Part.13 初めての悦楽
「そうそう、その調子」
「む、むずかしいです」
「ほら、集中を解いちゃだめだぞー」
「うーん……」
「俺が言うのも可笑しな事だけど……またビチャビチャは嫌だろ? 俺も嫌だ。アリシアさんの拳骨メチャクチャ痛いからな」
今日は昨日に引き続き魔法の練習をしている。昨日は魔力暴走を起こしたが、アリステラはそもそもの素質はある。問題はその放出するイメージと魔力の供給量のバランスであって、昨日の事故は恐らく水道をイメージしたが供給量が多かったせいで起こったのだろう。その結果、滝だと言わんばかりの水量を誇る蛇口が出来上がり、大惨事となった。
魔法の使い方は昨日解ったはずだ。ならばあとは魔力を通す量を自分でコントロールする術を身につければいい話で、今回はその練習をしている。
「少しずつ蛇口を開けていけば昨日みたいな事故は起こらないから、ほんの少しずつ蛇口をひねってあげるイメージで水量を増やしてみよう」
魔法の中でも水魔法は制御がしやすく、構成も単純で難易度で順位を作るなら間違いなく一番簡単な魔法だろう。次いで風、土、火、雷、光、闇、時、そして一番単純にして純粋な魔力の力魔法という順で難易度は上がっていく。
もちろん得手不得手の属性もあるため一概には先の順通りの難易度であると言い切ることは出来ないのだが、多くの人間での統計では先の順通りの難易度で相違ない。
世界を構成する水、風、土、火、雷、光の魔法はイメージがしやすく、利用方法も思いつきやすい傾向にあるが闇、時、力の魔法は目視することも出来ない力のため想像がしづらい。特に闇魔法に関して多い勘違いがあるので一例紹介すると、辺り一面を暗くする魔法が既にあるが分類は光魔法である。決しては闇魔法ではない。
現存する闇魔法は軍国家の使う対魔物征伐用魔法や戦略魔法が主なもので、魔法としての性質が魔物のつくりとよく似ていることから召喚魔法等のような形態を取っているものが多い。
アリステラには昨日の失敗を糧に意識を集中しすぎないこと、力を集めすぎないこと、言われたこと以外はやらないことをしっかり守ってもらうことで魔法の基礎を学び、いずれは彼女の才覚にあわせ人々の役に立つ魔法を作ってもらいたいと思っている。その素質が彼女にはあると俺は信じていた。
「おー、うまくなってきたね!」
「ほんとですか!」
「うんうん、それじゃあちょっとコツを掴んだところで少し移動しよう」
練習を開始してから既に二時間が経過し、アリステラも魔法に少しずつ慣れてきた様子だ。次のステップに移行するため昨日作った岩場の方まで移動した。
「それじゃあその岩の上で自分の制御できる限界まで水を出してみて」
「え、でもそれじゃあ昨日と同じ様なことが起きたりしませんか?」
「大丈夫だよ、制御できる限界までで良いから。それに昨日のうちに対策は打っておいたから水浸しにも鳴らないと思うよ。お願いしても良いかな?」
アリステラはコクンとうなずくと目を閉じ、意識を集中させる。次第にアリステラの手から水が湧き出す。その水量はわずかに蛇口を捻った程度のものだったが、やがて水量が増え、滝のように溢れ出した。すると地面から激しく煙が上がりあっという間にアリステラは煙の中に消えていった。
目を閉じ集中していたアリステラはしばらくして魔法を止め目を開けたのだろう。
「え? え!? 先生! ここ、どこですか! 先生!」
アリステラは慌てている。無理も無かろう。彼女は今、盲目に近い状態にある。
それほどまでに濃密な湯気が立ち上っているのだ。
放っておくのも可哀想なので風魔法で湯気を払うと。若干湿ったアリステラが胸元に飛びついてくる。
「何なんですかアレ! すっごいビックリしました! 怖かったです!」
いつもより多少早口気味のアリステラは目の端にうっすら涙を浮かべ訴えかけた。しかし涙を浮かべながらも何処か楽しそうなその表情に子供らしさを感じる。
