第46話 オーパーツ

 腹を満たし休息を取ったら、後は働くだけだ。私たちは鉱山最下層、鉱石の搬入口として使われたであろう横穴から中へと進む。先頭がテーバ、少し離れて私と続き、最後尾をモンドが受け持つ。鉱山内部は当然ながら日中であっても暗い。ただ、元は鉱山なだけあって、落盤防止のため補強として備え付けられた鉄骨の所々に、松明を刺し込む土台があった。松明が刺さったままの所もあり、油の匂いもしたので、試しに火をつけると問題なく辺りを照らす。遠慮なく利用させてもらおう。

「分かれ道だ」

 先行するテーバの声が反響しながら届く。彼に追いつくと、左右にT字路となって分かれている。

「分かれ道、ですか?」

 事前に案内所で買った地図には左側へ進む道は無かった。まがい物を渡されたのだろうか。地図では、ほぼ一直線の坑道になっているのに。

 左側の道を選び、進む。

「わざわざ書く必要がないから記入して無いのか」

 テーバが呟く。彼の言う通り、左の道はすぐに行き止まりになった。学校の教室程度の空間が開けている。ここまで潜ってきた坑道よりも少し高さがあり、所々に柱と梁が行き渡って、崩落を防いでいる。何故ここだけこんな作りをしているのか。

「あれが原因じゃないのか」

 テーバが指差す方向には、ガラクタの山が積み上がっていた。折れた作業道具に車輪の無い台車、ほかにもどんな用途で使っていたのか分からない木箱や鉄の筒などが放置されている。

「物置として使っていた、って事でしょうか?」

「かもな。もしくは、ゴミ捨て場かもしれん」

 テーバがランタンを上に向けた。

「穴?」

 天井には、三メートル四方の正方形の穴が空いていた。丁度積まれた瓦礫の山の真上だ。

「良く見ると、この上の階にも同じような穴が空いている。不要になった作業道具や、上で掘った土をここに落として、外に運搬して捨てていたんじゃないか?」

 なるほど、合理的だ。周囲を見渡したところ、瓦礫以外に特に何もない。

 ドラゴンに遭遇することも、盗賊団に遭遇する事もなく、二階層にはすぐ到達した。一階層目と同じく、左側の空間が描かれていないことを除けば、地図はほぼほぼ正確だった。前回の捜索隊が何も見つけられなかったのも頷ける。地図は正しく、坑道の作りはほぼ一直線、迷い込んだりする心配が無いのなら、隠れる場所がまず無いので一通り見て回れば探索は完了、無人であると報告出来る。やはり外れだったのか。

「団長の勘、外れだったか」

 気にしている事をモンドが言った。自分で言った手前、何も無いと分かると一緒に来てくれた皆に申し訳ないやら気恥ずかしいやら。そんな感情と赤くなって入るであろう顔を隠すために、地図には載っていない部分、ゴミ捨て場を覗く。一階層目と同じく、二階層のゴミ捨て場にも、瓦礫が積み上げられている。瓦礫は下にあった物に似ている。ボロボロの廃材が多い中、表面整えられた木板、環が壊れた扇風機みたいな車輪や釘、筒状に加工された鉄が所々にある。

「ん?」

 何か変だ。何が変だ? 違和感が虫みたいに視界の隅を横切った。急いで振り向くも、虫はもう見えない。

「団長、どうした?」

 モンドに声をかけられるまで、私は瓦礫を眺めたまま、じっとしていた。

「いや、なんでもないです。次の階層に行きましょう」

 皆を促し、三階層に向かう。三階層目も、さほど苦労すること無く、また危険も伴わず、踏破する事ができた。そしてやはり、左側にあるゴミ捨て場。ここにはハンマーや丸太の金床があった。炉や石炭も散在している。ここで取れた鉱石を加工していたということだろうか。別段おかしな話じゃない。わざわざ買いに行くよりも、ここで常駐していれば、道具の破損などにすぐ対応出来るのだから。

「地図上では、この鉱山は三階層までだな。右側の先は外だ、四階層目に上がる階段も坂道も無かった」

 右側、位置としてはフォンス側か。

「調べてみたが、誰かが通った形跡はあった」

「え?」

 思わずテーバの顔を凝視する。

「捜索隊がつけたものか、別の誰か、例えば本当に商人達たちが寄ったのかも知れないな」

 朽ち果てたものと決め付けて、誰もいないと思い込んでいたが、当たり前と言えば当たり前だ。捜索隊も、今の私たちと同じようにここに踏み入れているはずだ。どうしてそんなに驚いたのだろう。

