Part.11 情けない大人
びしょ濡れの庭から町に出るとフェスタが開催されている職人通りから離れた通りにある日用品を扱う商店街へと向かった。
草木屋の前に立つとアリステラは店主らしき女性に声をかけた。
「マーサおばさん! 芝生を沢山くださいな!」
「あらステラちゃん! 久しぶりだねぇ。元気にしてたかい? そんな服着てどうしたんだい? 今日はお使いかい? ステラちゃんは偉いねぇ。いい子だねぇ。そこで油売ってる馬鹿息子なんかじゃ無くてステラちゃんみたいなかわいくて、いい子な娘がほしかったよぉ」
マーサと呼ばれた女性は親しそうに勢いよくアリステラと話す。外でも見知った相手には年相応な子供らしい態度のアリステラを見ていると賢くとも子供な事には変わらないのだなぁと安心する。
「馬鹿息子で悪かったな! ステラ嬢ちゃん、持てるだけ芝生詰めといたからね」
そう言うと馬鹿息子と呼ばれた男がアリステラに大荷物を持たせようとしていたのでそれを受け取ろうとした。
「……誰だいあんた?」
マーサとその息子は俺を睨んだ。アリステラは町の人に愛されているなと思いながらも射貫く鋭い視線にたじろいでしまう。
「おばさん! この人はソテル先生。今日から家庭教師をしてくれるの」
「おやそうだったのかい。これは悪い事をしたねぇ。ほらあんたも!」
「いってぇ! 髪引っ張るなよお袋! いてぇって!」
「どうかお気になさらず。むしろアリステラがこれだけ大事にされていると思うと少し嬉しい気持ちになりますし」
「そうかい? そう言ってくれると助かるよ」
誤解は解けたもののマーサの手には短剣が、息子の手には戦槌がしっかりと握りしめられていた。
「なんだ先生か、凄んで悪かったな!」
と、息子はカラカラ笑うが先に戦槌から手を離して欲しい。怖い。
「じゃあお代だけど、十八C(カノン)いただくよ」
マーサがソテルにお代を請求すると透かさずアリステラがポケットから財布を取り出し代金を支払った。ソテルはその早業に呆気に取られていたが、状況を理解し我に返ると途轍もなく恥ずかしい気持ちになった。
「先生……ここは嬢ちゃんの買い物でも先生が買ってやるのが男ってもん――」
「ソテル先生は今お金が無いの、だから私がお金を出してあげるの」
そうアリステラは笑顔で応えるが大人三人はなんとも微妙な表情を浮かべ、ソテルはここから早く逃げたくて「それではまた今度」と言い残し、そそくさと屋敷へアリステラの手を引いて歩いた。
「ね! 大丈夫だったでしょう?」
「俺の精神は大丈夫じゃ無いかな……」
ソテルの心はボロ雑巾の様にされた。まさかこんな小さな少女に精神的に追いやられることになるとは軍を退役する前は一切考えもしなかった。
現実とは無情である。きっとあのマーサ婦人は甲斐性なしの家庭教師がアスールライト家に住み込んでいるとか、ろくでなしの一文無しがブリックス町長の人の良さにつけ込んで居候しているとか、あらぬ噂が飛ぶのだろう。
そんなことを思うとソテルはとても憂鬱な気持ちになり、今後の教訓に活かそうと二度と計画性の無い生活はしないと心に誓った。
屋敷に帰り早速芝生を敷いてはみたものの、庭を埋め尽くすどころか四分の一程度しか直すことはできなかった。ブリックス達が帰るまで時間もそんなに無い、これはもう怒られるしか無いのだろうか……絶望にくれるソテルは最終手段を用いた。
「アリステラ、これから剣術とかの指導をするときに芝生だけだといざというときの対応力が身につかない。だから少し改造しようと思うのだけど大丈夫かな?」
「んー、父は快諾してくれそうですけど母はわかりませんね」
「そうか……一か八かやってみるか。アリステラ、少し離れててもらってもいい?」
