一時限目 浮浪者先生拾われる。
Part.1 俺、先生になれなかったよ
「ダメだ……このままじゃ死んじまう……」
俺は自分で言うのも何だが凄く真面目で気の優しいナイスガイだ。
でもそんなことは俺と関わったことのある人にしか解らない。そして今の俺の姿を見て周りがどんな人間かを判断するとしたら間違いなく『落伍者』だろう。
燃えるような赤い短髪はくすみきって錆びきった鉄のような色になり、目は落ちくぼみ頬はこけ、ほつれた服に底が剥がれて歩く度にカパカパと口を開ける靴、極めつけは何日も風呂に入ってないために放たれるほんのりと発酵した……いや発酵が進みすぎてもはや腐敗したパンのような臭いの体臭が放たれている。俺自身キツい。
何も俺は不潔なままで平気な人間だと言う訳ではない。こんな格好をしているのにも深い深い理由がある…………それは何かというと単純に
お金がなくなってしまったのだ。
ほんの少し前までお金が少し残っていたのだが、とある事情でその金は無同然の者となってしまった。その後まともな職にも就くことが出来きないまま時は経ち、今の姿が出来上がった。
一応浮浪者になる前は従軍していてお金は貯めていたのだが、一身上の都合で軍を辞めてからと言うものの貯金は貯める速度の倍以上のスピードでなくなっていった。
一番の問題点は俺の容姿だ。俺がまだ綺麗だった頃に職探しをしていると見た目の若さから何とも言えない厳しい条件を提示された。俺は教師になりたかったのだが、試験を受けても成績等で俺に劣る年配者ばかりが雇われてしまい、俺はインチキをしているだとか難癖つけられて断られ続けた。
もちろん一番成績が良かったのが俺なのだからそもそもインチキも何も無いのだが、それを考慮すること無く俺の教職への道は閉ざされた。
仕方がないから工場や店で働こうとすると、若人衆と同じ給金で働かせようとするもんだから「俺は立派な大人だ」と抗議しても「うるせぇがきんちょ!」と返されてしまった。見た目が若々しいのも困りものだ。
そんなことを続けていく内に意外と自分の要望に適う仕事というものは見つからないのだなぁと実感した。そんなことを思っていても空く腹は膨らまないし、腹を満たすための金も稼げないので当面の間は安い給料でも良いから働こうとしたのだが、今度は働かせるだけ働かせて給料を払わずに解雇された。
宿屋で働いた時は給料が全て宿泊代になってしまっていたしパン屋で働いていた時なんて「売れ残っているのはお前のせいだ」なんて言われて残りを全て買わされてむしろ貯金が減った。踏んだり蹴ったりだ。
世の中を歩いてみると意外と腐っているものだなぁ。とか思いながら様々な苦境経験をしている内にお金は減っていき、首が回らなくなる直前まで差し掛かっていた。
このまま町に残っていても仕方がないから外の世界に旅に出たのだが、これが思ったよりも快適で、軍で習ったサバイバル術が役に立ち野生の獣や魔獣を狩って腹を満たし、川や湖で身体を洗った。
町に居た頃よりも遥かに気持ちが楽で食にもありつける生活を続けて何年かした頃、俺は気付いてしまった。
寂しい。独りぼっちは、とてつもなく寂しい。
この寂しさを埋める為にもう一度町に戻ろうと思ったのだが元いた町に戻ったところで俺の居場所なんて無いだろうし残り少ない金もただ悪戯に無くすばかりだ。
そうならないようにするためにも違う町へ向かおうと、拠点の荷物をまとめて大陸一の商業都市と呼ばれているエンデルへと向かう為に南下することにした。
エンデルに行ってからのことは行った後で考えよう。
大陸一の商業都市と言われるくらいだ、仕事くらいは溢れる程あるだろう! そう思って歩みを進めたのがまずかったのかも知れない。いや間違いなくそこが俺の第一問題点だろう。しかしその時は意気揚々と期待に胸を躍らせていたのだった。
