第44話 不可思議な依頼

「ドラゴン討伐依頼ですか?」

 ムトが肉を突き刺したままフォークを皿に戻した。食堂で全員が顔を付き合わせた時。腹の虫が治まるのを待って、私は加工場の責任者から聞いた話を皆と共有した。

「依頼、というよりは、情報提供に近いかな」

 聞いた話をそのまま伝える。自分の考えを話すのはその後だ。

「このアルボスと隣の街『フォンス』を繋ぐ街道の間に、廃棄された鉱山が存在するらしいの。ここ最近、この街道を行き来する商隊が行方不明になる事件が何度か発生している」

「ん、それに似た話を、私もムトも聞いたな」

 ギースがムトに目配せし、二人が頷く。

「ええ。依頼にも出てました。ただ話が少し違います。僕たちが聞いたのは、性質の悪い傭兵崩れの盗賊団が住みついた、って内容です」

 それも変な話だ。伊達に傭兵団が常駐しているわけじゃない。そういった事件があれば、真っ先に依頼が遂行されるものだ。街の衰退は常駐する傭兵団の弱体化に繋がる。物流の停滞により備品が失われ、挙句食糧難により街から追い出されかねない。なのに、まだ依頼が出たまま達成されていない。

「すまん、話の腰を折った。続けてくれ」

 ギースが促した。考えるべき事だが、推論を交えるのは後で良い。

「責任者が言うには、商隊が行方不明になる前夜、奇妙な事が起こる事が多い。鉱山の方から遠吠えが響く、激しい雨が振る、等ね。だから街の人間の半数は、ドラゴンが鉱山に住みついたのではと考えている」

 以上が私の聞いた話だった。ただ、これをドラゴン討伐の依頼としてアルボスが出せない理由がある。それが、案内所には盗賊団として依頼が出されている事につながるのだろう。

「ギースさん達が聞いてきた話はどんなの?」

「団長の話とほぼ同じさ。商隊が何隊もやられていて、原因は鉱山に住みついた盗賊団の連中のせいである、と。ただ、問題が一つある」

「問題?」

「それが、誰も盗賊団を見た事がない、って事なんです」

 やはりか。ある程度推測できたとはいえ、変な話だ。

「そっちも?」

「そっちも、ってことは団長。もしかして」

「ええ。ドラゴンの目撃情報は一切ないの」

 これが、ドラゴンが犯人として依頼を出せない理由だ。何の確証もないのにドラゴン討伐依頼という文言は出せない。ドラゴンの名称で依頼を出すなど、ドラゴンが近くに住み着いていると公表するようなものだ。それこそ商隊がアルボスに来なくなる。確実に判明するまでは、盗賊団の方がマシってとこだろう。

 しかも、今回の場合目に見えた大きな被害が確認出来ないのも、事が大げさにならない理由の一つだと思っている。

「ドラゴンだとか、盗賊団だとか。犯人の名称が現れるにはそれなりの根拠があるはず。目撃情報とかね。でも、今回、提供される情報の根拠がない。推測が、いつの間にか確証にすり替わっている。確実なのは商隊が廃棄された鉱山付近で行方不明になったって情報だけ。それがいつの間にか、商隊が行方不明なのは何かに襲われたため、商隊を襲うのは獣か盗賊。最近の商隊は傭兵団に護衛を頼むか、自前の部隊を抱えている。それらを全滅させるのだから、商隊の部隊以上の規模の盗賊団か、人知を超えた獣、ドラゴンだけ。故に、商隊はドラゴン、もしくは盗賊団に襲われて壊滅した。そんな風に」

「奇妙な話ですよね」

 ムトが首を捻った。

「相手の姿かたちも規模もわからない。また、被害が出てから時間が経過して、その間も商隊は無事に到着する。もしかして只の偶然で、行方不明になった商隊は事故にあっただけなんじゃないか。誰もが油断し始めた頃にまた行方不明事件が起こる。依頼を受けて、大規模な捜索隊が編成されたこともあるらしいですけど、犯人の影どころか、被害にあった商隊も見つからなかったらしいんですよね。正直、どれだけの被害が出たのかもよく分からない」

「消えたのは、どこの、どんな商隊? 有名どころ?」

 プラエがムトに尋ねた。傭兵団にランク、知名度があるように、商人、商家にもランクがある。個人営業から、色んな街に支店を置くほどの大きな商家もある。

「行方不明騒ぎはこれまでに五回、いなくなった商隊の数は分かる範囲で十四。個人がほとんどですが、有名なところだと、ファリーナ商会の商隊もやられてますね」

「ファリーナ商会が? 本当に?」

「さっきの話じゃないですけど、真偽の程は分からないです。街の人がそう話してたってだけで」

 ファリーナ商会はかなり大きな商会だ。本店は因縁のあるカリュプスにあり、そこで取れる小麦などの食料を、他の国や地域に輸出している。小麦はこの世界でも主食の地位を勝ち得ており、ファリーナ商会は莫大な利益を上げ、ひいてはカリュプスの大きな財源になっている。カリュプスからは敵国の支配地域に当たるアルボスにも支店があるから、そこに卸される予定だったのだろう。不買運動でもしてやろうかと思ったが、私たちだけが運動してもファリーナ商会に何一つ影響は及ぼさないし、何よりファリーナ商会の小麦はどこの小麦よりも安く質も良い。小麦に罪はないと早々に諦めた。反対に、いつかカリュプスを潰したら、ファリーナ商会の版図や情報網を丸ごと奪い取れば良いと開き直る事にした。