そう言うとソテルは急に立ち止まり、ピクリとも動かなくなってしまった。
「先生? だいじょうぶですか? 先生?」
アリステラは心配そうにソテルを見つめるがソテルは息すらしていないように見える。その姿はまるで時が止められたかのように見えた。
離れていろと言われたことを律儀に守り、ソテルを見守ること二十分、ソテルは息を吹き返すと周りをぐるりと見回し風魔法を操り空へと飛んだ。すると次から次へと岩がアスールライト邸めがけて隕石のように飛んでくる。
ソテルは隕石を水魔法の壁にぶつけ、風魔法で方向を調整し、庭の一角へ積み上げていった。隕石は水の壁にぶつかる瞬間爆発したように白い煙を上げていた。
「ふぅ、それから次はっ!」
今度は地形そのまま持ってきたかのように風魔法に浚われてきた沼を導き、土魔法で開けた穴に流し込んだ。
「これで最後、かっ!」
高速回転する薄い刃物のらしき円盤をキャッチし地面に置くと円盤の下に霜柱が出来ていた。ソテルは円盤と地面の間に水を流し込むと水は凍てつき地面と円盤を氷の柱が繋いでいた。
新たな庭が出来るまでの光景を目にしていたアリステラは腰を抜かしていた。
「ふぅ……さっ! 完成した新しい庭はどうかな!」
「どうかなじゃありません! 危うく潰されるところでしたよ! というよりなんですかこの岩とか沼は! 先生は動かなくなるし隕石は落ちてくるし沼が襲いかかってくるし丸鋸みたいなの飛んでくるし……私! 私、訳がわからなく――」
「あぁああごめんよ、ごめん! 先に説明したかったんだけど、門に非常に怒っておられる方が見えちゃってるから少しだけ待って……」
ソテルはこれから処刑される罪人の如く背を縮こめて怒りを露わにしているこの屋敷の婦人の元へと歩いた。そう、タイムリミットを過ぎてしまったのだ。
「これ、何なのかな。ソテル君。私の家いつの間にか魔境みたいになってるけど」
アリシアは静かに怒っている。その迫力は人を従えるカリスマを持っている。町長だとか元軍人だとか関係ない。結局怒り震える女性は強いのだなぁと思いながらただ反省し正直に事の顛末を話すのだった。話している時の心境と言えばまるで十三階段の前に立ったかのような気持ちだった。
「――つまりステラの魔法が思ったよりとんでもなくて、庭を少しでも良いものにしようとした結果がこれだと?」
「はい。その通りでございます」
「で、この庭はステラの今後の教育に使う予定なのですね?」
「はい、おっしゃる通りでございます」
「最後の質問だけど決して隠そうとか思ってなかった?」
「最初は隠そうと思いもしました。だけど精一杯やってみてから正直に言おうと思い芝生を買いに行ったのですがご覧の有様になってしまいました」
「そう、わかった」
アリシアは一度大きくため息をつくと頭を下げたままのソテルに向かって
「ならこれで許してあげましょう」
ソテルは感謝感激と言った風に顔を上げようとすると次の瞬間気絶した。
慈悲深い言葉のように感じていた許しの一言は、たった今許すという意味では無く、次に執行される制裁を以て今回の件を帳消しにしようというものだった。
意味を取り違えて早とちりしたソテルが頭を勢いよく振り上げるのと同時に、大きくに振り上げられ助走のついた必殺技のようなアリシアの拳骨とぶつかり合い、結果的にソテルはアリシアに敗北したのだった。
「ソテル君! だいじょうぶ? ソテル君! そてるくん!」
消えゆく意識の中、焦ったアリシアの顔と心配そうにのぞき込むアリステラの顔が見えた。そしてソテルの視界は真っ暗な微睡みに包まれた。
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