第9話 訓練の裏に隠された意味
「そこまで」
無機質なギースの声に振り向く。
「ようやく、及第点に至ったか」
やれやれとでも言いたそうな顔だ。
「いやいや、充分でしょ。大したもんよ?」
そう労ってくれたのはプラエだ。時々彼女も訓練場に顔を出し、フォルミの調整や私たちの武器の使い方についてアドバイスをしてくれていた。協力してくれていた彼女の前でも一定の成果を出せた事は、素直に嬉しい。
「訓練始めて一週間かそこらで五分耐えりゃ上等上等。しかも、これまで戦闘経験なんてなかったんでしょ? そこを考えればかなり早い速度で上達してるわ。自信持っていいわよ」
「やめろプラエ。余計な口出しするな。この程度で満足して貰っては困るんだ。実戦ではそんなもの」
「分かってるわよ。実戦では積み重ねた努力なんか関係ない。結果が全て、でしょ? でも、一応あんたが最初に出した要望には応えたんだ。そこは評価しても良いんじゃない?」
「評価しないとは言っていない。私が伝えたかった事も、既に理解しているようだしな。負けず、耐える事が出来れば、誰かが救援に入れる。誰かが救援を待っていれば助けに入る。そうやって協力しなければ、我々は生き残れない。時間を稼ぐのがどれほど大切なことか、何度も死んでわかっただろう?」
何度も何度もフォルミにやられた事をギースは皮肉る。言い方は癪だが、何度もやられる事で気づいたのも事実だ。
「だが、二人ともこれでようやくスタート地点なのも事実だ。わかっているよな」
上原が威勢よく「はい」と答えた。私も頷く。私たちの顔を見渡して、ギースが告げた。
「本日、団に依頼が入った。増えたロストルムの駆除だ。ラテルと隣国を結ぶ街道にロストルムの群れの目撃情報があった。ガリオン兵団は明日、ロストルムの駆除に向かう。夜、宿屋でブリーフィングを行うので、お前たちも参加しろ。団長には私から伝えておく」
そう言って、ギースは先に宿屋へ戻っていく。
「あの偏屈はああ言ったけど」
彼が出入り口の門をくぐったのを見計らって、プラエが口を開いた。
「正直、あんたらがここまで飲み込みが早いとは思ってなかったはずよ。二人で五分耐えれば良い、くらいで考えていたはず。しかも性悪な事に、そのことをあんたらに告げずにね。本当に、よく気づいたわね。『二人で協力しても良い』事に」
「ヒントは前々から出てたんです。ギースや団長の言葉の端々に、今思えばあれは、みたいな感じで」
少し早口気味で答える。問題を解いた小学生みたいに興奮していた。自慢するように、プラエに向かって言葉を連射する。
「最初は、これくらい出来なければ無理だ、ということを言外につきつけようとしているのかと疑ったんですけど、それなら始めから入団を拒否すればいいだけです。彼らはハッキリしている。駄目な物は駄目、無理な物は無理だときっぱり言うはずです。試験なんて、まだるっこしい事をする必要も無い。雇い主は向こうなんだから。それで出す試験が、私が出来ないものではないはず、と考えました。もしかしてですけど、プラエさん」
「ん?」
「フォルミですけど、もしこっちの上原君が同時期に入団希望じゃなかったら、フォルミの数ってまた違ったんじゃないですか?」
「そうねえ、今更黙ってても仕方ないから言っちゃうけど、推測通りよ。あんただけだったら二匹だった」
やっぱり思った通りだ。三匹の攻撃を耐え続けるなんて、十日そこらでやれなんて無茶だったんだ。
もしかしてこの試験は二人以上、多人数でこなすものなのではないかと疑い始めてから、上原と相談を始めた。きっかけはやはり、ギースの『五分耐えろ』という言葉だ。彼の言葉を借りるなら、五分耐えたところでロストルムが襲うのを止めてくれるのか、という話になる。そんな事はありえない。じゃあ、五分耐えて変わるとしたら、敵ではなく味方側の方ではないのか。
