第16話 遺恨

「ジョーさん、すまんっすね。辛いことばっか言って……」

「……、……」

「だけど、本当の核心はこれからなんっす」

「……、……」

うるせえっ!


 嘘ばかり並べ立てて、その上同情だと?

 どれだけ俺をバカにすれば気が済むんだよ。


「組長、自分にメールしてきてくれたのは、そのユイって盟主が言っていたことが三国志CVに関係してると思ったからなんっすよね?」

「そう、盟主が言ってたの。他の三国志のゲームで、複垢を使って7ちゃんで晒しをしてる……、って」

「どんな晒しか言っていたっすか?」

「ううん、それは言ってなかった。だけど、うざい口調の無課金のアホが気に入らないからやった……、って言ってたよ」

「www、そっすかwww」

「それを聞いて、まっさんが思い浮かんだんでメールしたの。さっきまっさんは自分のヤマカンを褒めてくれたけど、うざい口調の無課金ってまっさんくらいしかいないでしょw」

「www、その条件に当てはまる奴は他にもいっぱいいるっしょwww。でも、間違いなく自分もそうっすけどねwww」

「でしょでしょ(爆)。まっさん、晒されやすいしね」

そんなのなんの根拠にもならないだろ。


 そもそも、その盟主のユイとユイさんが同一人物だという確証はないんだからな。

 それに、どこかの三国志のゲームをやってて、7ちゃんで晒しをやってる奴なんてごまんといるはずだ。

 アニメのキャラをHNにする奴もいっぱいいるし、単なる偶然の域を出てないだろ。

 俺はその程度の話でユイさんを疑ったりはしない。

 俺とユイさんの絆は、そんなもので揺らいだりはしないぞっ!





「その他にもなんか言ってたんっすよね?」

「そ、そ……。こっちでも晒した奴に恨みがあるって言ってた」

「自分、組長にメールもらうまで忘れてたんっすけど、たしかに覚えがあるっすwww。あれっすよね、自分が粘着して引退に追い込んだ……」

「そうみたい。基地野郎に粘着されて、本垢が引退に追い込まれたって言ってたよ」

「www、引退したのは向こうの勝手っしょwww。自分はルール通りにゲームやってただけっすからwww」

「あのときはモリゾが盟主で、まっさんが横で戦ってくれたんだよね。ずっと敵に周りを制圧されてたんだけど、二ヶ月くらい粘ったら向こうが根負けして形勢が逆転してさ。まっさん、何度倒しても復活してくるんだもんw。相手も超うざかったと思うよw」

「復活するのは無課金でも出来るっすからねwww。自分、超しつこいんで、相手の心が折れるまで戦ってやったっすwww」

「形勢が逆転しても、相手の本拠は攻めないで生殺しにしたしねw」

「あれは、本拠を攻めちゃうと課金者の利が出ちゃうからなんっすよ。倒せれば倒すに越したことがないっすけど、倒しに行って失敗すると形勢のヨリが戻っちゃうから仕方がなかったっす」

「でも、結局、それが功を奏したんだよね。相手盟主が引退することを条件に、戦争は引き分けってことで決着したんだから」

「その条件を出したのは自分じゃないっすwww。向こうが勝手に言い出したことっすから。まあ、楽勝の形勢だと思ってた戦いをひっくり返されたんで、顔が立たなかったのはあるんっしょ。重課金を鼻に掛けて、同盟内でかなり高飛車なことも言ってたらしいっすからねwww」

「だから今は複垢だったユイでゲームをやってるんだって。モリゾはそのときの戦いぶりが評価されて同盟に誘われたみたい。憎きまっさんもいないしねw」

複垢だったユイで……?

 俺はその行を読んで、目が釘付けになる。


 ユイって垢は、元々複垢だったのか。

 じゃあ、本垢の方にいっぱい課金してたんだろうな。

 なら、もしかして、盟主のユイってのは、無課金だったのか?


 あ、いや……。

 盟主のユイは、盟主のユイだ。

 ユイさんとは別人であることに変わりはない。





「その、引退した本垢のHNを組長が思い出させてくれたんで、自分が考えていた読み筋が間違いないって確信したっすよ」

「えっ? どういうこと?」

「三国志CVにも同じHNの奴がいたんっすwww。しかも、そいつは重課金でランキング1位なんっすよ。事前にユイの本垢だと目星もついてたっす」

「たしか、ゴッドって名乗ってたよね。ふーん、じゃあ、同じ人だね」

な、なんだと?

 ご、ゴッドって……。


 じゃあ、ユイさんが覇記に行ったのは、引き抜きじゃないのか?

