第14話 人生の進む方向の決め方

 酔っ払いの陽気な歌が響いている。ラテルの飲み屋街はお祭り騒ぎの様子を呈していた。今回のロストルム掃討戦に参加した傭兵団が、あちこちの店で仲間たちと酒を飲み、自分の武勲を、時に少しばかり水増ししながら大声で語っていた。店の女性店員をつかまえては「今日の俺の剣は冴えていた」「真正面から襲いくるロストルムを一刀両断にしてやった」「仲間の命を救った」などと自慢げに話している。店員たちは慣れたように「あなたのおかげでラテルが守られたのね」「あなたがいればこの国は安心ね」などと大げさに驚いてみせた。すると傭兵たちは、更に気分をよくして酒を頼み話を重ね、店員たちは売り上げが上がると嬉々として酒を運んだ。経済の循環が出来上がっていた。

 店先から伸びる明りとランプの炎が照らす路地を歩いていた。その明りに照らされないよう、影の部分を選んで踏む。

 今向かっているのは、酒場ではない。宿屋だ。ガリオンの泊まっている部屋に呼び出された。既に彼の耳には、ラスとギースを通じて私の情けない戦果が上がっている。おそらく、退団を求められるだろう。

 何も出来ないまま戦いが終わった。私は、ガリオンと交わした契約を果たせなかった。

 十日以内にロストルム一匹しとめる事。それが、ガリオンと交わした契約、私が傭兵団に入るための試験だった。結果は見るも無残なものとなった。

 恥ずかしさと情けなさと怒りとやるせなさ、それらの感情が合体変形して卑屈になって、私を押し潰そうとしていた。

 戦いが始まる前、自分の配置場所を聞いてショックを受けた。自分はやれると思っていたからだ。フォルミによる訓練を乗り切れた。一週間でフォルミの攻撃をしのげた自分には、漫画みたいな、特殊な戦いの才能があるのではとすら考えていた。その自分を、まさか後方に配置するなんて思いもしなかった。ラスたちが、自分には何も期待していない証拠だった。

 期待されないというのが、これほど自分を揺さぶるのかと驚いた。クラブ活動をした事はないが、レギュラーに選ばれないというのはこれほどのショックなのか。クラブ活動をしている連中は、よく選ばれない事実に耐えていられるものだと関心してしまう。しかも私の場合は、結果が出せなければすぐさま娼館に売られるというおまけがあった。結果が残せるような場所にいない事、期待されていない事、これら二重の事実が私から気力を奪った。出来るはずなのにさせて貰えない虚無感があった。

 しかして実際。戦いになると話は全く変わっていた。自分の浅はかな考えを食い千切るように、ロストルムは盾を超えて襲いかかってきた。帰路の間、傭兵たちが話していた断片的な情報を繋ぎ合わせると、当初ロストルムは各傭兵団が備える場所に、均等に追い立てられる予定だった。だが、予定に反してガリオン兵団も布陣する左翼側に多く流れたらしい。またその走るスピードが予想以上だったため、第一波のすぐ後に第二波が到達し、計画通りに包囲する事が出来なかった。

 そして、私はある意味ラスたちの期待通り、何一つ行動する事が出来なかった。戦場の空気やロストルムの迫力に呑まれて、剣を構えるどころか、身動き一つ取れずにいた。

 過去の自分を殴って、思い切りなじってやりたかった。一体どんな根拠があって、どこをどう考えれば、自分は戦えるはずだと勘違いできたのだろうか。まったく、何一つ出来なかったというのに。それだけならまだしも、邪魔ですらあった。上原に腕を掴まれて走り出すまで、何も考えられなかった。バーリに怒鳴られ、走って逃げろといわれた。その言葉の裏にあるのは、邪魔だから消えろと、そういうことだ。

「上原・・・」

 頭を抱えて、しゃがみ込んだ。あれだけ邪険に扱ったのに、彼は私を気遣い、助けてくれた。申し訳ない気持ちで一杯だった。かなり厳しい言葉を投げつけたのに。

 上原は、見事にロストルムを一匹しとめた。指一本動かせなかった私とは大違いだ。果敢に挑み、結果を出した。バーリにも認められていた。バーリが認めれば、他の第五部隊の連中も彼を讃えた。やるじゃねえか、大したもんだ、これからもよろしくな。