そして達した結論は、五分耐えたらもう一人が助太刀に入っても構わないのではないか、というものだ。
正直、試験という概念を覆された気分だ。小学校からテスト、試験が身近にあった。基本それらは全て、一人で行うものという固定観念があった。試験中に協力したりするなんて、通常ではありえない。それこそ、どこかの国であった集団カンニングみたいなものだ。成功しておいてなんだけど、嬉しさの中に、まだ納得出来ない自分が一割ほどいる。
「確かに、事前に説明しないってのは、意地が悪いとは思うけどさ」
ギースを弁護するわけじゃないけど、と前置きして、プラエが言う。
「仲間がピンチの時って、助けに行くもんじゃない? 普通。自分も死にそうだったり、死んでたら無理だけどさ」
言われてはっとした。助け合いなんて言葉を実践する日がくることなんて、想像もしなかったからだ。
確かに日本は災害が多い。何か大きな天変地異が起こって、被害が起こるたびに、ボランティアや救援物資、募金などの言葉が必ず視界に入る。自分も、募金したことならある。
けれど、それ以外で助け合いなんて見た事がない。ほぼほぼ皆、他人に対して無関心だ。電車で高齢者や妊婦、怪我人に席を譲った記憶はない。駅の切符売り場で困っている外国人に声をかけた事もない。転んだ子どもに手を差し伸べた事もない。
だって、誰かがやるから。誰にも困っている他人を助けろと言われた事ないから。
電車やバスには高齢者、妊婦用の座席がある。そこに座って寝たフリしているマナーの悪い人間がどけばいい。駅で困ってたら駅員が助ければいい。子どもが転んだら親が助ければいい。下手に声をかけたりして、不審者に間違われたり、面倒に撒き込まれたりするのなんかごめんだ。自分の時間を削ってまでやる事じゃない。
もしかしたら、私たちはギースに、誰かがやれと言わなきゃやらない体質なのを見抜かれていたのかもしれない。そんな人間は、傭兵団の仲間になれない、と。
「あのね、傭兵団って、イメージでは金だけの関係みたいに見えるでしょ?」
唐突にプラエが問う。戸惑いつつも、確かにその通りの想像しか持ち合わせてないので、頷く。上原も同じようだ。
「それが、違うの。彼らの大多数は、同じ国、しかも同じ地域や村の出身なの。同郷の集まりなのよ。私を含め、別の国出身者はごく少数派で例外なの。何でかわかる?」
「・・・いえ」
更に質問を重ねられても答えられない。一つ目の問題の答えが分からないのに、関連する二つ目の問題に答えられるはずがない。この前ギースにも尋ねられた。傭兵とは何か、という、彼らにまつわる質問だった。次男、三男が生きる為に、稼ぐ為に傭兵になると教わった。
「もしかして、全員が知り合いなんですか?」
上原がプラエに尋ねた。何かの確信を得るための質問のようだ。彼の中では、答えが一つ二つ出ているのかもしれない。
「ええ。同じ村出身者でなら、ほぼ知り合いでしょうね。血の繋がりもあるでしょう。・・・そのことから導き出せる答えは?」
「・・・信頼と結束、ってとこですか?」
「その通り。でも、当たり前よね。命がけで戦うんだから、共に戦う相手にも同じ物を求めるし、命がけで守り、守られる間柄でなきゃ信用できないでしょう? 家族、友人、知り合い、同郷・・・これらの繋がりは馬鹿に出来ない。繋がりから生まれる感情は無視出来ない。これが彼らを結びつけて形成している信頼関係の基礎」
プラエの話を聞きながら、頭の中で色々と理解が出来てきた。まだ私は今いるラテル守護国のことしか知らないが、他の国もおなじように、国と国の境は大きく隔たれて、閉じられている。人間は基本、自分とは違うものを排除する素質がある。それが発揮されないのは、同じ地域に住んでいたり、顔なじみだったりと、プラエが言う繋がりがあるからで、なければ発揮される。排除は言いすぎだが、心理的な距離はかなり遠く、簡単に信用出来ないだろう。繋がりがないから、裏切られるのでは、見捨てられるのではという余計な不安まで抱える事になる。それくらいなら、助け合える自信のある仲間内で組んだ方がマシだと思うのは、至極全うな考え方だ。精神は戦いに影響するだろうし。
