第31話 囮の役割

 後方で光と音が炸裂し、一拍置いて、炎に飲まれた。あの光景が未来の自分だなんて、想像したら負けだ。

 上原と別れてから、私たちは城壁に身を隠しながら囮のために散らばった。宿に近い南門以外の東西北の城壁に散らばって、インフェルナムを包囲している形だ。私が今いるのは北門で、インフェルナムからは一番遠いが、家屋が密集している東門側や、貴族たちの大きな住居が間に隔たる西門と違い、まっすぐに通りが走っていて、私たちとインフェルナムの間に隔たるのは空気しかない状況だ。ある意味、引き離すのに適した門ではある。

「やれ!」

 ラスの合図で、最初の一人が魔道具を作動させた。魔道具は長さが三十センチくらいの板状をしていて、真ん中に線が入っている。定規に似た魔道具は、名称がジョーギというのも驚きだが、その性能と使用においての簡易性も驚きだ。線の通りに真ん中から二つ折りにすると、両端部分についている術式が反応し合い、数秒後に爆発する仕掛けになっていた。閃光手榴弾同様の効果を発揮し、轟音と激しいフラッシュを起こす。私たちはジョーギをあらかじめ真ん中で折り、片方を城壁にくくりつけ、片方にロープを結わえた。少しでも離れたところで爆発させたいが為の仕掛けだ。構造は簡単だが、簡単なだけに動作不良を起こす事なく、こちらが狙ったタイミングで爆発を起こしてくれている。

 耳を劈き、網膜を焼くジョーギは、その甲斐もあったかインフェルナムの気を引いた。警鐘にも反応していたくらいだ。爆発音と閃光に気づかないはずがない。

「続けろ!」

 言われなくてもやってやるさ。北門の端から五メートルの等間隔で、爆発と閃光が相次ぐ。私も作動させるために爆発を起こす。

 推測は、すぐに結果が出た。北門で最後にジョーギが破裂した場所へ、インフェルナムが顔を向けた。大きく口を開いたかと思うと、口腔が赤く輝き巨大な炎の弾が吐き出される。

「逃げろ!」

 ラスが叫ぶ前には、その場にいた全員が一目散に逃げ出していた。炎は城壁に着弾すると、一瞬膨らんで破裂した。着弾した箇所は、高温のためか、レンガ部分は赤くなって、中心付近は融けて爛れている。普通のレンガでも、確か耐火温度は二百度くらいあったはずだ。それが飴細工みたいになっている。いつだったかネット画像で見た、ナパーム弾の検証実験みたいだ。インフェルナムの吐き出す炎は、ナパーム弾と同等の火力を有するってことか。

 破裂すると炎は、小さな、と言っても人の頭ほどの火の粉が飛び散らせ、城壁や周辺の家屋に落ちた。消えるかと思いきや、火の粉はその場で燃え続けている。家屋の屋根が木製だからか、と思ったが、違う。城壁の、レンガの上でも同じように燃えている。

「本物のナパーム弾と威力も効果も同等なんて、くそ、笑えない・・・」

「何してるアカリ!」

 後ろでバーリが叫んだ。

「すぐに次を用意するぞ! 手伝え!」

「は、はいっ!」

 さっきとは別の場所にジョーギを仕掛けていく。私たちが準備をしている間、東門と西門が交互にジョーギを爆発させていく。インフェルナムは律儀に、爆発した箇所に向かって炎を吐き、近ければ走ってその巨体や前脚を叩きつけていく。その度に轟音を伴ってレンガが飛び散る。

「はっ、幾ら賢くても、所詮は獣だな」

 全体の作業の流れや人員の配置を管理しながら、同時にインフェルナムの状況を逐次確認していたラスが吐き捨てる。

「ジョーギに釣られて右往左往、待ち伏せする様子も頭働かせてこっちを仕留めようっていう気配もねえ。この調子なら案外作戦も上手くいきそうだな」

 そういうラスだが、表情は冴えない。言葉とは裏腹に、安々と終わるとは微塵も思っていない証拠だ。何か、不安材料がチラついているのかもしれない。

 東西北で順繰りにインフェルナムを引き付け、何順目だろうか。まずいな、とラスが小声で漏らした。

「どうしたんですか?」

「こっちの想定以上に、ガリオン団長たちの作業時間がかかっている。このままだと、俺たちが逃げ場を失うぞ」

 逃げ場を失う? それは、上原やプラエたちのことではなく?

