第39話 傭兵団アスカロン

「だから、私に団長なんて無理ですって」

 酒場で食事を団員達と囲みながら嘆く。私は何度目かになる、今の自分の役職について不満をぶつけた。いつからか、報酬を受け取った当日は団員達と食事をするのが習慣になっていた。そこで持ち上がる話は、次の目的地はどうするか、どんな依頼を受けるのか、そして今回のように団長を辞退したいという私の愚痴、以上三種類がメインだった。

「どこに行っても疑われるし、いちいち説明するのも面倒だし。絶対ギースさんが団長を務めた方が相応しいし、効率的ですって」

「馬鹿をいうな」

 ギースがコップを机に置く。

「団長は団員に範を示す必要がある。自らが団員を引っ張っていく気概を見せなければ、団員はついてこない。満足に戦えない私では、命をかけて戦う彼らに示しがつかない」

 そう言う彼の手元には、木製の杖が立てかけてあった。過去に負った怪我が原因で足が不自由となり、前線に出られなくなった。それでも、これまで培ってきた経験や知識で、出来たての団を盛り立ててくれている。団の運営のいろはを私たちに教示し、新米たちの教育なども率先して行ってくれる。多分、この団で一、二を争うほどの働きぶりだ。皆もそれを知っているから、誰も文句は言わないと思うのだが。文句を言う奴は私やプラエが黙らせるし。むしろ、女の私が率いることの方を、不満に思う人間がいるのではないかと思う。

「それこそ、いらぬ心配というものだ」

「そうですよ!」

 ギースの言葉に、ムトが便乗する。

「僕は、団長が団長で良かったと思ってます。皆だってそうです。団長が先頭で戦う姿を見ているから、皆ついていくんですよ」

 そうですよ、その通り、と他の団員もムトに続く。純粋で、きらきらした目でムトは私を見た。それが少し鬱陶しくもあり、少し、羨ましくもある。そういう風に、心から誰かを信じられる彼が。だから、少し意地悪をしたくなるのもむべなるかな。

「本当かなぁ? 誰だっけ、ウングィース討伐の時、その団長の言うこと聴かずに大失敗をやらかしてくれたのは」

 ムトが頬張っていた鶏肉を喉に詰まらせた。慌てて水を流し込んで詰まった肉を胃袋に落とし込む。

「だ、だんちょ、それは」

「あんたらみたいな胡散臭い傭兵に頼らなくても、俺一人でドラゴンの一匹や二匹、ぶっ倒してやる! だっけ?」

 プラエが悪乗りして、当時の彼の物真似をする。

「ああ、いたな。そんな悪ガキが。古い剣振り回して、忠告も聞かずに勝手について来てウングィースに斬りかかって、鱗に当たった瞬間に剣へし折られてベソかいてたんだっけか」

 ギースが楽しそうに言った。楽しそうに思い出を語れるのは、今私たちが生きているからだ。実際の所、そのせいで団が壊滅の危機に晒された。全員が生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれたのだ。

「そうそう。本当に冷や汗を掻きましたよね。準備した作戦がふいになるわ、団を危険に晒されるわ」

「アカリ、珍しく本気で怒ったもんね」

「あんなの誰だって怒りますよ」

 だから討伐終了後、へたりこんでいる彼の胸倉を掴んで無理やり立たせて、怒りのままに思い切りぶん殴った。

「結構な距離すっ飛んでたよねぇ」

「ああ。あれで一週間くらい顔腫らしてなかったか? ムト」

 ギースが項垂れていくムトの頭を鷲掴みにして軽く揺らした。

「・・・十日です。腫れと熱が引くまで十日かかりました」

「ふ。確かにそんな怖い団長には、ついていくしかないな」

「ちょっとギースさん!」

「良い事だ。褒めているんだよ。団長は団の規範の為に、時に恐怖も振りかざさなければならないのだから。だがな、ムト。お前はあれで命拾いをしていることを、肝に銘じて置けよ。もし団長があれだけ本気で殴らなければ、お前は他の団員に殺されていたんだぞ。あれで団員たちの気が削がれて、追撃が行われなかったんだ」

「う、うう。分かってますよぉ。入団してから、結構長い間皆に白い目で見られてましたから」

 当たり前だ、馬鹿野郎、と周りの団員達が唾と野次を飛ばす。あの時は殺意と刃を飛ばそうとしていた。それを思えば、よく馴染んだものだと思うし、肩身の狭い思いをしながら逃げ出さずについてきたものだとも思う。その後の彼の献身的な働きが、徐々に実った結果だった。嫌いな相手でも出した結果は認めるべき。ギースからそう助言された。そうすることで、他の団員に団長の度量の広さを見せつけられるとの事。

