第51話 ジャイアントキリングを起こすには

 ファリーナ商会の人間から話をじっくりと聞くために、場所を移す。

「その前に」

 私は転がる死体を見下ろしながら言った。もう既に、死体を見て可愛い悲鳴を上げるような人間ではなくなってしまった。環境が人を作るというのは本当だ。

「彼らを埋葬しましょう」

 私がそう提案することを察していたか、既に団員達の手にはスコップがあった。手馴れた物で、彼らはすぐに人数分の墓を掘った。そこに一人一人埋めていく。私も、首の無い死体を墓に並べた。

「優しいね団長は。普通、殺した相手の墓なんか、わざわざ掘らないよ」

 プラエが言った。彼女は力仕事は専門外と車の台に腰をおろし、こちらを見ていた。

「埋めるのは、優しさじゃないです。証拠隠滅のため。敵の仲間がここに現れた時、仲間の死体があったら警戒するでしょうし、もしかしたら私たちのことに気づき、敵対するかもしれない。穴を掘る手間だけで命を狙われるリスクを減らせるのだから、やっておいて損はないでしょう」

「その理由だけ? でもあなた、ドラゴンとか、他の野獣とかの屍骸も土葬したり火葬したりしてるわよね。皆の準備が良いのはその影響なんだけど」

「私の世界の言葉に、こういうのがあります。たとえ憎くても、死ねば仏」

「死ねば仏・・・?」

「どれほど憎い相手に対してでも、死者には敬意を払うという教えです。死んだ者には、もはや自分の威厳を守る術はないのですから。それに、ドラゴンや野獣は我々の収入源や食料になるのですから、いただきますの精神から言っても弔っても良いと思います」

 墓の中に横たわる死体に、土をかけていく。彼らがどんな理由で、どんな任務を背負い、どんな気持ちでここにいたかは分からない。きっと彼らにも家族がいて、友人がいて、恋人がいたのだろう。

 後悔は無い。私の仲間を殺そうとした相手に躊躇はない。だが、相手にもそういう背景があるというのを、知っておくことと知らないままとでは、大きな差が在ると思っている。死体はやがて見えなくなり、まわりと色が少し違う土の地面に変わった。

「埋葬完了。さて」

 私たちが振り向くと、怯え切ったファリーナ商会の男が背筋を仰け反らせた。そこまで怯えられても困る。

「先程も言いましたが、こちらの指示に従ってくれれば、手荒な真似はしません。むしろ、私たちはあなたの味方だと思っている」

「み、味方?」

「そう。察するに、あなたは連中に脅されていたのでは?」

 明らかに彼だけは他の連中と毛色が違った。これで擬態だったら見事な演技だ。男は何度も何度も首を上下に振った。

「お、お願いだ。あんたらには全部、私の知っていることを全部話す。だから頼む。家族を、妻と娘に会わせてくれ」

「家族の?」

「そうだ。あいつら、言う事をきかなければ私だけじゃなく家族も殺すと脅してきた。私はそれ以降、店に押し込められて家に帰れていないんだ」

 この話を信じて良いのか。脅されているのではと私は考えているが、他の皆はどうなのか。ちらとギースに視線を送る。彼は自分の左と私を順番に見た。彼の左にはモンドがいる。

「わかりました。まずは、ご家族の安否確認に行きましょう」

「本当か?!」

「ええ。まだ家には彼らの仲間がいるかもしれませんし、いるなら倒しておかなければなりません。私たちの仲間と一緒に向かってください」

 半分本当で、半分は警戒のためだ。男が敵だった場合、仲間に連絡されるかもしれない。だから、見張りとしてモンドたちを同行させる。不審な動きをしたら即対処出来るように。