「エンデルに付いたら人生返り咲くぞ!」
自分自身に鼓舞をする。そうやって意思表明をしていないと俺は再びつまみ者として町からあぶれてしまうことだろう。もうあんな生活はこりごりだ。とか思いながらも考えは甘く非常に惨めな思いを今している。
歩き続けること一週間、ようやく町が見えたが既に俺は疲労困憊、体臭は激臭だ。
そもそもここに至るまで歩けど歩けど広がる景色は荒野ばかりで不毛地帯から抜け出せないでいた。その挙げ句、今になってから言えることなのだがゴール地点であるエンデルまで荒野はずっと続いていたのだった。
よくこんな場所で大陸一の商業都市だなんて言われたものだと今ならば感心するばかりだが当時は体力の限界で、ヘトヘトだったものだから特に何の感想も無かった。
エンデルには大きな学校があると聞く。俺も最初は学校教師志望だった訳だし幸い軍学校での教養もあったため教師を目指すことにした。それでダメなら他を当たろう。考え無しな行動ばかり目立つ俺だが成績自体は優秀だった。
元々性格は真面目で勤勉な気質だった俺は十年制の帝国軍学校を跳び級を繰り返し三年で首席合格した。
座学・筆記試験は主席、戦闘試験については最高学年時で次席だった。当時は戦闘も首席で終わりたかったものだから途轍もなく悔しい思いをしたものだが、今にして思えば当時の主席者と俺とでは七歳も歳が違うのだからそもそも身体的な成長具合が違う。それを鑑みれば十分善戦した方だろうと今なら言える。
軍学校は総合力での評価をしていて戦闘主席だった者は座学で下から数えた方が早かった。そのため総合順位で一位だった俺が学校主席として卒業生を代表した。その後は軍でそこそこに活躍し、一身上の都合で辞めた。
そうした背景もあってで勉強については自信がある。また、教師という職業が未来を育む聖職者と言う意味で重要な役割があると感じていて、軍学校時代に俺を育ててくれた教官に感謝の念もあって教職に憧れをもっていた。
まぁ結局失敗してこうして浮浪者のようになってしまっているのだが……
エンデルに無事たどり着けた俺は直ぐに学校を訪ねた。学校への道筋は町の入り口の門で聞いたので真っ直ぐ迷わずに向かうことが出来た。そして幸運なことに今日は教員採用試験が行われているらしく急ぎ足で学校へと向かうことにした。
試験に合格する自信はあった。確かにエンデルに来る前には悉く試験に落ちたがそれは軍学校を辞めたことが起因になっていると思われる。
俺のいた軍帝国オディロンは軍事力で国を維持している国だ。そんな国だから軍人は敬われるが軍を辞めた人間は半ばお尋ね者状態になってしまう。俺は軍学校開校以来初めての飛び級生な上にその後軍で大いに活躍して国から期待されていた。
そんな肩書きがあったがために俺が軍学校を辞めたことは国中が知っていた。まぁ俺が浮浪者擬きになってしまったのはそう言う経緯があるのだ。
しかしここは帝国では無い。商業都市エンデルである。帝国とあまり関わりの無いここであれば自身の経歴を話せば教師になること自体は易いだろう。とは言っても教職に立つ以上子供達の未来に関わるという事になる。自身の能力を省みて天狗になるのは良いがそれにかまけて粗雑な教育指導をしていくのは絶対にあってはならない。
教員になったなら子供達の未来を案じて常に全力で取り組もう。そうでなければ教員としてあまりに無責任だし情けない。
決心を固め学校と思わしき建物まで駆け足で向かう。たどり着いた先には男が三人、不遜な態度に煌びやかな服を纏った線の細い男性、筋骨隆々で真面目一本な印象を受ける仏頂面と言っては可哀想だが真顔過ぎる男性、そして眼鏡を掛けた細長い男性、三者三様の輪の中に挨拶がてら一つ声を掛けた。
