第11話 戦力外通告
十対の瞳が、私たちに向けられた。
平屋の中には、家具はほとんどなかった。板張りの部屋の中央に四角く切り取られた箇所がある。そこには灰が敷き詰められ、パチパチと炭酸のようにはじけた音を立てて薪が燃えていた。囲炉裏、だろうか。知識としては知っていたが、初めて見た。その囲炉裏を囲むようにして、十人の男が車座に座っている。どいつもこいつも見る、というよりも睨む、と言った方が良い目つきだ。正直怖い。日本ではコンビニに不良がたむろしているだけで、傍も通りたくなかった。その不良の十倍は怖い連中が、こちらを見ているのだ。足が竦む。
「明日の任務についてだが、その前にまず紹介しておく。アカリとマサだ」
こちらの内心を知ってか知らずか、ラスが私たちを彼らの前に押し出した。
「こいつらは、明日俺たちと一緒に出撃する。顔を覚えておけ」
お前らもだぞ、とラスが私たちに告げた。顔を覚えろと言われても・・・。恐る恐る、顔を見渡していく。
何故か、ニュースで見た野生のニホンザル特集を思い出していた。野生のサルが人間に襲いかかるというやつだ。サルは目を合わせたら襲ってくるから、目を合わせないようするべきだ、とか言っていた。彼らの顔を見渡しながら、襲われませんように、襲われませんようにと、それだけを一心に願っていたから覚えるどころの話じゃない。心は完全にシャットダウン状態だ。見ているようで、何も見ていない。こんな事じゃ駄目だというのはわかっているが、無理なものは無理だ。
「隊長」
集団の中の一人が声を上げた。
「本当に、こいつら大丈夫なんですか? 俺たち、世話焼けませんよ?」
「そこは気にしなくていい。いつも通り、お前らはお前らの仕事をしろ」
隊長がそう言うならとすぐさま手は引っ込められた。数秒、他に質問がないかを確認するように待ってから、何も反応がないのを確認したラスは、部隊内で役割分担に付いて話を始める。
床に広げられた紙の上に、人に見立てたコマを置き、布陣から、戦闘開始時、戦況によっての人の動き方を時間軸に沿って説明された。同じ部隊内でも、本人の武器や特性で役割が代わってくる。基本戦術は、先ほどの隊長たちのブリーフィングで出た話と同じで、盾を持つ人間がロストルムをひきつけ、側面から奇襲するといったものだ。盾の後ろに抜かれないように槍衾を設けるとか、足が止まったところに矢を射かけるとか疲弊したところに攻撃を仕掛けるとか、立ち回りは大隊規模でも小隊規模でも変わらない。おそらく、他の傭兵団も同じ戦法を取るだろう。
「以上だ。そして、アカリ、マサ、お前たちは、盾の後ろに回ろうとする、横からのロストルムを警戒し、撃退しろ」
突如名前を呼ばれて、肩をびくりと震わせ、亀のように首を伸ばす。
「そうだ。お前らだ。矢を射られ、俺たちが囲んでも、必ず数匹は抜け出し、後ろに回り込む。盾を担当するバーリ、フィズ、ボナンザ。アイルは重装甲だ。どうしたって動きは鈍る。正面からの攻撃に強くても、横からは脆い。もちろん、こいつらは抜け出してきたロストルムを退けるだけの力量がある。だがその間に、盾を抜かれ、後ろに回られたら、そいつらの相手に手間取り、本来のロストルムの侵攻を防ぐという目的が果たせない。彼らの仕事を円滑に進めるために、お前たちには彼らの側面を守って貰う。だから」
私と上原を模したコマが、紙の上に置かれた。盾兵の彼らのすぐ傍、部隊の後方に当たる位置だ。
「ここで待機。戦況を見ていろ」
すとっと、力んでいた肩が落ちる。私の役割は、後方待機。ラスは、私たちを戦いに参加させるつもりはないのだ。気にしなくていいと言ったのは、こういう意図があったからか。大げさに話していたが、討ち漏らしが出たら対処しろということで。それは反対に、彼らの自信の表れって事じゃないのか。討ち漏らす心配がないということなのではないのか。
確かに、彼がこういう策に出る理由は理解できる。私たちには信用がないからだ。プラエも言っていた。部隊の団員のほとんどは、身内で構成されていると。その中に入るためには、確固たる信頼を築く必要がある。それは、誰もが認めるような実力であったり、共に過ごした時間の積み重ねであったり。私たちには両方ないから、この布陣は打倒とも言える。見えて、語りかけてくるようだ。邪魔はするな、という彼らの意図が。緊張しっぱなしだった私の中から、糸が抜けていく。背筋を強制的に伸ばしていた糸だ。
