第48話 まだその時じゃない

「くるま?」

 街についた頃には、既に日が暮れていた。プラエたちを招集し、夕飯を食べながら廃坑で得た情報を共有する。

「何それ。美味しいの?」

 プラエが骨つき肉に齧りつきながら尋ねた。

「食べるものじゃないです。台車とか、荷車とか馬車とかありますよね。それの親戚みたいなモノです。ただ、人も馬もいりません」

「・・・詳しく」

 予想通り、良い喰いつきを彼女は見せた。空いた皿を退け、テーブルに持ち帰った歯車を置く。

「何これ」

「歯車とか、車の部品です。これらを組み合わせることで、車のエンジン、動力部を作ることが出来ます」

「エンジン。魔道具のコア、みたいなモノって認識でいい?」

「その認識で問題ありません。コアは魔力を流し込むことで、術式を起動させるもの。エンジンは、燃料を入れることで動くもの、もしくは何かを動かすものというようなくくりで良いと思います」

 厳密には違うのかもしれないが、とにかく何かを動かすものという認識でいいだろう。エンジンは、ガソリンの含まれた空気を爆発させてピストン、歯車を回すが、これは多分、そこまで複雑なのじゃなくて、SL、蒸気機関に近い作りだ。幾ら製鉄が可能でも、そこまで精巧なものを作るにはコストがかかりすぎる。

「水を熱すると気体になります。その時、体積が膨張します。このエンジンは、その膨張を利用して、歯車を回します。この歯車の回転を利用して、台車の車輪を回す仕組みです」

「コア、エンジンが動くことで、歯車ってのが回って、連動してこの棒が回転して、その棒の先に車輪があるから、勝手に動く。なるほど、そんなに複雑な仕組みじゃないね。誰が思いついてもおかしくない。でも思いつかなかったのは、多分これ単体だと『だから何?』って話になるのよね。歯車もそう。これだけだと出来そこないのメイス。でも、組み合わせることで一つの道具になるのか。うん、悔しいけど、面白い」

 プラエが唸りながら腕を組んだ。形の良い胸が押し上げられる。作業中だったからか薄いシャツ一枚なので、より躍動感が増している。血気盛んなジェントルマン達の視線が一瞬ぶれる。

「問題は、何を作っていたか、です」

 ワザとらしく咳払いして、本題に戻す。

「まあ、そうよね。この仕掛けは今後の私の研究に活かすとして一旦脇に置いて。で? 団長。ある程度の見当を付けているんでしょう?」

 頷く。一つの見当、仮説を元に、団員達の意見を肉付けする。

「私の考えですが、さっき言った、車を作っていたのではないかと思います」

「馬も人もいらずに動く荷車か。面白いが、それは本当に必要な物なのか」

 ギースが当然の疑問を呈す。

「裏を返せば、馬か人がいれば事足りるのではないのか。わざわざ鉄鉱石を加工して、こんな複雑なものを幾つも作るよりも、はじめから馬に引かせた方が話が早いんじゃないか?」

「デメリットは、今ギースさんが言ったように存在します。コストとか、作れる職人が限られるとかね。けれど、メリットもあります。一つは、疲れないってことです。馬も人も必ず休憩が必要です。けれど、これは誰も疲れない。魔道具でエンジンを動かしているなら、魔力を消費する誰かが疲れるわけですけど、さほどの労力ではないはずです。本来かかるはずの労力を道具が肩代わりするからです。ただ、今回の場合というか、私の推測通りとするなら、重要なのはもう一つのメリットだと思います」

「それは?」

「痕跡です。人がいれば今回の捜索の時にもあった焚き火の跡、馬であれば糞や草を食べた跡、気配もあるでしょう。野党、野獣の類に襲われる恐れもある。ですが、車の場合、それがない。何日放置していようと食費はかからないし、周囲から気づかれ難い。気づいても、エンジンの機能を理解していなければただの重い荷台です。誰も取らない。大量の荷物を運べる馬車の有用性は皆さん知っているはず。馬の世話を気にすることなく何日も隠しておけて、いざとなったら爆発物を積み込んで破城槌代わりにもなる、そういう道具が、アルボスの近くに伏せられていたら」