「インフェルナムの野郎は、確かにこっちに重きをおいてはいねえ。その場からはあまり動かず、手を出すのも近場だけだ。多分奴にしたら、目の前で飛びまわる虫を追い払う程度なんだ。遠い俺達には、適当に炎でも吐いて、散らすくらいで充分なんだろうさ」

 けどな、とラスは指差した。インフェルナムに一番近い東門の方角だ。

「度重なる襲撃で、城壁としての役割も、通路としての役割も果たせなくなっている」

 あっ、という声を手で押さえ込む。東門の巡回用通路が、もともとあった幅の半分以下となっていた。炎によって融けて爛れ、大きく抉れている箇所に前腕の一撃により崩れている箇所。加えて、それらの振動が別の場所にも悪影響を及ぼし、崩れかかっている。

「この分じゃ、東門の八、九部隊は後数回の襲撃で身動きがとれなくなっちまう。インフェルナムは、その時ようやく、うるせえ虫を潰せると思ってんだろうな」

「まさか、そこまで計算して?」

「そこまではわからん。たまたまかもしれん。誇り高きドラゴン様にとっちゃ、人間なんてどうでもいい存在だからな。だからこそ卵を盗んだトリギェに対しては過剰反応したんだろうが。ただ、今の俺達にとって大事なのは向こうの考えじゃない。どうやって全員で生き残るかだ。東門の連中のためにも、余裕のあるこっちはもう少し爆破の間隔を狭めて、こっちに近付けるように仕向ける。八、九部隊の連中に貸しを作ってやろうや」

 ラスの指示に否やはなかった。おそらく逆の立場なら、他の部隊も同じ事をしただろうし、全員がぎりぎりのラインで戦わなければ生き残れないことも分かっていた。爆破し、炎が着弾しても、すぐに次を爆発させる。そうして、虫なりにインフェルナムの気を引く。何度か同じ事を繰り返すうちに、目論見どおり、インフェルナムはこちらに近付いてきた。近づいてきた、って言うか・・・

「散開!」

 第五部隊は左右に散った。一拍置いて、丁度真ん中辺りにインフェルナムの両前脚が上から叩きつけられた。

「流石にやりすぎたか?」

 同じ方向に飛んで逃げたバーリが私の右脇に手を入れ、引っ張り上げてくれた。礼を言って、その場から離れようとした時。ガラガラと粉塵が壁のように舞い上がっている。その壁の隙間から、赤が差し込んだ。巨大なインフェルナムの目だった。ぎょろ、ぎょろりと焦点を彷徨わせ、目が合った。


 オオオオオオオオオオオオッ!


 声、と言うよりも、衝撃波だ。空気の振動が全身を叩く。

 フォルミに激突された痛みは、どこか一箇所だった。これまで自分が負った怪我も、転んだりぶつけたり原因は様々あるが、怪我の箇所というように、どこか一部分、時に二箇所などだった。全身が同等の衝撃で打たれるなんて未知の体験だ。未知過ぎて、頭の情報処理が追いつかなくて頭にまで激痛が走る。

 最も被害を受けたのは鼓膜だった。破れてはいないと思うが、耳鳴りみたいな嫌な音が頭の奥でずっと鳴り続けている。眩暈がして、起こしてもらったにも拘らず思わず膝を付いてしまった。三半規管がやられているのだろうか。足元がおぼつかない。逃げなきゃと思うが、足が動かない。隣のバーリ、そして少し離れて別の団員も、同じように膝を付いている。

 カッと目の前が明るくなった。インフェルナムの口腔が大きく開き、こちらを向いている。

 死んだ。間違いなく。これから起こるであろう事は簡単に予測出来た。が、予測は出来ても対策は立てられそうにない。

 だが、予測は裏切られる。唐突に、インフェルナムは動きを止め、口を閉じ、匂いを嗅ぎ始めたのだ。

「マサの野郎、やりやがったか?」

 バーリが痛みを堪えながらも、口角だけ吊り上げて言った。作戦が、成功したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る