 団を二手に分け、モンドを筆頭に腕っ節の強い団員を男と一緒に向かわせる。彼らを待つ間、残り半分の団員をつれてファリーナ商店に向かう。店の奥に、実物があった。プラエと連中との会話は、連絡用の魔道具で聞いていたが、まさか異世界で車を目にすることになるとは思わなかった。車と言っても、板にタイヤとエンジンを引っ付けた簡素な物で、イメージ的にはおもちゃのミニ四駆を大きくしたような出来栄えだ。ハンドルもブレーキも無い。それでも車には違いなかった。

「おっと、こいつはまずい」

 一緒に車を調べていたプラエが、荷台にある木箱の中味を検めて唸った。

「毒の原材料じゃないの。しかも勝手に輸入したら駄目なやつ」

「許可がいるんですか? もしかして、この街だけじゃなくて、世界基準で駄目な奴?」

「そう。どこの街でも駄目な奴。無断で輸入すると、取り扱い店は営業停止、運んだ商人も二度と誰からもどこからも依頼されないってくらい厳しい処分が下されるわ」

「今更なんですけど、リムスって戦争して覇権を争ってる最中なのに、そういう毒物とかの取り扱い厳しいですよね」

 毒は人の歴史と共にあるイメージが強い。そして人の歴史は戦争の歴史だ。毒殺された王族は枚挙に暇が無く、その度に歴史は動いていたし、殺せないまでも敵の軍を弱体化させることが簡単に出来る。卑怯だろうがなんだろうが、戦いに勝つために選ばない理由は無いと思うのだが。

「その簡単に出来るせいで規制されたのよ。リムスがまだ百を超える国々が争う戦乱期には、あなたの言う通り、毒を敵国の井戸に流すなどの行為は何件かあった。けれど、すぐにその手法はどこも使わなくなり、戦乱期の中期から後期辺りには、戦争時におけるルールの一つとして取り決められた」

 国際法みたいなものだろうか。

「それはまた、どうして? 最初は使ってた国もあったんですよね」

「よくよく考えれば、当然の話なのよ。戦争って、相手の陣地を取りに行くわけじゃない? 陣地が欲しい理由は幾つかある。人が住める土地、豊かな資源とかね。でも、その土地に毒が蔓延していたらどう?」

 納得だ。苦労して勝ち取った土地が使い物にならないのであれば、勝ち取る意味が無い。ただ疲弊するだけだ。

「ま、それでも欲しがる連中は多いだろうけどね。それこそ暗殺とか。法の目を掻い潜って、闇ルートで高値で取引されてるみたい。闇ルートなら、誰が仕入れたとか運んだとか、足がつき難いから」

 私たちの視線が、木箱に向く。

「それほどまでの危険物を、なぜここに運んだんでしょう?」

「問題はそこよね。そして、あいつらとの会話。『虐げられる側』って、自分達の事を指して言ってたわよね。ファリーナ商会関連の運搬だから、てっきりカリュプスがヒュッドラルギュルムに仕掛けるために用意したものとばかり思ってたんだけど」

「カリュプスは、虐げられる側ではないですもんね」

「となると、単純に考えたらカリュプスやヒュッドラルギュルムの属国か。独立を目指して両国を争わせて疲弊した所を叩く、みたいな筋書きかな?」

「ありえそうですが、結構賭けの部分が多い策ですよね。想定どおり争うとは限らないし、和睦するかも知れないし、この悪巧みがばれたら一瞬でその国は滅ぼされます。良い前例がありますので」

 廃墟となったラテルの光景を思い出す。相手を脅そうとして、逆に滅ぼされた国の末路だ。

「そうよねぇ。リスクの方が高そう。絶対その国にも、大国のスパイは入り込んでいるはずだしね」

「ええ。裏切りや謀反には神経を尖らせていると思います。けれど」

「けれど?」

「・・・いえ、何でも無いです」

 そう、流石に考えすぎだ。謀反を企んでいる事がばれても構わないのでは、なんて。そんなの宣戦布告と同じ意味だ。同等以上の力がなければ出来ない。小国が大国を滅ぼすのは、通常であれば不可能だ。ただ、その通常では無い方法もまた、歴史で知っている。地の利であったり、強力な新兵器の発明であったり、強力なスポンサーであったり。

