第53話 炎上戦法

「街中を見て回ったが、やはりエクゥウスの連中はいないな」

 テーバも、先ほどの報告と同じ答えを持って帰って来た。彼らの定宿、食堂、娼館、行きそうな場所を全て当たり、店の従業員にも尋ねたが、見かけていないという。

「何らかの依頼で団が移動した、ということは?」

 私の質問に、テーバは「可能性は低い」と首を振った。

「もし団で移動するなら、かなりの大所帯になったはずだ。人目に必ずつく。また、案内所にも出向いたが、中規模の団が全員で取りかかるほどの大型依頼は発生していない。団が移動する理由もないんだ」

「来るはずの商隊が消えて、居たはずの傭兵団も消えた・・・ですか・・・」

 同じ方法で集団は消えたと見るべきだろう。今日まで気づかれないように、少人数で少しずつ日を分けて減らしていった。

「誰にも事情を話さず気づかれないように姿を消したのには、やはり理由があるんでしょうね」

「団長、これってやっぱり」

 ムトが不安げに私を見ている。

「すぐに出立準備を」

 確証はない。ただの勘違いかもしれない。けれど、準備だけは怠ってはならない。団員を先行して宿に走らせる。ムトと共に地図を片付け、私も店を出た。私の荷物はあまりないが、問題はプラエの荷物だ。もし部屋一杯に散らかしていたら、片付けるのに時間がかかる。金になるし独占的な技術や素材もあるから、ゴミのように見えても捨てていくわけにはいかない。

「え、何です、何なんですか?」

 一人、状況がまったく飲み込めておらず、私たちの焦燥が理解出来ないボブが後を追って店を出てきた。不安げな表情で私たちの顔を見ている。彼に構っている余裕はない。呼びかけに応えず、足を緩めない。

「エクゥウスって、アルボスに長く滞在している傭兵団ですよね? 他の団の人とは違って親切な人が多い。街の誰もが彼らには好意的です。その人たちがいない事の何が問題なんですか?」

 ボブは諦めず、私に並走する。仕方ない。宿に着くまでの間、話をする。

「問題があるかどうかは分からない。彼らがいないのは偶々で、ただの私たちの考え過ぎかもしれない。けれど、考え過ぎて困る事はない。後で笑い話になるだけだから。でも、考えが足りなければ、明日から笑う事すら出来なくなる」

「な、何が起きてるっていうんです? あなた方は、何を考えて・・・」

「団長、まずいかもしれん」

 先に到着していたモンドが、荷物を抱えて出てきた。

「どうしました?」

「見張り台にいるはずの領主の私兵がいない」

 言われて、城門近くに建つ櫓に目を向ける。既に日は落ち、辺りは薄暗いが、松明が焚かれている櫓の周辺は何とか見えた。通常よりも見えすぎた。遮る者がないから。通常であれば、領主の兵が毎日三交代で二十四時間待機しているはずなのに。

 排除されたと、考えるべきか。

「・・・出口はあそこしかないんでしたっけ?」

「ああ。残念だが」

 ぽっかりと空いた門の先は暗かった。ドラゴンのアギトと同じだ。通ろうとしたら、途端に食い千切られる。

 街が静かに制圧され始めている。

「強行突破するか?」

 可能か不可能かといえば、可能だろう。しかし少なからず犠牲が出る。罠を張っている可能性があるからだ。毒まで流してこの街を落とそうとしているのは、生存者にいてもらっては困る為。ここで起きた戦いの真相を知られたくない。そして、自分達に都合の良い情報を周囲に誤認させておきたい。それこそ、街の人間からの信頼を勝ち取った、お行儀の良い傭兵団エクゥウスを使って拡散する。そんな筋書きだろうか?

「・・・どこにでも、似たような話はあるものね」

 口の端を歪める。似たような話に出演していた身としては、笑うに笑えない。

「団長?」

 私の顔を覗き込むモンドに、視線を向ける。

「いえ。強行突破は後にしましょう。くだらないことで団員を死なせるつもりはありません。しかし、相手の思う壺にもなってやるつもりもない」

 見張りがやられている時点で、何かが起こっているのは確定している。今後は、いかに自分達に被害を出さず、相手を出し抜くか、だ。この街が落ちようと落ちまいとどちらでも構わない。

「モンドさん。手が空いた団員を集めてください」

「おう。・・・で? 何をしでかす?」

 にやとモンドが笑う。五年も共に戦えば、私がこれから何かしようと考えているのを見抜けるようだ。私は一緒についてきたボブに視線を向け、それから来た道を振り返る。

「ファリーナ商会アルボス支店を、燃やします」

「はぁっ?!」

 ボブが奇声を上げた。

「ちょ、あなた何言ってんですか! どうしてうちの店を!」

「こればっかりは申し訳ないとしか言いようがありません。それが、一番都合が良いからです」

 あの店には、アルボスを襲撃している連中の道具が隠されていた。その店が燃えたら、連中の計画に支障が生じる。また、火事が起きれば大騒ぎだ。連中の隠密行動にも影響が出る。一石二鳥の作戦だ。それに、『敵襲!』と騒げば戦う者と逃げる者に分かれるが、火事なら見物人まで現れる。