「もし、そこなマッチョのお兄さん。一つお尋ねしたいのですが……ここが教員試験の会場で間違いないでしょうか?」
俺の声に最初に反応したのは筋骨隆々のお兄さんだった。
「……あぁ。今日この後約二十分後に締め切りをして試験開始だそうだ」
「どうもぉ」
笑顔で会釈すると筋肉お兄さんもぺこりと頭を軽く下げてくれた。
『おい、そこのお前』
なんとなく筋肉お兄さんの隣に立って時間が来るのを待ってみる。
「……ここの学校の中等部は現場教育の観点から一部実際に町で使われている施設
があるらしい。個人的に中等部をオススメする。私も中等部志望者だ」
隣でじっと時間を待っているとマッチョなお兄さんが話し掛けてきた。
「そうなんですか! それはいいなぁ。魔具研究室とかあればそこを使いたいなぁ」
「魔具と言う事は君は商学科志望か?」
『おい! お前!』
「いや、専攻はまだ決めてないんだ。まぁもしあるのであれば武闘科がいいかな」
「武闘科か、私と同じ学科になるな。そうなると君は私とは競争相手になるのか」
「競争するくらいなら俺は別の科に移るよ。俺はソテル。よろしく」
「ダウレン・マクギルムだ。こちらこそよろしく頼む」
ダウレンが手を前に出したので俺もそれに倣って手を前に出す。拳を合わせてお互いの魔力を流し込み合う。
「……大したものだな、恐れ入った」
「そっちこそ大分重たい魔力してるな。吃驚したよ」
今何気なしに行ったのはお互いに敵対意識がないことを示す挨拶、魔力流しだ。お互いの拳から魔力を流し込み合いその質を知る。
魔力には使用者の念が混じる為ある程度まともな人間かどうかを図るための材料にもなる。もっとも、そうした側面を利用して自己暗示を掛けて相手を信用させる暗殺者なども存在するが大分難しい技術なので基本的には意識しなくても良いだろう。
魔力流しには注意点があるのだが、敵対意志が見られれば直ぐに拳を外せば良いし、逆に反撃される事もある為基本的にはそんなに注意は必要ないだろう。
ダウレンから感じた重たい魔力は至って勤勉で正義の意識に満ちあふれていた。
きっと彼は良い教師になれるだろうなと思っていると突然叫び声が聞こえた。
「おい! お前! 僕を無視するんじゃない!」
先ほどからうるさかった豪奢な服に身を包んだ男が俺を指さし叫んでいる。誰に声を掛けているかもわからなかったので放っておいたのだがどうやら俺のことを呼んでいたらしい。しかし、人を指さしてはいけないとは習わなかったのだろうか……。
「はい、お呼びですか?」
「お前、まさか教員試験を受けるのか?」
「えぇ、まぁ……」
「っは! お前のようなみすぼらしい人間が教員になれると思っているのか?」
「……」
「いいか? この学校に通う子供達は止ん事無き方々のご子息ご令嬢ばかりが集う高
潔な学園なのだ。お前のような汚らしいやつが敷居を跨いで良いところではない」
「横やり失礼する。二人は知り合いだろうか?」
ダウレンは俺と豪奢男の間に割って入ると豪奢男に問いかけた。
「僕にこんなみすぼらしい知り合いがいるわけないだろう」
「ならそんなことを言うものではないぞレバノン。もう少し礼を尽くすだ」
「お前の家はそんなことを言っているから周りに取り残されて没落したんだろうダウレン。それと、もう僕と君は同じ階級ではないのだから呼び捨てはやめろ」
ダウレンにレバノンと呼ばれた男は偉そうに鼻で笑いながらダウレンを見下す。
あってそうそう判断を下すのは失礼だろうが……俺、こいつ嫌い。
「えっと、レバノンさんって言ったかな? 俺に何の恨みがあるのか解らないけど俺の事は路傍の石とでも思って気にしないでくれると助かる」
「気にする? 僕が、お前を? ははっ! 面白いことを言ってくれるな」
「ははは……でもあまりに絡んでくるもんですから」
