第10話 ブリーフィング
「もう知っている奴もいるかもしれないが」
ガリオンはそう前置きして、目の前に居並ぶ面々を見渡した。宿屋の一階にある酒場には、彼を含めて十四人の人間がいた。
一人はギース。ガリオンの参謀として、彼の一歩後ろで侍っている。
残りのうち十人は、ガリオン兵団の隊長たちだ。一人が部下を十名から二十名束ねている。大きな支持はガリオンや参謀のギースからだが、作戦中の部隊での細かな指示は彼らが担っている。
最後の二人が私と上原だ。むくつけき男たちに囲まれ、中にはプラエも混ざってはいるが、彼女の存在がかすむほどの筋肉と汗臭さが店内に充満していて、場違い感が甚だしかった。なんというか、ぼったくりの店に入って、請求額に文句を言ったら取り囲まれましたと説明すればわかってもらえるだろうか。
「ラテル守護国から俺たちを含めた複数の傭兵団に依頼が入った。内容は、街道を塞ぐロストルムの群れの駆除だ。報告で上がってきている数は百前後とのことだ。これまでの経験からもう少しいる可能性は高い。おそらく、この前の件で味をしめた群れの一つだろう」
ガリオンの視線が私たちに向けられた。つられるように、周囲の隊長たちもちらとこちらに目をやった。
この前の件というのは、間違いなく私たちがこの世界に飛ばされた時のことだ。あの件で、ロストルムは多くの餌がまたラテル周辺にあると二匹目のドジョウを掬いに来たようだ。私たちのせい、と言えなくもないと言うか、まさしく私たちのせいなのだが、こっちはこっちで望んであんな場所に現れたわけじゃない。
「やり方はいつも通りだ。群れに対して、横に陣を敷く。鼻の良い奴らはすぐに俺たちの存在に気づくだろう。遠距離から一斉射撃を行う。矢の消耗は気にするな。撃てるだけ撃って、奴らを削ってやれ。奴らが近付いてきたら前列に盾兵が前。ハン、頼む」
髭面の巨体が深く頷いた。盾兵を束ねるだけあって、トレーニングジムの中かと思うような鍛えられた肉体が並ぶ中でも、その巨体と盛り上がる筋肉が際立っている。
「ハンの部隊にロストルムが食いついたところで、左右から挟撃する。奴らの後ろは開けておけよ。逃げ道は塞がなくて良い。下手に飛び越えられて、死力を尽くされても、後ろに回られても面倒だ。自分たちの正面に相手を見据えて戦え。それから、ラス」
「はい」
前に助けてくれた人だ、と上原が小声で呟いた。
「ここのガキどもを、お前の部隊に預ける」
ガリオンとしても、まだ私たちと面識のあるラスがいいと判断したのだろう。しかし言われたラスは明らかに顔を渋らせ、私たちを見下ろして言った。
「団長、本気ですか? 俺に子守をしろと?」
「子守の必要はない。他の部下と同じように扱え。くたばったらそれまでだ」
「それはそれで良いんですか? 団長、ガキの無駄死にとか嫌いじゃなかったですか?」
「良いも悪いもねえ。本人たちが選んだことだ。ただ、お前が使えねえ、邪魔だと判断したら即座に退かせろ。こいつらのせいで他の団員たちが危険な目に遭うようにはするな」
「わかりました。そこまで言うなら、俺の判断でやらせてもらいます」
「それでいい。ああ、後、こいつらがくたばったら、武器だけは回収して来い。貴重品だ」
「了解です」
「頼んだぞ。じゃあ後は・・・、プラエ」
「はいよ」
「全員の武具の調整はどうだ。明日までに間に合うか?」
「もちろん。明日どころか、今からだって大丈夫なように仕上げてあるよ」
「良くやった」
にやりとガリオンが笑った。
「ブリーフィングは以上だ。各自充分に休息を取れ。明日は稼ぐぞ」
解散の宣言と同時に、バラバラに隊長たちは自分たちの部屋に戻り始めた。帰っていくのは良いのだが、私たちはどうすれば良いのだろうとオタオタする。こんなところで、私たちは指示待ち人間なのだということを思い知らされる。幾ら個性やら自由やら意思やらの尊重を声高に叫んでいたとしても、何をしたらいいのかわからないとき、頭が真っ白になる。自分で決める事が出来ない。別れ際のモヤシの言葉が蘇る。何をしても良いと奴は言ったが、きっとこの事を見越している。どうせ何も出来ないだろうと笑っていたのだ。
「おい」
乱暴な声がかけられた。二人して振り向くとラスがいた。
「ついて来い」
こちらの返事も待たず、ラスは踵を返して行ってしまう。私たちは小走りで彼の背中を追った。酒場を出て右へ進んで行く。不安もあるが、何かしているという安心感もあった。
「あの、ついて来いってどこに」
恐る恐る背中に声をかける。
「決まってるだろう。俺の部隊が集まっている宿だ」
振り向きもせずにラスは言った。どうやらあの酒場の上の宿に泊まっているのは隊長クラスで、部下は別の、もっと安くて広くて雑魚寝が出来る宿に泊まっているようだ。
「顔合わせくらいしておかないと、間違えて斬っちまうだろ」
上原と顔を見あわせる。そんな事が起こりうるのか、と不安がよぎる。
「冗談だ。流石にロストルムとお前らを間違わねえよ。多分な」
多分、という言葉を最後に付けないで欲しい。心からそう思う。
「だが、顔を合わせておくのは重要だ。顔を知っているのと知らないのとでは、大きな差がある。どんな差だ、と言われたら、上手く説明出来ないが、知っている顔があったら気づくだろうし、良くも悪くも感情が生まれる。何より、明日は互いに命を預けあうんだ。自分の命を預けるかもしれない相手の顔をみて、挨拶しておいても罰はあたるまいよ」
平屋の前に到着した。中からはうっすらと明かりが漏れている。ドアの前で、ようやくラスがこちらを振り返った。
「ようこそ、ガリオン兵団第五部隊へ」
ドアが開かれる。すっとラスは体を滑り込ませた。意を決して、私たちもドアをくぐった。
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