第8話 負けない戦い

 訓練を始めて一週間が経過、ようやく三匹のフォルミの動きに対応できるようになってきた。

 コツは、自分が認識できない場所にフォルミを移動させない事。視覚から外れても、死角に入られないようにする事だった。目から入る情報以外に、奴らが微かに発する音とか空気の流れとか振動とか、そういった何かしらの動きが、俗に言う気配ってやつで、それを感じ取れるようになったら、フォルミの動きが少しずつ理解出来てきた。

 フォルミはロストルムに限らず、群れで狩りをする生物の動きをトレースしている。そういう生物は、人間の軍隊のように、役割分担がきちんとなされている。三匹、というのも意味があり、群れの役割を大雑把に分けると三つに分けられるのだ。最初に襲ってくる一匹目が獲物の注意を引く役割、二匹目が獲物の体勢を崩す役割、三匹目が止めを刺す役割を担っている。最初の頃の私は、格好の獲物だった。フォルミという商品の性能を発表する機会があるなら、お手本のような翻弄のされ方で、フォルミの性能を最大限に発揮させていた。

 しかし、今は違う。

 浮遊するフォルミに対峙する。右手には剣を、左手には小さな盾、バックラーを装着している。握って持っていたら、一、二回防いだだけで手が痺れて落としてしまった。そこで、裏面に二箇所、革の帯を張り、そこに腕を通している。

「始め」

 相変わらず、無感動で平坦なギースの声にも、もう慣れた。面倒だが義務だから仕方ない、なんて口では言っているが、一週間ずっと私たちの訓練に付き合っているのだから、何だかんだ良い人ではないかと思い始めている。

 クルクルと私の周りをフォルミが泳ぐ。三匹全ては無理でも、二匹は視界に入れられる。こうすることで、もう一匹の位置も逆算できる。今回は、右後方だ。

 ふわ、と空気が動く感じ。一匹目が後方から迫る。それを右手に持つ剣で大きく払う。当てる事よりも、けん制の意味が強い。自分の軌道上に剣が障害となって立ち塞がったフォルミは、角度を変えて逃れる。

 二匹目が動いた。剣を振った事で、私の体が大きく開いた。それを隙と捉えたのだろう。がら空きのみぞおちに向かって突進してくる。右手は今剣を振ったため間に合わない。これまでの私であれば、逃げ一択だった。が

 フォルミの前に左肘をつき出す。プロレスのエルボーを繰り出すのに似ているが、こちらは肘がメインじゃない。

 ガインと鉄の擦れる音とともに、突進してきたフォルミの軌道が変わった。バックラーの曲面に衝突したのだ。幾らバックラーがあるとはいえ、正面から激突すれば、その衝撃は大きい。私の腕では耐え切れず、弾き飛ばされる。それでは、三匹目の襲撃に耐えられない。

 だから、バックラーを構えるときに角度を付けた。数学のベクトルと同じだ。力の方向を変えれば良い。バックラーに衝突した事で、幾分かの力は腕にかかるが、残りの大きな力からは逃れられる。受けた力は、腕が痺れない、もしくは体の動きを封じない程度であれば成功だ。

 なぜなら、三匹目にこれで対応できるからだ。

 二匹目の攻撃を防いだ私に対し、三匹目が間髪入れずに飛びかかる。もちろん、意識の中に収めているとも。三匹目は左前方から。バックラーをつき出したために自分の体が相手を隠し、視界を遮る形になっている。横腹につき刺さるコースだ。こいつは避けたい。横腹に攻撃を受けると、もれなく呼吸困難が痛みとセットで付いてくる。ボクサーのボディブローを体験できてしまう。

 左腕をもう一度動かす余力はない。痺れはまだ残っているし、弾いたときの体は逆方向に動いている。その動きの力に抗って弾こうとするには、まだ筋肉量が足りない。

 だから、逆らわない。その動きのままぐるりと体を回転させる。フォルミから見れば、左側面、背部から、右側面が現れた形だ。右側を前にする事で出てくる物がある。剣だ。痺れもない、苦し紛れでもなければ、余力のない剣ではない。待ち構えて、力を溜め込んだ一撃だ。

「ハッ!」

 腕の振りもタイミングも軌道も完璧、剣に込められた魔力量も最適の感覚、顕現した性能である強度、鋭さも問題ない。今までで改心の一撃。

 過たず、剣はフォルミを真っ二つに切り裂いた。

「・・・やった」

 感動で、声が漏れた。それほどの手応えがあった。

「まだだ」

 ギースの声が人の感動に水を注す。しかし、その指摘はいつも正しい。

 残った二匹のフォルミが襲いかかってきたからだ。

 前にギースから座学として教わった事がある。

 群れで狩りをする動物は、自分たちの被害状況と相手の被害状況を良く見ている。相手との力の差が歴然としている場合や、群れを率いるリーダーが討たれた場合、群れは瓦解し、すぐさま撤退する。だが反対に、味方がやられた事で残った個体が形振り構わず襲いかかってくることがある。怒りからか、それとも勝算が有るからかは時と場合によるだろうが、戦う相手側としては、後者のほうが厄介だ。

