第42話 団長のお仕事
「団長が団長を辞めるという案件は、団員全員からの反対によっていつものように却下されましたんで、次の議題に移りましょう」
気を取りなおしたムトが団長の意向を無視して話題を変えた。本当にこいつ、私に恩を感じているのだろうかと疑うレベルのあっさりさだ。
「ずばり、次の目的です。アスカロンはドラゴン討伐をメインに据えていますが、他の依頼もえり好みせずに受け付けますよね。でも、現在人員が少ないため、受けられる人数が限られる。有名な傭兵団、トリブトムも少数精鋭ですが、あそこは希少品蒐集や未開の地の探索などの専門ですし、少数精鋭が多数なので、全体の規模としてはかなり大きい」
因縁の傭兵団の名前が出て、一瞬場がピリついた。私自身、感情が揺さぶられた。しかし、かろうじて顔には出さない。他の古参、元ガリオン傭兵団の団員達は、酒をあおり、肉を咀嚼して沸きあがった怒りを一緒に飲み込んだ。ムトに悪気があるわけじゃないし、彼は私たちの因縁を知らない。知らせる必要もない。
「えっと、大丈夫、ですが?」
空気を感じ取ったムトがテーブルを囲む面々を見渡す。
「ん? 何が大丈夫? 続けて続けて」
あっけらかんとした、何も気づいてないという装いで、プラエが笑った。こういう時、彼女には助けられる。はあ、とムトは頷く。
「団の資金も結構たまってきた頃合ですし、どうでしょうか。この街で人員を募集する、というのは」
彼の提案は何も問題ない。むしろ必須の案件でもある。団員が不足しているのは自覚しているし、私の中にある目標をクリアしていくには団員増加は必須だ。おそらく全員が必要性を感じている。けれど、いくつかの問題があるため、誰も賛成と諸手をあげずに、腕を組んで唸るに留まる。
「あ・・・駄目、ですかね。時期尚早でしたか?」
「いや、そんなことはない」
ギースがフォローする。
「むしろ団の力を増やすためにも、依頼の選択肢に幅を持たせる為にも必須であると私も思う。だが、団員の募集を私たちが悩むのには訳がある。ムトが入団する前にも、私たちは何度か募集をかけたが、二つの理由で残ってない。まず一つ。信用。雇った相手は信用出来るのか。これは大事だ。大事な場面で裏切られたら、私たちが全滅しかねない。慎重に慎重を重ねる必要がある。だから、傭兵団の多く、大規模な傭兵団を除いた中規模以下の傭兵団は、同じ故郷出身などの繋がりを持ち、仲間意識の強い団員で構成される。またここには、戦争に加担したとき、敵味方に別れて同じ故郷の人間同士で争いたく無いという思いもある。お前やアカリは少々特殊な経緯で入団した団員だな。もちろん、プラエのように魔道具作成まで出来る特殊技術を持つ人間がほいほいいるわけはないから、そういう人間は別だ」
実際に手ひどい裏切りを受けて全滅しかけたので、彼の言葉には実体験という重みが加わる。
「その二、まさに今言った、ドラゴン討伐を主な財源としている団に入団希望者がいない点だ。私たちは、多少慣れてきてはいるが、やはりまだまだ、ドラゴンは踏み込まざるべき領域で脅威だ。ドラゴンを神の使いとして奉る国もあるくらいだ。人間の歴史と常識が、ドラゴンと関わるなと頭と体に染みこんでいる。入団希望者が増えない大きな理由はそこだな」
「そのおかげじゃないけど、ある意味、独占商売ではあるのよね」
プラエが横から話に入る。
「私自身も驚いてるんだけど、ある一定ランク以上のドラゴン種の素材って、魔道具生成、魔術媒体として非常に優秀なの。魔力の伝導率がこれまでの素材とは一線を画すくらい高いし、鉄よりも丈夫で軽いから武具の素材としても優秀だし。もちろんドラゴンの種類や素材にする部位によっては向き不向きがあって、研究資料なんかほぼないから加工方法とか他の素材との組み合わせとか手探りの状態ではあるんだけど、でもそれを補って余りある成果を出しているわ」
彼女の言葉どおり、ドラゴンの素材で作った魔道具や加工済みの魔術媒体は、どの街の専門店でも高く取引された。幾つかの店で全て買い取りたい、専属契約したいとかなりの額を提示されて交渉されたほどだ。いつ、どれだけ入手出来るかわからない点と、ドラゴンの素材であるということを伏せて起きたかった為、仕方なく断ったが。
