第15話 腹の内
野太い声に招かれてドアをくぐる。入って真正面にガリオンが椅子に座っていて、威圧感満点の佇まいに思わず「うっ」と声が出てしまいそうになった。すんでの所で飲み込めたが、視線は逸らせてしまった。
思いがけない人物がその場にいた。ギースはまだ分かる。ガリオンの参謀だし、私を入団させようとした人だ。
だが、なぜ上原がここにいる。呼ばれたのは私だけではなかったのか?
「アカリ、なぜ呼ばれたか、わかっているな?」
ガリオンに名前を呼ばれたことで、疑問が一気に頭の片隅に追いやられた。でもそれでいい。今重要なのは上原が何故ここにいるのかではない。自分の事だ。自分の事が一番重要に決まっている。頷くと、ガリオンは言葉を続けた。
「報告はラスから上がっている。貴様も端っことはいえ、戦場にいたんだ。あの空気を味わった。その感想は?」
「・・・怖かった、です」
今思い返して、思い出せるのはその感情だけ。他には一切残らなかった。
「だろう?」
ガリオンが苦笑するが、私を嘲笑するような響きは含まれていなかった。
「正直に言えば、俺だって怖い」
「えっ」
思わぬ返答に、彼の顔をまじまじと見返してしまう。歴戦の傭兵には、恐れなど皆無だと思っていた。
「万全の準備を行い、最善を尽くし、それでも死ぬときがある。それが戦場だ。俺達がいた場所だ。怖いのは当たり前だろう。死にたくないんだから。お前が怖いと感じるのは、人として、死を恐れる生き物として当然の感情だ」
それでも、とガリオンは続けた。
「俺には戦う理由がある。戦って稼ぐ。それしか出来ないってのもあるが、稼ぐ事で出来る事が増える。稼いだ金で武器を揃えれば、次はもっと楽に勝てる。楽に勝てれば生き残れる。生き残れれば仕事が出来る。仕事が出来れば仕事が増える。更に稼げる。部下たちに支払う金も増やせる。生きていく事が出来る」
彼らが傭兵になった経緯を思い出した。元は食い詰め者の集まり。生きていくためには傭兵しかなかった。
「もう一度、尋ねる。お前には選択肢がある。それでもわざわざ、この道を選ぶのか?」
恐ろしい思いをした道をわざわざ選ぶな。ガリオンの顔はそう言っている。私は、ここにくるまでにシュミレーションしたいくつもの説明方法を、捨てた。その説明方法は、全て自分が利になるように持っていくプレゼンだった。
ガリオンは、正直に話してくれている。ならば、私も正直に、自分の目的を話すのが筋というものだろう。
「ガリオン団長。お願いします。私を傭兵団に入れてください」
頭を下げる。床にめり込めと言わんばかりの勢いで、深く下げる。
「・・・貴様は、戦場で怖くて動く事も出来なかったと聞いている。この前の戦場は、まだマシな部類だ。味方が多く、敵の数は少なかった。敵であるロストルムも、煙によって正常な判断力を奪われ、本来の力が出せない個体ばかりだった。今後はもっと過酷な戦場に行く事になる。今度こそ、命を落とすような、そんな過酷な場所ばかりだ。それでも貴様に傭兵を志願させるものはなんだ。ただ娼婦が嫌だから、という理由だけなのか?」
「いえ、違います。私には、目的があります」
「目的だと?」
「はい。以前、私たちはこの世界に送り込まれてきたという話を覚えていますか?」
「ああ。覚えている。モヤシとか言う魔術師によって送られてきたルシャだと言っていたな」
「そのモヤシは、元々私たちと同じ世界に住んでいました。モヤシもまた、あなた方がルシャと呼ぶ存在で、この世界で生きていた。けれど、彼は戻ってきた。私も、戻れるなら元の世界に戻りたい。私の目的は、元の世界に戻る事です」
「なるほどな、傭兵団にいれば、団の都合とはいえ色んな国を回る事が出来るからな。情報を集めやすいと考えたか」
「はい。娼婦では、この国にしか居座れません」
「自分の目的を達成する為に、団を利用するってのか」
「利用だけするつもりは、ありません。もちろん、役に立つつもりです」
「『つもり』じゃあ困るんだよ。お荷物抱えられるほど余裕があるわけじゃないんでな」
「なら、役に立ってみせます」
「恐怖に呑まれて、身動き一つ出来なかったのにか?」
「出来なかったのは、事実です。言い訳のしようもありません。けれど、出来なかったままでいるつもりはありませんし、ガリオン団長やギース参謀に、出来ない奴と思われたままでいたくもありません」
お願いします、と私は膝を折り、床に頭を擦りつけた。
「認められるまで給料無しでも良いです。団に置いてください。チャンスをください」
良い返事を聞けるまで動かない。その意気込みで私は微動だにせず、相手の返答を待った。
やがて、ふうと諦めに似たため息が後頭部に当たって霧散した。
「マサ。今夜からの夜間の見回り、アカリを連れて回れ」
「はいっ」
なぜそこで上原の名前が上がるのか。
「アカリ、顔を上げろ。つうか、立て。話しづらい」
言われるがままに立ち上がる。
「まだお前は見習いのままだ。それは良いな?」
「はい」
「貴様が来る前、ここのマサの正式な入団が決定した。お前も知ってるだろうが、こいつはロストルムを一匹しとめたからな」
知っている。目の前でその光景を見た。
「新人は、夜間の見回りが最初の仕事だ。ここでは城壁の上での監視だな。アカリ。お前はマサについて、仕事の補佐をしろ。ただし、今自分でも口にした通り、給料はまだ払えん。食事や寝床は与えるが、それまでだ」
いいな、と言い渡された。予想に反して、トントン拍子に上手く話が転がっている。
「えと、自分で言っといてなんですけど、良いんですか?」
「あ? 嫌なのか?」
「いえ、いえいえいえ。そんなことは」
「ふん。なら余計な手間を取らせるな。俺は忙しい。話は決まったんだ。さっさと出て行ってしっかり仕事しろ」
狐につままれたか、狸に化かされたか、そんな気分のまま私はガリオンの部屋を追い出された。
「篠山さん」
同じく追い出された上原が声をかけてきた。
「団長が言ってたと思うけど、今夜からの見回り、よろしく」
「え、ええ」
「それじゃ、僕、準備あるから行くね。城壁の監視塔前に八時集合で良いかな?」
「うん。それで良い、良いんだけど」
未だ腑に落ちない私を置いて、それじゃまた後で、と上原はさっさと行ってしまった。
「アカリ」
振り向くとギースがいた。
「マサに感謝するんだな」
「感謝、ですか?」
「ああ。奴が団長に頼み込んだのだ。自分の今回の報酬で、自分とアカリの分の借金が支払えるはずだから、団を辞めさせないでほしいと。そうまでしてアカリを残す理由は何だと聞けば、先程お前が言った事と同じ理由を話した」
とすると、ガリオンは私が話す前から理由を知っていた事になる。
「お前の腹の内を知りたかったのさ。私たちは金と、それ以上の信頼関係で協力している。腹の内をお前が見せるかどうかを確認したかった。お前が身を寄せようとする団に対して信用を置かなければ、こっちもお前を信用できないからな」
「じゃあ、もし私が、他の、例えば上辺だけを取り繕ったような答えを出していたら」
「ガリオンは入団を許可しなかっただろう。そこは、正直に話して正解だった。ともかく、お前は見習いとして入団したわけだ。今夜からしっかり働け」
言い残して、ギースもまた階下に消えていった。
どうして上原がそこまでしてくれたのか。化かされたトリックはそこにありそうだった。
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