「篠山さん」
肩を叩かれ、そちらを向くと気遣わしげな顔の上原がいた。
「解散、だって。聞こえてた?」
「え」
見れば、ラスの姿は宿の外に消えようとしていて、他の面々も貴重な休みを体に与えようと行動している。眠ろうと毛布に包まるもの、食料を買い出しに行くもの様々だ。
「よう」
そんな中、一番年長らしき男が、私たちに声をかけてきた。浅黒い肌には、深い皺が刻まれて、ラスよりも年上に見える。実際そうなのではないか。
「バーリだ。明日はよろしくな」
しゃがれた声で、こちらに声をかけてきた。今まで会った傭兵の中では、まだ親しみのある対応だ。差し出された手を握る。アカリです、と何とか挨拶は出来た。
「おいおい、大丈夫か? まだ戦いの前なのに緊張してんのか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうかい。それならいい。明日は、俺たちがあんたらに守って貰う事になる。なるべく、そんな事がないように俺たちで止めるつもりだが、もしもの時は頼むぜ」
ああはいはい。わかってますよ。もしもの時なんか、来ないように頑張るんでしょうね。そんな事がないように、なんて、白々しい。握手した手はごつごつして、その先に伸びる彼の腕は私とは比にならないくらい程鍛えられて鋼のようだ。それが視界に入るだけでも苛立ちが増す。
「すみません、私たちも、もう休みますんで」
振り払うようにして、握手していた手を離す。
「え、ああ、そうだな、じゃあな」
バーリがじゃあなと言う頃には、私は既に彼に背中を向けていた。後ろで上原が弁明つきの挨拶をしているのが途中まで聞こえて、扉が閉まった。
馬鹿みたいだ。
これまでの訓練を思い出しながら、この一週間世話になっているプラエの部屋へ向かう。同じ女同士ということで部屋の隅を使わせて貰っていた。
あれだけ訓練してきたのは、一体何のためだったのか。どうすればフォルミを落とせるか試行錯誤してずっと頭を悩ませてきた。体も鍛え始めた。腕立て、腹筋、スクワット、基本的な筋トレから、剣をもって素振りを一日に百、自分にノルマを課した。手には肉刺が出来始めた。痛いけど我慢した。努力は裏切らない。そう言い聞かせて。フォルミ訓練に成功した時は、本当に嬉しかった。自分が認められたような気がした。この調子で傭兵団に入れる、何もかもがここから上手く行く。本気でそう思った。
なのに、これまでの全てが無駄だったと言うのか。
無気力感が体を包む。
「篠山さん、ねえ、篠山さんってば」
後ろから上原が追いかけてきた。呼び止められても足を止めない私の隣に、彼は並んだ。
「どうしたの急に。なんか変だよ」
「なんでもない」
「なんでもないってことないだろ。明らかにおかしいじゃないか。さっきと全然違う」
「何も変わらないわ。私はいつも通りよ。さっきも、今も」
「そんな風に見えないから。明日僕ら、戦場に立つんだよ? 少しでも何かあるなら相談」
「大丈夫だってばっ」
少し語気を強めにして、私は彼の言葉を遮った。
「大丈夫よ。どうせ、私たちは信用されてない。さっきのラスの説明聞いてたでしょ。私たちは後方。それもあのバーリっておっさんの後ろで隠れとけってことよ。邪魔しないように下がってろって事でしょ。何があるってのよ」
「いや、確かに布陣はそうだけど。ロストルムがバーリさんたちを越えたら、彼らの後ろには僕らしかいないわけで」
「その万が一がない自信あるんでしょうよ。私たちの出番なんかない、必要ない、そう言いたかったのよ。そりゃそうよ。私たちは身内でもなければ、戦った経験もない、信用出来ないよそ者なんだから」
「篠山さんっ」
「上原君も早く寝たら。大事な戦いがあるんでしょ? いいわよね。あなたは。娼婦の道がなくって」
なおも言い募ろうとした上原にぴしゃりと言葉を叩き付けて、振り返らないでねぐらに戻る。プラエはまだ戻ってなかった。埃だらけの毛布にくるまる。
言い様もない、何か不定形な気持ち悪い物が胸にあるのに、ぽっかり開いた穴には全くはまらない。それが余計に私を苛立たせた。
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