第21話 追放

「ちわっすwww。今日も締まっていくっしょwww」

「あ、まったりさんっ! ようやくおいでになられましたか」

「スサノオさん、ちわっすwww。今日は土曜なんで、朝の防御担当なんっすか?」

「ええ……。平日の朝は会議が多いので、なかなかそうもいかないのですが……。って、違いますっ! そんな呑気なことを話している場合ではないのですよっ!」

「www。朝から元気いいっすねwww」

「まったく……。当のご本人がなにも知らないのですか。大変なことになっているんですよっ!」

そうだよっ!


 俺なんか心配だから防御担当でもないのにインしてるってのにさ。

 まったりが呑気に構えていてどうするんだよ。


「なにかあったんっすか? 自分、別になんも変ったことないっすけどねwww」

「いいですか、まったりさん。落ち着いて聞いて下さいね」

「?? なんっすか?」

「偽物が現れたんですよ」

「偽物っすか?」

「そうですよっ! 7ちゃんにあなたのなりすましが現れたんですっ!」

スサノオさん、そいつにしっかり教えてやってくれ。


 晒しはまだ本人が書いたものを公開することだからまるっきり嘘ってわけでもないけど、なりすましは存在そのものが嘘だ。

 誰がどう考えても悪意しかない。


 それが自身に降りかかってきてるんだぞ。

 呑気に朝の挨拶なんかしてる場合じゃないに決まってるだろ。


「wwwwwwwwwwwwwww」

「ま、まったりさん?」

「www、超腹痛えっすwww。笑いすぎて、腹筋が痙りそうっすwww」

「は、はあ……?」

お、おい……。

 おまえ、大丈夫か?


 頭のネジが百本くらい飛んじまったんじゃないだろうな?


「す、すまんっすwww。でも、あんま笑い過ぎて、キーボードにデコをぶつけちゃったっすよwww」

「……、……」

「www、なるっす、そうきたっすか。www、それは自分にも意外っしたwww」

「でしょう? いくらまったりさんだって、なりすましは許せないでしょう?」

「www、許せない? そんなことないっすよwww。好きにやればいいじゃないっすかwww。別に、自分は全然構わないっすよwww」

「はあ? なにを言ってるんですかっ! その偽物は、目的が達成出来なかったから300万円も課金したとか、ガチャの偏りを利用してUR諸葛亮をカンストしたとか、言いたい放題の嘘を並べているんですよ? そんな嘘を言わせておいていいのですか?」

「wwwwwwwwwwwww。ちょ、ちょっと待ってくれっすwww。スサノオさん、あんま笑わせないでくれっすwww」

「笑ってる場合ではないですっ! 昨日の覇記戦も、一人で覇記をけちらして余裕勝ちだったとか。もう、あることないこと言いまくりなんですよっ!」

ま、まあ……。

 最後のは当らずとも遠からずか。


 たしかにまったりがいなきゃ勝てなかったのは事実だしな。


 ただ、余裕勝ちではないことは、まったりが一番よく分かっていたことだろうし、バーサクデッキだけでは勝てないことを指摘したのもまったり自身だから。

 やはり偽物がいい加減なことを言っていることに変わりはないか。





「www、分かったっすwww。概ね状況は理解したっすよwww。なんで、スサノオさんこそ落ち着いて下さいっすwww」

「は、はあ……。すいません、年甲斐もなく取り乱しましたね。面目ない」

「www。自分、スサノオさんのそういう真面目なとこ、キライじゃないっすよwww」

「……、……」

「だけど、そんなに心配することないっすwww。こんなのどうせすぐに納まるっすからwww」

「えっ? もしかして、なにかご存知なんですか?」

「www。状況は理解したって言ったっしょwww。ってことは、偽物が何者かも、これからどういう展開になるかも予想がついたってことっすwww」

「ぜ、全部分かったってことですか? だから心配ないと……?」

「そっすwww。だから、こんな無駄な話してないで、次の対戦に備えてくれっすwww」

「あ、はい……。ですが、まずどうなってるのかを教えて下さい」

「www、それはあとでゆっくり話すっすよwww。だけど、ここじゃちょっと差し支えがあるんで、他の場所でするっすよ」

「了解しました。では、あと数分で始まるので、気合いを入れ直しますね。ですが、必ず教えて下さいね。私は気になって仕方がありませんから」

偽物が何者か分かっただと?

 それに、これからどういう展開になるかも予想がつく?


 おい、またそんなことを言い出して……。

 いつも自分だけが分かったようなことを言うって、ズルくないか?


 だけど、ここじゃ差し支えがあるってどういうことだよ?

