第56話 依頼、受領
アルボスの領主の元に、ファリーナ商会の支店長が駆け込んできた。就寝前に入った突然の謁見、普段なら断るところだが、火急の知らせと部下が駆け込んできては受けざるを得なかった。
「こんな夜更けに一体何用だ」
警備兵につれて来られた店長を、領主は不機嫌を隠そうともせずに尋ねた。気の弱い店長はその低い声の振動が体に当たっただけでぶるぶると縮こまった。
「や、や、夜分に申し訳ございません。どうしても領主様に御報告したい旨があり、参上いたしました」
ボブと名乗った店長は深く頭を下げる。そのままではまともに話も出来ない。ため息とともに「頭を上げろ」と指示を出す。
「して、火急の用件とは何だ」
「先ほど、私の店で火事が発生した件についてです」
「その話は既に聞いている。鎮火したと先ほど連絡があったが、よもや、話とはそのことか?」
もしそうであったなら許さないと言外に含ませ、ボブを睨む。既に知っている事で貴重な時間を使われたとあれば腹も立つ。
「そう、そうではございません。火事に関係のある話ではありますが。実は、火事の原因は放火なのです」
「放火だと? 貴様の不注意で起きた物ではなく?」
「滅相もございません! もしかしたら噂などで領主様の耳にも入っているかもしれませんが、現在私の店舗は本店からの物資搬送が滞っており、品数が少なくなっていました。それ故に、店員に品数が揃うまで休みを言い渡し、店舗には連絡係である私のみが詰めておりました。天に誓って、火事どころか、私は店で火を使うようなことはしておりません!」
必死で否定するボブを「わかったわかった」と手で制する。
「自分が火を用いなかったから放火、と断ずるのはいささか早計だ。何か証拠があってのことだろうな?」
「もちろんでございます。放火したのは、エクゥウス傭兵団です」
「エクゥウスだと? 奴らがこの街にどれほど貢献してくれたと思っている。そんな恩人が貴様の店を燃やして何の得があると言う。馬鹿も休み休み言え」
「真実でございます! なぜなら、私と家族は今の今まで、彼らの一味に囚われ、監禁されていたのです!」
「どういう事だ? 説明せよ」
「はい。店の品物が少なくなっていることは先ほどお伝えいたしました。彼らは、品薄で空間のある店を乗っ取り、自分達の隠れ家として使う事を画策したのです。領主様もお聞きになったと思います。個々最近、幾つもの商隊が行方不明になっているという話を」
「聞き及んでいる。盗賊団の仕業と聞いているが、小賢しくもまだ捕えられていないと。愚か者は、ドラゴンのせいだとか抜かしておるが」
「それも、彼らの仕業です。彼らは私の店に隠した、面だって動けない者達を使い、商隊に被害を与えていたのです。そして、本体は全く動かずに街の人々の前にいるから、疑われることはない。彼らこそ、捕えられていない盗賊団なのです」
「なるほど、しかし、貴様の話を信じるなら、貴様はその者達に捕えられていたはずだ。なぜここにいる。どうやって逃げ出した」
「彼らは何らかの目的を持ち、その目的がほぼ達成された為に、私たち家族を店もろとも処分しようとしました。火事で死んだように見せかけようと。火を放ち、いよいよ彼らの凶刃が私たちに迫ったとき、別の傭兵団の方が私たちを救ってくれたのです」
「別の傭兵団だと?」
「はい、部屋の外にて、代表の方に待機して頂いております」
領主は兵に命じ、傭兵団の代表を部屋に招く。
「初めまして。傭兵団アスカロンのギースと申します。この度は、領主様にお目どおり叶いまして、まことにありがとうございます」
杖をつきながら部屋に入ってきたのは、四十頃の長身痩躯の男だった。
「このような姿勢で申し訳ございません。昔の怪我のせいで足が不自由ですので、なにとぞ御容赦ください」
「構わん。それよりも今は、ファリーナ商会のボブ店長が話していた内容について詳しく知りたい。貴様は一体何を知っている」
「私たちも全てを把握しているわけではございません。事は、我が団の団長アカリが何やら怪しげな魔道具を見つけたのが始まり。アルボスに対して何かよからぬ事が起ころうとしているのではと団長は推測したのです。その痕跡を辿っていくと、ファリーナ商会に行きつきました。調べると、こちらにいるボブ氏が家族と一緒に縛られ、不審な輩に囲まれておりました。人道的に捨て置けぬと思った我々は、彼を救助しようと試み、無事助け出すことには成功したのですが・・・」
「店が燃やされた、ということか」
「恥ずかしながら、その通りです。我々の追っ手を防ぐ為に、奴らは火を放ちました。助け出したボブ店長の証言から、エクゥウス傭兵団が関わっていると知り、彼らを追うと、街の外に先ほどお伝えした、団長が見つけた魔道具が隠してありました」
「外に? まさか、奴らはこのアルボスを攻めようというのか?! ここはヒュッドラルギュルム管轄の街だぞ!」
「彼らの思惑までは分かりません。しかし、領主様の兵が彼らの手により倒されている今、害をなそうとしているのは確実」
ギースの言葉が終わるのを見計らっていたかのように、ノックもそこそこに執務室のドアが開かれた。
「大変です。城門の警備兵達が全滅しています!」
「何だと?!」
流石の領主もこの報告には泡を食った。
「エクゥウスの仕業です」
すかさずギースが補足した。
「この件については、ボース傭兵団のオーム氏からも証言を頂いています。火事から去っていくエクゥウスの団員を追いかけた彼は、襲撃に遭っています。同じく彼らを追っていた我らと協力し、撃退することに成功しました。私だけでは話の信憑性が疑われますが、この街でエクウゥスと同じく貢献してきたボースの隊長も私と同じ話をするかと思います」
「ううむ、二つの団から同じ話が出るのであれば、エクゥウスの関与を疑わなければならない。傭兵よ。私はこの街を守る為に、貴様らに依頼する。依頼内容は街の防衛、及びエクゥウス傭兵団の壊滅。報酬は金貨三百枚を支払う。どうだ?」
「失礼ですが、参加した傭兵団で三百枚を分ける事になるのですか?」
「わかっている。街の存続がかかっている時にけちな事は言わん。参加した各傭兵団、とはいっても主だった傭兵団はボースと貴様らか。二つの傭兵団に三百枚ずつ支払おう。今のアルボスの財源から出せるぎりぎりの額だ」
ギースは事前に調べたアルボスの資料を脳内に広げた。
「わかりました。傭兵団アスカロンの名代ギース、団長に代わり謹んでお受けいたします」
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