Part.12 それは匠の技の如く

 痛む後頭部をさすりながら目を覚ますと今朝見た天井を見つめていて、窓を見ればすっかり日は落ち真っ昏闇だった。



「先生、だいじょうぶですか?」



 完全に無防備だった所をすぐ近くから声を掛けられてびっくりした。アリステラが部屋の机で自習しながら見守ってくれていたようだ。



「すみません……母も悪気があった訳ではないのですけれど……」


「いやいや、むしろあんな風に庭をめちゃくちゃにしたのに拳骨一発で許してくれるなんてすごく心が広くて助かったよ」



 嘘は言ってない。拳骨一発で許してくれるなんて心が海ほど広いのでは無いかと今でも思う。まぁ問題はその威力が高すぎる拳骨で死にかけた事くらいだろう。



「母が言うには治癒魔法を掛けたから怪我とかは大丈夫だと思うと言ってましたけどどこか痛みますか?」


「いや、全くもって痛みも何も無いね。強いて言うなら記憶も無いけど」



 ソテルは冗談のつもりで言ったのだがアリステラは跋が悪そうにしていた。



「まぁアリステラが看病してくれたお陰で本当に痛みも何にも無いよ。心配は充分してくれたのは伝わったからもう心配しないで。ありがとう」



 そういうとようやくアリステラは困ったように笑った。安心したのと同時に俺の腹がくぅっと鳴ったので二人で下へ降りた。


 食卓に着くとブリックスが大変怒った表情で鎮座していた。やはり家主はご立腹な事間違いないだろう。



「ソテル君、君は初日で我が家をめちゃくちゃにしてくれるのだな」



 声色も非常に怒っている。申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。



「申し訳ありません……」


「謝ってもね、元には戻らないよ。それに昨日話したけど、ここは僕たちが買ったものでは無いんだ。町のみんなの気持ちを受け取って今まで暮らしてきた。それを一日でこんなにされて僕は……」



 ブリックスはうつむいて震えている。そんなにもこの家を愛していたのか……自分が町は人々の為に必死になった事の証でもあり町人達の信頼の形でもあるこの家を傷付けられれば町人思いな長は当然傷つくだろう。


 俺は人生で二度目に深い後悔をした。なんて自分は駄目な奴なのだろう。なんて自分は己のことしか考えられない卑しい奴なのだろうと猛烈に反省した。


 ブリックスが震えている横でアリシアは溜め息をついている。きっと一度宥めようとしてくれたのだろう。しかしそれ以上の怒りがブリックスにはあった、そんなことが簡単に想像できるくらい一日でこの家族の人の良さを知らされている。


 後悔か悔しさか情けなさか解らぬ涙を目に浮かべ始めた頃。ブリックスは俯いていた顔を大きく振り上げ天を見た。



「いやぁ! ソテル君! 君はなんて面白い人間なのだね!」



 ……ブリックスが何を言っているのか理解出来ず俺は豆鉄砲でも食らったかのように固まった。ブリックスはテーブルをバンバン叩きながら大笑いしている。


 思考が追いつかない。自分がやってしまったこと、そしてブリックスの怒り、アリシアの溜め息、ブリックスの激しい震え、震え?


 何か見たことある光景である。そしてソテルは気付く。からかわれていると。



「旦那様、ちょっと笑いすぎですよ」



 ゲタゲタと笑い続けるブリックスにアリシアは軽くボディーブローを見舞う。一瞬息が出来なくなった事でようやくブリックスの笑いは落ち着いた。



「いやぁ、失敬! 家に帰ったら驚いてね! 一体ここは何処なんだと妻に聞いてみればソテル君がやったというではないか」


「はい、申し訳ありません……」


「いやなに! 大変結構じゃ無いか! 娘の為に修練場をこしらえてもらえるなんて実用的だ! それに聞けばこの状態の原因の一端は娘にあるそうじゃないか。君がそこまで気に必要もないさ。ところでだよ、あの冷たい鉄板の様なものとか家に沼があるとか非常にユニークでおもしろい! あれらをどうやって手に入れたのかすら見当も付かない」



