第17話 ボックスの移動条件
「ま、まさか……」
スサノオさんのコメントがチャット画面にポツンと表示される。
まあ、それは驚くよな。
俺も驚いたし、最初は受け入れられなかったから。
俺は、まったりとモリゾーさんの了解を得て、スサノオさんを衝撃の事実が発覚したチャットルームに呼び出したのだ。
メールなんかでは、俺がうまく説明するのが難しそうだったから。
スサノオさんは早朝だと言うのに、すぐに反応してくれ、
「あまり長い時間は無理ですが……」
と断りを入れながらも呼び出しに応じてくれたのだった。
「驚いたな……」
スサノオさんはさきほどから何度も「まさか」と「驚いた」を繰り返している。
今、どこを読んでいるのか定かでないが、思わず呟かずにはいられないのだろう。
俺は昨夜から寝ていない。
いや、寝ようと思ったのだが興奮して寝られなかったのだ。
まったりとモリゾーさんが去ったチャットルームで、何度も何度もログを読み返し、思索に耽っていたらときが過ぎてしまっていた。
「ジョーさん……、概ね理解しました。あまりにも話が衝撃的過ぎて何度も読み返してしまい、お時間を取らせてすいません」
「あ、いえ……。俺も、まったりさん達が落ちてから、何度も読んでいましたから」
「それで、ユイさんの件は納得がいったのですか?」
「そ、それは……」
正直、まだ実感がない。
だけど、時間をかけてでも受け入れるしかないと思っている。
俺はギルマスだし、しっかりしなきゃいけないから。
「よく考えてみたら、ユイさんがどうであれギルド戦をやることに変わりはないんです」
「ああ、それはそうですね」
「それに、まったりさんのデッキをまったりさんがどう使おうと、彼の自由ですしね」
「……、……」
「だから、ユイさんの件は他のメンバーには黙っていようかと。まったりさんの指摘が正しいなら、これ以上晒しが起ることがないってことですので。その上で、全力で覇記と戦おうと思っています」
「そうですか。ジョーさんがそれでいいのなら、私に異存はありませんよ。ジョーさんの思うようにおやりになって下さい。私も極力、協力いたしますのでね」
「ありがとうございます」
「いえいえ……。ギルド戦で思い切り戦えるのは、プレーヤー冥利に尽きます。まったりさんのあのデッキがどれだけの破壊力を持っているのかを想像すると、年甲斐もなく興奮してきましてね」
やはりスサノオさんに相談してよかった。
きっと、過去ログを読んでスサノオさんはまったりの言っていることが正しいことを分かっている。
だけど、俺に気を遣って自らの判断を示さず、まずは俺の結論を聞いてくれたのだ。
こういうところが大人なんだよな……。
俺がいくらギルマスだと言ってみたところで、こういう気の遣い方はできない。
「ですが……。悩ましいのは、ボックスの移動条件のことですね。これ、どうしましょうか? ジョーさんになにかお考えがありますか?」
「いえ……。まったりさんが言っているのですから検証済みで間違いがないのでしょうが、こんな単純なことだったなんて。俺も自分のでたしかめてみたのですが、どうも間違いないようです」
「ええ……。私も驚きました。ですが、よくよく考えてみると、とても合理的で簡単にガチャの排出率を管理出来る方法ですよ」
「ですよね……。こんな方法を採用する運営も運営ですが、見破るまったりさんもまったりさんです。どういう発想ならこんなところに目がいくのでしょうね?」
そう、単純なんだ。
思いっきり……。
だけど、誰が気がつくと言うんだ、こんなの。
プログラム解析でもしなかったら、絶対に分かるわけがない。
「ボックスの移動条件は、ゴールドっす」
「はっ? ゴールドですか?」
「そっすwww。ゴールドの下一桁でボックス管理してるんっすよ」
「はっ、はい? そ、そんなことなんですか?」
「www。笑えるっしょwww。でも、これ、よく考えてあるんっすよ」
「……、……。いや、俺にはどう考えてあるのかサッパリ分からないです」
あいつは笑っていたが、俺には説明されるまでどうしてゴールドの下一桁でガチャが管理できるのか理解出来なかった。
まったりによると、ゴールドの使い途がなさすぎるのが最初から気になっていたのだと言う。
そして、イベントのゴールドの落ち方で、それが確信に変ったらしい。
具体的に言うと、イベントで落ちるゴールドは、下一桁が0か5か偶数しかないのだそうだ。
1、3、7、9では絶対にないらしい。
イベントで落ちるゴールドは、多くの場合、0か偶数で、まれに5が採用される。
