第57話 交戦開始

「報酬は幾らですか?」

 領主の館から出てきたギースに尋ねる。

「金貨三百枚」

 事前に調べてもらったアルボスの経済状況から鑑みればなかなかの報酬額だ。

「内容は、その傭兵団から街を守る、ですよね?」

「壊滅もだ」

「・・・ちょっと面倒じゃないですか? 自分達より格上の、中規模の傭兵団プラスアルファを相手取るのに。防衛出来ただけでも褒められていいと思うんですが」

「向こうの気持ちもわからんではない。街に対する危険因子は確実に消しておきたいのだろう。それに、ボースにも同様の依頼が入るはず。彼らと協力すれば、ほぼ互角になる。それを見越して殲滅出来る、と判断したが故の依頼だ」

 相手がぎりぎりの額を提示しているのにこれ以上渋ったり交渉したりすると、かえって悪印象を与えかねなかったとギースは言った。実際に交渉の場に立っていたのは彼だ。彼が言うのなら、間違いないだろう。

 傭兵は依頼を達成することに加えて、恩を売るのも大事だ。信頼と実績とも言えるそれは、良い印象と共に売っておけば、後々好転する可能性が高い。

「わかりました。どうせ迎え撃っていれば、相手は勝手に壊滅します」

 エクゥウスは引くに引けない状況だ。既にエクゥウスが暗躍しているという情報は、私たちからアルボス領主に流れている。領主の背後には、ヒュッドラルギュルムがいる。リムスを支配する大国の一つに目をつけられて、傭兵業を継続するのは困難だ。従って彼らは、ここから情報が漏れる前に私たちを壊滅させ、アルボスを滅ぼしておきたいはずだ。

 私たちの横を、領主の命を受けた兵達が走っていく。住民の避難を開始したようだ。兵達がノックしたドアから、次々と住民達が飛び出してくる。

「もしこれで、攻撃が嘘でした、なんて言ったら怒られますよね」

「怒られるだけでは済まない、が、被害は少ないだろう。領主や住民達にとってはその方がもちろんいいのだろうが」

 住民達の流れに逆らって、馬に乗った兵が一騎、城門に向かって駆けて行く。おそらく、ヒュッドラルギュルム本国に応援要請に向かった早馬だろう。

 城門から兵が飛び出た瞬間。派手な爆炎が上がり、馬も兵も飲み込まれた。

「やっぱり、罠が仕掛けてあったようね。強硬突破しなくてよかった」

「そのようだ。やはり連中、ここから一人も生きて出す気はないらしい」

「最悪壁を破壊して逃げることも考えておきましょう」

「最後の手段として、だな。そのくらいの事は連中も承知しているだろうから、待ち構えている可能性もある。出来れば使わない方が良い手だ」

「ええ、最悪は考えつつ、最良最高の結果を目指します」

 この場合の最高は街を防衛し、エクゥウスを殲滅することだ。

「エクゥウスが攻めるとしたら、これからよね」

 爆発により住民達に混乱と不安が広がる。兵達にも動揺が広がっている。この隙を狙わない手はない。

「領主は篭城を決め込み、防衛戦を展開する。しかし、本来なら篭城を可能とする外側の城壁はすでに落ちているようなものだ。従って、領主の館周辺に張り巡らされた壁が、文字通り最後の砦だ」

 住民達も、その壁の中へと走っていく。

「厄介なのは、さっきの爆発で援軍を呼びに行くことができないってことですね」

 領主たちはきっと思い込む。もしかしたら、他にも罠があるかもしれないと。『もしかしたら』がすり込まれ、彼らは二の足を踏む。これにより、領主側は時間が経てば勝てる、という望みが消え、いつ攻めてくるかも分からないエクゥウスの影に怯えることになった。反対にエクゥウスは領主の館を囲んで様子を見ているだけで勝てる状況です」

「兵糧攻めだな。しかも奴らはもぬけの殻になった住民達の家で休める。長期戦は望むところだろう。本来なら、既に水源に毒を投げ入れて、早々に決着がつくようにしたかったのだろうが。内から出て行くのを防げても、外からの来訪者までは予測出来ないのは計算違いか」