 車という発明が視界に入る。考え過ぎの、はずだ。しかし、これが現在のリムスで未知の物であるのも事実だ。未知は、それ事態が起こす効果以上に、人に与える心理作用が大きい。人の想像力が、効果を何倍にも引き上げる。相手の士気を挫くのも立派な作戦だ。もしこれが大量に生産されて、単純な使い方だけど爆弾を積んで突っ込ませれば、簡単に城は落とせる。軍隊にも大打撃を与えられる。しかも人的損害はゼロだから生産ラインさえ維持できれば一方的に攻撃出来る。

 もし、強大なスポンサー、カリュプス、ヒュッドラルギュルム以外の大国がついていたらどうだろうか。いや、むしろ小国を焚き付けている可能性もあるのか。幾つもの条件が重なれば、小国が大国に勝つのは、けして不可能なことではない。幾つもの『もし』の末に成り立つ可能性だ。

「幾ら考えても分からないし、可能性の話だけなら幾らでも沸いて出るし。傭兵らしく、目の前のことに視点を変えましょう。話の流れとして、彼らはこのアルボスを攻略する予定だったはずです。しかし、彼らだけでアルボスを滅ぼせるでしょうか?」

「無理ね。あの場で倒した連中は全部で八人。たった八人で滅ぼせるほど、この街は小さくはないわ。また、常駐の中規模傭兵団が二ついる。戦いが開始されれば、すぐにこの二つに防衛依頼が成されるわ。もちろん私たちにも。防衛であれば、そこそこの日数を稼げるでしょう。その間に、ヒュッドラルギュルムから援軍が届く」

「援軍が来る前に攻略するには大軍が必要、けれど、大軍を動かせばすぐに察知されるはず。そして、今の所どこの国も大軍を動かしたという話は出てない」

「であれば寡兵。どっかに潜んでるって事? もしくは既に街の中に潜伏してるとか?」

「両方の可能性はあります。時間をかけて車を用意した連中ですから。それくらいしていてもおかしくはない」

「期日の話もあるのよね。その辺、ファリーナ商会の彼に確認しておきたいわね。すでに、毒以外の準備は整っているかもしれないのだから」

「あ、準備と言えば、プラエさん。お願いしていた件ですが」

「うん、一応全部の車にしておいたけど、なんなの? まじない?」

「効果が出るかどうかはわかりませんが、やらないよりはマシな仕掛けです」

「あんなことをするよりも、全部破壊しておいた方が手っ取り早くない?」

「それも考えたんですが、もし破壊してしまうと、彼らの警戒心を上げてしまうことに繋がるのでは、と思いました。私たちの存在にも気づくかもしれない。でも、車があれば、彼らは当初の予定通りの動きをするでしょう。あの車で出来る事はそんなに多くない」

 素人が武器を持つと、攻撃方法が武器だけになるのと同じだ。人間の体は色んな攻撃方法を知っているのに、武器を持った途端、その武器しか振るわなくなる。真っ直ぐしか走らない車の戦いでの運用方法は限られている。

「想定外のことをされるよりも、こっちの予想がつく方法で動いてくれた方が相手にしやすいってことね」

「ええ。そして、プラエさんにやってもらった事は、見た目には分かり難いですが、車に不具合を起こさせる仕掛けです」

「あれが? ほんとに? だって、エンジン部分に塩水かけただけよ?」

「何のコーティングもされていないただの鉄なら、充分な効果が得られるはずです」

「理由、聞いていい?」

 魔術師のスイッチが入ったようだ。これに捕まると、また徹夜につき合わされかねない。

「話したいのは山々ですが、残念、時間です」

 良いタイミングで、モンドたちとファリーナ商会の人間が帰って来てくれた。

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