UR諸葛亮のボックスは7なのだそうだ。
つまり、現状で下一桁が0か偶数の人は、いくら落ちるゴールドが0か偶数のときのイベントをやっても、UR諸葛亮には当らない仕組みなのだ。
……で、これのどこがよく考えてあるシステムなのかと言うと、シナリオを各章の区切りまで最短手順で終えると、必ず偶数になるように設定されているところが旨いのだそうだ。
三国志CVを長くやっているプレーヤーほどシナリオは最先端で止まっている。
そして、シナリオはずっと更新されずそのままになっていたりする。
シナリオを回すには行動力が必要なので、用がないときにはシナリオを回すことは皆無……。
だから、イベントで下一桁の5が採用されない限り、ボックス条件の移動が奇数と偶数の間で入れ替わることがないと言うことなのだ。
運営は課金者の下一桁の分布を調べてあると、まったりは言う。
それをもとに、イベントで落ちるゴールドの下一桁を決める。
つまり、誰にUR諸葛亮を高確率で渡すかは管理されているわけだ。
偶発的にシナリオでも回さない限り、運営の任意のときにのみUR諸葛亮が当る仕組みが維持されるのだ。
俺はまったりの言葉が正しいのかを、自身でたしかめてみた。
先日、UR諸葛亮を引いたのだから、それが正しければ俺のゴールドの下一桁は奇数のはずだから……。
二周年イベントも偶数だとまったりが言っていたので、奇数でなくてはおかしいのだ。
いつもは気にしない、左上に置かれたゴールドのカウンター。
その下一桁は、偶然にも「7」であった。
「そうか……。そう言えば、UR諸葛亮に限らずガチャで引くURは、短期間に同じモノを引くことが多かったですね。URに限って言えば、私はUR諸葛亮を同じ日に4連続で引いたことがありましたし」
「俺なんか、ずっと引けずですよ。やっと引いたと思ったら、それが間違えてシナリオを回したせいだったなんて……」
あんなに渇望していたものが、こんな単純な仕組みで俺を避けていたなんてさ。
理不尽にもほどがあるよ。
「それにしても、ずっと引けなかったと言うことは、ジョーさんは下一桁が5のときに何度も二分の一の確率を逃していたと言うことになりますね」
「それか、奇数のときでも、運悪く7にならなかったか……。あと、7のボックスでも他のURを引いてしまったからUR諸葛亮が引けなかったか……」
「もしかすると、ジョーさんも課金者なので意図的に外されたのかもしれませんね」
「ああ……。ん、でも、俺の課金額なんてたかが知れてますから。運営がマークするのはもっと重課金の人だと思いますよ。だから、俺のは単なる偶然かと」
単なる偶然……、と言いつつも、正直、俺は釈然としない。
違うとは思っていても、狙い撃ちされた可能性も否定出来ないのだから。
「ですが、これって合法なんですかね? 恣意的にガチャの確率を操作しているってことにはならないのかな?」
「どうでしょうか……。シナリオはいつでも誰でもできますのでね。別に奇数にするチャンスがないわけではないですから。だとすると、プレーヤーが任意に選んだと言うことになりますから、白とは言い切れなくても黒とも言い切れないでしょう。敢えて言えばグレーゾーンという感じでしょうか」
そうだよなあ……。
黒に限りなく近いグレーゾーンって感じか。
まったく、運営の奴っ!
とんでもないことをしらっとやりやがって。
「それで、どうしましょうか? まったりさんはジョーさんに扱いを任せると仰られたのでしょう? 今まで引けてなかったことですし、ジョーさんは今ちょうどUR諸葛亮のボックスにいるのですから、イベントのときに7に合わせれば戦力アップは間違いないですよ」
「うーん……、それはそうなんですが……」
「まあ、こういうチートな方法というのは、使うときはちょっと後ろめたいのでしょうね。私は今までそういう経験がありませんが、ジョーさんの気持ち、分からないではないです」
「あ、いえ……。もちろんそういう気持ちもないではないですよ。ですが、俺が迷っているのは、今更、UR諸葛亮を重ねても戦力になるか微妙だからもあるんです」
「えっ? どういうことですか?」
「だってそうでしょう? 今度のギルド戦が終わればまったりさんのバーサクデッキが解禁されるんですよ。そうなれば、真似する人が出てくるのは間違いない」
「あっ! そういうことですか。そう言えばまったりさんは仰ってましたよね。諸葛亮デッキが激減すると……」
「ええ……。あのバーサクデッキを見たら、その予想が外れるとは考えにくいです」
まったりの奴っ!
