第20話 決着のその先に……

「まったりさん、もうバーサクデッキを引っ込めてもいいんじゃないですか?」

俺は、なおも警戒を緩めないまったりに向かって、そう聞いてみた。


「いや、それはダメっす。勝負事は勝ったと思った瞬間が一番危ないっす。他の誰が緩んでもいいっすけど、自分は緩められないっすよ。ゴッドが覇記の王様っすから」

「ですが、もうライフが入る気配はないですよ、ゴッドさんに……」

「今、7時ちょっと前っすか……。じゃあ、まだまだ分からないっす。覇記のギルドメンバーがインしてきたら、ゴッドも復帰する可能性が高いっすからね」

「……、……」

「ゴッドが今考えていることは、今の関羽デッキ以外でなんとか自分を止められないかってことっす。必死になってその可能性を探ってるはずっすよ。なんとかギルドメンバーの前で格好のつく落としどころがないか、涙目になりながら考えてるっす」

「……、……」

「まあ、奴が考えそうなことは全部対応済みっすから、こっちに死角はないっすけどねwww。次になにをやるかもお見通しっすしwww」

「次……?」

「次は、相討ちを狙ってくるっしょ。デッキにUR陳宮を入れて」

「あっ! なるほど……。もともとステのいいデッキですものね、あの関羽デッキは」

「そういうことっす。それでも消し飛ぶっすけどね、ゴッドのデッキがwww」

「……、……」

「関羽と呂布じゃ、基本的なステに1.5倍の開きがある上に、向こうの関羽はカンストしてないっす。多めに見積もっても50枚は重ねてないっしょ」

「では、試しても無駄だと?」

「そっすwww」

「……、……」

そうだよな、無駄なんだよ。


 俺もさっきからそれを頭の中で計算してたんだ。

 だけど、どう考えても止められない。

 軍団長以外の武将はゴッドが大差でいいんだけど、軍団長は他の武将の三倍のステになるからなあ……。


「ゴッドが呂布を重ねてあれば話は別なんっすけどね。でも、多分、そんなに重ねてないっしょwww。呂布なんて使えないって思ってたに違いないんっすからwww。今までステじゃブッチギリで最強だったんっすから、よもやまくられるとなんて思ってないはずっすwww」

「……、……」

「その次に考えることは、ゴッドも呂布を軍団長にすることっしょwww。だけど、ゴッドの呂布は関羽とほとんどステが変らないはずっすから、そんなわずかな上積みじゃどうにもならないっす」

「だったら、少しくらい手加減しても……」

そうだよ。

 今の三国志CVで最強のデッキは、おまえのバーサクデッキだよ。


 だけど、それなら少しくらい手加減してあげてもいいじゃないか。

 これじゃあユイさんが可哀想過ぎる。

 こんなに酷く負かさなくてもいいんじゃないか?


 まったり……。

 おまえのやってることは、いじめと同じじゃないのか?

 強いデッキを鼻に掛けて、弱いデッキを負かしているだけなんだから。


「手加減……? あり得ないっすね。もし自分が覇記にいてゴッドのデッキを持っていたら、今の状況を打開する策を考え出せると思うっすから」

「最善を尽くされたら、まだ逆転されると?」

「そっす。見た目のポイントは大差っすけど、実質は僅差っす。だから、ゴッドの心を折るんっす。心の折れた奴には、冷静な判断は下せないっすからね」

「そこまでしないと勝てないってことですか?」

「そっす。覇記は強いっす。そんなに甘くないっすよ」

「……、……」

俺はそれ以上なにも言えなかった。


 百万ポイントの差がついていても……。

 UR呂布がカンストしているバーサクデッキを相手にしても……。

 まったりはそれでも逆転の目があると言うのか。


 俺には不可能だとしか思えない。

 だってそうだろう?

 最強のデッキが敵にある上にポイントが大差。

 そんな状況で勝てるわけがない。





「では、もっとポイント差をつけた方がいいのではないですか? 今ならギルドメンバーが揃っていますし、ボーナスNPCも出ていますから」

「まあ、目の前の戦いだけならスサノオさんの言うとおりなんっすけど……」

「なにか不都合があるんですか?」

「不都合と言うか、行動力回復アイテムの問題なんっすよ」

「はあ……?」

「スサノオさんみたいにいくらでも課金できれば関係ないんっすけど、皆が皆、そうじゃないっしょ。特に、自分なんか覇記戦が終わったらあんま動けなくなると思うっすしね」

「……、……」

「冷静になれば、物量で勝負してくるのが最善だって分かるんっすよ。回復し続けて、弱いのから落とせばある程度のポイントは稼げるっすから。少しでも相手を上回れば勝ちは勝ちっす。あと、低確率を積み重ねて自分のライフを減らせれば、ボーナスNPCは叩けるっすからね」

