第47話 既製品の代替

 歯車を使う昔の道具と言えば水車が思い浮かんだ。川などの流れの力で回る水車は、回る力を歯車によって別の力として用いる事が出来る。昔行った博物館では、回る力を利用して臼を引いたり、それこそ杵で鉱石を粉砕するのに使ったり、窯に風や水を送り込んだりと鉄を加工するための動力としても使われていた。人の力に頼らない、半永久的に動き続ける動力を、リムスでは今の所見たことがない。

 なぜなら、この世界には魔法という動力がある。わざわざ水車を作らなくても、その労力を魔法に置き換えればコストがかからない。場所も選ばない。動力としても優れている。人の何倍の力も出せる歯車は、魔法、魔術、魔道具が既にあるため、必要とされなかったのだ。

 必要とされるはずがない物が存在するはずがない。ならば、誰かが歯車を欲したのだ。それも、はじめからこの形で生まれるわけがない。様々な試行錯誤の果てに最適化された形が生まれるものだ。ならば、突然生まれ出たこれは何だ。

 ぞくりと背筋に悪寒が走る。

 ロープを垂らし、階下に降りる。丁度、二階層目のゴミの山の真上に出る。

「団長! 一体何なんで? 急にゴミ調べ出したり、ゴミのことを知ってるか聞いてみたり!」

 モンドが上から叫ぶ。

「せめて説明してくれないと、俺ら何もわからんのだけど!」

「すみません! すぐ戻ります! 戻ったらすぐに説明します! 今はそのまま待機! 合図を出すので、その時引っ張り上げてください!」

 戸惑いがちの返事を頭上から受けながら、ゴミ山の中に。廃材をより分けていくと、途中からその山は出てきた。大きさの違う歯車に軸となる、円柱状に削られた棒。歯車を知らない人間なら、別個の物と思うだろう。歯車の一つを手に取り、軸に通す。歯車の穴は軸にぴったりと収まる。

 手元から、再びゴミの山へ。いや、それはもはや、ゴミの山と称して良いのかどうか。ある程度のゴミをかき分けた途端、同じ種類の歯車や軸が出てきた事から、廃材を上からかぶせて隠していたんじゃないのかと訝ってしまう。

 一旦皆の所に戻る。

「団長、なんだったんだ?」

 モンドの疑問に、少し考えをまとめて答える。

「まだ推測の域を出ないんですが、ここで何かが作られていたのではないかと思われます」

「それって、さっき団長が見せてくれたあれのことか?」

「はい。これは、歯車です」

 二つの歯車を彼らにわかりやすいように掲げた。歯車の溝と溝を合わせ、ゆっくり回す。歯車は一方を回すだけで、もう一方もまわり出す。

「こうやって、幾つもの歯車を噛み合わせて、小さな力でも大きな物を動かしたり、連動させて同時に動かしたりするものです。今下の階層を見てきたのですが、別の種類の歯車や、歯車を取りつけるための軸らしき棒がありました」

「もしかして、その下にある奴と組み合わせると」

「はい。何らかの道具が作れます」

 彼らに説明しながら考える。実際、どんな道具が作れるだろうか。さっき頭に浮かんだ水車や風車、とは考え難い。それらに代わる魔法が在るからだ。

「あ、そうか、魔法だ」

 魔法は道具代わりでもあるが、道具を動かすガソリンや灯油でもある。炎や水の魔道具を使えば、常に水蒸気を発生させることが出来る。プラエに確認する必要はあるが、冷凍庫があるのだから、水蒸気ぐらい簡単だろう。下には大きな車輪や釘、環の部分の無い、ハブだけの壊れた車輪があった。その壊れた車輪の軸は、棒と言うより板のようだった。あれは、今では歯車を動かすための、水車や風車の部分にも見えた。エンジン部分だ。エンジンがあって、ガソリンがあって、ギアがある。理論的には、自動車が作れる。嘘だろうと頭のどこかで自分が笑うが、笑えなくなっている自分もいる。

 思い出されるのは、アルボスで集めた話。

 消えた商隊は、消えたんじゃない。運搬を終えただけではないのか。目的地はここだ。全てを運搬し終えれば、人間はバラバラになっても問題ない。それこそ、一人ずつアルボスに行けばただの旅人として入る事が出来る。商隊は消滅ではなく個々に分解されただけではないのか。

 激しい雨が降っていたのは、人目を避けるためにわざと雨の日を選んだからではないか。

 遠吠えは、エンジンが唸る音や試作品の歯車が噛みあわなくて軋む音ではないのか。作った物を試運転していただけではないのか。

 極めつけはさっきのテーバの言葉だ。一階層にあった車輪跡は、上の物よりも太く、重量もあった。上から部品を下ろし、下で完成品として組立てて、出荷した。上から下への流れ作業だ。

「テーバさん。さっき、一階層の車輪跡の話がありましたけど、あれ、跡を追えますか?」

「そう、だな。正直、最後まで追跡して目標を見つけるのは難しいと思う。一階層にくっきり残っていたのは、風雨に晒されていなかったからだ。少なくともひと月以上経っていて、移動が何度も往復したりするようなものでないなら、行動を抜けた後は通った轍も出来てないだろうし、踏まれた草木の跡も残ってはいないだろう。目で探索するには限界がある。何か特別な匂いでもついていれば、話はまた変わってくるのだろうが」

「匂い、ですか? 匂いがあれば、追跡が可能なんですか?」

「訓練された狩猟犬ならば、匂いを辿って離れた場所に逃げた獲物を追える。人間には嗅ぎ取れない微細な匂いも、犬は拾う。かなり前の物でも嗅ぎとれるはずだ。俺の飼っていた相棒は、随分前に亡くなっちまったが、その話を聞いたプラエが、前に試作品として匂いを追尾する魔道具を作っていたはずだ。訓練された犬ほどではないが、それでも人よりはまだ嗅ぎ取れると思うぞ。その代わり、追いたい匂いをきちんとこっちで選ぶ必要があるがな」

 匂いの元か。

「絶対にこれと同じ、ってものじゃないと難しいですかね?」

「探すものを特定するのならば、そうなるな。似た匂いでも、ある程度は分かるらしいが。匂いの成分を種別化して、同じ種類の匂いがあるところに案内する仕組みらしい。良く分からんが」

 なるほど、栄養素の話と同じか。つくづく優秀な人だ。これでだらしない性格がなければ、彼女の理想とする男性が次から次へと彼女の元に現れるだろうに。

「捜索を切り上げます。ここと二階層、一階層にある物を幾つか回収し、アルボスへ戻ります。帰還後に、街に残っている団員たちと合流し、今後の打ち合わせを行います」

「団長、もしかして、消えた商隊の謎が解けたのか?」

「解けたかどうかはわかりませんが、もしかしたら、という考えが浮かびました。確証に変えるには、幾つか確かめなければなりませんが」

「ドラゴンとか、山賊のせい、ってわけじゃないんだな。やっぱり」

「多分、そうです。元から、ドラゴンも山賊もこの地にはいません。ただもしかすると、それらよりも恐ろしい何かが、アルボス付近に忍び寄っているのではないかと思います。それらが現れる前に、逃げるか、戦うかも検討し、準備をしておきたい」

 手遅れになる前に、出来うる限りの準備をする。後悔など、してやるものか。

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