第41話 ロケット

「戦争を、起こさせる?」

 起こす、ではなく? 私の疑問を見抜いたか、ギースは解説してくれた。

「そうだ。大小様々あった国家は、百年で併呑や淘汰が繰り返され、数十か国へと落ち着いた。落ち着いたとはいえ、まだあらゆる国家は領土拡大を諦めてはいない。隙あらば他国を攻め滅ぼし、自国を強大なものにしたいと考えている。当たり前の話だが国同士の戦争になると、傭兵にも募集がかかる。雇われれば、思う存分、敵対する国家に対して牙を向ける事が出来る。これが、唯一傭兵が国家に対して合法的に敵対していい依頼だ」

 ギースが人差し指を立てた。

「この方法のメリットは、他の傭兵団や、味方の国の支援が受けられるということだ。大義名分もそのうちの一つだな。大手を振って攻撃出来る。しかも勝ちさえすれば、褒賞はかなりの額を得られる。なんせ一つの国が滅び、その保有していた財産が勝利国に全額入るんだからな。昔は、敗戦国内で略奪が容認されており、それも褒賞の一つとしてされていた。今は取り決めによって出来ないがな。それでもあまりあるほどだろう。ここでケチる国はない。もしケチろうものなら、次に戦争が起きたとき、どこの傭兵団も味方してくれないからだ。命がけで戦って得る物が少ないのは、割に合わないからな。絶対に値は釣りあがる。何より、負けても生き残りさえすれば次がある。敵対する国家は敵対した国の事は覚えていても、傭兵団のことまではいちいち覚えてはいない。よほど大きな傭兵団でなければな。死ななければ、何度でも挑める」

 もちろんそんなに上手くいくものではないがな。ギースはそう前置きした。

「カリュプスは大国だ。かの国に比肩するほどの国は限られている。小国では負けるのは目に見えているし、そもそも経済等で支配され、カリュプスの属国に近い立場の国もある。したがって、味方にして焚き付けるならば同等規模の大国。アウ・ルム、ラーワー、ヒュッドラルギュルム、アーダマスが同等の国力を有する。その四つの国のどれかが理想だが、動かすのも難しい。いかにカリュプスを滅ぼすためのメリットを見つけさせるか。攻めるための口実作りに骨を折らなければならない。正直、今の私ではどうすれば良いか見当もつかん」

 それなら、初めからややこしくない方法を取れば良いのではないのか。「短絡的になるな」と、ギースが私に釘を刺した。彼は私の考えを見抜いていた。

「これは全てにおいて言えることだが、自分の手の届く範囲というのは限られている。故に、人は徒党を組むのだ。自分に出来ないことを、出来る他人に任せる。他人が出来ないことを出来る自分が請け負う。大国を相手取るなら、もっとも効率が良いのは大国の力を使うことだ。今のアカリは、全て自分で行おうとしている。それでは何も成せない。成すべき事が大きければ大きいほど、協力者を募るべき。故に、仲間を集めるんだ。出来る事を増やせ。これは、戦力だけの話じゃない。その人間が持つ情報や縁も利用する、ということだ。集めた仲間の中に、カリュプスの弱みになる情報を持つ人間がいるかも知れない。他の四つの国と縁故を持つ人間がいるかも知れない。それ以外でも、お前に有利に働く何かしらの知恵を持つものがいるかも知れない。ありとあらゆる物を利用して、目的に達するのだ」

 だからまずは、新たな団を作るんだ。ギースはそう言って、指針を示した。正直、納得していない部分もある。けれど、私にはカリュプスを滅ぼす以外にも成すべき事がある。インフェルナム、トリブトム、そして、カリュプスの次に、もう一つ目的がある。まだ死ねない。やつは三十年かけたと言った。私も、長い年月をかける覚悟を決めた。


 そうして、私は団を立ち上げた。団の名はアスカロン。かの有名な龍殺しの剣より名前を取った。次に目標を立てる。まずはインフェルナム。奴を倒す。あの化け物を倒すためには、団員の数を増やす事もそうだが、新しい魔道具が必要だった。今現在、有効なのは私のウェントゥスだけだ。もっと効果的な魔道具を多く集める必要がある。

 傭兵団アスカロンの最初の仕事は、小銭を稼ぎつつ、新たな魔道具の作成と、既存の魔道具の蒐集を行うことだった。魔道具作成に関しては、プラエが意欲を見せた。

「ドラゴンの鱗を断つのに一番有効なのは、古からのお約束、やっぱりドラゴンの鱗で作った剣でしょう」

 先の戦いで得たインフェルナムの鱗を前に、彼女は火傷の残る右肩を押さえながら燃えていた。

 プラエが魔道具作成にいそしんでいる間に、私とギース、そしてインフェルナム打倒を掲げた私についてきてくれた、生き残ったガリオン兵団の奇特な団員達は魔道具蒐集を行った。とはいえ、当てもなく彷徨うつもりはない。私がまず思いついたのは、この世界に飛ばされた時のことだ。私たちはあの時、一人一人、武器を手に取った。私たちをこの世界に飛ばした張本人、モヤシのお古だ。よくよく考えれば、あれら全ては奴がこの世界で生き残る為に使っていた魔道具、ウェントゥスと同等以上の性能である可能性は高い。魔道具を入れていたあの袋ですら、希少なのではないかと思える。再び、赤の大地へと踏み入れた。ラテルの残党に見つかる事を恐れ、身を隠しながら行軍したが、その必要はないと視界に入ったラテルを見て判断した。短い間だったが住んだ街は、もうそこにはなかった。朽ち果て、崩れ果てた廃墟が残るのみだ。かつて城壁があった場所に、高く一本の棒が斜めに傾ぎながら突き立っていた。先端には、腐敗の進んだ何かしらの肉塊が突き刺さっている。所々ボコボコしているのは、鳥にでも啄ばまれた後だ。いずれ様々な虫やバクテリアの餌になって、土くれに帰るだろう。一瞥し、踵を返す。もはやここに用はない。私たちが転移させられた場所を、ラテル跡から逆算によって導き出す。当時はかなりの距離を走った気がしたが、その時の私の体力から考えれば、一キロも離れていない。大まかな場所さえ特定できれば、大雑把に探索するだけで良かった。時間はあるのだから。

 最初に見つけたのは、メイスだった。持ち手に、ウェントゥスと同じような魔力を取り込む装飾が施されている。どんな効果があるかは、戻ってからプラエに調べてもらう必要がある。一つ発見できたら、後は芋づる式に見つかった。その一点とラテルを結ぶ直線上を探せば良かった。発見できたのは斧、鎌、短刀、槍、弓、ボウガン、鞭、チャクラム、大太刀、それらを入れていた袋、見てわかる物以外に、使い方がわからない、武器かどうかも分からない物がいくつか発見された。この残った数と同等数の、かつてのクラスメイトたちが、この地で死んだのだ。

 その事実に思い至っても、何の感情も浮かばない自分に少し驚く。すでに、彼ら彼女らの顔や名前を思い出すことも困難になっていた。こんなに薄情だったのかと苦笑いを浮かべるほどだ。そんなことより、辿り着いた連中が生活の為に売り飛ばした魔道具をどう回収すればいいかに思考を持っていかれていた。

 人を集め、道具を集め、情報を集める。愚直に力を集める。いずれ蓄えたこの力が、奴らに届くことを想像しながら。私はロケットだ。目的地にいたるために、飛ぶ為に邪魔になる錘は全て捨てて、ありとあらゆる物を推進力に変える。

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