「……、……」

「次以降の対戦相手にそれを狙われたときに、創聖の勇者側に跳ね返すだけの物量がなかったら負けるっすよ」

「……、……」

「どんな相手に勝っても、1000Pは1000Pっす。ボーナスNPCを叩かない限り、それは同じっすからね。同様に、覇記に勝っても一勝は一勝っす。他に負けたら意味ないっしょwww」

「なるほど……」

ちっ……。


 また先を見通しているのか。

 俺やスサノオさんは目の前のことしか見てないのに。


 まったりはいつもこれだ。

 俺が考えている遥か先を見通してやがる。


「本当は、自分みたいな行動力があんまないのは放っておけばいいっすwww。デッキが強くても、攻撃回数が少ない奴は置物と一緒っすからねwww」

「それはそうですね。ただ、こんな言い方をするのは何なんですが、対戦相手のギルドに強いデッキがいると目障りではありますよ」

「まあ、採れる戦略が限られるっすからね、強いデッキを残すと。でも、創聖の勇者も午前中にそれをやってたじゃないっすかwww。SDGを相手に……」

「ああ、そう言えばそうですね。SDG戦では、結局、魔人Kさんが残ってしまいましたから。結果的には放って置いたのと同じですか」

「魔人Kは攻撃してきてたっすけど、基本的な構図は一緒っす」

「では、基本戦略は間違ってはいなかったってことですね、創聖の勇者は」

「そっす。ジョーさんの指揮は王道で的確っしたよ。通常の相手ならあれが正解っす」

「しかし、覇記みたいな相手だと話が違うわけですか。王道の戦略では届かない」

「そういうことっす。だから奇策を打ったんっすよwww。伏線を張りまくってwww。油断を誘って、一気に勝負を決める奇襲がものの見事に決まったっしょwww」

「ですねえ……」

「だけど、策がハマったときに、それを確実に結果に結びつけることが大事なんっすよ。なんで、この一戦で覇記にまくられてもダメっすし、覇記に勝ってもそのあとに負けたらダメなんっす。勝ちきるってのは、そんなに簡単なことじゃないってことっすよwww」

「……、……」

つまり、おまえはギルド戦で優勝するつもりなのか。

 ギルドランキング1位も狙っているってことなんだな。


 そんなこと、俺は考えもしなかったよ。

 SDGに勝ったのだって、ガムシャラに食らいついたら、たまたま競り勝てただけだしな。


 王道で的確……?

 いや、俺はいつも同じことをやっていただけだよ。

 だから、前回のギルド戦は覇記には勝てたけど、他に二度負けたから6位だったんだしさ。


 なんて言うか、まったりの考え方は、一本の線で繋がってるんだよな。

 しかも、その線は果てしなく先まで見据えて続いている。


 目的を達成するために必要だから、無茶もするし策も考える。

 その行動はどれも、目的達成と言う先に繋がっている線……、ってことか。


「www。結構、覇記のメンバーにライフが入ったっすねwww。タゴサクさんも何回かライフが入ったっすし」

「ですが、全然こちらのギルドメンバーが落ちていません。ポイントもまったく変っていませんし。タゴサクさんは私がしっかり抑えていますので大丈夫ですよ」

「自分のバーサクデッキと遊んでるってことっしょwww。きっと、覇記の内部で口論が起ってるっすよwww。どうしてこんなポイント差になるまで手が打てなかったんだ、って、ゴッドが責められてるっしょwww」

「かもしれませんね。ゴッドさんがそれに反論して、ならおまえらがまったりを落としてみろ……、とでも言った感じがしますね」

「あ、ようやくゴッドが復活したっすねwww。じゃあ、また落としてやるっすかwww」

「あがき出しましたか。では、私も引き続きタゴサクさんを抑えますね」

「よろっす。www、やっぱUR陳宮を入れてきたっすかwww」

「予想通りですね、まったりさんの……」

それ以降も、まったりは緩みなく戦い、ゴッドのデッキが復活するたびに落とし続けた。


 だが、何度デッキを変えてゴッドが立ち向かっても無駄であった。

 覇記のメンバーが総掛かりでまったりを狙っているようだが、まったりのライフは一つも減ってはいないし……。





 こうして覇記戦は、ポイントに大差がついたまま、午後10時を迎えた。

 すなわち、創聖の勇者がギルドランキング1位の覇記に勝ったのだ。


 創聖の勇者のメンバーは、歓喜の声をチャットに続々と書き連ねている。

 ある者は、

「策もあるけど、やっぱまったりさんのデッキが大きいよな」

と、まったりを讃え、またある者は、

「そんなにそのバーサクデッキって凄いのか? 俺もこれから挑戦するよ」

と、自らのモチベーションを高めている。


 中には、

「そうは言っても、皆が揃ってボーナスNPCを攻撃したのも大きかっただろ。ギルド全体の勝利だよ」

と、ギルドの団結を勝因に上げる者や、

「スサノオさんやさけべんさんの活躍も見逃せないぜ。最後まで役割を果たしていたからな」

と、まったり以外の功績を讃える者もいた。


 そうなんだよ……。

 皆の言っていることはどれも正しいし俺もそう思う。

 まったりもそれは分かっているだろう。

 あれだけ状況を正確に見通していたんだからさ。


 でも、こんなにギルドチャットが盛り上がったのって、初めてだよ。

 数分前のログが、あっという間に画面から消えていくなんてさ。


 なあ、まったり……。

 おまえは創聖の勇者がこんなに活気付くのも分かっていたのか?