「ごめんごめん、アレは蒸煙石っていってね。水をすぐに蒸発させるんだ。化学反応の一部だと思うんだけど、その岩自体は熱くないしアリステラの勉強には便利かなって思って取ってきたんだけど、面白いでしょ?」
「説明くらいしてくださいよぉ! 昨日も説明不足な所あったし、先生は説明不足すぎます! ひどいです! そのうち私死んじゃいますよ?」
「いやごめんね。軍国式ではこうしてインパクトを与えることで記憶を強く定着させるんだけど、怖かったよね。ごめんごめん」
おびえるアリステラに笑いかけながら謝ると何かを思いついたように動き始めた。
「そうだ、水着に着替えておいでよ!」
ソテルの突然の発言にアリステラは逡巡し、意を問いかける。
「な、なんでですか?」
「サウナにしよう!」
ソテルの言葉に理解を出来なかったアリステラであったが、ソテルの爛々と輝くその瞳に見つめられると断ることが出来ず渋々、屋敷へと足を向けるのであった。
アリステラが着替えている間にソテルは準備を進める。蒸煙石の上に風魔法魔法で高密度の空気層を形成し簡素なベッドらしき形状で固定する。さらに岩場を土魔法で四角く建物状に囲んだ。
準備完了したところでソテルは服を脱ぎ始めた。上下肌着一枚ずつになったソテルは早速少量の水を蒸煙石に掛け、建物の扉を閉める。すると蒸気が発生し、部屋が暖まっていくのがわかる。
「想像以上によく出来ているな……岩は熱くないし」
しかし本物ほど蒸気の密度は高くならない。恐らくこれは魔法による生成水が上記になった事で形質記憶できなくなり消失しているのだろうという結論にたどり着く。
まぁ水量を増やせば問題ないだろうと思って再び勢いよく水を掛けると、一瞬とてつもない熱さを感じた。
「あっつ! なんだこれ……蒸煙石は熱くならないんじゃ無かったのか?」
軍で習った蒸煙石の特性は水を蒸発させる。このとき蒸煙石は熱を持たず、水だけが一瞬で沸騰すると言うものだった。しかし実際に蒸煙石を触れながら水を掛けたところとてつもなく熱かった様な気がした。
蒸煙石を恐る恐る触るとヒンヤリしている。今一度同じ事をしてみて確かめて見たところでソテルは納得する。瞬間的にだが蒸煙石も高熱を持つ事が解った。しかしその熱は瞬時に水に移され蒸煙石はまるで温度が上がっていないかのように感じるのだ。こうした再確認をする事で魔法はより一層情報密度が増す。魔法研究者としては今日の発見は非常に大きな収穫となった。
「先生~? どこですか~?」
外でアリステラの声が聞こえる。迎えに行こう。外に出るとアリステラは毛布の様な布に包まれて立っていた。
「あれ、その格好どうしたの?」
「え……先生が水着を着てこいと言ったのでしょう?」
「いやまぁそうだけど……その毛布は何なんだろうなと思って」
「水着で外に出るなんて恥ずかしくて出来ませんよ!」
「あぁなるほどね。気が回らなくて申し訳ない」
子供と言ってもそろそろ周囲の目が気になり始める年頃か。背の小ささのせいかどうにも幼い子供のような扱いをしてしまう。
「それは良いですけど、急に水着になって何を始めるんですか?」
「ん、それはこの建物の中に入ってからのお楽しみ」
建物の中は真っ暗で何があるかわからず、アリステラは戸惑った。
「あの、何にも見えないのですけれど……」
「見えない方が良いんじゃないかな? 見られるのは恥ずかしいでしょ?」
「見られても良いので明るくしてください! 真っ暗なのはさすがに怖いです!」
「ふむ、了解!」
ソテルは天井の一部土魔法を解除すると、天井部をガラス状のもので覆った。
「わっ! 一瞬で明るくなった! どうやったんですか?」
「ガラスってわかるよね? 実はガラスも元は砂や石と一定の配合物によって出来ている。成分とか構成を調整して土魔法で造形すればガラスの出来上がりって事だね」
