Part.6 新たな依頼
夕食を終え、ステラの部屋で勉強を見ているとステラがこんな一言を言った。
「そういえば新しい先生が着任したんですよ。ゴルトセバン商会の副理事の息子だとか何とかで、私のクラスでは無いのですが、評判がとても悪いみたいで……今はただ一心に私のクラスには来ないことを祈るばかりですよ……」
憂鬱そうな溜め息を吐くステラ。恐らくゴルト何某は試験の時に最低得点をたたき出したあの者だろう。もっぱら親の財力で無理矢理に教職に就いたのだろうが、生徒達からしたらいい迷惑である。
「それに最近魔法の練習も全然出来てないし、学校もソテルさんがついてきてくれないから私まで退屈になってきちゃいました」
ブリックスと話した夜に決定したことだが俺はいまステラの登下校含めて外出禁止状態にある。その為現在ステラにはダウレン新任教師が護衛に付いていた。
何故彼がステラの護衛をしているのかというと彼は新人でまだ薄給な状態だった。そこに学長経由でブリックスから護衛の依頼を受けたのだと思うがその辺に関しては特に何も聞かされていないため詳細はわからない。
ステラは何かを期待したまなざしでこちらを見つめてくる。確かにここ最近は自分の術開発に専念していたためまともに魔法を見てあげていない。恐らく自己練習はしているのだろうが不満を溜めたままにしてはいつか好奇心で危険な事に挑戦してしまうかも知れない。まぁ、これからはそんなことは気にしなくて済むのだが。
「それについてステラに話しておこうと思ってたことがあってね、ようやく新しい仕事にも目処がついたから魔法の練習をそろそろ再開しようと思う」
「ほんとですか!」
「あぁ、その代わりちょっとした事情でこの姿でやらなくちゃならないけどね」
そう言ってアリシアを驚かせた気味悪い老人の姿になるとステラの頭をなでた。
「おや、驚かないのだねぇ……わしを見たお前の母親はわしを殺さんばかりに強烈な一撃を見舞ってくれたというのに」
アリシアから射殺さんばかりに鋭い視線を向けられる。冗談を言うのはこれくらいにしてステラに向き直る。
「先生、その口調はなんですか?」
元の姿に戻ると事情を説明すべきかどうか悩み、少し考えてから結論を出した。
「今後は俺が俺だとバレないために口調を変えて話そうと思ってね。さっきの魔法は姿を偽る魔法で、身に闇の精霊を纏う事で不審な者に見せる魔法。実は最近俺を探す人が居るみたいでそいつらから隠れるために術を開発してたんだ。だから今後外で魔法の練習をするときは――」
再び不審な老人の姿になる。
「この格好でわしがステラちゃんに魔法を教えようと思っているのじゃ」
「あはは! 先生なんですかその大道芸! あーおかしい」
ステラは目に涙を浮かべ笑っている。
「そういうわけじゃからわしのことはソテル先生と呼んではならん。今後はわしの姿をしているときは……そうじゃな、ハーミィとでも呼んでおくれ?」
「わかりました、ハーミィおじいちゃん」
「おいおい、俺はまだおじいちゃんなんて呼ばれる歳じゃ無いぞ」
「でもお爺ちゃんの見た目をしているし、それにバレちゃ駄目ならこうやって印象づけもした方がいいでしょう?」
彼女の言葉にぐうの音も出ない。呼ばれるなら年齢的にもおじさん辺りが良いのだが……この歳でまさかおじいちゃん呼ばわりされるとは何とも物悲しい。
「まぁ……それもそうだな。それじゃあ今後のことでお父さんと話してくるから明日に備えてステラはそろそろ眠りなさい」
「はい先生! おやすみなさい」
「はいおやすみ」
ソテルはステラの部屋を後にするとブリックスの部屋を訪ねた。
ブリックスに魔法の完成を伝えると安心したのか、胸をなで下ろした。
「そうか、オディロンの目がエンデルから逸れるまでもうしばらくの間辛抱だな」
「はい、それでステラの学校への同行の件なのですが、明日から再開しようと――」
「おいおいおい、ステラに同行なんてしてみろ。君はきっと門番に捕まるぞ」
「え?」
「アリシアに気絶させられたのだろう? それだけ不審な見た目なんだ。きっと門番にたこ殴りにされて気絶してしまうのは目に見えているさ」
「確かに……」
そう言われると確かにそうだ。
師匠には申し訳ないがブリックスの言う通りだろう。
