第45話 アスカロン印の商品

 膝上まで伸びた雑草の緑が、見上げた視界一杯に広がっている。早朝にアルボスを出立し、約三時間、距離にして十二キロほどか。廃棄された鉱山、エスペホ鉱山の麓で、私たちは小休止を取っていた。山の緑の中に、所々茶色い斑模様が浮かぶ。採掘のために集まった労働者達が住んでいた住居や、掘った穴を補強した、土木作業の跡だ。私たちが腰を下ろしているのも、そんな破棄され、朽ち果てた住居の残骸だった。雨風は防げそうに無いが、凸凹のレンガ床の中央に砂を敷きつめた一メートル四方の囲炉裏があった。少し離れた場所には井戸もあり、朝から歩き詰めだった体を休めるには良い立地だった。火を起こし、井戸から汲んできた水を鍋で沸かす。湯が沸くまでの間に、床に地図を広げ、頭をつき合わせる。

 アルボス~フォンス間には、道路と呼ぶ程ではないが、何度も商人が通るからか轍が残っていた。これを辿れば、星明りのない夜中や視界を遮る程の雨の中進まない限りは、ほぼ間違えることなくアルボスには到着する。視界の悪い中方向を調べる事もなく進むような愚を商人達が冒すわけもないので、道に迷ったという仮説は無視して構わないだろう。そもそも、道に迷う奴は商人にならないだろうし。

 地図から顔を上げ、自分達が進んできた道を振り返る。

「少し離れているのね」

 そのアルボス~フォンスルートから東に外れる事一キロの場所に、このエスペポ鉱山があった。

「もし私たちが商人だったとして、わざわざここに近付く理由はなんだろう?」

「途中で日が沈みそうだったんで、野営するためにこっちに寄った、とか?」

 今の俺達みたいに。モンドがそう推測する。確かに、井戸もあれば火を安全に熾せるが、それにしたって距離がないだろうか。ルートの途中にも、野営しても問題ない場所はあった。腑に落ちない。視点を変えるために、別の疑問を投げかける。

「アルボスとフォンスの距離って、どれくらいでしたっけ?」

「ええと、天気が問題なければ三日ってとこだと思うぜ。夜は移動しないって前提だがな」

「ありがとう。なら、馬車の速度が平均時速六キロってとこね。活動時間は朝六時から夕方六時までの十二時間として、休憩や出立準備に三時間使うと考えて一日九時間進むとなると、一日五十四キロ。直線ばかりじゃないだろうし、馬の調子もあるから、一日五十キロってところかな。というわけで、単純計算だけど大体百五十キロか・・・」

 うん、やはり、そう考えると残り十二キロ残して野営というのはおかしい。通常の行程であるなら、この辺りではまだ昼を過ぎた二時か三時頃で、夕方にすら差し掛かっていない。明るいうちに野営の準備をするというのも分かる話だが、その時間帯で、街が見える距離なら、少し足を速めたとしても到着する方が利に適っている。野営のために寄るのも考え難い。もし寄るとすれば、目的があったはずだ。

「もし盗賊団の仕業とするなら、ここらを根城にしているのよね」

「この付近には野営の跡や、廃墟となった後も人が踏み入った形跡はあるが」

 そう言ったのはテーバだった。痩躯の禿頭、浅黒い肌の姿は、どことなくお坊さんのように見えるが、元は猟師だ。気配を絶つ技術や追跡技術に優れていて、アスカロンでは偵察、斥候を担っている。

「おそらく、行方不明となった商人達を探す為に組まれた、捜索隊が残したものだろう。盗賊なら、痕跡は出来るだけ残したくないはずだからな」

 犯人が自分に繋がる証拠を消すのと同じ心理だろうか。

「じゃあ、この分だと鉱山内にも盗賊の痕跡は残ってない可能性の方が高そうですね」

 無駄骨がボキボキ折れていく予感も高まる。

「はっはっは、そう気を落とすな団長。もともと、儲けにならなそうな話だと覚悟していたではないか」

 テーバが笑い、私の肩を叩いた。

「それに、決め付けるのはまだ早い。鉱山の中までは調べていないのだからな。何かが隠れていたりするなら、それこそ鉱山の中だろう。もしかしたら、お宝が見つかるかもしれんぞ」

「だと良いんですけど」

 確かにテーバの言う通り、儲けにならないかも、とは思っていた。考え方を変えよう。団員の誰にも、被害は出ない。全員無事。それが今回の一番の報酬だと。

「とりあえず、食事にしましょう。食事が済んだら鉱山内部へ向かいます」


 固い携帯食を奥歯でやっとこ噛み千切る。アスカロン特製のバランス栄養携帯食、ドラゴフードだ。リムスの携帯食業界に一石を投じるうちの主力製品でもある。

 リムスにはビタミンやミネラルなどの栄養素の単語はないが、疲労回復には肉を食べる、風邪にかかったら野菜や果物を食べるなど、食べ物の中に体に良い何かが入っている事を理解していた。ふとしたタイミングで栄養素の話をプラエにしたら