「加えて同郷である理由は、知り合い同士で殺しあわないようにするためってのもあるけどね」
「そうか、傭兵だと、違う国と国で雇われた場合、戦う事になるかもしれないから」
上原が納得したように口にした独り言に、プラエは「そうそう」と頷いた。
「最初から、あんたらの入団のハードルが高いのは当然だったのよ。戦いの実力とか素質とかもちろん大切。けれど最も大切なのは、あんたらは私ら、共に戦う仲間に信頼に足る人間か、また反対に仲間を本気で信頼する事が出来るのか、ってこと」
私たちが試験の試験に受かるためには、フォルミを倒す事だけではなく、私と上原が協力する能力、頭があるかどうかも測られていた。
「じゃあもし、一人でフォルミ三匹を倒せたとしても」
「入団は認めなかったかもね。認めたとしても、多分ろくな扱いをしなかったと思うわ」
ろくな扱いとは何か少し気になったが、止めておいた。ろくな答えじゃなさそうだから。
「ブリーフィングに呼んだって事は、少しは信用されたって事で、良いんでしょうか?」
代わりに、伺うように尋ねる。
「ギースも言ってたでしょ? スタート地点だって。信用されるかどうかはこれからの働き次第」
「働き次第で、信用してやる、ってことですか・・・」
雇う側からの上から目線だ。就職活動もこういう感じなのか。大人への階段には、億劫な事ばかり待ち受けているらしい。
「さあさあ、俯いている暇なんてないでしょ? 早速仕事よ、お二人さん。結果を出し続ければ、ガリオン団長やギース、皆の信頼なんかすぐに得られるわ。ついでにがっぽがっぽ稼いでらっしゃい。私のためにもね!」
最後に付け加えた言葉に、若干の怒りが込められているような気がした。なんとなく嫌な予感がして、あえて尋ねなかったのだが、上原が尋ねてしまった。男子って、そういう感覚とか予感とか覚えたり感じたりしないものなのだろうか。無神経さに苛立つが、口から出た言葉を戻す術を私は知らない。
プラエは怒った。理由に気づいていない、という点も加えて二倍の怒りになってしまった。彼女はある一点を指差した。そこには、真っ二つになったフォルミの残骸が壊れていた。
「ものの見事に壊してくれたアレ。作るのに幾らかかり、どれだけの時間を割いたと思ってんの?」
「え、アレって消耗品なんじゃ」
ああ、馬鹿・・・。思わず頭を抱えた。火に油を注ぐってこういうことか。
「消耗品のわけないでしょう! 訓練用なんだから何度も使うものに決まってるじゃない! 何で木剣とかでやらないわけ!?」
「それは、実戦で使う物に慣れるのが一番だからじゃ」
分かってない。上原は全然分かってない。言い訳すればするほどプラエが怒るという事に。こういう時はひたすら謝り続けるのが上策なのに。女がそんな理屈を聞きたいと本気で思っているなら、戦闘訓練の前に女心を学んだ方がいい。
案の定、プラエの怒りは臨界点を超えた。静かな声で彼に「正座」と告げた。逃げよう。彼に怒りのベクトルが向いている間に。こっそりと訓練場を後に
「どこ行くのアカリ。仲間のピンチよ?」
出来なかった。しっかり巻き添えを喰らい、ブリーフィングぎりぎりまで私たちはプラエの説教を聞く羽目になった。話は魔道具に対する彼女の情熱と仕事の流儀にまで及び「どうして皆私の魔道具を大切に扱わない!」と明らかに私たちのせいではないことまで飛び火した。
この説教で学んだ事は、助け合うのも時と場合によるってことと、プラエは怒らせない方がいいってことだ。
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