 羨ましい。彼は私が欲した物を実力で得た。

 憎たらしかった。そんな彼を羨み、妬む自分が。お門違いだと理解している。けれど、そう考えてしまうのはどうしようもなかった。その環の中には、本来、私が入っていたはずなのにと、どうしても考え、想像してしまう。

 宿屋の階段を上がり、彼の部屋の前に立つ。どうしても億劫になり、ドアノブに手が伸びない。

「何やってんのあんた」

 びくりと肩が跳ね上がった。声の方を向くと、プラエが階段の手すりに寄りかかってこちらを見ていた。

「そんなところで突っ立ってないで、入るなら入ったら?」

「・・・でも、あの」

「ははあ、躊躇してんのは、今日の依頼のせいね。聞いたわよ? ビビッて動けなくなったんでしょ?」

 返答に窮する私の図星を、プラエの言葉が見事に貫いた。ぐうの音も出ない。顔を逸らし、嫌な気持ちを唾と一緒に飲み込む。

「くだらない、どうしようもないことで、あんたは悩んでいるのね。幸せな事だわ」

 嘲笑うように、プラエが言った。

「くだらない・・・って」

 こっちは人生がかかっているのに、なんて言い草だ。しかし、プラエはそんなことをお構い無しに言葉を叩き付けてくる。

「くだらないわよ。最初に言ったでしょ? 今まで戦った事もない人間がロストルムを討ちとるなんて無理だって。無理な事が出来なかったからって、何をそんなに落ち込む事があるのよ」

「でも、私は!」

「入団試験だったって言いたいんでしょ? だからぁ、そもそもそれが無理難題だったっつうの。普通は、頭をまるかじりにされておしまい、あの世行きになるのよ」

「じゃあプラエは、私には娼婦になるしかないって言いたいわけですか? 女には傭兵は無理だと、馬鹿な真似は止めておけと」

 そういうことじゃないんだけど、とプラエは口をいがめながら頭を掻いた。

「私は何も言わないわ。あんたの人生に口出しできるほど、私は偉くないから。というかね。そもそもあんたの人生に口出しできるのは、あんただけなのよ」

 プラエがゆっくりと近付いてきた。彼女の方が身長が高い。その体を少し屈めて、視線の高さを合わせ、覗き込むようにして顔を合わせる。

「ただ、馬鹿にすることはできる。説教や嘲笑に怖気づいてガリオンの部屋にすら入れない程度なら、始めから傭兵なんて目指すべきじゃなかったわ。失敗した? 恥かいた? それが何。あんた、まだ生きてるじゃないのよ。恥でも何でもかいたらいいのよ。生きてさえいりゃ、大概の事はやり直しが利くんだから」

 とん、とプラエは私の額に自分の人差し指を当てた。

「結局の所、人生は自分がその時その時に望んで決めた方向に進んで行くのよ。頭で小難しく考えて妥協して出した結論も、あなたが妥協すると望んだ結果でしかないでしょ。諦めずに何度も何度も挑戦して失敗して、最後まで失敗し続けて、くだらねえ人生だったとくたばるのも、あなたがどこかでその結末を覚悟し受け入れて望んだ結果になるでしょうよ」

 私の額に当てていた指を、そのまますすっと動かして向けた先にはガリオンの部屋があった。

「進むも自由、逃げるも自由。ただね、行って見てみなけりゃ分からない事があるのも事実。これは、魔術に限らず、研究に携わる人間の心構え」

 もちろん命の危機に関わるとなると話は変わったりするけれど。プラエが苦笑する。分からないものを行って見てみた結果、命の危機に何度か遭遇したようだ。

「私からは以上。後は好きにして」

 くるりと背を向けて、プラエは階段を降りていった。パタンとドアの閉まる音が階下から聞こえる。自分の部屋に戻ったようだ。

 失敗して元々。恥かいて当たり前。それで私はどうするか。

 腹を決めた。いや、まだ決めたとは言い難い。なんせ手も足もまだ震えている。恥をかくのは嫌だ。情けない思いなんかしたくない。そもそもガリオンが怖い。何を言われるか想像しただけで吐きそうだ。

 けれど進む事にする。命までは取られはしまい。行って見て、判断しよう。そして

「もう一度、チャンスを貰う」

 震える拳で、木製のドアを叩いた。

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