも格下の相手に馬鹿にされることほど腹の立つことはない。

 相手は六名。対してこちらは倍の十二名だ。質でも上なのに数でも圧倒すれば、もはや負ける要素はない。大した実力も無いのに戦場にしゃしゃり出てきた事を後悔させてやる。注意すべきは、今鳥を落とした女が持つ魔道具の剣だ。弓以上に正確に射抜くようだが、種がわかれば怖くはない。囲んで狙いを定めさせず、押し潰せば良い。その団長を守ろうと周囲の連中も動くだろうが、そこは数で押せばすぐに終わる。それに、至近距離ならば味方が邪魔になって狙撃もし難いだろう。

 隊長が走る。部下もその後を追う。後ろ手に出されたハンドサインで部隊は三つにわかれ、正面と左右に別れる。三方から押し潰すつもりだ。アスカロンは恐怖に飲まれたかその場を動けずにいた。距離はみるみるうちに狭まり、五メートルを切った。勝った。隊長は確信した。この距離になってもアスカロンの連中は動かず、妙な黒いメガネをかけたまま呆けている。構えなければ後一歩、二歩の距離で自分達が迫り、その命を刈り取るというのに。それならそれで構わない。倒すだけだ。各々が、各々の武器を構え、振りかぶる。そんな彼らの前に、拳大ほどの石が転がり、破裂した。凄まじい光が溢れ、隊長たちの目を眩ませる。

 彼らが初めて味わったのは、異世界の知識を元にアスカロン専属魔術師が作った閃光手榴弾のフラッシュだ。暗闇に慣れた目は、強烈な光をまともに見てしまい一時的に視力を失う。ただでさえ神経過敏な視神経に強烈な刺激がもたらされ、隊長達は顔を押さえてもがく。

 黒いメガネ『サングラス』をかけて見ていたアスカロンの団員達は、一斉にサングラスを外し反撃に移る。最前列にいた隊長は何が起こったか理解することなく、その頭を棍棒で粉砕された。部下達も、槍で突かれ、剣で、斧で裂かれ、その命を簡単に散らしていく。

 視力を奪われ、痛みにもがくエクゥウス傭兵団十二名を倒すのにさほど時間はかからなかった。

 物言わぬ骸になった彼らの体を、アスカロン団長アカリは調べさせた。神経質なほど生死を確認させ、かつ彼らの道具を奪う。その中には先ほど自分が撃ち落とした鳥型の魔道具もあった。

「隊長。あんたが撃ち落した方だ」

 団員が彼女の元にもう一つの魔道具を持ってくる。検めると、彼女の予想通り、ボース傭兵団の用兵状況を記した紙が入っていた。

「そりゃそうよね。考え無しにでヒット&アウェイなんてするわけないわよねぇ?」

 実に楽しそうに彼女は新たな紙に彼らが書いていた内容とは別の内容を記し、魔道具を放つ。魔道具は、今度はきちんと羽ばたき、伝えるべき所に情報を伝えるだろう。それを見送った後は、再びアスカロンは新たな敵部隊を求めて移動する。

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