「そんなことさせてたまるか!」

 私たちの前に、ボブが立ちはだかった。

「あそこは私の店だ。長年ファリーナ商会で働いて、ようやく得た私の城だ。あなたにわかるか? 分からないだろう。その日暮らしの傭兵には、長年の勤労と奉仕によって得た信頼と実績の証が。私の誇りが。それを燃やすなど、断じて許すわけにはいかない!」

「許されようとは、思っていません」

 彼に詰め寄る。

「こ、殺す気、殺す気なんだな! やれよ、やってみろ! だがな、それで損をするのはあなた達だ。私と一緒にあなた達が行動していたことを、少なからず街の人間は見ていた。そして私の死体が出たら、真っ先に疑われるのはあなた達だ。傭兵も少なからず信用商売だろう。今後のあなた達の活動に、影響するんじゃないのか?」

「そんな事、わざわざしません」

 どうだ、と言わんばかりの顔でこっちを見返すボブに、冷水のような言葉を浴びせる。どうやら、先に火事になっているのは彼の頭の中らしい。

 片付けを終えた団員達が私のまわりに集まってきた。隅っこにはプラエもいる。足元には以前回収した、モヤシの袋が置いてある。見た目は大きめのリュック程だが、内容量は馬車一台分に匹敵する。いつの間にか彼女専用になっていた。それは別に構わない。荷物が一番多いのは彼女だし、魔道具作成のための道具は嵩張る物も多いからだ。

「プラエさん」

「ん? 何なに? どうした」

「処分を頼んだ毒ですけど、どうしました?」

「あ、あれ? もちろん処理したけど」

 私から視線を外す彼女を見て、確信した。

「・・・ギースさん。ムト君。彼女の荷物を探ってください」

「わかった」「了解です」

 彼らの行動は早かった。

「ちょ、止めて! 乙女のカバンを勝手に漁るなんてどういう神経して・・・」

「乙女と言うなら、もう少し綺麗に整理整頓してください。ほら、邪魔しないで」

 ムトに羽交い絞めにされ動きを封じられるプラエの横で、ギースが袋に腰まで入れて目的の物を探す。

「あったぞ」

 ギースが掲げる。私がファリーナ商会で見た木箱だ。

「やっぱりね」

 半眼を向けると彼女は「・・・だってもったいないし」と不貞腐れた。

「プラエさん。責めるつもりはありませんよ。だって、これはファリーナ商会の犯罪の証拠なんですから」

「どういう事だ!」

 どういう事だと言うその声が、裏返っている。ファリーナ商会で支店を任されるほど有能な人間なら、すでにこれから起こる事がある程度予測出来ているからだろう。

「テーバさん。これを持って、ファリーナ商会へ向かってください。そして、中身を店内にぶちまけてください」

「おっしゃ」

 ギースから木箱を受け取ったテーバが店に向かう。

「何をする、止めろ!」

 追いすがろうとしたボブの首根っこをモンドが掴んだ。絶妙に加減されて掴まれているから痛みはないだろうが、きっと彼は理解している。少しでもモンドが力を加えれば、自分の首が折れる事を。

「私たちは、ファリーナ商会アルボス支店に、認可されていない毒物が売っていることを知った。これは、ここの領主に報告すべき事案です。犯罪行為ですからね」

「違う。あれは、うちの物じゃない。あの連中が勝手に持ってきた・・・」

「領主が信じるとは、思えませんね。だって、あの店はあなたの城なのですから。あなたが知らない荷物なんかあるわけない」

 ボブの耳元に口を寄せる。囁くように、染み込むように。避けられないこと、逃げられないことをわからせる。

「私はどっちでも良いんです。あなたが選んでください。火の不始末で店を失った不運な店主か、この街を滅ぼそうとした凶悪な店主か」

 震えているのは、恐怖のためか、屈辱のためか。しかし、心が折れそうになっているのは間違いない。最後の一押しを行う。

「決断は早い方が良い。この街は既に襲撃されている。急がなければ、自分だけじゃなく家族の命まで危うくなる。家族の命と自分の店、どっちが大事?」

「ぐ、く、くぅううううう」

 涙を流し、歯を食いしばりながら、ボブは折れた。

「家族を、守りたい・・・」

「わかりました」

 火種を持った団員達が走る。

「慰めにならないと思いますが、運がよければ、全て連中のせいに出来ます。燃えれば毒物も見つからない。あなたは被害者で押し通せます」

 私たちの見つめる先で、炎が舞った。

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