「何それ!?」

 物凄い勢いで食いつかれた。分かる範囲で、食べ物に含まれる栄養素やその効能を説明させられた。プラエはそのまま眠らずに作業に取りかかり、食べ物に含まれる成分を調べる魔道具を数日かけて作ってしまった。もちろん、ビタミンが何グラムとか、現代のように詳しく測定出来るような物ではない。そもそも栄養素という単語さえなかったのだから作りようがない。

 彼女の魔道具は、何種類の成分が食材内に含まれているかを測定出来る。その成分一つ一つにはどんな効能があるか分からないため、食材一つ一つをAやBと分類し、同じ栄養素が含まれている食材や、食べた効果などから、成分の効果を類推している。例えばビタミンAは乳製品とかレバーとかに含まれている。プラエの魔道具はビタミンAは分からないが、食べたら目が良くなる食べ物にはAという成分が含まれている事が多い、つまり、成分Aは目が良くなる効果があると推測出来る。もちろん食材に含まれる成分は一種類ではないし、多くの食材と比較しなければならないため成分表が完成するまでには膨大な月日がかかるだろうが、プラエは楽しそうだ。そのうち成分を抽出して、サプリまで作ってしまうかもしれない。同じ団の贔屓目もあるが、彼女はやっぱり、魔術師としては天才なのだ。

 そして、そんな彼女が作り出したのがドラゴフード。測定の結果驚くべき事に、ドラゴンの肉には多くの栄養素が詰まっている事が判明した。しかも、加工方法によって栄養素が増加する事まで判明してしまったのだ。熱を加えたり熟成させたりする事で、疲労回復効果のある成分の種類が多く検出出来るらしい。加えて肉なのに野菜に多く含まれる成分もあり、あれ? これだけ食べてたら事足りるんじゃない? と思わせるものだとか。もちろん口にしている餌や、個体によって差はでるが、今の所全てのドラゴンの肉から、米、小麦、肉類、野菜類、フルーツ類それぞれに特に多く含まれる栄養素が検出されている。ミドリムシも驚きの万能食材だ。だが欠点もある。

「相変わらず、固いな・・・」

 もそもそとドラゴフードを齧りながらモンドが言った。噛み千切り、口に収まったと同時に、入れたばかりのお茶を口に含み、口の中でドラゴフードをふやかす。他の団員達も、お茶に浸したり、漬け込んだりして出来るだけ柔らかくしてから食べている。

 ドラゴフードはドラゴンの肉を薄くスライスし、十時間燻して作られた燻製肉だ。形状はジャーキーやするめに近い。私たちが持ち運んでいるように携帯食としての保存と携行の効果も期待出来る。しかし、その固さは木の板でも齧っているかのごとく固い。火を通すと栄養素が増える変わりに、硬度が増す。硬度なんて食べ物に使っていい単語じゃないが、釘が打てるレベルの物に遠慮はいらない。今の所、柔らかく火を通す方法はない。特定の茶葉から作られるお茶に、僅かながら肉を解す効果があると判明したので、仕方なく一手間をかけることになる。合理性を好む傭兵でありながら、アスカロンにはイギリス人のような優雅なティータイムを取る必要があった。

「団長よぉ、このドラゴフード、味もそこまで悪かないし、体にも良いし、腹もちもいいのは分かるんだが、この、固さはどうにかなんねぇもんかな?」

 モンドが顎をさすりながら、まだ半分ほど残るドラゴフードを眺めている。

「普通に焼く分には、ここまで固くはならないんだがな・・・それでも顎が疲れるけど・・・」

 テーバが同意する。他の団員達も頷いたりため息をついたりしている。

「一応、携帯食、保存食として売り出してるから、こういう形をとってるんです。燻製は保存が利くから。生の肉を持ち歩いてたらすぐ腐っちゃうでしょう?」

「そりゃそうなんだけどな。こればっかり食ってるから、最近俺ぁ、顎とか歯がガタついてきたような気がするんだよ」

「うーん、プラエさんには品質改善してもらうよう頼んでるんだけど、なかなか苦戦してるみたいなんですよ。色々試したいけど、絶対数が少ないのもネックなんですよね。無駄に出来ないから下手に試せないんで」

「改善を望むなら、もっと沢山ドラゴンを倒さないといけないって事か・・・しかし団長、あんた良くそんなバリバリ食えるな」

 呆れとも羨望ともいえるモンドの視線を受ける。私の手にはもうドラゴフードは残っていない。全て胃の中だ。

「固いは固いですけど、私これ以外にも固い食べ物食べた事ありますし」

 瓦せんべいとかマーファとか。

「ドラゴンを討伐する団の団長は、ドラゴン並みの顎と歯をもってるってことか」

 テーバの独り言に、団員達が深く頷いて賛同していた。

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