「ちょ、待って、ちょっと待ってください!」

 ムトが両手をバタつかせながら割って入ってきた。

「団長、あなた何言ってるのかわかってんですか?!」

「騒がないで、ムト君」

 手の平を上から下へとおろす仕草で声を落とすよう指示する。声と、頭まで下げて、テーブルに這いつくばるようにしてムトは言う。

「あなたは、誰かがアルボスに攻め込もうとしている、って話をしてんですよ?」

 それって、つまりは。ムトが言葉を濁した。周りの団員達も、それが何を意味するかわかっている。

「計画的なら、戦争の可能性は低くはない」

 アルボスは確か、ヒュッドラルギュルム管轄の街だ。

 現在リムスは五つの巨大な国が支配している。支配地域は、大まかに分けて東部をアウ・ルム、北部をラーワー、西部をヒュッドラルギュルム、南部をカリュプス、そして中央をアーダマスとなっている。これら五つの大国に挟まれるようにして、属国である小国が何カ国か存在する。中には複数の大国に隣接していて、緩衝地帯として中立となっている国もある。

 西部のヒュッドラルギュルムに隣接しているのは、北部、中央部、南部の国々だ。小国は除外するとして、ラーワー、アーダマス、カリュプスのどれか。大国は、どこも戦争を仕掛けるタイミングを計っている。新しい道具は、そのタイミングに当たらないだろうか。新しい発明を真っ先に戦いに持ち込みたがるのは、どこの世界の人類でも同じ、悪癖だ。

 もしカリュプスなら。ファリーナ商会はカリュプスに本店を置く商会だ。各国の情報を集めるスパイ組織としての役割も果たしている。しかも。アルボスのファリーナ商会支店は、物資の運搬が滞って店舗が縮小している。それは本当だろうか。何か関係があるのではないのかと勘繰ってしまう。もし全ての推測が当たっていれば、カリュプスとヒュッドラルギュルムとの戦端が開くかもしれない。期せずして、チャンスが舞いこんできた形になる。

 一瞬、敵意に近い視線が向けられた。視線を辿ると、プラエがいた。既に彼女の視線は逸れているが、意図は伝わった。彼女とギースは、私の目的を知っている。カリュプスを滅ぼすという目的を。あれは、彼女からのけん制だ。ちらとギースの方も見る。彼女ほど過剰な反応は見せないが、それがこちらに冷静な判断を訴えかけているようにも見える。彼女らの反対を押し切ってまで、戦争に関わるのは得策ではないか。

「もちろん、全ては推測、可能性の話。全部勘違いかもしれない」

 そう告げることで、もし戦端が開かれても率先して関わる事はないという意味を言外に含む。

「だから一つずつ確かめていく。プラエさん。テーバさんに聞いたんですが、犬みたいに匂いを追跡する魔道具があるそうですね」

「ええ。あるわよ。犬ほどの効果は見込めないけど」

「持ち帰った部品の匂いを追わせます。そこで何かを発見できれば良し、発見できなければこの件は終わり。次の街に行きます。ある程度の資金は既に稼げましたし、どうも、この街には私たちに丁度良い依頼はないようなので」

 異論はなかった。

「プラエさん。早速魔道具の準備をしてください。数はありますか?」

「試作品で作った奴と完成品の二つ。性能の差はそこまでない。登録出来る匂いの数が多いか少ないかくらいかな。魔道具は、登録した匂いが近付くにつれて道具に取りつけたランプが点滅発光し、音が鳴る仕組み。近付けば近付くほど点滅の感覚が短くなり、音が長く鳴るって感じかな。使い方は、魔道具が示す反応の強い方へ行けば良い。材料はあるけど、新しく作る? いるなら、いつまでに作れば良い?」

「今夜中ではどうですか? 深夜十二時」

 こそこそ動くのは、夜中と相場が決まっている。もちろん、泥棒などの犯罪を侵すつもりはない。私たちは、健全な傭兵家業なのだから。

「出来て一個か二個ね」

「街中を探すだけなら充分です。外まで、わざわざ探さなくても大丈夫でしょう。では申し訳ないのですが、テーバさん。夜目が利いて足の速い団員を何人か連れて、十二時から動いてくれますか」

「わかった。どこかの建物なら、忍び込むか?」

「場所が判明すれば充分です。人がいるところなら、日中に正面から堂々と尋ねましょう。私たちはこの街の新参者なのですから、挨拶に赴いても何もおかしくありません」

 もちろん挨拶の方法は、挨拶する場所で臨機応変に変更するが。

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