 最初にけん制した一匹が、今度は後頭部目掛けて襲いかかる。意識を逸らしてはいなかった。が、対応は遅れた。しゃがむ事で何とか躱すが、悪手であったと後悔する。膝を曲げすぎたのだ。尻を落としすぎると、今度は膝を伸ばすまでの時間が無駄になる。僅かの無駄だが、時間と、体力の無駄は僅かでも洒落にならない。

 証拠に、もう一匹のフォルミが襲いかかる。思いっきり膝を伸ばして飛ぶ。筋トレのスクワットから飛び上がるようなものだ。太ももが重い。自分の足じゃないように感じる。自分が予想したよりも遥かに低く、傾いた軌道で体が飛び、右肩から着地する。転がってすぐさま起きれたのは、自分にしては良く出来た方だ。

 良く出来たとしても、結果が伴わなければ意味はない。体を起こせたものの、へっぴり腰だ。すぐさま次の行動に移れるような体勢じゃない。そこを、フォルミ二匹は波状攻撃で追い詰めてくる。詰め将棋のように、常に王手をかけてくる。奴らからすれば、私はもう一歩で仕留められる獲物に見えるのだろう。

 初日なら考える間もなく諦めた。三日目の頃なら諦めた。今は、もう少し諦めが悪い。

 腰が引けつつも、バックラーで弾く。考えて弾いていないから衝撃を殺しきれない。体が後方に飛ばされる。けれど、倒れなければ良い。足元のバランスにだけ注意する。二足歩行ロボットの一番の問題点は重心のバランスらしいが、今なら良く分かる。倒れない為にどう足に力を入れればいいのか、どうすればバランスを保てるのか、腰の位置はどうか、路面の形状はデコボコかつるつるか、今の私は絶対、ロボット開発者よりも考えている。

 いなす、弾く、防ぐ。それだけを考える。準備が整っていないのに、下手に応戦しようとすると致命的なミスを犯す。それで昨日は失敗した。攻勢に出るのは準備が整ってからだ。では、いつか。

 前に、ギースに言われた事を思い出す。「勝てなくても、負けなければ話は変わる」その意味を、ようやく私は気づき始めている。

 フォルミとの何度目かの攻防。体力は既につきかけている。対して、フォルミはコアに溜め込まれた魔力が尽きるまではフル稼働だし、尽きても使用者であるギースから魔力が流れ込めば継続戦闘が可能。ロストルム相手でもきっと同じだ、体力の差はいかんともしがたい。

 そもそも、一対一で勝てる相手ではないのだ。体力も腕力も、人間よりも優れている相手に対して、武器を持っているからとすぐに実力差をひっくり返せるわけがない。

 ガリオンの入団条件にしたってそうだ。彼が言ったのは一匹しとめる事であって、一対一で戦う事じゃない。人間が奴らに勝つには、奴らよりも優れている部分で勝つしかない。それは、遠距離からの攻撃であったり、城壁による防御であったり。

 フォルミが勝負をかけてきた。二体同時、左右別方向から。脳の並列作業なんてナチュラルボーンの天才でなければ無理だ。

『私』は左から迫るフォルミに対し、バックラーを掲げる。今度は正面で構える。動きを止めるためだ。左腕を体に密着させて、右手で左の前腕を押さえる。体に足をしっかりと地面につけ、少し曲げた。

 衝突する直前、足を伸ばして前に出る。相撲の立会いみたいだ。左腕に衝撃が走る。痺れが全身に回る。けれど決して当たり負けしない。足でこらえる。地面に衝撃を逃がすイメージ。果たして、目論みは成功し、フォルミの動きが止まる。

「逃がすか!」

 浮いているだけのフォルミなど、ただの的だ。右手を一閃させる。前と後ろで分かたれたフォルミは、地に落ちた。

 最後の一匹が、がら空きの私の背後に迫る。防ぎようがない。目の前の一匹を倒すのに全ての力を出し切った。

 ガリ

 鈍い音が訓練所に響く。

 痛みはない。なぜなら、フォルミの一撃は私に当たっていない。その手前で防がれているからだ。

「五分経ったぞ!」

 私の後ろで、上原が叫んだ。振り返ると、彼の剣が、最後のフォルミを叩き落していた。

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