第40話 只人による大国の滅ぼし方

「無茶よ」

 五年前、インフェルナムとの戦いで意識を失っていた私が意識を取り戻し、失っていた間の出来事を聞いて再び意識を失いそうなくらいの衝撃を受けて、しばらく経った頃。馬車の中でこれからの予定をプラエに相談した。馬車の中にいたのは私とプラエと、瀕死の重症をおったギースだけで、他の団員達は別の馬車に乗っていた。怪我の度合いが大きい私たちのために気を使ってくれたらしい。

 最後まで聞き終えた彼女の返答は『馬鹿な事を言うな』だった。

「インフェルナムは、まだ分かる。傷も負わせられた。後一歩の所まで追い詰める事が出来た。可能性はあると思う。トリブトムの連中への復讐も、出来なくはないと思う。傭兵団そのものじゃなくて、あの三人だけならね。多分、難易度は一番低いでしょう。トリブトムの本部にかけあって、落とし前をつけさせるように持っていけるかもしれない。もとの世界に戻る事に関しては、正直、何とも言えないわ。噂とか伝説の類なら幾つかあるけど、何一つ確証は無い。それを教えるのはやぶさかじゃないし、一緒に手伝っても良いと思ってる。けど、カリュプスを相手にするのはやめなさい」

 カリュプス。ラテル皇太子が王を殺害し、国を乗っ取ったとされる『ラテル事変』を鎮圧した、大国の名前。

 真実は勿論違う。カリュプス王は自らの欲望のためにドラゴンの中でも最上位種にあたるインフェルナムの卵を欲し、トリブトムに卵の奪取という禁忌とも呼べる依頼を行った。その事が原因でインフェルナムは卵の匂いに呼び寄せられ、ラテルを襲った。カリュプス王が禁忌の依頼を出している事を知ったラテル皇太子フィリウスは、その情報でカリュプス王を強請る。依頼の事を黙っている代わりに、ラテル復興の援助など、様々な条件を引き出した。しかし、カリュプス王の方が上手だった。ラテルに戻ったフィリウスに対しすかさず軍を送り込み、本人の命を奪うことで情報漏洩を防いだ。これが、ラテル事変の真相だ。そして、私たちはその事変に巻き込まれ、在籍していた傭兵団が壊滅させられた。私自身も大怪我を追い、大事な人たちを大勢失った。

「どうしてですか。全ての元凶は、カリュプスにあります。私は、償わせるだけです」

「気持ちはわかる。わかるけど、相手が大きすぎる。カリュプスはリムスの中でも屈指の国力を持つ大国よ。ラテルなんかとは比べものにならないくらいの。そんな国の王に、どうやって償わせるつもりよ。それで暗殺でもする気?」

 プラエが私の傍らにある剣を指差した。風の力を込められた『ウェントゥス』。私の意思と魔力に応じて、風の刀身を伸ばすことが出来る。その能力と効果を狙撃のように用いて、少ないながらも戦果を上げた。現行、百メートルの距離であれば狙えるはずだ。銃や弓矢による狙撃とは違い、風の影響を受けない一直線の狙撃により、高い精度を出すことが可能だ。

「検討中です」

 本音は検討どころか実行に移す気満々だった。プラエが呆れた目でこちらを見ている。

「馬鹿。王族がどれだけ暗殺の危機に晒されてきたと思ってるの。王族の歴史は戦争と暗殺の歴史よ。自分の身を守るためのノウハウが積み重ねられて、今日に至るの。あいつらが、見栄だけのためにゴロゴロ宝石のついた服やマントを着込んでいるとでも? あれはね、魔道具の一種なの。防刃はもちろんの事、魔術への耐性も高い万能鎧よ。資金が潤沢にある王族なら、ドラゴンの炎を防ぐマントだって所持しているわ。あなたのウェントゥスだって防がれる可能性が高い。周囲を近衛兵で囲み、耐久性能の高い衣類に身を包んで、高い城壁の奥の奥にいるの。そんな人間をどうやって狙撃するっていうの」

「でも、忍び込む方法があるかもしれないし、国民の前に一歩も姿を表さない王族はいないはずです」

 自分の存在をアピールする為に、お披露目があるはずだ。王族の存在を知らしめなければ、王族のおかげで自分達は平和に生きられていると民に思い込ませなければ、人心は離れていく。