 勝つって、本当に凄いことだな……。





「ま、まったりさんいますかっ?!」

「さっき、覇記戦が終わってすぐに落ちたよ。仕事があるから片付けるってさ」

「あ、さけべんさん。大変なんですよっ!」

「珍しいね、スサノオさんがそんなに慌てるなんてさw」

日付が変ったと言うのに、創聖の勇者のチャットはまだ動き続けたままだった。

 まるで宴でも開いているみたいに、皆が思い思いに語り続けている。


「慌てもしますよっ! さけべんさんだってあれを見れば」

「あれ? あれってなんです?」

「7ちゃんですよっ! 7ちゃんに、まったりさんの偽物が現れたんですっ!」

「偽物? ……あのうざい口調で書いてる奴がいるってこと?」

「それだけではないです。まったりだと自ら名乗ってるんですよ、そいつがっ!」

「じゃあ、本物なんじゃないのw 今ここにはいないしさ」

「いえ、それは絶対にないです。そんなことがあり得ないってことを言いまくっていますから」

「たとえば?」

「ランキング1位になれそうもないから、300万円課金したとか。あと、ガチャの偏りを利用して、UR諸葛亮をカンストしたとか……」

「それ笑えますねw。それに、たしかに本人じゃないな。本人は相変わらず無課金だし、カンストしたのはUR呂布だしな」

「ええ……。だけど、こんなこと許せますかっ?! 他人の名を騙るなんて……」

「まあ、そんなに熱くなりなさんな。スサノオさんが怒ってみても仕方がないだろうよ」

さけべんさんって、意外と冷静だな。


 だけど、なんだよそれっ!

 偽物なんて、俺も許せない。

 なりすましなんて最低の奴がすることだろうが……。


「スサノオさん。それで、なんで突然7ちゃんに偽物が現れたんです?」

「あ、ジョーさん。実は、7ちゃんではすぐに覇記が負けたことが話題になっていたのです。今回も覇記はランキング1位になると噂されていましたし、前回より遥かに課金もして戦力が増強されているのは周知の事実でしたから」

「まさか創聖の勇者なんかに負けるわけがないと、7ちゃんに書き込んでる連中も思っていたってことですか?」

「ええ……。それで勝った創聖の勇者って、どんなギルドなんだって話になりましてね」

「……、……」

「そう言えばあのまったりがいるギルドだ……、と気がついた者がいたのです。ただ、まったりさんが晒されたときに言っていたデュエルランキング1位が達成されていないのに、どうして創聖の勇者が覇記に勝てたのか分からなかったみたいで、あれこれ憶測が飛び交っていたのですよ」

「なるほど……」

「そうしたらほどなく偽物が現れて、語り出したということなのです。あの口調で……」

そういうことか。

 だけど、その偽物って、ウチのメンバーでもなければ、覇記のメンバーでもないのだろうな。


 創聖の勇者のメンバーはさっきから練習でまったりのバーサクデッキを体感しているから、そんな嘘を言うわけがない。

 覇記のメンバーだって、まったりのデッキの中身は見て知っているはずだから、書くなら正確な内容を書くだろう。


「ですから、とりあえずまったりさんにご報告しようと思ったのです。いくらまったりさんでも、これは許せないと思いますから」

「ですね……。ただ、当の本人が落ちていていないんですよ」

「そうみたいですね。では、どうしたらいいですかね、ジョーさん? 私が創聖の勇者のメンバーであることを明かして、7ちゃんで抗議してやろうかと思っていたのですが……」

「うーん……。抗議ねえ……」

「とにかく、このまま偽物を放っておいて、あることないこと書き込まれるのは許せないですっ! 早急に対応しないといけないのではないですか?」

「……、……」

ちょ、ちょっと待ってよ……、スサノオさん。


 言いたいことは分かるし、俺もなんとかしなきゃいけないとは思うけどさ。

 だけど、抗議するのが本当に最善の方法なのかな?


 それに、とりあえずまったりの見解を聞いてみないことには、対応のしようがないと思うしさ。


 ちぇっ……。

 せっかくギルド全員で気持ちよく勝利の喜びを分かち合っていたのにさ。

 それが、偽物なんかに水を差されるなんて。


 一体、誰がなんのために……。

 くそっ!

 絶対に許せねえっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る