第26話 黒幕

 幸いな事に、ガリオン兵団の団員たちは誰一人欠ける事なく西門前に集合できた。インフェルナムは登場こそ派手に城壁を破壊していたが、卵を探すのが目的のためか、大きな破壊活動はまだ行っていない。このまだ、がいつまでなのかは不明だ。今すぐにでも始まるかもしれないし、当分先になるかも分からない。その時間こそが、人間に許された逃亡の時間だ。そうであるべきはずだ。なのに。

「何のつもりだ、こいつは」

 ガリオンが忌々しげに口を歪めて、自分の目の前にいる人間を睨み付けていた。

 全員揃ったのを確認してすぐ、ガリオン兵団は西団より脱出した。そのまま街道沿いに隣国へと向かうはずが、門を出てすぐに大勢の兵に囲まれた。ラテルの正規兵だった。どうして私たちが囲まれなければならないのかさっぱり理解出来ない。

「敵前逃亡は極刑。知らないのか? ガリオン団長」

 正規兵をかき分けて、一人の男が私たちの前に立ち塞がった。二十代から三十代くらいの、若い男だ。彫りの深い端正な顔つきをしているが、アイドルのような甘いものではなく、冷徹そうな印象を受けた。体つきも筋肉質でがっしりとしていて、まわりを囲む兵達よりも頭一つ大きい。ガリオンや、他の団員たちの殺意がこもった視線を一身に受けても平然としている。自分が有利な立場にいる事を理解している態度だ。そして、それは事実だった。

「一体、どういう事ですかい? フィリウス王子殿下」

 王子? 目の前にいるのはこの国の王子なのか?

「私の顔と肩書きを知っているのなら、もう少し敬意を払え」

「払える場所と状況なら幾らでも払ってやりますとも。だが、今はその時じゃない。あんたの国が燃えてるんだ。俺達を囲む暇があったら、あんたの領民を助けに向かったらどうだい?」

「もちろんそのつもりだとも。だからこそ、これから兵を差し向けるつもりだ。我がラテル守護国の、晴れて正規兵として雇われる運びとなった、ガリオン兵団をな」

「馬鹿言うな。俺たちは、まだあんたの部下になった覚えはねえぞ」

「名代から話は行っているはずだろう?」

「話は来たが、断らせてもらう。どうも、裏がありそうなんでな」

「ほう、話が来た時点で、裏があることに勘付いたか。なかなか良い勘をしているじゃないか」

「悪けりゃ死ぬ。それが傭兵って奴だ」

「そのようだな」

 すっとフィリウスが手を上げた。武器を構えた正規兵たちの輪が、彼らの一歩分狭まった。傭兵団の方もすぐさま武器を構えるが、自分たちの数倍はあろうかという正規兵の数の圧に押され気味だ。

「では、略式だがここで拝命の義を取り行おうか。ガリオン。正式に、我がラテル守護国の正規兵として、国と、その代表たる私に忠誠を誓え」

「お断」

「返答は慎重に行えよ。ガリオン」

 ガリオンの言葉を遮って、フィリウスが言った。

「貴様のこれからの言葉で、貴様と、貴様の部下と団の命運が決まるぞ」

「・・・脅すのか?」

「そうだ」

 テレビなどでは、悪役はもっとのらりくらりと答え、不気味さを際立たせる。だが、こうもハッキリ認められると、別の恐怖を見る者に与えてくる。従わなければすぐに殺す、という相手の意思表示を嫌と言うほど理解出来てしまうのだ。何の遊びもなく命乞いも聞きいれられる事もなく殺される。直接的な恐怖だ。

「尻に火がついている状況では、現状がよく見えていないようだからな」

「火がついてんのは、あんたの国だろうが」

「それについては、貴様の心配するところではない。貴様が心配すべきは、自分たちのことだ」

「断れば御自慢の兵で踏み潰すってのか。俺達も舐められたもんだ。この包囲を切り抜けられないと思うのか? 一人でも逃がしたら、その時こそラテル守護国の名前は地に落ちるぜ? 傭兵間の噂話は風より早い。二度とこの国に傭兵は近寄らんだろうな。傭兵が近寄らないって事は、商人も近寄らないってことになる。経済に大打撃じゃねえのか?」

 しかし、フィリウスの顔色は全く変わらず、唯一つ、ため息をこぼした。

「やはり、貴様は見えていない。その程度の事、私がわからないとでも思ったか?」

「あ?」

「自分の部下に引き入れようと考えるくらいには、貴様らの実力は評価しているつもりだ。犠牲は出すだろうが、この人数差でも、策を用いて逃げ延びる事は可能だと思っているとも。むしろ、貴様の方が私を舐めているのではないのか? 私が、力だけで貴様達を脅すとでも?」

