Part.3 今は教師、前は無職、その前は……

 ある日の夕食後、ブリックスに話があると言われ書斎に足を運んだ。



「最近君の周りで何か変なことは起こったりしなかったかね?」


「変なことですか?」


「うむ。ソテル=フェム・イシュタービルについて知っていることは無いか? と聞かれる事は無かったかね?」


「いえ、俺の元には何も来てないですけど……なにかあったのですか?」


「いやなに、君を探している男が今日役所を訪ねて来てね、あまりにも不審だったから君を匿ったが、もしかしたら心当たりあるのでは無いかと思ってね」


「心当たりですか……無いですね。ここ最近捕まったことはありましたがそれも学校の門番に捕まってその場でアリステラに助けてもらいましたし。それに俺の名前に続くのはフェム・イシュタービルじゃなくてユージーン・アリアです。人違いでは無いですかね?」


「そうか……例えばの話だが、君は昔軍属だったらしいな。それもとても優秀な」


「はい」


「大凡の予測は付いている。そろそろ君の秘密を話してくれるかね?」


「秘密……ですか?」


「軍学校初の飛び級超新星が軍役時代に何も無かったなんてことはないだろう?」


「……将来、帝王になるであろう七人に選ばれていました」


「セブンスシェイズ、か」



 セブンスシェイズ、軍帝国オディロンで選抜される将来を約束された七人。ある者は武闘技術で、ある者は軍事開発で、ある者は戦術で、ある者は純粋な魔法で、ある者は人心掌握で、ある者は血筋で、そしてある者は運で選ばれた国家を繁栄させるための実力者七人。


 彼らに直接的な繋がりはない。どの力においても平等に扱われ、その功績と任務達成率によって次代の帝王が決まる。帝王に選ばれずとも外帝と呼ばれる帝王とほぼ同格と言われている帝王直属の軍司令部の六つのポストに割り当てられる。それぞれ役目があり、武力だけでも、開発だけでも、統率だけでも、この世界を生きていくことは出来ない。全てが無くてはならない。その全てがあっても時の悪戯で負けることもある。国を勝たせ続けると言うことはそれほどに難しい。故に運も味方に付けようと本人の実力以上の活躍や負傷率などで運というステータスを決定し、これも選定項目とされた。


 俺はこのセブンスシェイズと呼ばれる次代を支える役目を背負いながら、軍から身を退き逃げ出した臆病者だ。俺は開発のセブンスシェイズだった。



「まぁ、予測はしていたが君がセブンスシェイズだったとは……まぁそう言われても、我が家に来てから立て続けに問題を起こしてくれれば驚く気もなくすがね」



 そういって含み笑いをするとソテルは恥ずかしそうに後ろ髪を掻いた。



「オディロンの軍部が動いている可能性があります」


「そうだったか、しかし君の退役届はしっかりと上司に受理されたのだろう?」


「はい。しっかりと手順を踏んで退役したはずです。事実、退役まで二年掛かりましたし最後の方では退役パーティー等も開いてもらいました」


「ふぅむ……となると退役した君を秘密裏に誘拐して再び軍属奴隷にしようとしている可能性があるな……君は何年前に軍を退役したのだね?」



 ソテルはうつむくと、静かに言った。



「もう退役してから六年以上は経っています」


「ん? 失礼だが、君の年齢を聞いても良いかね」



「……実は自分の年齢がよくわからないのです。恐らく四十手前かその頃でしょう」


「ソテル、こういった場面で冗談は不適切だよ」


「いえ、俺の本当の年齢は俺自身にもわからないんです。ただ、記憶を頼りに推定年齢を計算すると三十代前半ぐらいになるんです」


「これは驚いた。僕の周りは君や学長の様に見た目で判断できない人間ばかり集まるようだな……しかし推定でも年齢がわからないとはどういうことなのだ?」


「軍を退役してから長い時間を過ごすうちに記憶が混濁した時期がありまして、その時から私は歳を数えても居ませんし、時間の感覚が少しずれてしまったんです」


「ふむ……最後に覚えている年齢は何歳だね」


「三十一歳ですね」


「軍を退役した年齢は」


「二十五歳です」


「そうなると少なくとも君は三十五歳以上でそれより歳が老いている可能性もあると言うのだね?」


「出来ればこのことは内密に願います。不必要に気味悪がられたくは無いので」


「それについてはうちの者は大丈夫だろうが君が言うのであればそうさせてもらおう。君の容姿に変化はあるのかね?」


「いえ、十九の頃から身体の成長が止まってしまったのですが、どうにも老化も始まらないようで髭も生えなければ男らしい貫禄ある表情も出来そうも無く不便ですね。ブリックス氏の落ち着きのある男性に憧れていたので本当に残念です」