「もう一つ、計算違いを起こせば、状況を五分以上に出来ます」

「そのためのパーツが来たぞ」

 視線を向けると、ボース傭兵団のオームが数人の供を連れて足を引き摺りながら近づいてきた。

「怪我は大丈夫ですか?」

「動けるから大丈夫だ」

 無茶苦茶な理屈だが、傭兵の、それも戦場を前にした理屈としては正しいのだろう。あまり真似はしたくないが。

「領主から、エクゥウス討伐の依頼がうちに来た。お前んとこにも来たんだろう? うちの団長から、共闘の話を持ってきた。俺は、残念ながら戦力としてはお荷物だ。なんで、話を受けるんなら、俺が行動を共にさせてもらう」

 なるほど、私たちがボースに敵対しないか目を光らせ、またボースが私たちに敵対しないよう人質の役割を果たすのか。昔の戦国武将も同じような手を使っていたと思い出す。

「話はわかりました。受け入れます。ただ、協力したいのは山々なのですが、作戦を共有する時間がありません。なので、うちはそちらに合わせて動こうと思います。ボース傭兵団団長にそうお伝えください」

 オームが後ろのボース団員達にむかって顎をしゃくる。彼らは一つ頷いて、来た道を戻っていった。

「団長。では、私がオーム殿と同じ役割を担おう」

「ギースさん、お願いできますか?」

「もちろんだ。通信機を一つ借りていく。そうすれば、ボース傭兵団とも連携が取れる」

「助かります。ありがとうございます」

「団長、違うだろう? こういう時は命令しろ」

 苦笑して言うギースに、私は咳払いして告げる。

「ではギースさん。ボース傭兵団との連絡係を頼みます」

「了解。行ってくる」

 ギースが先に行くボース傭兵団の団員達を追う。

「合わせるって、どうするつもりだ?」

「エクゥウスとボースは規模も戦力もほぼ同等です。互いに出方を熟知しているため、真っ向勝負になるでしょう。下手に協力すると少数のうちはそちらの足並みを乱し、邪魔になりかねません。なので、遊撃として、側面、背面からの奇襲をメインに動きます」

「ようは、援護ってことだろ?」

「その認識で間違いないです。後は、エクゥウス以外の存在がないかもチェックしたいと思います」

「お前らが言っていた、ファリーナ商会を乗っ取っていた連中の仲間か」

「はい。流石にたった数人とは思えないんですよ。後続があると睨んでいます」

「そいつらは一体何者だ? ヒュッドラルギュルムに喧嘩売るなんて、正気じゃないぜ」

「正体はわかりません。確認前に死んでしまったので。まあ、どこの国も自分達がのし上がろうと暗躍しているのだから、そのうちの一つってことでしょう」

「他の四つの大国が裏で糸引いてるってのか。傭兵は儲かって仕方ねえな」

 皮肉げにオームは口を歪めた。プラエが聞いた話をオームに話していないから、普通はその結論に行きつく。リムスを牛耳る大国同士のいざこざだと。

 わざわざ訂正するつもりも、こちらの情報をタダで渡す事もない。確信も得られてない情報を渡しても混乱するだけだし。オームには話さずにおく。

 街中で、金属同士が擦れあう音が響いた。それを皮切りに、あちこちで同じような甲高い音が花火のように断続的に鳴る。火花を散らし、命を散らして散らされての戦いが始まった。振り返り、勢ぞろいしている団員達に告げる。

「これよりアルボス防衛、及びエクゥウス傭兵団殲滅戦を開始します。モンドさん達は西から、残りは私と共に東から、城壁に沿うように進行。会敵し即応し討伐してください。建物により地形は入り組んでいるため、深追いは禁物。後に南の城門前で合流し、北上。ボース傭兵団と協力して挟み撃ちにしますのでそこでチャンスはあります。プラエさんは領主の館内で私たちの通信機の中継をお願いします。以上、何か質問は?」

 誰も言葉を発しない。代わりに、各々得物を手に、ぎらつく目をこちらに向けている。久方ぶりの対人集団戦だ。

「自分の命は大切に、敵の命はぞんざいに。では、戦闘を開始します」

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