「足跡って、そんな残るものなんですね」

「足跡も残ってたが、気をつけて見てみないと分からないくらいに薄れている。俺が気になったのは車輪の跡だ。誰かは分からんが、馬車か台車をそのままここに乗りいれている」

「雨宿りでもしたって事ですか?」

「そこまでは分からん。だが、所々壁に削れた部分がある。ぶつけて削ったんだろうが、おそらくかなり中まで続いていた。そのゴミ捨て場くらいまでは入ってたんじゃないか?」

 雨宿りにしては奥に入りすぎだ。雨が止んだらすぐに出るのに、奥まで入る必要はない。

「ちなみに、ですがテーバさん。私たちが通った一階層の入り口には、車輪の跡は?」

「残っていた。多分別の台車だ。車輪の大きさが違う。一階層のは、もっと大きく、積載量も多い物だ。多くの重い荷物を載せていたはずだ。地面の抉れ方が違う」

 ますます謎だ。違う台車に乗せ変えたのか? なぜそんな必要がある? 一階層まで階段などの段差は無く、補強も成されているので相当の重さに耐えられる。道幅も発掘の為に掘られた細い穴以外の、メインの通路はある程度の広さがあった。普通の台車なら問題なく通れただろう。元々は採掘現場なのだから、当時は台車が何台も行き来したはずだ。三階層に荷物を運び入れ、一階層にある大きな台車に載せたというのか。そのためのゴミ捨て場の穴か? 確かにあれなら、一気に下まで物を運べる。けど、必要性が少ない。台車でそのまま下までいけるのだから。乗せ代える手間と台車の手配の方が手間だ。

 暗かったから行かなかった? ありえない。商人で無くとも、灯りになるものを持たずに旅をする人間はいない。迷う恐れがあった? それもない。それなら奥まで入らない。奥まで入ったのなら、必ず地図を持っていたはずだ。アルボスに行けば誰でも買える物だ。フォンスにもあったかもしれないし、誰かから譲られていてもおかしくない。そもそも、物資の運搬は確実であればあるほど望ましい。

 雨宿りでも無ければ、通過するのでも無ければ、鉱山の奥に入る理由は限られてくる。彼らは何かを運搬して、ここに運び込んだのではないのか。何のために? アルボスには、何も運ばれた形跡がなかったのに?

 ある予感が降りてくる。地図に載っていない場所。上から下までのゴミ捨て場。ゴミ捨て場まで台車が通った形跡。

「ごめん。皆、ちょっと協力してくれる?」

 団員達に頼み、もう一度ゴミ捨て場に戻る。

「どうしたんですかい団長」

「確かめたいことがあって」

 ゴミ捨て場に到着した私は、そのゴミの山に分け入る。何の確証もない、ただの思いつきだ。むしろ、間違いであってほしい類のものだ。

 けれども世の中は天邪鬼。そうであってほしいと思うことの反対の事が良く起こる。

「団長? 何かあったのか?」

 テーバの声に言葉を返すのが、少し送れた。私の手には、かつて見た事のある物が握られている。それは、もっと精巧で軽かった。今持っているのは過去に見た物からすれば粗悪品も良いところだ。しかし、同じ種類としてカテゴライズされる物。

 歯車。ギア。そう呼ばれるものだ。

「ねえ、これ、何か分かる?」

 団員達の元に、歯車を持ち運ぶ。彼らは私を囲んで、ためつすがめつ眺めて言った。

「「「なんですか、これ?」」」

 そうか、そういう反応が返って来るのか。これは想定外だ。

「車輪、にしてはガタガタだな」

「武器か? にしては殺傷力はなさそうだし。何かの道具?」

「道具ってなんだよ」

「例えば、ほら、練った小麦を伸ばしたりして」

「それ、円筒形の方が良くないか? これじゃ伸びないだろ」

 団員達の不正解を聞きながら、思考する。魔道具なんていう便利な道具があるから、これくらいの物あっても何の問題もないと思い込んでいた。まさか、だった。

 歯車は、この世界ではオーパーツに当たるのか。

 ここが閉鎖したのが今よりも過去なのだから、当時作っていたとは考え難い。嫌な予感が、少しずつ輪郭を帯び始めていた。

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