 私のいつか果たすべき計画はさておき、プラエがムトを疑うのも無理はない。ファリーナ商会が送り出す商隊であるなら、護衛は個人の商隊のものとは比べものにならないだろう。それが跡形もなく消えるなんて信じられない。仮に被害に遭っていたとしても、今度はファリーナ商会から捜索隊が編成されるはずだ。そのアクションがなかったというのも解せない。何か理由があるのか?

「団長、どうする?」

 ギースが決断を促してきた。全員の視線が私の顔に集中する。

「正直、実入りは期待できないかもしれんな。今まで依頼を受けた傭兵団や捜索隊が影も形も見つけられなかった何かを、規模の劣る我々が発見出来る可能性は低い。ファリーナ商会が消えたかもしれないという、きな臭い情報だけはあるが」

 彼の言う通り、不確実な情報ばかりだ。ただの骨折り損になる可能性は高い。けれど、ファリーナ商会が引っかかる。それ以外にもこの件には妙な点が多い。今すぐやるかやらないかの決断を下すのは、もったいない気もした。時間稼ぎではないが、ひとまず先送りにする。

「ギースさん、ムト君。ちなみにだけど、他に何か稼げそうな依頼や、変わった情報はあった?」

「残念ながら、私の方では他の依頼は得られなかった」

「僕もです。やはり、先行してアルボスに常駐している二つの傭兵団『エクゥウス』『ボース』に取られてますね」

 そうか。住民にインパクトを残せるように、わざわざ解体せずコルヌを見せつけながら街を闊歩したのだが、さほど効果は得られなかったようだ。それを考えると、加工場の責任者は貴重な例外だったわけか。

「あ、後、変わった、って程じゃないんですけど」

「ん?」

 ムトの話にはまだ続きがあった。

「関係ないかもしれないんですけど、一応報告します。さっき話に出たファリーナ商会のアルボス支店ですが、品数が徐々に減っているみたいです」

「商品が?」

 鸚鵡返しに尋ねた私に、彼は頷いた。

「じゃあやっぱり、商隊の被害が出たのは間違いないって事?」

 被害に遭っているから、物流が滞って品数が減っている、ということか。そうなると、なおさらファリーナ商会が捜索隊を出さないのが奇妙に思えてくる。敵国支配地域だから、そこまで重要視していないのだろうか。だが、商人に大事にしなくて良い客などいるのか? 仲間の安否が気にならないのか? ますます分からない。

「金にはなりそうにない、けれど、放っておくにはちょっと気になる依頼、ね」

 少し思案して、団員達に告げる。

「この依頼、出来る範囲で調べるだけ調べようかと思います」

「へえ? その心は?」

 プラエがこちらを試すように口の端を吊り上げる。

「第一に、他に依頼らしい依頼がありません。魔道具を作成しているプラエさんやコルヌの解体に関わっている者を除いて、時間が余っている団員を、休暇でもないのに遊ばせておくのはもったいない。第二、もし仮にドラゴンの存在が明らかになれば、稼ぎ時です。ドラゴン討伐は我々の主な収入源なのですから。最後に、これはまあ、あまり理由にはならないのですが、私の勘です」

「ほお、勘か」

 楽しげにギースが言った。

「はい。ファリーナ商会の動きが気になります。正確には、積極的に動いていないことが気になってます。人や組織の行動には、何らかの理由がある物だと思っていますので」

「商会の動きにも、何か理由がある、ってことですか?」

 期待に満ちた目で、ムトが私を見ていた。勘だけどね、と頷き方針を定める。

「プラエさんは引き続き魔術媒体、魔道具の作成を続けてください。コルヌの解体作業が残っている団員はそのまま継続。素材の取り扱いについてはプラエさんに確認してもらってください。また、必要分を確保出来たら販売に回してください。ギースさん、ムト君は情報収集を継続しつつ、同時にコルヌの素材を卸せる店舗の確認と交渉をお願いします。他、手の空いた団員は出撃準備をお願いします。第二種戦闘装備で」

「第二、ってことは、小型から中型のドラゴンに遭う想定かい?」

 モンドが静かに、質問ではなく確認のために問う。

「はい。但し、今回の目的は開くまで偵察です。ドラゴンであれ盗賊団であれ、接触は最小限に控え、もし遭遇した場合は撤退優先です。・・・意見、質問は?」

 団員達の顔を見渡す。皆が私に注目しているが、口を開く者はいなかった。

「無いようですので、以上をアスカロンの方針とします」

 各々の返事を聞きながら、食事に戻る。しっかりと栄養をつけ、明日に挑む。

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