 それに、あの関羽使いがユイさんと同一人物だなんて……。


 不思議と、俺の感情は爆ぜなかった。

 半ば覚悟していたからかもしれない。


 もちろん、気持ちの中では認めたくない俺もいる。

 しかし、ユイだけでなく、ゴッドの方もHNが一致しているのだ。

 なにより、ユイさんが不自然な形で覇記に移籍したことは事実だし。


 それに、今の話を聞けばなぜ急に晒しが起ったのかも説明がつく。

 まったりとゴッドには因縁があったのだ。

 ゴッドの側から見れば、晒しても当然の遺恨が……。


「ジョーさん……。結果的に、自分が創聖の勇者を巻き込んだんっすよ。そのことは率直に悪かったって思ってるっす」

「……、……」

「でも、自分とユイの間になにがあろうと、他人を巻き込んでいいことにはならないっすよ」

「……、……」

「それに、ゲームの上のことはゲームでけりをつけるべきっしょ。あいつはそれが出来るだけの戦力を持ってるんっすから。創聖の勇者に複垢を送り込んでたのだって、せこくスパイを使ってギルド戦を優位に進めるためっす。そんなのちゃんとゲームやってればする必要がないっすよ」

「……、……」

「そもそも、必死にゲームをやらないから、負けてすぐに諦めるんっす。金さえ遣えばいい目が見られると思ってる根性が、ゲーム能力の成長を妨げるっす」

「……、……」

「でも、本当の強者にはそんなの通用しないっす。負けてそこから必死になって這い上がってきた奴等に敵うわけがないっす」

「……、……」

「勝負事で勝つってのは、相手を虐げる行為っす。自分が嬉しい、気持ちいい想いをしてるときには、相手は常に悔しい想いをしてるんっす。あいつはそれを分かってないっす。いつも自分が勝って当たり前。負けた奴のことなんてゴミカスくらいにしか思ってない。だからせこいことをして平気なんっす」

「……、……」

「自分はそういう奴には絶対に負けないっす。どんな手を使っても相手の心を折ってみせるっす」

「……、……」

分かってるよ、まったりの言いたいことは。


 だけど、皆が皆、おまえのように勝てるわけじゃない。

 誰もがいい思いをしてるわけではないんだよ。


 ただ、一つだけ思うのは……。

 たしかにおまえは信じられないほど目的に対してマジだよ。

 基地かと思うほど一直線に目的を遂げようとする。

 そのことに関しては敬意を払う。


 悔しいけど、俺はゲームをする目的なんてものを考えたこともなかった。

 ユイさんもそうなんだと思う。

 だから、どこか甘かったんだろうな。

 ランキング100位でかなりやれてると思っていたし。

 ユイさんもおまえが言うところのセコイことをやれば、なんとなくいい思いができていたんだろう。





「ジョーさん、本気で覇記を叩いてみないっすか? 相手の心を折る勝負ってのをやってみたいって思わないっすか?」

「ギルド戦で……、ってことですか?」

「そっす。短い期間っすけど、自分はこれからデュエルで回復アイテムを貯めるっす。それを全部ゴッドに使って、奴を封じ込めるっすよ」

「出来るかもしれないですね。あのデッキなら……。ただ、何度でも復活してきますよ、課金者は」

「いや、そんな根性、あいつにはないっす。一度逃げ出した奴は、真っ向勝負で負けたら粘れないっす」

「……、……」

「多分、ゴッドの関羽デッキを五連続で瞬殺出来るのって、三国志CVの中で自分だけっす。あっという間にライフがなくなったら、あいつは間違いなくパニックを起こすっす。想定外っすからね」