「だからこそ、信用出来る相手でなければ入団させられないという話が必要になる。独占状態のドラゴンの情報、ノウハウが盗まれれば、アスカロンのアドバンテージが失われる。それは絶対に避けたい」
「かといって、このままじゃ団の力がつかないのよね」
振り出しに戻る。うーんと皆で首を捻る。仲間は欲しい、けれど裏切りが怖い。情報の漏洩を避けたい、けれど仲間にはある程度教える必要がある。我がままなのはわかっているし、えり好み出来るような立場じゃないのもわかっている。だが、可能な限りリスクは避けたい。もう二度と、仲間を失いたくないから。
矛盾している。それほど大事な仲間を、私は利用して目的を達成しようとしている。仲間を失いたくないのなら、それこそこの仲間でどこか田舎にでも定住すればいい。田舎でなら、村付きの傭兵ということで、畑仕事などの村の手伝いや害獣駆除で生計を立てられる。アスカロンほどの規模なら受け入れてくれる村もあるはずだ。しかし、私は復讐を選んだ。復讐のためには、やはり団の増強は必須だ。リスクも負うことが必ずある。
「とりあえずは、この街で幾つか依頼を受けるのはどうだ?」
口を挟んだのは、古参の一人モンドだった。この中でも随一の巨躯を誇り、ぼさぼさの頭に厳つい顔をしている彼は、戦いの時はそれに見合った荒々しく勇ましい武勇を誇るが、平時は物静かで思慮深い男だった。
「有名な傭兵団でもない我々がいきなり募集をかけたとしても、お前らは誰だ、という話になる。幾つかの依頼をこなし、団の実力を自己紹介がてら見せてからの方がスムーズではないか? これまでは俺達しかいないような田舎で、この田舎から抜けだしたいとか、都会に夢を見ているような、世間知らずの血気盛んな連中ばかりだった。だからまわりくどい事をしなくても、募集をかければ寄って来た。しかし、この街には他の団もいる。おそらく街の中にある団の中でも、俺達が最も経歴が浅く、小さな団だ。比較されるのは目に見えている」
これまでの募集で簡単に人が集まったのは、そういうことだったのか。こちらが選定する前に、向こうに選定されているわけだ。こんな状態では人も集まらなかっただろう。
気づけば、団員達が私の顔を覗きこんでいた。いまだに慣れないが、仕方ない。団の方針を決定するのは、団長の仕事だ。
「では、傭兵団アスカロンはこの街『アルボス』にしばらく留まります。明日よりギースさん、ムト君は案内所や街の中で情報を収集してください。他の団員達は、私と一緒にコルヌの解体、及び武具の手入れ、買出しを手分けして行います。プラエさんは引き続き魔道具の生成を。ムト君、我々の宿泊先は?」
「既に手配しています。参謀用に、大きめの部屋も。既に荷物を運び入れて、数人を部屋の前に見張りにつけ、鍵をかけておきました」
ムトがプラエに小さな鍵を手渡した。
「お、助かる。ありがと」
「礼は、今見張りをしてくれている団員達に言ってあげてください。飯も食わずに見張りをしてくれているんですから。あと、言っても無駄かとは思いますけど、出来るだけ、可能な限り! 部屋を汚さず、傷つけず、悪臭を漏らさず爆破せず! 大切に使ってくださいね」
「わかってるってば。大切に使わせてもらうから」
「お願いしますよ。謝るのも掃除するのも修繕するのもいっつも僕なんですからね。本っ当にお願いしますよ!」
ムトが念を押すように二度繰り返したが、プラエのニヤニヤ顔を見るに、多分またやらかしそうだなと諦める。
「方針は決定しました。明日からの仕事に備え、今日は英気を養う為にたらふく食べて、好きなだけ呑んでください。勘定は私が持ちます」
盛大な喝采とコップ同士をぶつけあう音が響いた。命がけで戦ってくれてる彼らへの、せめてもの礼だ。贖罪、かもしれない。
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