「王城内部にどれだけの警備体制が敷かれてると思ってるの。それに、あなたの言う通り記念日なんかで王族が民衆の前に出る事はあるわ。厳戒態勢の中でね。探知系の魔道具がそこら中飛びまわり、腕利きの兵士が巡回する。魔道具の中には、武器の所持を察知する物もあるわ。引っかかった時点で即通報即捕縛。そんな中で高度な狙撃出来るわけ無いでしょう」

「だったら!」

 プラエをねめつけた。完全に八つ当たりだ。理解している。けれど、押さえようが無い。この胸の中が燃えるような感覚は。

「諦めろというのでしょう。だったら教えてください。諦める方法を。諦める気のない私に」

「アカリ、あなたねぇ」

「私は絶対に諦めません。何年かかろうが、どれほどの犠牲を払おうが、皆を殺した連中を許さない。必ず贖わせてやる」

「どれほどの犠牲って、その犠牲はどうでもいいっての? 死んだ皆を大事に思うことも大事だけど、あなたがこれから犠牲にしようとしてるもんだって、大事に思うべきでしょうが」

「犠牲を出さずに、奴らを滅ぼせる手があるなら、喜んで聞きますよ」

「だから、そういうこと言ってるんじゃなくてさぁ、もうっ」

 イライラしながらプラエは頭をかきむしった。

「どんな方法でもいい、と言ったか?」

 私たちの間に、掠れた声が割って入った。

「ギース?!」

 プラエが声の主の名前を呼ぶ。大火傷で意識を失っていたギースが目を覚ましたのだ。プラエは私にしてくれたように、彼を抱き起こし、支えながら水を飲ませた。

「気がついたのね。良かった。もう目を覚まさないのかと」

「死に損ねたようだ。残念ながら」

「馬鹿なこと言わないの。生きてりゃ勝ちでしょうが。傭兵は」

「価値を見出せればな。・・・そしてアカリ。お前は、復讐する事に価値を見出したわけだ」

 ギースがプラエに支えられながら、私の方を向いた。動きにぎこちなさが残るのは、やけどによる痛みのためか。少し体を動かすだけなのに、時折歯を食いしばるような様子が伺えた。大丈夫か、という誰何に「問題ない」といつもの調子で答えた。

「どこから、話を聞いていたんですか?」

「少し前だ。プラエがカリュプスの王族の暗殺やらなんやらを話しているところからか。馬鹿な事を考える」

「ギースさんも、諦めた方が良いと言うんですか」

「私だけでなく、どんな傭兵でも同じことを言うだろう。傭兵は、国から仕事をもらうこともあるからな。その国の王を、一個人の感情で殺そうと言うのだから。そもそも、そんな破滅的な考えを持つ人間に、誰が協力する? 犠牲も何も、全て失ったお前には、今、お前しかないんだ。そして、お前だけではインフェルナムを倒すことが出来ないのは、実証されている」

 痛い所を突かれた。事実、私が出した戦果、インフェルナムに傷を負わせることが出来たのは、ギースたちが体を張ってインフェルナムの動きを制限していたからだ。彼らの協力無しに、狙撃を成功させるのは不可能。

「だからまずは、仲間を集める事を優先するがいい」

「え?」

 思わぬギースの発言に、床板を眺めていた視線を上げた。

「ちょ、ギース! アカリの復讐を認める気?! 諦めた方が良いって言ったじゃない!」

「ああ。私も、諦める方が良いと思う。だが、諦めたくないという愚か者が目の前にいて、残念な事に、可能性の話、それも恐ろしく低い可能性であれ、一つ私の中に考えがある。それを出さずに、頭ごなしに否定するのはフェアではない。それに、私たちが反対しようが、どうせこいつは勝手に突っ走って、無残に失敗して屍を晒すだろう。それならば、まずは私の案を聞いていけ。現段階のお前の実力での暗殺よりも、ほんの僅かだが可能性が高い方法だと思う案を提示する。実行するかどうかはアカリに任せる」

 どうする? ギースが目で問うてくる。

「教えてください。仲間を集めて、どうすれば良いんですか」

「そう改まって言うほどの秘策って訳ではない。酷くシンプルで、かつ、運にも左右されるが、傭兵としても間違ってはいない方法だ」

 前のめりになる私に、ギースは告げた。

「戦争を、起こさせるんだ」

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