「でもさ、殴られた相手の団に、何でまた入団するかな? 何か、そういう趣味でもあるの? ・・・あ! だから自分を鞭打つかのように大量の仕事量をこなしてるわけ?」

「やめてくださいよ参謀! そんな変な性癖はありませんから! そもそも仕事が多いのは、皆が僕に雑務を押し付けるからです! ちなみに、参謀からのが特に多いです!」

 ムトの訴えを、プラエたち彼に仕事を押し付けている連中は聞き流した。

「じゃあ何でよ。何でこの団に入ったの? 有名でも無ければ、団員が多いわけでもない新設の傭兵団。しかも、主なターゲットはドラゴン討伐っていうリスクの高い団なんて、入ろうとする奴の気が知れないわ」

 プラエの言う通り、アスカロンの団員は、以前私やプラエ、ギースが所属していた『ガリオン兵団』の元団員だ。ガリオン兵団は、汚い策略とドラゴンの中でも最上種の一匹『インフェルナム』によって壊滅させられた。かろうじて生き残った団員達の中で、インフェルナムに復讐を誓った私とプラエ、ギース、そしてインフェルナムに落とし前をつけるために残った団員たちによってアスカロンが創設され、今に至る。これまでの旅路で、何度か団員勧誘を行い、命知らずを自称する連中が何人か勧誘に応じて入団希望したが、ドラゴンを狙うと聞いた瞬間逃げ出した。ドラゴンを狙うとは、つまりはそういう事だ。

 そんな古参しかいない中で、ムトは稀有な新入りだった。

「それは・・・」

 また俯いたムトがちらっとこっちをみて、すぐに下に視線を戻した。

「僕はあの時、団長に命を救われました。作戦の邪魔をしたはずの僕を、団長はウングィースの牙から助けてくれたんです。命の恩人に受けた恩を返さなければと、そう思ったんです。雑用でも何でもして、この人の役に立ちたいと。だから、入団を決意しました」

「ふーん」

 自分で聞いたくせに、あまり興味のなさそうな返事がプラエから返ってきて、ムトは顔をしかめた。

「参謀が聞いたから答えたのに!」

「いや、何か、普通だなって」

「理由に普通も珍回答もないと思うんですけど」

「お姉さんとしては、もっとこう甘酸っぱい理由を期待したんですけどねぇ。助けられた時に団長に惚れました! とかさ?」

 ムトがむせた。

「お、図星か?」

 ケタケタとプラエが笑う。

「プラエさん、あんまりからかっちゃ駄目です」

 流石に止めに入る。下手すると、私にまで飛び火しそうだ。

「あら何? アカリ、照れてんの?」

「ええ、顔が火照ってしまいそうですから。これでもうら若き乙女ですので恋愛話は好きですが、自分が加わるとなると照れますし」

「・・・眉一つ動かさずに言われてもね。ああ、つまんないの。むさ苦しい男ばかりの中で、潤いとか欲しいわけ。分かる?」

「分かりますが、そう言うならプラエさん自身が胸をときめかせるような出会いをして潤いを自給すれば良いじゃないですか」

「魔術媒体と金と土地を腐るほど持ってて、私のやる事成すことに一切口出しせず研究施設と助手を好きなだけ用意してくれる男がいたら考えてもいい」

 一生自給は出来なさそうだ。それは、お互い様かもしれないが。それきり、プラエはその話を打ち切って別の話をし始める。

 五年前の、この世界に来たばかりの私なら、顔を赤らめるくらいはしたかもしれない。高校生、十五歳だったし。しかし、今の私には青春やら恋は眩しすぎる。この五年、色々あった。枯れるには充分な出来事があった。ムトの恩やらなんやらの気持ちも青春と同じだ。私には眩しすぎて、もったいなさ過ぎる。

 私の胸の奥にあるのは、そういう綺麗な物とは真逆の感情が渦巻いている。しかもそれは、そういう綺麗な物を飲み込んで、自分の目的の為に躊躇なく利用しようとしている。私の本心を知っているのはプラエとギースの二人だけだ。知られるわけにはいかない。全て終わるまで。終わらせるまで。

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