「どういう意味だ。貴族様の話は長いばかりで、要領を得なくていけねえ」

「分かりやすくいうと、だ。あのインフェルムを呼び寄せたのは、貴様らだ」

「・・・何言ってんだあんた。頭イカレたのか?」

「いいや。イカレていないとも。イカレているのは貴様らだ。インフェルムの卵を盗むなど、正気を疑う」

「身に覚えがねえ。その依頼は」

「トリブトムが受けた、とでも言うのかな? トリギェ何某が彼らに依頼したと?」

 この口ぶりからして、フィリウスは全て知っている。知っていて、違う話を生み出そうとしている。

「そうなのか? トリブトムの者達よ。ここに来て、私と、奴らに説明してやれ」

「ははっ」

 再び正規兵の人垣が割れた。現れたのはマグルオたちトリブトムの三人ともう一人。

「あの人は」

 私の隣で上原が呟いた。私にも見覚えがある。ロストルムに襲われていたサンタクロースだ。では、あの男がトリギェだろうか。

 明るい場所で見るトリギェは、悲惨な姿だった。顔は見るも無残に腫れ上がり、ボロボロの衣服から覗く手足にも青あざや裂傷が見えた。ヒラマエが脇を抱えていないと、今にも崩れ落ちそうだ。拷問、という言葉が頭に浮かんだ。

「マグルオ、といったか。聞かせてくれ。此度の襲撃の真相を」

「はい。では、恐れ多くもフィリウス殿下の御前にて、この度のインフェルナム襲撃の真相を明らかにさせて頂きたく思います。そもそもの始まりは、この男。トリギェと名乗る男が我々トリブトムに依頼を持ってきたのが始まりでした。この男は、さる高貴な身分の方の名代を名乗り、樹海に生えるウニクムの採取の護衛をしてほしいと依頼してきました。新鮮なウニクムを現地にて加工したいから自分が行く必要があると。訝りながらも、トリブトムの我らが代表は依頼を受け、私どもが派兵されることとなりました。しかし、これは全て嘘だったのです」

「ほう、嘘とな? どういうことだ?」

 フィリウスが芝居がかった、わざとらしい相槌を入れた。こんな話を悠長にしていて良いのだろうか。さっさと逃げないと、いつインフェルムが襲いかかってくるか分からないのに。それとも彼らは、こっちにインフェルムが来ない確信でもあるのだろうか。

「はい。ウニクム採取というのが真っ赤な嘘でした。トリギェの目的は、インフェルナムの卵でした。御存知の通り、インフェルナムを始めドラゴン種はその危険性から、関わる事を禁じられています。それでも、いや、だからこそと言うべきでしょうか。好事家のような人種はドラゴンに関する品を集めたがる。トリギェもその為に動いていたのです。一瞬の隙を突き、樹海で私たちを撒いたトリギェは、守備よくインフェルナムの卵を盗み出しました。すぐに戻すように指示したのですが、トリギェは拒否しました。ここまで来て引き返す事は出来ない。失敗すれば自分は依頼主に殺され、トリブトムもタダではすまない、と。ドラゴンの卵を盗む依頼を受けたなどと知られればトリブトムの名に傷がつくどころではないぞと私たちを脅しました。成功さえすれば全てが丸く収まると言われ、私たちは従うしかありませんでした」

「なるほど、この件に関しては、貴様らも騙された被害者というわけだ」

「おっしゃる通りです。しかし、トリギェはただの実行犯、黒幕は別にいたのです」

「黒幕、とな?」

「はい。トリギェが全てを白状しました。この度のインフェルナムの卵の依頼主を」

 マグルオが顎で促すと、それに応え、ヒラマエはトリギェを突き飛ばした。脚に力が入らないのか、トリギェは地面に突っ伏した。震える腕で体を支えながら起こす彼に、マグルオが言った。

「トリギェ。もう一度尋ねる。お前にインフェルナムの卵をとってくるよう依頼したのは、どこの誰だ?」

 トリギェが震えながら右腕を上げ、あろう事かガリオンを指差した。

「ガリオン兵団団長、ガリオンその人です」

「馬鹿な!」

 憤慨したガリオンがトリギェに詰め寄ろうとする。しかし、正規兵の槍衾に阻まれ、後退を余儀なくされた。

「彼から、インフェルナムの卵を盗んでくるように言われました!」

「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!」

 泣き叫ぶトリギェに、ガリオンが頭を真っ赤に染めて怒鳴る。

「そうかそうか、貴様に依頼したのはガリオン団長であったか。ではガリオン団長は、高貴な身分の方の名前を勝手に持ち出し、それだけでも斬首に値する罪ではあるが、此度の襲撃の原因を作った犯罪者ということであるな?」