 他の場所って、まさか……。

 あのチャットルームじゃないだろうな?


 だとしたら、偽物の正体って……。

 まさか、ユイさんってことか?

 先日もまったりは、言えないことがあると言って俺をチャットルームに誘った。

 言えない……、つまり、ギルドチャットでは話せない内容を含んでいるってことだろう?

 それなら、やはりユイさん絡みしか考えられない。


 ただ、俺も昨晩7ちゃんを見たが、偽物がユイさんだったらまったりのデッキを知っているのだからあんなことを言うかな?


 ……って、まだ偽物がユイさんだとまったりが言ったわけでもないのに、俺、どうかしてるな。

 なんか、まったりがやたらと先を見通すから、それが伝染してしまったようだよ。


「まったりさん……。俺もその話を聞きに行っていいですか?」

「あ、ジョーさん、おはっすwww。いいっすよ、この前のあそこなんで、午前の戦いが終わったら来てくれっす」

「はい」

「まあ、大した話じゃないんで、すぐ終わるっすよwww。聞いても聞かなくても、なるようになるっすしねwww」

やっぱり、あのチャットルームか。

 だけど、偽物がユイさんだと決まったわけではないのだから、俺もギルド戦に集中しなきゃな。


「対戦ギルドが決まりましたっ! 伏竜会です」

「また手強い相手ですね、スサノオさん。全勝対決なので、これに勝った方が優勝にグッと近づくってことですか」

「ですね。ただ、我々は昨日、ギルドランキング1位と2位に勝っているのですから、自信を持って臨みましょう。これからはまったりさんもバーサクデッキで出てくれますから、手強い人を撃破することも可能ですしね」

「ええ……。伏竜会に勝てばランキング上位を全部撃破したことになります。あとは問題なく勝てるギルドしか未対戦ギルドはありませんから、この一戦に勝てば優勝ということで間違いありません」

さあ、まずはこの一戦に勝つことだ。

 他のことはあとから考えろ……、俺っ!


「伏竜会っすか。そこは中ボス軍団っすね。ランカーはいないっすけど、しぶといデッキを持った人が多いっす」

「ですね。皆、一癖も二癖もあるメンバーばかりです」

「……ってことは、まずギルマスを叩くっしょwww。統率のとれた集団は、まず指揮を執ってる奴を叩くのがセオリーっすからね」

「了解です。では、まったりさんに行ってもらえますか? とりあえず一回ギルマスを叩いて様子を見ましょう」

「ジョーさん、だいぶ分かってきたっすねwww。そっすね。じゃあ、自分はそれが終わったら落ちるっすね。あと、よろっすwww」

「はい、あとは任せて下さい」

と言うか、すでに相手のギルマスはライフが減ってるじゃないか。

 まったりの奴、最初からそのつもりだったのか。


 それにしても、呆れるほど早く倒すな。

 見てて気持ちいいくらいだよ。

 ほら、もう、ライフの残りが一つになった。


「自分の役目は終わったんで、あと、よろっすwww。スサノオさん、一段落したらメールするんで、確認よろっすねwww。じゃ、また昼っすwww」

「……、……」

ったく、まだ開始二分だぞ。

 忙しいのだろうけど、もう少しいたらどうなんだよ?


 まあ、でも、いいか。

 まったりはまったり、 俺は俺だ。

 与えられた役割を果たすことが重要なんだからな。





 伏竜会戦は、意外な展開をみせた。


 俺とスサノオさんが最大限の警戒をしていたのに、向こうは一切攻撃してこないのだ。

 それどころか、ライフの補充すらして来ない。

 全勝のギルドだぞ、伏竜会は……。

 なのに、戦いを放棄したかのように、無抵抗のままなのだ。


 俺は、スサノオさんと相談して、とりあえず百万ポイント差をつけてしまうことにした。

 相手の意図がどうあれ、セーフティリードを奪えば勝つことは間違いないからだ。


 しかし、いくら点数差が開いても、向こうのライフは一切回復することがない。


「ジョーさん……、これは試合放棄ですか?」

「でしょうね。そうとしか考えられないです」

「ですが、なんでまた、そんな面白くないことをするのでしょうね? 伏竜会もウチに勝てばランキング1位が見えてくるでしょうに」

「……、いや、それは違いますね」

「は? どういうことですか?」

「俺もちょっと前に気がついたのですが、伏竜会はまだ覇記やSDGとの戦いを残しているはずです。ですから、ウチに勝ってもまだ優勝すると決まったわけではないですよ」

「ああ、なるほど。ですが、だからと言って、わざと負けるような真似をするのは解せませんね」

「……、……」

「そんなことをしてもなんのメリットもないでしょうから」

「ですね……」

そうだよな、優勝が決まらないとしても一勝は一勝だ。

 伏竜会から見て創聖の勇者は当面のライバルなのだから、必死に戦ってきて当然なのだ。


 それがなんだよ、このやる気のなさは……。

 気合いを入れて臨んだ俺達がバカみたいじゃないか。


 時刻はもう11時を回っている。

 まったりのバーサクデッキが出ている以上、こちらの負けはあり得ない状況だ。


 んっ?