「絡むとは失敬だな。僕は身の程を教えてあげているんだよ。君みたいな勘違いの酷い賤民が高貴な者達に教えを説く事が出来る訳がないだろう?」
「それなら俺が試験受けても落ちるだけの話です」
「恥を掻く前に消えろと言ってやる優しさだよ。君には解らなかったかな?」
「それはご忠告痛み入ります。俺は俺の思うままにやらせてもらいますね」
手をひらひらと振って学校の門の前に立ち直す。レバノンは不機嫌そうブツブツと何かを言いながらにその場で貧乏揺すりを始めた。ダウレンは俺とレバノンを見て溜め息を一つ吐くと俺の隣に来た。
「すまないな。昔は良いやつだったんだが」
「あー構わないよ。前にいたところでやっかまれるのは慣れているんだ」
苦笑いしながら頬を掻く。軍学校に在校していた時、創設以来の飛び級生と聞いてやっかむ先輩方は沢山いた。だがそれらは全部力でねじ伏せた。勿論最初からそんなことが出来たわけではない。
最大で十五歳年上の先輩を相手にしたこともあった。幼い頃の俺は力が弱くどんなに頑張っても勝てないことなんていくらでもあった。しかし強い敵と戦い続けてその動きを盗むことで俺は瞬く間に強くなった。中でも帝国流剣技の亜流剣術は力の無い俺には非常に使いやすく、それまで亜流として邪険にされていたものだが今では基本剣技の一つに数えられるようになった。
教官の動きは大変参考になった。そうしている内に技量が伸び、トレーニングの甲斐あって身体も引き締まり育った。結果として実技の武闘試験を次席で卒業するだけの強さを手に入れる事が出来た。しかしそんな強さも先輩達にはインチキと言われてしまい卒業する最後までやっかまれ続けた。もちろん俺はインチキなどしていないし、やっかまれたからといって報復もしなかった。
ただ単純に気が優しく勤勉だっただけである。
予定の時間になると眼鏡を掛けた細長い男性が周りを一瞥してからしゃべり出す。
「それでは予定の時刻になったのでお三方にはこれから試験を受けてもらいます」
結局あの後追加で参加者が増えることはなかった。教員だと思わしき眼鏡の男に先導されながら学校の中に入る。中は清潔に保たれていて広々としていた。だが想像よりも質素な作りで、止ん事無き身分のご子息ご令嬢ばかりが通うと言っていたものだからどれだけ煌びやかな学校かと思ったが学校自体は至って普通の作りをしていた。何なら軍学校の方が豪華だった。
面接官に連れられて試験会場に入室すると三人は席に着き簡単な自己紹介をした。
「レバノン・シルデリアです。ご存じの通りゴルトセバン商会副理事クライリム・シルデリアの息子で御座います。本日はよろしくお願いします」
「ダウレン・マクギルムです。……先日潰えたマクギルム工匠会の跡取りだった者です。工匠会で培った技術を活かせれば良いと思っています」
「ソテル=ユージン・アリアです。オディロン軍帝国から来ました。元々は軍属だったのですが一身上の都合により退役しました。軍学校を三年で卒業し、その経験を活かせれば良いと思って今回は試験に臨ませて戴きました。よろしくお願いします」
三人の挨拶が終わると面接官達が質問を始めた。
「今回はお集まり戴きありがとう。では、リラックスもかねて本日の意気込みを簡単にお願いします。それから回答の順番は先ほどの挨拶の順と同じでお願いします」
という事は俺は最後か……少しだけほっとした。如何に自分に自信があろうと不安なものは不安なのである。しかし大トリを任されたとも考えられる順番な為、一概にラッキーとも言えないだろう。
