第60話 ボース対エクゥウス その二
派手な爆発音が三度、連続して起こる。薄闇の中でも、東、西、南の三箇所でもうもうと粉塵が舞っているのが確認できた。
領主の館に逃げ込んだ住民達は、爆発音以上に、その後に続く鬨の声により恐怖を感じた。野太く低い声には、それを発する人間の凶暴性、暴力性、攻撃性が存分に含まれていて、それが自分達に向けられていると理解していた。見えない分、人間が有する想像力が勝手に敵を凶悪化強大化して、恐怖に拍車をかけている。
本格的な交戦が最初に開始されたのは、街の中央。南から突入してきた奇怪な車が大通りを疾走していた。その後ろからエクゥウス傭兵団が続く。
「構え!」
敵を視認したボース傭兵団が、一斉に矢をつがえる。隠密性を捨てた突撃は、相手がこの突撃にかけている証左だ。先ほどの小競り合いとは違う、本気の攻城戦の始まり。ここが正念場と覚悟を決め、距離を測り、タイミングを計る。
「撃て!」
一斉に矢が放たれる。暗闇の中で一瞬だけ炎に照らされて輝く鏃が消えて、次の瞬間には音と殺意が到達する。頭上に掲げた盾が死の雨を防ぐ。少しでも盾の影から出れば、見計らったかのようにはみ出た部位が貫かれる。
想像よりも降ってくる矢が少ない。エクゥウス特攻第二部隊隊長は先頭を走りながらそう感じた。
彼の盾を掲げる手に、突き刺さる矢の振動が伝わっている。運よく飛んで来ない、または相手が下手ばかり、などという希望的観測ではなく、現実として射られている数が少ないようだ。一瞬周囲の部下達を見やり、負傷した仲間が少ないのを見て確信する。やはり、ボース傭兵団の陣が乱れているというのは本当だった。故に統率が取れていないのだ。
自分達の役割はあくまで囮。本隊の突入を補佐するものだ。しかし、武功を上げてはならない、という意味ではない。命令は絶対ではあるが、手柄を上げたいという欲ももちろんある。それが満たされるかもしれないのなら、欲を満たそうとするのが傭兵だ。このまま敵陣に穴を空ければ、陽動にもなり手柄にもなる。
「突っ込むぞ! 俺に続け!」
同じ手応えを感じていた部下たちが声を張り上げる。彼らの声に応えたわけではあるまいが、その彼らの先をいく荷車も唸りを上げて猛進する。
「来たぞ! 例の荷車だ!」
ボース傭兵団から声が上がる。共闘している他の傭兵団より、馬も人も必要ない荷車『無人車』があると報告を受けていた。その車は爆発する、ということも。今しがた城壁の一部を破壊したのもあの無人車だろう。
脅威ではある。しかし、効果を知っていれば対処は可能だ。ボース傭兵団は準備していた空の荷車数台を持ち出し、自陣に到達する前に、荷車にぶつけて手前で爆発させるつもりだ。本来であればバリケード等で防壁を作って置くべきなのだが、作ろうとした先からエクゥウスの先遣部隊に突出したところを叩かれ、防壁を築けずにいた。
しかし、エクゥウス傭兵団側も黙っていなかった。
「弓兵、前に出てくる間抜けを狙え!」
相手の意図を察した部隊長が後ろに向かって叫ぶ。突入部隊後方に位置していた一団が盾を捨て、背中の弓やを取り出す。矢をつがえ、放つ瞬間に前に出していた足へと体重移動し、体で押し出すようにして斜め上の上空へと矢を放つ。矢は放物線を描き、進行方向を妨害しようとした荷車を押すボース傭兵団へと襲いかかる。
荷車を押すボース傭兵団団員は、鉄の鎧で全身を纏い、背中には通常よりも巨大な盾を背負っていた。しかしそれでも、落下してくる矢は人の肉体を軽々と貫く鋭さと早さを持って飛翔している。貫かれないまでも、その衝撃は彼らの体を容赦なく殴打する。それに、鎧とて全てを防ぐわけじゃない。繋ぎ目や関節はどうしても脆くなるし隙間もある。そこを貫かれれば行動不能となり、今度は重装備が仇となり救助が困難になる。
それを理解した上で、ボース団員達は荷車を押し、文字通り矢面に立っている。そんな彼らを仲間が見捨てるわけもなく、彼らの負担を少しでも減らそうと後方の団員達は矢を敵に放つ。
荷車を押すボース団員が、無数の矢に撃たれて口から吐血し倒れた。矢の衝撃が彼の内臓を破壊したのだ。
掲げた盾の影から僅かに飛び出た足に矢を受け、エクゥウス団員が転倒した。無常にも、その背を止まれない仲間が踏み越えていく。
走っていた無人車の一つが、嫌な音を立てて突然スピードを落とした。なぜ止まったかはその場にいる誰にも分からない。錆びた歯車が外れ、空回りして動力を伝えていないのがスピードを落とした原因だった。
弓矢の応戦は、もうすぐ終わる。無人車が荷車にぶつかった瞬間、内に込められた暴走した魔力が臨界点を超えた。
領主の館周辺で、再び爆発が発生する。衝撃と粉塵と木っ端を半球状に巻き散らした。この瞬間だけは、敵味方共に攻撃の手が止んだ。しかし、彼らはすぐに体勢を立て直す。
粉塵をかき分けて、歩兵同士が衝突する。足を止めたら相手に一方的に押し、斬られる。互いにそれがわかっていた。粉塵で煙り見えない向こう側にも、彼らは躊躇なく足を踏み出し、かすかに見えた影に向かって剣を振るう。振り回される風圧が徐々に粉塵を晴らした時、そこには次の戦いが始まっていた。長距離での撃ち合いから、剣や斧による接近戦へと。こうなれば策も何もなく、その場の団員達の力量と、互いの勝利条件によって勝敗は決まる。
南と西は、団員の力量も数も拮抗し、泥沼の様相を呈してきた。泥沼こそ、奇しくも両陣営同じ狙いであった。自分達が時間を稼げば稼ぐほど『本命』部隊の成功率が上がると信じ、彼らは武器を振るっている。
そして東側。城壁の爆発と同時に突入してくるエクゥウス傭兵団の数、およそ七百。南と西が合わせて百程度のため、およそ七倍の大軍が押し寄せることになる。そこへ、街を蹂躪していた残りの団員が流れに加わり、約八百の軍勢となった。彼らが目指すは領主の首。その一点を成功させるために、軍勢は槍と化し、ボース傭兵団の護りを貫こうとしている。その先頭を走る一人が、違和感を覚える。
想像よりも、想像以上に、敵が密集して身構えている・・・?
こちらの策を読まれたのでは、という胸中の不安は、数歩目には拭い去られる。余計な事を考えている余裕など戦場には存在しない。代わりに武器を握る手に力を込める。自分達の成功を信じて、敵を引き付け、時間を稼いでいる仲間のためにも、敵陣に穴を空ける。
「来るぞ、来るぞ来るぞ!」
ボース傭兵団フレミンズは、自身も巨大な盾を掲げ、片手で隙間から槍を突き出しながら近付いてくる敵陣を睨んでいた。本陣からもたらされた情報の通り、こちらのルートが奴らの本命だった。先の南や西の爆発は囮。注意をひきつけるためだった。それでも少なくない敵が押し寄せていることだろう。もしそちらが抜かれれば、背後から挟撃される。彼らが防ぎ切ると信じて、出来る限りこちらを早く終わらせる。ボース傭兵団全軍千の兵が、彼らを迎え撃つ。
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