 待てよ……。


「スサノオさん。これ、もしかして、7ちゃんにまったりさんの偽物が現れたからじゃないですか?」

「うん? どういうことです?」

「まったりの偽物は書き込んでましたよね。300万課金したとか、UR諸葛亮をカンストしたとか。それに、独りで覇記を倒したとか……」

「ああっ! まさか、その嘘を伏竜会が真に受けたってことですか? いや、しかし、そう考えるとこの試合放棄も納得がいきますね」

「ええ……。伏竜会にしてみれば、勝ち目のない相手に行動力回復アイテムを使って消耗するより、後の戦いに備えたってことではないでしょうか?」

「これから当るであろうSDGや覇記が強いのは分かっているが、そこに勝ってしまう創聖の勇者とまともに戦うよりは力を貯めようと言うことですか。なるほど、伏竜会は統率のとれたギルドですからね。ギルド全体の方針として、試合放棄を徹底したと……」

そうなんだよ。

 そうとしか考えられない。


 だけど、随分とまあ、思い切った策に踏み切ったものだな。

 こちらとしてはちょっと複雑な気分だけど、勝ちは勝ちなので有り難いと言えるが。


「ジョーさん、そういうことなら私はちょっと7ちゃんを覗いてきますよ。なにか分かるかも知れませんから」

「とりあえず落ちないで下さいね。一応、まだ試合放棄と決まったわけではないですから」

「ええ、インしたまま、別ウインドウを開けます」

「了解です」

しかし、そのまま伏竜会は一切のポイントを取得することなく、12時が過ぎた。


 今まで俺が見たことも聞いたこともないギルド戦の試合放棄が、あっさりと成立してしまったのであった。





「www、よかったじゃないっすかwww。これで他のギルドに負ける要素はなくなったっすしねwww」

「ですが、ちょっと気味が悪いですよ」

「自分、伏竜会はかなり手強いと思ってたんっすよ。総力戦でポイント争いをしたら、目一杯頑張ってギリギリで勝つ感じっすね。自分は行動力回復アイテムをあんま持ってないっすし、向こうには夏候惇デッキが6、7人いるっすから、低確率でも自分のデッキが抜かれる可能性があったんっす」

「私も伏竜会は手強いと思っていましたよ。だからこそ、覇記戦で少々リスクはあっても行動力回復アイテムを残した策が正解だと思っていたのです」

「www。向こうには向こうの思惑があるんっすから仕方がないっすね。別にルール違反をしてるわけでもないんっすから」

「ですが……」

「まあ、いいっしょwww。スサノオさんも、覇記戦とSDG戦でギルド戦を満喫したんっすからwww。結果も付いてくるんなら、これ以上の贅沢は言えないっすよwww」

「うーん……。どうも私は釈然としませんね。ただ、もう終わったことですから、受け入れるしかありませんね」

結果オーライってことか。

 そうだよな、勝ったことに変わりはないし、これで実質優勝なんだからな。


 俺とスサノオさんは、指定されたチャットルームに入ってすぐに、まったりに試合放棄の顛末を話した。

 まったりも時折インしていたようで、状況は分かっていたらしい。

 そして、俺の推測と同じく試合放棄だと感じていたと言っていた。





「ところで、まったりさん……」

「ああ、本題の方っすねwww。偽物の正体とこれからなにが起るか……、っすか」

「ええ……」

「じゃあ、大した話じゃないんで、サクッと終わらせるっすかねwww。自分、午後からちょっと出掛けるんで、パソコンの前にいられないっすからwww」

そうだよ。

 そのために俺とスサノオさんはここにきたんだからな。


「じゃあ、まず正体から言うっす。あれはユイっす」

「やっぱり……」

「www、ジョーさんもそう思ってたっすか。そっすよ、あれは間違いなくゴッド=ユイっす」

「……、……」

俺は思わず相づちを打ってしまった。


 そうか……。

 だけど、なんでこんなことをするんだよ、ユイさん。

 なりすましをしてみたって、なんの意味があるんだよ。


「昨日もちょっと言ったんっすけど、今、覇記内は揉めてるはずなんっすよ」

「そう言えばそんなことを言っておられましたね」

「5万の課金ノルマを課すようなギルマスは、間違いなく独裁者っすからね。それに、自身の複垢だけは特別扱いでメンバーに加えたっしょ。あれもゴッドが覇記で独裁をしていた証拠っす。昨日見たユイのデッキは、前とほとんど変ってなかったから、無課金のままっすしね」