「私の家はゴルトセバン商会の副理事を務めさせて戴いておりまして、本来であればこのような教鞭を執る身分のものではないのですが父より賜ったこの叡智、私であればこの町の子供達に教育を通してエンデルが誇る商売というものを算術を通して教え込むことが出来るでしょう。実現した暁には町の資産は数倍、教育機関の予算も倍増させて見せましょう。それからもし私が教鞭を執ることになったなら父に融通してもらって備品や資材を今よりも格段に安く仕入れて――」
レバノンの話が長く続く。スピーチは講演会とは違うのだから完結に相手に伝えねばならないのだが彼の言葉は自画自賛の雨霰、なんの意気込みなのかがよくわからない。面接官は簡単に意気込みを、と言っていたにもかかわらずレバノンのスピーチは三十分も続いた。
「であるからして私を迎え入れることは学校側としても大きな利益が――」
「そこまでで結構です。御着席ください」
面接官に停止を促され渋々と言った様子で着席するレバノン。着席の際の舌打ちの音を俺は聞き逃さなかった。彼は自分の意に沿わないことは全て気に食わないタイプなのだろう。難儀な性分だ。
「では次、ダウレン君お願いします」
「私は元工匠会です。意気込みとしては信頼して戴けるように真面目に努め行動する、それだけです。仮に教師になれたなら……子供達と一緒に物を作って商売だけではなく工学などの生産についても教えてあげられれば良いかなと思っています」
「はい、ありがとうございます。工匠会と言いますとエンデルでは鍛冶系統と環境循環器等が好まれます。是非参考にしてください。それではソテル君お願いします」
「はい! 意気込みとしては未来を豊かに、と言わせて戴きたいと思います。先ほど紹介したとおり私は帝国からこちらへ移ってきました。帝国は軍事に優れているだけあって様々な面で力があります。しかし軍を強化するあまり国民が豊かではありません。軍人以外が蔑ろにされる、そんな光景を目にしてしまったこともあって私は子供達を不憫に感じ、良い未来や選択肢を与えてあげたいと思うようになりました。彼らはいずれ町や国の未来を背負う者達です。私は子供達に希望が満ちあふれた未来に生きていて欲しいのです」
「なるほど、良い心がけですね。ただ未来を豊かにする道のりは大変険しいものです。この町もそうですが、何か切っ掛けを自分から作らなければ一切何も変わりません。行動し続ける事だけが現状を変える一手だと思いますよ」
真正面に座る面接官には好印象を植え付けられたようだ。ダウレンと俺はスピーチの終わりにアドバイスを戴けている。レバノンには気の毒だがスピーチの基礎から練習しなければ一生合格しないのでは無いだろうか…………
自信満々にスピーチを終え席に座ろうとした時、皺の深い老人に問いかけられた。
「ソテル君に質問をいいかな? 子供達と一概にまとめてもその性格は千差万別。素直聞き分ける子供、素直に聞き分けている振りをする子供、普通の子供、普通の振りをする子供、歪んだ振りをする子供、歪んだ子供、彼らに等しく同じ対応をすれば間違いなく何処かで間違いを犯す子供が出てくる。特に最後の歪んだ子供や普通の振りをする子供には要注意が必要だよ。君は一体どのように教育するつもりかな?」
「そうですね……大人の私が言うのも恥ずかしいのですが、子供達とは相棒になれるようになれたら良いと思っています。まずはコミュニケーションを通じて私の言葉を聞いてもらえるように努力します。尊敬されるというのは存外難しいですからまずは困った時の拠り所になれるように……友達になろうと思います」
「なるほど、面白い回答ですね。ありがとう」
皺の深い老人はニコニコと笑ったまま何度もうんうんと頷いていた。
「……よろしいですか?」
眼鏡の男性の言葉に老人は首を縦に振ると眼鏡の男性は面接を再会した。
「では、次の質問です――」
その後面接を一時間、試験を三時間掛け教員試験は終了した。
昼食を食べ終え、学校に戻ると掲示板に教員試験の結果が張り出されていた。
