Part.10 びちゃびちゃ
俺は最低だ。生徒を守ってやると言っておきながらその言葉を違えてしまった。
初めての魔法、きっと彼女は怯えながらその時を迎えてしまったかも知れない。いや、気付く事も無くその時を迎えたのかも知れない。
一つだけ言えるのは彼女にとって魔法とは恐ろしいものだと認識させたまま俺の授業が終わってしまった事だろう。
情けない。本当に情けない。
たった一人、俺はたった一人の少女の過ちすら止められず魔力爆発を引き起こさせてしまった。
あの時俺が任せておけだとか自信尊大な態度を取らなければ……もっと魔力爆発などの事故を警戒していればこんなことにならなかったかも知れない。
何を言ってももう手遅れだ。
既に事は起きてしまったのだから、今はもうその事実を受け入れるしか無い。
あぁ、なんて俺は愚かなのだろうか。ごめん、アリステラ。ごめん。
今の俺にはただひたすら彼女に謝る事しか出来なかった。
「うぅ~……ビチャビチャですぅ……」
「ごめん! 本当に、止めてあげられなくてごめん!」
アリステラとソテルはびしょ濡れだった。
魔力暴走の末、何が起こったかというと、アリステラは水道をイメージしたらしいがそんな生やさしいモノでは無く、滝の如く止めどない水が湧き続けた。
ソテルは急いで結界を形成し、庭を含めた家の敷地を大きく囲って町に水が流れ出さないようにした。しかし、そのままでは結界で作った箱は水で満たされ窒息してしまうため、致し方なしにアリステラを魔法で気絶させて水を止めた。
本来であれば術者の気絶と共に生成物は消失するため魔法だったからよかった、と言いたかったのだが魔力暴走と謎の結界の力のせいか、高密度に圧縮された魔力によって生まれた水は自然生成物と同じく崩壊せず形を保ったまま残ってしまったのだ。
残ってしまった水は火の魔法で蒸発させたが俺と庭、そしてアリステラは水浸しでビチャビチャになってしまったのだ。
俺は自分の服を脱いで乾かしたが、気絶しているアリステラの服をソテルが脱がせて着替えさせるわけにもいかないのでせめて風邪を引かないようにと魔法を使ってアリステラをぬるま湯で包み続けた。
気絶から目が覚め、気がついたアリステラはお風呂にでも入っている気分だったのだろう。俺の顔を見るなり顔を真っ赤にしてビンタをお見舞いされてしまった。恐らく裸を見られていると勘違いしたのだろうな。
アリステラが落ち着きを取り戻してから開口一言。
「魔法って怖いですね……」
「うん……、守れなくて本当にごめん」
「いえ。無事だったので……あと、殴ってしまってごめんなさい」
「いやほんとに止めてあげられなかった俺が悪いからあまり気にしないで。とりあえず風邪を引いちゃうから着替えておいで」
「そうさせていただきます……」
アリステラはとぼとぼと玄関に向かって歩いて行くと壁にぶつかって尻餅をついた。何が起こったのか理解できず頭に疑問符を浮かべるアリステラを見てソテルは思い出す。結界を解いていなかった。
アリステラはこれがソテルの組んだ結界だと理解すると『ちゃんと解除しておいてください』と言わんばかりに睨んできた。睨むと言っても小さい子供に睨まれているだけなのでどちらかというと子猫に威嚇された様な気分だ。
結界を解くと、アリステラに解除したよと身振り手振りで伝える。
「しかしさっきの結界、何だったのだろう」
先程の腑に落ちない結界に疑問を抱きながらも魔力暴走で暴発してしまった偶発的に発動した結界魔術の類いだと片付けた。
それにしてもアリステラの魔力許容量には驚かされた。魔法で生成するものにはそれぞれコストがあり、術者の魔力許容量によって一度に生成できる量が変わる。
水は基本中の基本なのでそこまで大きな魔力は必要としないものの、先ほどの量は少しばかり異常だった。教えたてで、魔力効率も非常に悪かった様子も加味して言えばソテルが扱える量を軽く上回っていた。
「まいったな。先生がいきなり生徒に超えられてしまった……」
自虐気味に笑うと、芝生などがめくれ上がってしまった庭に目を向けた。
「さてと……これ、どうしよう」
ソテルは考えた、がどうしようも無いので地道に地面を均すことにした。
地面を均し終えたところでアリステラが玄関から出てくると、ソテルはアリステラの姿を見てびっくりした。アリステラは作業服らしきものを着ていた。
「私も手伝います!」
アリステラはいつも通りデザインのかわいらしい服を選び、それを着ようとしていたのだが、ソテルが地道に庭を直しているのを見て父の部屋から作業着を拝借し、裾や袖を折って着たのだとか。
「結構大変だけど大丈夫?」
「はい! こういった慈善活動をお母様と一緒にやったことありますので!」
これは心強い、ソテルはアリステラの力を借りることにしたが、次に何をしようか悩んでいた。とりあえず芝生は敷き詰め直さなければならない。しかし今からやったのでは間に合わないし、そもそも芝生を買うお金も無い。
頭を悩ませているとアリステラが無邪気に「何をしたらいいですか?」と楽しそうに指示を待つのでソテルは余計に悩んでしまった。
怒られるのは間違いなく俺だよな……だからアリステラはこんなに楽しそうにしていられるんだよな……そんなことを考えながらそうそうに片付けをしないと命がない事を確認した。
「うーん……とりあえず芝生を敷き直そうと思ったんだけど芝生を手に入れる手段が無いんだよね……」
「芝生でしたらすぐそこの通りに売ってますよ?」
「アリステラには言ってなかったね……俺、今はまだお金を持ってないんだ……」
「知ってますよ? それじゃあ買い物に行きましょうか!」
そう言うとアリステラは俺の手をつないで作業着のまま家の外に向かった。
「え、あの。俺お金もってな――」
「だいじょうぶですよ~」
アリステラは楽しげに駆け出し、ソテルもまぁいいかと一緒になって走った。
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