「だから、今はバーサクデッキをデュエルに使わないってことですか?」

「そういうことっす。だけど、敵はゴッドだけじゃないっすから……。覇記の他のメンバーを倒すためには、皆の協力が必要っすよ。ギルマスのジョーさんの力は、特にっす」

「……、……」

「ギルドとして……、ギルマスとしてケリをつけないっすか? あの晒し野郎と」

「……、……」

俺はどうしたいのだろう……。


 騙されていたのかもしれないし、裏切られたのかもしれない。

 だけど、俺、不思議とユイさんを憎む気持ちにはならないんだ。


 俺の中では、ユイさんとゴッドはまだ別物だ。

 いや、まったりが言ってることが正しいことは、分かってる。

 モリゾーさんが嘘を言うわけもなく、ユイさんとゴッドは同一人物なのだろう。


 でも、理屈で分かってても実感がないんだ。

 ユイさんは俺が元気がないと励ましてくれた。

 いつもチャットで話して俺を癒してくれた。

 そのいずれも俺の中では嘘じゃないんだよ。

 ユイさんがどんな気持ちで接していたとしてもな。

 まったりには分からないだろうけど、俺の中でユイさんは創聖の勇者にいたときのユイさんのままなんだよ。


 まあ、こんなことを言っても、多分、まったりには理解してもらえないと思う。

 おまえはユイさんと敵として接してきただけだから。

 目的を遂げることしか眼中にない、おまえにはな。





「まっさん……」

「なんっすか? 組長」

「モリゾにはよく分からないんだけど、ちょっと言っていい?」

「言ってくれっす。全然かまわないっすよ」

俺が押し黙ると、まったりは答えを待つかのようにそれに追随した。

 そして、たまりかねたかのように、モリゾーさんが沈黙を破る。


「いきなり、裏切り者はあいつだからこらしめようって言っても、心の整理ができないんじゃない? 自分ならそう思うけど?」

「ああ……、なるっす」

「ジョーさんだって戸惑ってると思うよ。同盟員に裏切られてたってことなんだから」

「そっすね。すまんっす、ジョーさん。自分が性急過ぎたかもっす」

モリゾーさん……。

 あなた、優しい人だね。


「まったりさん……。悪いけど、今すぐに答えは出せないです」

「……、そっすか」

「ただ、誤解しないでくださいね。俺もまったりさんやモリゾーさんの言っていることを疑っているわけじゃないんです」

「……、……」

「ユイさんが晒していたことも、ゴッドと同一人物であることも、多分、間違いないのでしょう。ですが、俺はギルマスですから。私的な感情で創聖の勇者を動かすことは出来ません」

「そっすね。正論っす」

いや、嘘だ。


 モリゾーさんの言っている通り、俺はただ単に戸惑っていて決断が下せないだけだ。


「正直、驚きました。あのゴッドとユイさんが同一人物だなんて。それに、まったりさんとそんな因縁を持っていたなんてね」

「自分も組長のメールが来て驚いたっすwww。世の中、いや、ネットの中ってせまいっすねwww」

「ですね。俺には想像もつかないような話ですが、偶然に偶然が重なってこんなことになったんですね。まったりさんが創聖の勇者に入ったのだって、俺がたまたまスカウトしたからだし」

「そっすねwww。自分、一人で遊ぶつもりだったんで、誘ってもらったときは嬉しかったっすよwww」

俺はパソコン画面を見つめながら、「ふーっ」と大きく息を吐いた。


「ギルド戦の件、前向きに検討してみます。スサノオさんにまず相談して……」

「そっすね、それがいいっす。スサノオさんなら適切なアドバイスをくれるっしょ。それに、あの人は大きな戦力っすから。協力なしじゃギルド戦は戦えないっすしね」

「ええ……」

「じゃ、そういうことで、委細よろっすwww」

本当は、すぐに返事をしてもよかった気がする。

 俺はギルマスなんだから、そうする権限もあるし。


 だけど、スサノオさんがなんて言うか聞いてみたかったんだ。

 まったりやモリゾーさんの話を聞いて、俺が冷静さを失ってるかもしれないからさ。


 まだ、動揺しているのが自覚できるよ。

 心臓の鼓動がバクバクいっているのが感じられる。

 それだけ、信じられないことだらけだったんだから仕方がない。

 だけど、客観的な事実は認めるしかない。

 それがいかに俺にとって不都合だとしても……、な。





「それと、もう一つ、ジョーさんには言っておくっすよ」

「もう一つ……、ですか?」

いや、今はもう勘弁してくれ。

 俺、限界ギリギリのところで平静を保ってるんだから。


「あ、そんなに身構えなくていいっすwww。ジョーさんに直接関係のある話でも、創聖の勇者が関わることでもないっすから」

「はあ……?」

「以前、ガチャのボックス移動の件を話したんっすけど、覚えてるっすか?」

「ええ……」

「あれの条件を教えておくっすよ」

「は? あ、ええっ?!」

お、おいっ!

 いきなりなんだよ。


 そんな重要なことをなんでサラっと……。


 そりゃあ、知りたくないわけじゃないけどさ。

 だけど、おまえは言えないって言ってたじゃないか。

 それを、なんでいきなり……。


「ジョーさんなら、聞いても適切に対処出来るっしょwww。必要があれば利用すればいいっす。それをやったらどうなるかの分別がつくことは、デッキを見れば分かるっすからwww」

「はあ……」

「まだスサノオさんがなんて言うか分からないっすけど、ジョーさんはジョーさんで、ギルド戦で納得のいく戦いをしてくれっす」

「……、……」

「そのために少しばかり手助けになれば……、ってことっすよwww。他意はないっすよ」

「はい」

こいつ……。

 意外と俺のことを買ってくれているのか?

 ギルマスとして、一プレーヤーとして、認めてくれてるってことか?


 スパイや晒しも見抜けなければ、デッキだっておまえに簡単に負かされたって言うのに。

 そんな俺を……。

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