そしてソテルは絶望した。受験者三名合格者一名。張り紙にはそう書かれていた。
そして合格者の名前欄にはソテルの名前はなかった。
「……何故だ。何故僕が受からない!!!!」
これは俺の声では無い。いや、心境的には同じなのだが、声の主は如何にも問題児といった感じの態度を取っていたレバノンだ。どうやら俺と同じく絶望をプレゼントされてしまったようだ。
……と言う事は合格したのはダウレンか。素直におめでとうと言ってやろう。彼はきっと真面目に職務に取り組むだろうし子供達のことも懸命に考えてくれるだろう。叶うならば俺のスピーチに少しでも興味を持って未来に希望を託せるように教育をしてくれれば俺としても本望だが、そこは本人のやり方がある。俺がとやかく言うことでもないだろう。
少し遅れてからダウレンが掲示板を見るとその場で固まって強く拳を握った。
「ダウレンおめでとう!」
「あ、あぁ……ありがとう。しかし……その……」
「いいって! 気にしないでくれ!」
「だが! ……すまん」
恐らくダウレンが謝ったのは試験結果点数の欄を見てこの事だろう。実は三人の中で一番評価点数が高いのは俺だった。筆記試験十点満点中十点、面接点数十点満点中八点である。ダウレンは筆記九点の面接六点で両科目共に俺より低い。しかしそれでもダウレンが採用されたのには何か訳があるのだろう。何故なら俺の評価欄には予想も出来ない言葉が綴られていたのだから。
「資格ナシって……どういうことだ……?」
一人でボソボソと呟いていると横で叫んでいたレバノンが隣に来て絡んできた。
「んん~? なんだぁ? あんなでかい口叩いておいて資格ナシって何だよお前」
「……はぁ。どうでも良いけど、お前の点数こそ何だよ」
レバノンの点数は筆記一点面接二点だった。お粗末な事この上ない。そしてこの話し方にはイライラさせられる。
「う、ううううるさい! これは僕が本気を出さなかったのと学校側が見る目がないだけだ! 決して僕がお前達に劣ってるって言うわけじゃないからな!」
「はいはい。それはともかくとして……資格ナシ、か」
他のことに気を使っている余裕も無く扱いがぞんざいになってしまう。
しかし何故俺は資格すら与えられていないのだろう。帝国から来たから? 二人と違って高貴な家柄な訳でもないから? それとも単純に気分? 一体資格とは何だろうか。考えても考えても答えは出ないままだった。
もしかしたらレバノンの言うとおり本当に選民主義の学校なのかも知れない。もしそうなのだとしたらエンデルの町でも教職に就くことは叶わない。
……まぁ今更考えても仕方ない。とりあえず当面の金銭のことを考えて早く職探しをした方が良いだろう。そう思って俺は町に職探しに出た。
ソテルが町へと向かう姿を一人の老人が悶々としながら眺めている。
「……惜しい、実に惜しいのぉ。うぅむ…………あぁ、惜しいのぉ」
彼は実に優秀だった。口調は少し粗雑だが今の時代貴族だからといって無闇矢鱈に敬語ばかりを使えば良い訳ではない。敬語は確かに必要な文化ではあるがその堅さ故に商業に於いては時として足を引っ張ることもある。そうしたケースを学ぶ為にも彼のような何者にも臆せず自分を示す者は必要なのだが……アレではなぁ……
「成績は非情に優秀、武芸にも秀でていて対応力もある。それに加えてあの性格……あぁ本当に口惜しいのぉ……」
彼にこっそりと何故資格がないのかを教えても良い。そしたら次の機会には受かってもらう事も出来るだろう。しかしそれを教職者の私がしても良いものだろうか。
老人はただ町へと消えるソテルの姿を眺めることしか出来なかった。
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