第43話 技術革新と異邦人

 翌朝、私は街の加工場に向かった。場所代を支払い、仕留めた獲物を作業場に運び入れる。一晩加工場の氷室に入れられていたコルヌの表面には霜が降りていた。氷室というと冷蔵庫よりも前に存在した、氷や生鮮物を保存しておく施設を思い浮かべるが、ここの氷室は魔道具の力を用いて、ほぼ冷凍庫と変わらない性能を持っている。初めて氷室の存在を知ったとき、冷蔵庫・・・あるんだ・・・と、自前のファンタジー知識とのギャップにショックを受けた。こういう施設に出会うたびに、見た目の文明レベルと有する技術の差に戸惑ってしまう。見た目は十二、三世紀くらいなのに、技術は十五、六世紀くらいだ。技術によっては近代に迫る物もある。ガラスは当たり前に普及しているし、鉄から鋼を作る技術も確立されている。プラエが以前持っていた武器なんて、まんま銃や大砲だ。

 この銃器の発明が、私には不思議でならなかった。魔法によって火やら風を飛ばせるのだから、わざわざ鉄の塊を打ち出すための装置を発明する必要がないのだ。魔法が使えなくても、矢はある。銃に比べて素材は少ないし構造も簡単だ。銃が生まれる必要がなかったのだ。道具は誰かが必要としてようやく発想が生まれる。代替品のために手間も費用も材料もかかる発明が生まれる事はない。

 誰かがこの世界に技術革新を起こしたのではないか。そういう推測に辿り着くまでに時間はかからなかった。推測は、簡単に確かめられた。

「そりゃあ、この世界には何度もあんたみたいなルシャが現れたからね」

 ルシャ。別の世界からの異邦人という意味の、この世界の単語だ。

「彼らがもたらしたのは、異世界の知識だけじゃない。本当に驚くべきは、物の性質の捉え方や別角度からの発想。例えば水。水って、氷点下を超えれば凍るわよね」

「ええ、それが?」

 私の反応を見て、プラエが苦笑を浮かべた。

「知らなかったの」

「え?」

「あんたが今、当たり前のことをどうして聞くのか、みたいな顔した、水が凍るということを、少し前のこの世界の人間は誰も知らなかったの。氷や雪と水は別物だと思ってた」

 そこに、ルシャが現れた。

「気化熱を利用して氷を作ったの。そのルシャが現れた地域は、高温多湿が一年中続くような場所だった。熱病にかかった人間が、毎年多く亡くなっていた地域に氷をもたらした。それまで北国や天を突くほどの高い山の山頂にしかなかった氷を。その時から、熱病にうなされる人間は数を減らした。で、普通はこう考えるわけよ。この冷たい氷は、熱病に効果のある物だと。だが、ルシャは違った。氷の使い道を色々示したわけよ。生鮮物を冷やして保存出来ること、物そのものを凍らせることが出来たり、氷で包めば長距離輸送に用いることが出来る事。もちろん食用として楽しめる事をね」

 そんな風に、ルシャはこの世界に現れてはリムスの人々に新たな知識と発想を残していった。あんたのウェントゥスの使い方もその一つよ、と彼女は言った。

「彼らの中で最も多くの功績を残したのは、百年前に現れたルシャ、スルクリー・アンダ・ブレイブ。奴隷商人に拾われ、剣闘士として売られた彼は、数奇な運命を辿った。才能を買われて自由の身となり、多くの戦いを生き延び、ついには一国の将軍にまで昇りつめた伝説のルシャよ。彼最大の功労は、共通の言語を作った事。宗教や貿易を利用し、世界共用語を作り上げた。他にもこれまで目分量であったり地域差のあった数値の定数を統一したり、同じく地域差のあったお金の価値を統一化した。この働きにより、私たちは誰とでも話をする事が出来、皆が同じ物を同じ価値の金で買うことが出来る。もちろん、場所によって、物の有用度によって物の値段が変わる事はあるけれどね」

 スルクリーの功績は、文明方面だけに留まらない。彼が身を置いたのは、カリュプスと並ぶ大国アウ・ルムだった。百年前、周囲を敵国に囲まれた、真っ先に叩かれ滅ぼされるはずだった小さな国を、スルクリーは卓越した用兵術、戦争の行く末を知っていたかのような戦局眼で、多くの勝利を積み重ねることで強くし、周囲の国を飲み込んで巨大国家へと成長させた。奴隷の剣闘士だった男は功績を称えられ、一国の将軍にまで昇りつめた。名声、権力、全てを手に入れた男はしかし

「彼は突然、姿を消した」

「姿を、ですか?」

「ええ。彼の功績を嫉んだアウ・ルムの王子に暗殺されたとか、病を患った事を敵国に悟られない為にこっそり隠居したとか、元の世界に戻ったとか、色々な噂が飛び交ったけど、真相はわかってない」

 びくんと体が跳ね上がるのが分かった。突然元の世界に戻る方法の情報が飛び込んできて、体が緊張している。

「どうして、元の世界に帰ったと?」

 からからに渇いた口でも何とか尋ねる事が出来た。

「世界中からあらゆる文献を取り寄せては読み漁り、これまでのルシャの歴史や軌跡の情報を収集していたという記録がある。多分、共通点を探して、リムスにルシャが現れる条件とかを探していたんじゃないかな。現れた場所を直接、供も連れず訪問していたのは有名で、時にはその地方を荒らす山賊や悪政を敷く代官たちを懲らしめた、なんてエピソードがあるわ。そういう逸話から、自分が戻るための方法を探していたって推測してる歴史学者もいる」

 そうか、共通点か。自分たちがモヤシによって転移させられたので、こっちの世界に来るには同じような魔術を使わなければならないと思い込んでいたが、それだけではなかった。モヤシの話を信じるなら、あいつは自殺に失敗して首吊り用のロープから抜け落ちた時リムスに転移した。他のルシャも、偶然何らかの条件を満たしたためにリムスに飛ばされた可能性が高い。日付とか時間とかも考えられるし、場所も関係あるかもしれない。私たちの世界からリムスに特定の条件で飛ばされるなら、逆もあり得ると考えた方が自然だ。私の行動指針に、スルクリーの跡を追うが追加された瞬間だった。しかし、地方を訪問して正義の味方みたいなことをしているとは、まるで時代劇のようだ。もしかしたら、水戸光圀かもしれない。


「なあ、聞いても良いか?」

 声をかけられ、意識が過去から現在に戻される。振り向くと、加工場の責任者が恐る恐るといった風にこちらを見ていた。

「何か?」

「いや、その、そいつって、ドラゴンなんだろ?」

 彼が指差す方向には、私たちが仕留めた獲物が横たわっていた。

「ええ。ドラゴン種のコルヌです。それが?」

「俺もここの責任者になってしばらく経つが、ドラゴンの屍骸を見たのは初めてでな。そもそも、ドラゴンって倒せるものとは思わなかったし」

 ああ、と納得する。これが普通の人の常識なのだ。ドラゴンは天災のようなもの、冒さざるべき生物であるという認識が染み付いている。屍骸を見たとしてもなお、その認識は変わらないらしい。

「もしかして、あんたらが最近噂になってる、ドラゴン討伐を引き受ける傭兵団なのか?」

「噂の傭兵団かどうかは分からないけど。ドラゴンの討伐依頼も引き受けているのは間違いないですよ」

「そうか、やっぱりあんたらが・・・」

 責任者は少し考えるそぶりをしながら、こちらに近付き小さな声で話し始めた。

「もしあんたらがよかったら、なんだが。話を聞いてはもらえないか」

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