「魔法って面倒な知識ばかり知っておかなきゃいけないのかと思ってましたけど意外と何でも出来るんですね……魔法を覚えられるようになるのが楽しみです!」
アリステラは健気に笑うとソテルは少女の手を取って建物の中へ踏み入れた。
「もうその毛布取っちゃって良いよ、すぐに熱くなるから」
そう言うとソテルは蒸煙石に大量の水をかけ始めた。すると蒸気が辺りが満たし非
常に暑くなってきた。ただ気温の上がる速度と同速度で消失分温度が下がってしまうものだから魔法を使い続けなければならず、ある種の修練の様な状態だった。
「せんせっ、なんだか、鼻が、息っ、し辛……」
アリステラが初めての体験だと言うことを忘れていたソテルは慌てて壁に小さな穴を開けると少女の口元と壁の穴を風魔法のトンネルでつなぎ吸気口代わりにした。
「これで大丈夫かな? アリステラにはまだサウナは早かったかな?」
「ここ一体何なんですか? ジメジメしてて気持ち悪いでし、なんだか暑いし……汗がぐしょぐしょで気持ち悪いですよ……」
「これはサウナっていって体内に溜まった毒素とか疲労を出す作用がある。魔力中毒になった人たちの湯治治療の一つだね。代謝も良くなるから病気とかにもかかりにくくなるとか言われてるのと美容にも良いって聞いたことあるからアリステラも興味があるんじゃないかな?」
「美容ですか? 特に気にはしてないですね……あつい~……」
「まぁまぁ、もう少しだけ待ってみな。あと見えないかも知れないけど魔法で寝椅子を作ったから楽にしてて大丈夫だよ?」
そう言うとソテルは二つ作っておいた風魔法のベッドに寝っ転がった。アリステラも少しフラフラしながらもう一方の寝椅子に座り込んだ。サウナに入場してから十分ほどした頃、ソテルは動き出した。
「少しだけ待っててね」
そう言うとソテルは建物の外に出て何かを始めた。何かが割れる音が聞こえたがアリステラは気にも留めず、ただサウナの暑さに唸っていた。
ソテルはサウナを出てから二分もしないうちに帰ってくると突然アリステラの手を掴んで外へ連れ出した。
「サウナの次はここで休んで!」
そう言うといつの間にか出来上がっている小さな小屋。小屋の屋根の下にある木製の椅子に座らされた。椅子に座るとなんだかヒンヤリとしていて気持ちがいい。それに空気も涼しく、澄んでいる様に感じる。
「先生これはなんですか?」
「これはサウナと一対の存在とでも言えるもので外気浴っていうんだ。サウナで熱くなった体をこうやって冷たい空気で冷やすとなんだか意識が冴えてくるでしょ?」
言われてみれば確かに意識が研ぎ澄まされていく気がする。それに先ほどまで魔法で疲れていた精神も、心なしか良くなっていた。
「結局魔法も意識を集中させるから仕事と同じで疲れちゃうよね。それを癒やすものとしてサウナがオディロンにはあったんだ。軍国家だから疲れとは切って離せない。だからこうした治癒施設が発展したって感じかな。他にも特殊な油を使った治療とか、魔力を全身の法脈に静かに流し込む治療法とかがあったかな」
「いろんな事知ってるんですね。先生はサウナ好きなんですか?」
「大好きだね! なんと言ってもこの全工程が完了したときの爽快感がたまらない。実際のサウナは一時間から二時間ほどサウナと外気浴を繰り返すんだけど、その後にシャワーを浴びるともう最高に気分爽快だよ!」
初めて見る興奮気味のソテルの姿に、本当にサウナが好きなのだなぁとアリステラは思っていた。そんなに良いものならもう少しだけやってみようと自分から歩き出しサウナに足を踏み入れた。そんなアリステラを見てソテルもサウナに戻る。
結局一時間ほどこのサウナを堪能した後にソテルが使っていた土魔法を解除し、サウナは跡形も無く消えた。外気浴場だけはその場に残っていた。
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