第50話 騙し合い

「いつまで外で待たせる気よ。風邪引いたらどうしてくれんの?」

 招きいれた女はそう言いながら、店内の商品棚を指でさっと拭った。指先についた埃を息で吹く。

「も、申し訳ございません。丁度、話の出来る者が来ましたので、そちらに話をして頂ければと」

 店長と入れ替わるようにして、リーダーの男が現れた。

「突然何用でしょうか。こんな物を見せられても、こちらとしては何のことだかさっぱり」

「わかりません? 私をここに招いた時点で、そういう話はもう済んだ物と思ってたけど、まあいいわ。慎重に慎重を重ねているって話だし、信用してもらうためにも、私の話を聞いてもらおうかな。まずは、先ほど渡した『歯車』についてよ」

 リーダーのこめかみがかすかに動いた。この女、車と、それに使われている『部品』の名称を知っている。

「あれは、車輪の軸とエンジンとを繋ぐ部分よ。おそらく街に着くまでは自動で動かして、街の中からは不信に思われないように手押しできたんでしょう。多分、その時に外れたのね。歯車は自ら噛みあって回るけど、想定されたエンジン部からの出力以外に対しての耐久性は未知数で、今回はその脆さが露呈しちゃったわけよ。これは私たち製作部隊も想定してたんで、こうして私が後詰で派遣されたって訳。私の話は以上。かなり専門性が高く、また、内輪にしかわからない秘匿の情報も混ぜた話をしたつもりだけど、まだ疑う?」


「ちょっと、どこまで歩かせる気? こちとらか弱い魔術師なんだけど」

 己に刃を向ける屈強な男達に囲まれても、女は軽い態度を崩すことはなかった。自分がいなければ、苦労するのはそっちだ、ということを理解しているからだ。

「口の利き方には気をつけた方が良い。我らの気分一つで、お前の命など」

「わかってるわよ。あんたらは特命を帯びた・・・っと、これ以上は言うと殺されちゃうわねぇ。私は何も知らない、ただちょっと修理を頼まれた魔術師。用が終わればサッサと退散して報酬をもらって、今日の事を忘れるだけ。そういう依頼だからね」

「無駄話はいらん。場所はここで最後だ」

 男達と魔術師の女、そして無理やり連行された店長が行き着いたのは、アルボスから少し離れた場所にある草むらだった。緑一色の、何もなさそうなところへ、男の一人が近づく。草むらの中に突き立った細い枝に手を触れると、途端に草むらの一角が変貌する。

「なるほど、迷彩の魔道具で隔してたわけね」

 女がしたり顔で頷く。さっきまで緑一色だった場所に、数台の荷車、『車』が現れる。

「早く終わらせろ」

 リーダーが顎で車を指す。

「はいはい。それが仕事ですからね、と」

 女は高そうな自分のドレスが汚れるのも構わず、車の上に昇ったり、下にもぐりこんだりした。店長は悲しい男のさがか、女のドレスが捲れ上がりそうになったり、上からたわわな谷間が覗き込めそうになるたびに目を限界まで見開き、首を長く伸ばして少しでも目の保養をしようと努力していた。男達は反対に、女が余計な真似をしないかと彼女の行動を観察していた。

「ああ、はいはい。これね。ここのが外れてたのねぇ」

 女が嬉しそうに言い、カチャカチャと車から音が聞こえる。車が喜んでいるように聞こえるのは、店長の気のせいだろうか。

「はい、終わり。他の車も、店の奥にあった奴同様に整備しておいたわ。これで決行日にはきちんと動くでしょうよ」

「そうか、よくやった」

「どうも。じゃ、私はここらで退散するわね」

 報酬を受け取りに行かないといけないし、と踵を返しかけた彼女が、立ち止まる。

「どういうつもり?」

 彼女の前には、他の男が立ち塞がっていた。前だけではない。左右、そして後ろと彼女の行く手を阻んでいる。明確な意思を持って取り囲まれていた。

「修理を終えたら、もう用はないはずよね? 他にも車があるの? それともまさか、修理完了のお礼とかお祝いでもしてくれるっての?」

 口調は変わらないが、女は油断なく自分の周囲に視線を配る。

「修理は終わったのだろう? なら、お前はもう、用済みだ」

「殺す、っての? 一応私、あんたらの仲間なんだけど」

「悪いな。たとえ仲間であったとしても、今作戦は極秘裏に展開している。我々潜入部隊の存在は完全に秘匿される必要があり、そのためなら仲間を殺しても構わないと指示を受けている。お前に指示を出した者が何者か知らないが、そのことを教えなかったという事は、お前は殺されてもいい、使い捨ての人間とそいつから思われているのだ」

「なるほどね。そういうこと。それほどまで、今回の作戦にかけてるってことなのね。はっ、馬鹿馬鹿しい。戦争なんぞ起こして、何がしたいのかね」

「何かを起こさなければ、我々はずっと『虐げられる側』なのだ。劇的な何かを。それこそ、戦争でも起こして、疲弊してもらわないと困るのだ」

 言葉の途中で、女が僅かながら片眉の尻を吊り上げた。彼女がリーダーの言葉のどこに反応したのか店長には分からない。

「あ? あんたら、カリュプスの者じゃないの?」

「ん? お前、何を・・・」

 はっとして、リーダーが刃を構える。

「お前、まさか!」

 リーダーに倣って、周りの男達も身構える。

「騙したな! 修理とは偽りか!」

「やべ、バレた」

 女がぎこちない笑みを浮かべた。

「ゴメン、後任せる」

 女はそう言ってその場にしゃがみこんだ。無駄な足掻きと男達は女に止めを刺そうと殺到し


 スパンッ


 血飛沫を上げ、首が宙を舞った。

「・・・え?」

 それは一体、誰の声だったか。

 白々と輝く光の帯が、男達の前を横切っている。その帯の先にいたリーダーの、首から上がなかった。真っ赤な噴水を上げながら、どうと体が崩れ落ちる。

 残された男達は、何が起こったか理解することも出来なかった。空気を裂く音が立て続けに発生し、その度に立っている男達の体の一部に穴が空き、抉れ、削り取られていく。一人が倒れ、二人、三人と何も出来ないままに死に絶えて。やがて、店長を苦しめていた集団の、その全員があっさりと命を失った。

「相変わらず、良い腕してるわ」

 音が止むと、女は自分についた土や草を手で払いながら女が立ち上がり、男達の生死を慎重に確認していく。彼女が持つ小さな鉄の塊の先から音と火花と煙が上がる度に、男達の体がビクンと跳ねている。どうやらあの塊、おそらく魔道具から矢のような何かを射出し、男達を射抜いているようだ。かなり念の入った、死んでいることが条件ではあるが確実な生死の判別方法だった。

「こちらプラエ、全員の死亡を確認・・・いや、一人残ってるか」

 プラエと名乗った女が店長の方に近付く。殺される。逃げようとしたが緊張と恐怖で足がもつれ、店長はその場に尻餅をついた。その店長の眉間に先ほどの魔道具を突き付ける。

「こ、殺さないで」

「条件次第ね」

 背後から、別の若い女の声がした。動けないままに、視線だけを巡らせると、いつの間にか別の集団に囲まれていた。

「知ってることを全て話しなさい。そうすれば、命までは取らない」

 まさか私がこんなセリフを言う日が来るなんて、と若い女はため息をついて、店長の前に姿を現した。

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