Part.2 天使に生まれる事を夢見て

 貴族学校を終え帰宅しようと校門をくぐると、ソテル先生は微動だにしなかった。


 抜け殻の様な先生にこっそりと近づき、脇腹をつついた。



「ぬぉおお! な、なんだっ! アリステラか!」


「た、ただいまです先生……」



 先生は大きな声を出してビックリしている。そんな先生に私はビックリしている。



「先生、なにをしていたんですか?」


「ん? あぁ、あまりに暇だったからさ、前に見せた瞑想をしてた」


「お庭をメチャメチャにしたときのあれですか?」



 私の問いかけに先生は頷く。



「アレも実は魔法なんだけど、仕組みとかについてはしばらく説明できそうも無いからアリステラが使えるようになるのはもっと先の話になるね」


「よくわからないですけど、私は早く空を飛べるようになりたいです!」



 あの時先生は瞑想を終えて空高く飛び上がっていた。あの時私もいつか空を飛べるのかなぁ、なんて思ったりして胸が高鳴ったのを今でも覚えてる。


「アリステラならすぐ出来るようになるよ。何なら今度の休みに挑戦してみる?」



 先生からのまさかの申し出に興奮してしまい先生との距離を詰めてしまう。



「私小さな頃から空を飛んでみたいってずっと思ってたんです! 是非!」



 興奮する私に釘を刺すように先生は次の句を放つ。



「申し訳ないけど浮遊の魔法は浮遊するだけで、鳥みたいには飛べないんだ」



 その言葉に私は説明を求めたのだけれども、地面と身体を離すために高難度の力魔法で斥力を地面と自分の間につくり出し風魔法で姿勢制御をすることで浮遊が成立するのだと言われた。


 たしか、先生の話では力魔法は最も高難度の属性の一つだったはずだ。まだ習い始めて三ヶ月の私に使えるのだろうか。



「……魔法への興味が少し薄らぎました。でも! 一応は空は飛べるんですよね!」


「飛ぶ、と言うよりかは空中に居るって感じだけどね」


「それでもまだ見たこと無い景色が見回せるんですよね! それなら私やっぱりあの魔法を使ってみたいです!」


「アリステラならきっとすぐ出来るさ」



 お世辞なのかどうかも解らない言葉を先生はいつも口にする。この人はいつも何処か真意を感じきれない場所で話しているような印象を受けてしまう。悪い人ではないと思う。ただ、何か隠し事をしているような気がしてそこはちょっと悔しい。私は先生のことを信頼したいのに信頼しきれないままにされるのが、たまらなく嫌だ。


 このまま距離が遠いままではきっと先生は今後も見えない壁のような物で私たちを隔てて本当の信頼を見せてくれないかも知れない。そう思ったら急に悲しくなってしまう。そんなことは嫌だ。



「ねぇ先生。そのアリステラと呼ぶのそろそろやめませんか?」


「ん?」


「ステラ、で大丈夫ですよ? もう私たちは知らない仲では無いですし、先生と居ると私も楽しいので愛称で呼んでください!」


「ん、わかった。それじゃあそうさせてもらうよ」



 提案したというのに呼んでくれないのはやはり距離があるからなのかな。先生ならきっと直ぐに呼んでくれると思っていたから少しだけ悲しい気持ちになる。


 俯きながら歩く私の横を歩く先生の歩幅はとても遅くて、小さな私の歩幅に合わせてくれていることに直ぐ気付く。こうしたところは合わせてくれるのにやはり踏み込まれることを嫌っているのかな。私はこの三ヶ月で先生に大分気を許せるようになった。けれどそれは私だけだったんだなぁ。


 なんだか自分一人が懐いているようで物悲しくなって瞳が潤んできてしまった。



「……ほら、帰ろう。ステラ」



 俯いていたから先生がどんな顔をしていたのか解らない。だけど先生は確かに私の事を『ステラ』と呼んだ。先生も私に一歩踏み込んでくれたんだなって思ったら先程まで感じていた悲しい気持ちなんて何処かへ吹き飛んでしまった。



「――はい!」



 潤んだ目元を気付かれないように拭い元気よく返事する。きっと少し不細工な顔をしていたかも知れない。だけどそれでもきちんと笑顔を先生に見せたかったから私は先生の方を向いて笑う。


 私はいつか空を自由に飛んでみたい。絵本に綴られていた天使様のように。

 私はただの人間だけれど、魔法という翼を持っている。


 先生はきっといつか私を空の彼方へ連れて行ってくれるはず、そんな期待に胸を膨らませながら今日も明日も一生懸命勉強する。自分の夢見た姿を求めて。


 先生、これからもよろしくお願いしますね。

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