ブリックスはいたずらっぽく笑うとソテルも釣られて笑った。
「では今後はステラの休日に会わせて魔法の訓練を、それ以外の日はこの家の雑事でもして給仕することにしましょう」
「そうしてくれたまえ、あぁそうだ。もしソテルが良ければなんだが……魔法が無くともサウナが浴びたいのだがな。ほら、ステラも年頃になって嫁いでしまえばサウナが出来なくなってしまうだろう? だからその、サウナ施設を小さくても構わないから建ててはくれんかね? もちろん依頼料としてきっちりと給金もだす! だから……頼めるだろうか?」
ちらちらといじらしくこちら見るブリックスに町で見かけた菓子を強請る子供の姿を重ねながらソテルは吹き出すと。それを快諾した。
「えぇ、もちろんです。場所は沼のある場所で大丈夫ですか?」
「構わんが、沼に作ってしまって大丈夫か? 何か目的があって沼を作ったのだろう? 沼なんかにあの石を放り込んだら水がなくなってしまうと思うのだが」
「そういえば誰にも説明していませんでしたね。僕が造った庭は蒸煙石、水精の沼、デリック鋼と呼ばれる素材で出来ています。蒸煙石は前に説明したとおりですが、水精の沼は水精霊が宿っていると言われる水精石が魔力を吸い込んで水を湧かせるんです。やがて水に空気中の魔力との接触を阻害され、水の生成をやめるのです」
「ほぉ。ちなみにこの水は危険は無いのかね?」
「これと言った危険は報告されていませんね。ですが周りの土を巻き込んで沼になるで寄生虫や微生物が発生する恐れがあります。そのままの状態で飲んだりする事はおすすめできませんね」
「では何故その沼にサウナを置くのだね? 蒸煙石に水をかけ続けて温度を上げたら沼も温度が上がって寄生虫達の動きが活発になってしまうだろう?」
「水は掛けません。沼に直接蒸煙石を放り込んでサウナにします」
「それでは細菌やウィルスなどが――」
「旅人や傭兵なんかは小さな蒸煙石を持ち歩いていて、水精の沼を沸かして飲み水にするなんて言う事は良くある事です。俺自身やったことがありますが大丈夫かと」
「なるほど、そして終わるときには蒸煙石を出せば良いという訳か」
「その通りです。ただし蒸煙石は熱くないのですが蒸煙石に触れている水がとてつもない温度なので火箸等で取り出したほうがいいですね」
「了解した」
「次にデリック鋼ですが、蒸煙石に似た性質を持つ金属の一種です。水を掛けるとその水は忽ち凍り付きます」
「ほぉ。そんなものは聞いたことも無いな。これも珍しいものなのか?」
「いえ、これはオディロンでは武器によく使われている鉄です。種を明かせばただの鉄なのですが、半永久的に発動する様に魔方陣を書き込むことで常に一定の魔法の発動している鉄の魔道具ですね」
「ではデリック鋼には凍る、という魔法が施されていると言うことかね?」
「その通りです。同じく灼熱に熱されるエマルフ鋼や電撃を備えたシルトゼル真鍮等の魔法金属がオディロンにはありますね」
「オディロンはそんな武器を手に入れて何をするつもりなんだろうな」
「……僕が作ったんです。もともとシルトゼル真鍮は電気を賄うためや医療のために、エマルフ鋼は急な寒冷で作物が枯れてしまわないように土の温度を上げるためにそれぞれ作りました。デリック鋼についても子供達の遊び場を手軽に作れるようにするために、それから大雨で川が決壊してしまった時に壁を作るために作ったものです。でも軍は便利なものは全て軍事目的で使います。結果的に好戦的な軍部を作る一端を担ってしまったのです」
「そうか……まぁ人間全てが善人では無い。でも叶うならば、いつか善人だけの世界というものを見てみたいものだ」
ブリックスは遠くを見つめるとソテルに向き直った。
「ともかく、サウナの件をよろしく頼んだぞ。ステラについては前と同じ通りに、休日には魔法を、平日は予習復習を手伝ってあげてくれ」
「わかりました。ではそろそろ俺も寝ます」
「あぁ、おやすみ。今日はゆっくり休んでくれ。サウナ、楽しみにしているよ」
「期待していてください。おやすみなさい」
ソテルはこれからどのように庭を再編するかに頭を悩ませながら床についた。
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