「僕に言わせれば君やある魔女のようにずっと若い身体の方がうらやましいがね」



 そう言って束の間の冗談を終えると再び真面目な表情に戻る。



「もう何年も前に退役したとなると君のドッグタグ、個人情報は既にオディロンにはないだろうね、役所にある文書も間違いなく抹消されている」


「軍のドッグタグは軍内部でもみ消すことが出来る……」


「その通り、推測されるものとしては君を誘拐し軍属奴隷化する。もちろん反抗されないように薬物処置や洗脳魔法を入念にされるだろう。もしかしたら君の頭脳だけが目当てで手足を奪われる可能性も十分にあるな……」



 ぞっとしない話に辟易するも、オディロンに軍属奴隷が実際にいたことを思えば想像するに易い内容で、軍属奴隷の中には薬物実験に使われる者もいたため真に迫った内容とも思えた。



「そうなると俺は今エンデルに居ない方がいいですよね」



 当然である。探し求めているソテルがこの町に居ると解ればすぐに誘拐し、これをきっかけに開戦する口実にもなってしまう。そうなると俺は恩を仇で返す事になる。



「それについてなんだが、エンデルには防衛手段がない。つまり君がいた痕跡があって、なおかつ僕の家に住んでいたことが解った時点で君を匿ったとして開戦の口実になる。どちらにしてもオディロンに戦争をするきっかけを与えることになる」


「そんな……ごめんなさい。俺がこの町に来てしまったばかりに」



 自分を受け入れてくれた町を失ってしまう可能性がある。その原因が自分にある。どうすれば良いのか解らなくなった俺は静かに涙を流した。



「ソテル。君は開発においてセブンスシェイズの名を冠していた訳だろう?」


「はい……」


「なら君が諦める必要などないだろう。君はあの帝国の帝王候補だったんだ。なら君であれば自分一人を隠す開発や町を守る開発を作れば解決だと思わんかね?」


「しかし相手側にはセブンスシェイズが六人も居ます。全員が俺の捜索をするとも思えないですが最悪の場合を考えると次代の英雄六人を敵に回すのは絶対に避けるべきです。俺の開発なんていとも容易く破られる危険もありますので」


「なら答えは一つ、君が君を隠しきる開発をするしかない。君を知る町の者には僕から内密に箝口令を敷こう。それでどうにかなるはずさ。奴らも暇なわけじゃ無いだろう。君がいないと解ればすぐに何処かにいくさ」



 ブリックスは静かに歩み寄り俺の頭を抱え優しく背中を叩きあやしてくれた。涙を流していた俺はこのままではいけないと自分の頬を張り気合いを入れた。



「そうと決まれば君は明日からステラの護衛を休止して自身の魔法を開発しなさい」


「でもそれじゃあブリックスさんとの約束を違えて――」


「物事には順序がある。今はステラを護衛するよりも君自身の身を案じた方が良い。君がここに来て半年だが、僕は新しい家族を、息子を手に入れたかの様な気持ちなんだよ。それを失いたくないという気持ち、君はわかってくれるね?」



 その言葉を聞いて、遂に俺の涙腺は決壊し大泣きした。きっとこの言葉は自分をあやすための、自分を元気づけるための優しい嘘なのだろう、もしくはその場で高ぶった気持ちが生み出したその場の勢いに任せた言葉なのだろう。しかしどちらでも構わない。そんな暖かい言葉を言葉を掛けてくれたブリックスにただひたすら甚謝した。


 泣くのをやめ、当面の指標が決まると翌日のため解散する事になった。



「おやすみなさい、ブリックスさん」


「お休み。それから、僕たちの前でもステラと呼んでも構わんよ」



 お辞儀をし、部屋を後にした。

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