 ブリックスは様変わりしてしまった今の庭を大層気に入ったようで、ソテルを怒るどころか逆に褒めた。


 今まで見たことも無いものや沼をそのまま移動させるなど聞いたことも無かったのだろう、どのようにして今の庭を作り上げたのかに大変興味を示した。



「ソテル君、よかったらどのように庭を仕上げて見せたのか教えてくれんかね?」


「あのねお父様! ソテル先生がぼーっとしてたら隕石が来てね、沼も飛んできて鉄板が刃物みたいに飛んできて! そしたらソテル先生が空を飛んで庭に打ち落として今みたいになったの!」



 アリステラが興奮気味に父親に話し掛けるが、当の父親はその突拍子も無い言葉を理解できずにいた。全て事実なのだがいざ言葉にしてみれば御伽噺のようになってしまう説明を受け、愉快爽快と大きく笑った。



「えっと、俺が昔軍学校に居たことはご存じですよね?」


「三年で卒業したと言っていたね。あぁそれから、そんなにかしこまらなくて良い、これから長く付き合うだろうから砕けていこうじゃないか、って昨日も言ったな」


「では、お言葉に甘えて。俺は軍学校を卒業した後にそのまま軍に入隊しました。部隊名は言えないのですが魔法を開発する機関に所属していて新たな魔法を構築しては実践トレーニングをして、イメージの最適化を行うことで誰でも使える魔法を作ってました。その中の一つを今日は使ったという感じですね」


「ほぉ、十年制軍学校を飛び級といい若年で首席卒業といい全く以て君は人外の域に達する存在だな! そうか、帝国は隕石を降らせる魔法を開発していたのか……」


「いえ、隕石の魔法も侵略兵器として画策したのですが、魔力消費が酷く魔道士一千人をどうにか集めてようやく使えた程度のもので、とても使い物にはなりませんでした。浮遊魔法も友人が開発していたものを俺が引き継いだだけで、完成したものを発表する前に除隊されたので恐らく使えるのは俺と、俺とは別の浮遊魔法を開発することが出来た人間だけでしょう」


「その友人は使えないのかね?」


「彼は俺と同じく天才だと持て囃されていたのですが、反逆者の嫌疑を掛けられまして処刑されてしまいました」


「除隊とはそう言う意味か……残念だったろうね」


「はい……それから沼を移動させた方法は風魔法で浚っただけです。元々は生活魔法として開発されたものなのですが使い勝手が良く軍魔法に属しています。空気で球形の膜を張ってその空気中に強靱な耐久性を持つ物限定にはなりますがものを入れて運ぶことで重さをあまり感じずに運ぶことが出来ます。主に貴金属の運搬などに使われていた魔法です」


「魔法には力を入れてこなかったが……思いのほか便利な魔法もあるのだな」


「結局は想像です。良い人間がこの世のためを思って良い魔法を作れば良いものになるでしょう。しかしそれを悪意で転用したり、魔法を開発する者が悪意に満ちていたりしたらそれはもう凶器と変わりません。世間でもたれている魔法のイメージは後者が多いのも事実ですし」


「しかし君はどこからその隕石などを持ってきたのだね? 聞いた話のとおりだと君の魔力で隕石を降らせることは出来ないようだが」


「仰る通りです。あれは隕石では無く遠くの地にある蒸煙石と呼ばれる物です。運んだ方法については出来れば話さずにいたいのですが大丈夫ですか?」


「それは構わないが。危険なものではないのだろうな?」


「いえ、ハッキリ申し上げて本当に使い方次第の魔法です。悪用すれば恐らく一夜にしてこのエンデルの町を滅ぼせる可能性もある。そんな魔法です」



 彼の問いに神妙な面持ちで正直に答える。ブリックスも眉根を潜めるものの、話せない事なら仕方あるまいと息を吐き、「この話はこれで終わりだ」と言った。


 その後は昨晩と同じく他愛ない会話をして楽しく夕食を取り、眠りについた。

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