「その通りです。フィリウス様。全て、全てガリオン団長の指示でございます」

「なるほど。ガリオン団長は、ここまで事が大きくなる事を予期していたのかな? いや、していたであろうな。ドラゴンの卵を盗もうなどと考えるくらいだ。そこから派生するあらゆる事象も計算に入れるに違いない」

 もしや、とフィリウスは大変な事に気づいたと言わんばかりに両目を大きく開いて天を見上げてから、勢いよくトリギェの方を振り向いた。大げさな芝居なのは誰が見ても明らかだった。

「インフェルナムにラテルを襲わせることこそが目的だったというのか? なるほど、となるとガリオン団長の裏にいるのは、隣国の手の者かな。ラテルの国力を落としながら、さも悲劇であると言わんばかりの顔でラテル復興に助力するように見せて、貸しを作り、ラテルから財を毟り取ろうという腹であるか」

「フィリウス様、それは、それは違います! 誤解です!」

「おっと、これはとんだ邪推であった。犯人はガリオン兵団。その裏はない。そうだったな。そういう話だったな」

 縋りついてきたトリギェを払い飛ばし、フィリウスは笑った。

「だが、言われてみれば気になる事は沢山あるな。なぜガリオン兵団の者が、命を賭してまで貴様を守ろうとしたのか。ロストルムの群れを駆逐する我らからの依頼を率先して受けていたのか。それらは、今回の件と繋がっていたのだな。インフェルナムは非情に知能が高いドラゴンと聞く。またロストルムは、ドラゴンの亜種。強大なドラゴンが、同種族を従える事件は、数は少ないが何度かある。ガリオンはロストルムがインフェルムの命を受けてラテルを、卵を盗んだ人と同じ種族が多く住まうこの地を襲ってくる事を予期していたと言うわけだ。本来であれば卵が届き次第ラテルから脱出するはずが、先にロストルムが街路を塞いでしまった。逃走する道を作り、トリギェが戻って気安いように露払いをしていたと考えるのが普通か。そして、トリギェを守ろうとしたのは言うまでもなく、卵を確保するためだ」

 そんな、そんな馬鹿な話があるのか。

 命がけで戦ったのだ。上原は大怪我まで負って。それでも目の前の人間を助けようと必死で戦ったのだ。それが、こんな裏目に出るなんてありえるのか。報われないものなのか。

 マグルオたちに視線を向けた。気づいたヒラマエは、居心地悪そうに私から目を背けた。マグルオは瞑目し、マディはこちらに背を向けている。

 ありがとう。私にそう言ってくれた彼らは、あの時こうなる事を予期していたのか。トリギェの行為を知っていて、知らん顔をしていたのか。最初から、私たちを騙していたのか。

 膝から力が抜けそうになった。けれど、気力で耐えた。ここで膝を折ったら負けだと思った。これ以上、相手が喜ぶような姿を晒すわけにはいかなかった。歯を食いしばって、耐える事がせめてもの反抗だと思い込んだ。

「これが、貴様がインフェルナムの卵を盗んだという証言だ。調べれば証拠も出るだろう。インフェルナムの卵が、貴様の子飼いの魔術師のねぐらから」

「あたしの部屋!? 女の部屋に勝手に入るってどういう了見して・・・」

「落ち着け! 今それどころじゃない!」

 怒り心頭のプラエをギースが取り押さえる。それをちらと横目に見てから、フィリウスをにらみ付けてガリオンは言った。色んな感情を押し殺した静かな、低い声だ。

「ふざけんな。そんな作り話、誰が信用するってんだ」

「貴様ら以外は、信用するとも。そうだろう?」

 話が繋がってきた。後半にフィリウスが思いついたかのように話した事、他国がラテルの国力を落とす為に仕向けたのでは、というのが事実なのだ。トリギェは他国から派遣されたエージェントだった。しかし、フィリウスはそれを事前に察知した。トリギェとトリブトムを押さえ、事情を掴み、逆に他国に対する脅迫材料と呼ぶべき貸しにした。だから彼は、ラテルが今蹂躪されていてもさほど気にしていないのだ。後で脅迫相手から補償が入る事になっているから。

 これまで不可解だったロストルムの襲撃についても謎が解けていた。残るは、捏造されていく話によって、私たちが絶体絶命の窮地に追いやられているという事実だけだ。どう繕っても、インフェルナムが襲撃してきたという事実は変わらない。誰かがその責任を負わなければならない。身代わりに選ばれそうになっているのが、ガリオン兵団なのだ。

「ガリオン。もしラテルの正規兵になるのなら、さっきの話はここだけの、単なる風の噂になる。どこにも広がらずに霧散する。しかしもし断れば、さて、名前が地に落ちるのは、ラテルと、貴様らと、どっちかな?」

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