「ふむ……」

「独裁も悪いことばかりじゃないんっすけど、それはギルドが強いときの話っす。最強のギルドで、最強のデッキを持っているから独裁がまかり通るんっすよ」

「なるほど……」

「なんっすけど、昨日みたいな完敗を喰うと、状況が一変するんっす。今までギルドメンバーの中で燻っていた不満が、一気に噴き出すんっすよ」

「昨日の一戦で、覇記の防御担当はゴッドさんのようでしたからね。采配も当然ゴッドさんが振っていたでしょうから、責任を追及されたと言うことですか」

「そういうことっす。冷静になれば、勝てないまでも打つ手があったことは、覇記の他のギルドメンバーには分かっていたっしょ。なのに、ゴッドは無策のまま自分のバーサクデッキに拘って完敗を喫したっす。今まで強権を発動してきたくせにこの体たらくはなんだ……、って言われるのは当然っしょ」

「ですね。私が覇記にいてもそう言うと思います。私にとって月五万円はそれほど痛い金額ではありませんが、それでも強要されればいい気持ちはしませんから」

「スサノオさんでもそうなんっすからねwww。普通のギルドメンバーなら、もっと強烈な不満を覚えて当たり前なんっすwww」

「ですが、それとなりすましになんの関係があるんですか?」

そうか、覇記内はそんな状況になっていたのか。


 ユイさん……。

 俺、ちょっと悲しいよ。


 ユイさんは創聖の勇者でなにを感じていたんだよ?

 弱いギルドがいきがってるとしか思っていなかったのか?


 だけどさあ……。

 創聖の勇者のメンバーは、皆、三国志CVを心から楽しんでいただろう?

 たとえ最強のギルドじゃなくても、皆でワイワイと話をしていたじゃないか。

 そういう人と人の繋がりに、なにも感じなかったのか?


 俺とユイさんが話をしていたことも、単なるスパイ活動の一環でしかなかったのか?





「ゴッドは、覇記から追放されそうなんじゃないっすか。自分にはそうとしか思えないっす」

「……、……」

「だから、自分が執った指揮の言い訳をするために、どうしても創聖の勇者に優勝してもらいたかったんっしょ」

「……、……」

「あいつには、自分が無課金のままなのは戦って分かったはずっす。だけど、自分が無課金のままだと言うことが世間にバレると物量で他のギルドに潰される可能性があるっす」

「なるほどっ! だからあんな嘘をついて創聖の勇者を勝たせようとしたと言うことですか。実際に、伏竜会は試合放棄をしましたしね」

「そういうことっす。まあ、伏竜会があっさり試合放棄したのは自分も意外っしたけどねwww。それに、そんな無用の援護をしてもらわなくても創聖の勇者は勝ったはずっす。でも、ゲーム能力の低いゴッドにはそれが信じられなかったんっしょ」

「つまり、創聖の勇者が優勝すれば、ゴッドさんの立場は揺らいでいても、辛うじて保たれると言うことですね?」

そうか……。


 まったり……。

 おまえの言っていることは筋が通っているよ。

 たしかに、あのタイミングで7ちゃんにまったりの偽物が出現する理由になっている。

 言われてみれば、そうとしか思えないな。


「それはどうっすかね? 自分は、ゴッドは結局、追放されると思うっすよ。ユイともども」

「どうしてですか? 創聖の勇者が強いのなら、負けても言い訳が立つじゃないですか」

「自分が無課金なのが、世間にバレるからっす。もうバーサクデッキを隠しておく必要がないっすから、ギルド戦にもデュエルにも使うっすからね」

「ですが……」

「覇記の連中は、バーサクデッキが強いことは分かってるっす。けど、世間は無課金に重課金集団の覇記が負けたことをどう思うっすかね?」

「そ、それは……」

「当然、情けないとか、アホかって言うっしょ。そのプレッシャーに負けて、覇記はゴッドを斬るっすよ」

「……、……」

まったりの決定的な一言を最後に、俺達三人は押し黙る。


 そして、俺の胸中にはなんとも言えない吐き出したいような感情が渦巻き、まったりのコメントに反応することを拒み続けていた。

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