Part.6 家事は苦手。職人仕事は得意
相も変わらずブリックスとステラはそれぞれの行くべき場所へ行く。アリシアも今日は町の奉公に出かけている。俺はというと、ブリックスとの約束通り家事雑事に精を出しているつもりなのだが……悪戦苦闘していた。
「皿洗いって思ったよりも手際が試されるな……」
皿を洗っていたのだがどうにも想像通りに行かない。一枚一枚丁寧に洗っていては皿洗いだけに三十分も掛かってしまうし、それだけではなく掃除も思っていたより手際も出来も悪かった。料理をやろうと思って挑戦してみたものの、あまりおいしくならず何とも言えない物しか作れずに苦悩した。
ひとまず家事についてはアリシアにちゃんと教わってから頑張ろう。問題を先送りにしてソテルは庭に向かった。
隠遁の術によって姿が老人になった事で外に出られるようになったのはここ最近での一番の変化だ。まだ町に行くには警戒が必要だが庭の中であれば問題ないだろう。
とりあえず当面は依頼されていたサウナの建設をした方が良いだろう。ひとまず水精の沼で作った蒸気が安全な物かどうかを確認するために蒸煙石を沼に放り込んだ。
沼は爆発した。
しばらく固まっていると、このままではサウナを浴びるより先に死人が出てしまうと確信し、飛び散った各々の場所で水を吐き出す水精石を元の場所に戻すと町に買い物に出かける事にした。
サウナに必要な材料を手に入れるために、まずは木材屋に行くと大きめの角材を大量に買い付けた。ブリックスからお金を持たされていなかったが半年程ブリックス邸にて家庭教師を勤めたソテルはそこそこのお金が貯まっていた。宿代、食事代も全てブリックスの好意で支払い無し、家に泊まるための家賃も無しの特別待遇、ブリックスは教師と同等と言ったが支出の事も考えると多めの給料をもらっていたのだ。
角材を力魔法で持ち上げ運び、そのまま鍛冶屋に向かうと特注で蓋に細かな穴がいくつも空いている金属製の宝箱を注文した。この金属製の宝箱、強度がほしいため鍛冶師に頼んで一番強い金属で作ってもらい、厚さも相当な分厚さに作ってもらった。
出来上がった穴あき宝箱は出来が良かったものの途轍もない重量を誇り単純な力魔法では持ち上げることが出来なかった。あまりにも重すぎる箱をそのまま運ぶのは無理だろうと鍛冶屋の親爺さんが荷車を貸してくれなかったら今頃ずっと鍛冶屋の前で汗をだくだくと流す怪しい老人として有名になっていたことだろう。
材料がそろった所で早速サウナを作ろうとまず材料の確認を始めた。大量の角材はログハウスの要領でホゾを掘り、組み上げる。全て風魔法で操っているため肉体は疲労しないが宝箱を運んだときの疲れもあり、精神力は大分削られていた。が、ソテル自身も早く本格的なサウナを浴びたいが為に必死にログハウスの外組を組み上げた。
次に岩場から大きめの蒸煙石運び込み部屋の隅に置くと上面をテーブルのように平らにした。その上に宝箱を置き、中に沼から探し出した水精石を一緒に入れた。先ほどは大量の水に突然蒸煙石を投げ込んでしまったため水中で蒸発させられた水が水蒸気爆発を起こしてしまったが今回は新しく湧き出る水を蒸煙石が蒸発させ続けるので水蒸気爆発は起きない仕組みになっている。しかし世の中に絶対と言う言葉は存在しない。想像出来る事は大体実現できるし、認知の外側にあるものなど何が起きても不思議では無い。故に爆発しないとは言い切れない。
サウナの蒸気は水精石からあふれ出る水が蓋に開けられた穴から噴出され続け、台座となっている蒸煙石に触れることで発生する。止める事が出来ないのが難点ではあるが大凡のサウナ装置は出来上がった。
サウナ装置が完成したところでログハウスづくりも仕上げに取りかかる。角材から新たに大きめのベンチを作り出し、ログハウスの中に入れるとサウナは完成した。
サウナハウスの隣に外気浴場も作ろうと、柱を二本建て、ログハウスと一体型になるように外壁が簾で出来た建物を増築した。ついでに、角材でテーブルを作ると簡単な休憩所らしくなってくれた。
「こんなもんかな。大分満足のいくできだとは思うけど……家事よりもこっちの方がよっぽど簡単に感じてしまうのは慣れなのかね……」
沼だった場所は水源が無くなり次第にただの土になってしまうだろう。沼地戦を想定したトレーニングは出来なかったが余裕があった時にまた沼地を作ればいい。
しばらくしてステラが帰ってきた。ただいまと確かに言っていたが、その声の向きは誰に向けてか解らぬ方向に言い放たれ、声の主は屋敷へ走っていった。
二分ほどして、屋敷の中から勢いよく水着姿のステラが飛び出てくると新築サウナに飛び込んでいった。ログハウスから蒸気が出ているからだろうか、認識がはやい。
ソテルもブリックスにもらった水着に着替えサウナへ入る。そこは今までのサウナよりも遙かに良質な温熱空間が広がっていた。
「ただいまです先生! それからいらっしゃい?」
「お帰り、いらっしゃいって言うのは作った僕の方だと思うけど……どうだいこれ」
「すごく良い感じですね! 後はこの前のシャワーが魔法じゃ無くて自然物で出来ればよかったんですけどね」
「さすがにそれは水道を通さないと難しいね」
「そっかぁ、さすがの先生でも出来ないことくらいありますよね」
「むっ、まぁ俺も人間だから得手不得手があるのも仕方ないよ」
そう言った脳裏には家事の光景が思い浮かんだ。
「でも先生、なんで突然サウナのお家を作ったのですか?」
「ん? 昨日ブリックスさんに頼まれてね」
「そうだったんですか、お父様も本当にサウナ好きですね」
「ステラもね」
ステラが笑っていると急にドタドタと駆けてくる音が聞こえる。何事かと警戒態勢を取るも外を確認する術は無い。窓を作らなかったのは失敗だった……相手が誰であるかも解らず、こちらは丸腰。もし俺を狙う帝国の刺客だった場合自分だけでは無くステラの身も危ない。
ソテルは無意識に右手を左肩に添えると静かに魔力を高め始めた。そして緊張の続いた時間は終わりを告げ、その瞬間は訪れた。
バタン! と大きな音が鳴り扉が開く。ソテルは魔力を籠めた拳を前に突き出すと、その先の人物を見て慌てて拳を引っ込めた。
「いやぁ全くもって仕事がはやいな!」
ブリックスであった。拍子抜けしたソテルは静かに魔力を解放した。
「お父様お帰りなさい、今日のご帰宅はお早いのですね?」
「あぁ、ソテル君にサウナを作るようにと依頼したはいいものの、サウナのことばかり考えてしまって仕事が手につかなくてね、早引きしてきたのだよ」
仕事を放り出して極楽そうに汗を掻くブリックスにソテルとステラは蔑みの視線を送るがブリックスはそれに気付くことも無く、三人はサウナを堪能し屋敷へ戻った。
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