自分で見つけておきながら、自らその利をぶち壊そうとしてやがる。
まあ、自分ではそんなものを使わない……、って断言していたから、あいつにとってはどうでもいいことなのか。
「だとしたら、UR諸葛亮に拘らなくても他のURを重ねたらどうです? きっと、まったりさんなら他のも目星がついているのがあるかもしれませんよ。そうでなくても、ジョーさん自身が調べて重ねればいいですし……」
「……、……」
うん、スサノオさんの言いたいことは分かるよ。
任意のURを重ねられれば他のプレーヤーより大きく優位に立てるのは間違いないからさ。
「スサノオさん……。スサノオさん自身も移動条件を知ってしまったんですよ。だったら、あなたはどうするつもりなんですか?」
「む、むう……」
ほら、スサノオさんだって答えられないだろう?
俺だってそうなんだよ。
なんか納得がいかなくてさ。
ズルをするわけじゃないことは分かってるんだけど、これが正しいとは思いたくないんだよ。
「私は……。今まで通り、ゴールドの下一桁を見ずに続けます」
「全然活用しないってことですか?」
「はい……」
「なんでですか? スサノオさんが裕福なことは知ってますけど、それでも少しでも他の人より強くなりたいと思うのは自然なことじゃないですか」
「それはそうですよ。仰る通りです」
「だったら……」
俺もそう言いたかったんだ。
使わない……、ってさ。
だけど、俺がなぜゴールドの下一桁を利用したくないのか、俺自身にも分からないんだよ。
なあ、スサノオさん。
なんで俺もあなたも強くなることを拒んでいるんだ?
おかしいよな、理由が判然としてないんだからさ。
「そんなものは使わないっすwww。って、まったりさんなら仰られるでしょうから。ジョーさんや私と同じ立場になったとしても……」
「あっ!」
「あの人はそんなものを使わなくてもランキング1位になろうとしている。そして、現実にそれが狙えるデッキも作り上げた」
「……、……」
「私達は見下ろされてるんですよ、彼に……」
「……、……」
「私はまったりさんを尊敬していますよ。ネットゲームをやり出してそろそろ十年近くになりますが、彼のような才能に出遭ったことは未だかつて無い。それだけ希有な人だと言っていいと思います」
「……、……」
「どこの誰だか、どんな仕事をしているのか。学歴がどんなか。婚姻経験はあるのか……。そんな諸々のことを知らなくても、彼がこの三国志CVの中で偉業を達成しようとしていることを私は知っていますから」
「……、……」
「ですが、私も一プレーヤーである以上、彼みたいな人に勝ってみたいのですよ、己の才覚で……。無課金同士ではさすがに敵わないかも知れませんが、せめてこういうチートなことをしないでね」
「ですね……。それに、言われちゃいそうですよね。そんなものに頼ってると、ゲーム能力が上がらないっすwww。って」
「はははっ、言いそうですね、まったりさんなら」
「ええ、絶対に言いますね」
さすがだよ、スサノオさん。
そう、あなたの言う通りだ。
俺もまったりに勝ちたいんだよ。
今は敵わなくてもさ。
それには、あいつ以上に自身に厳しくなきゃ無理だよ。
どんなに自分を追い込んでも、それでも目的を遂げると言う信念がなきゃね。
だったら、こんなチートな方法に頼っていたらダメだ。
一途にゲームの本質に迫らなかったらさ。
あいつの言うところの「ゲーム能力」で同等以上にならなかったら、勝てるわけがない。
「もしかすると、俺やスサノオさんに言っても、結局、ボックスの移動条件を使わないことを分かっていたのかもしれませんね、まったりさんは……」
「ああ、なるほど……。そう言われればそんな気もしますね。だからジョーさんに任せたと仰っていたのですか」
ちぇっ。
なんだか結局あいつの想定通りか。
こういうの、すげー悔しい感じがするんだけど……。
まあ、でもいいか。
今はあいつの方が俺より凄い。
ただそれだけのことだ。
いつか超えればいいんだからな。
いつか必ず……、な。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます