第10話 別離
俺は結局、講義に行かなかった。
午前中しか講義がなかったためだが、サボってしまった後ろめたさが心の片隅にくすぶる。
ただ、後悔しているかと言えばそうではなかった。
俺はあのまったりとスサノオさんのチャットを見て、自身のゲーム観が変るのを感じていたから。
今までの俺は、
「持っているカードをどれだけ効率よく配置するか」
が、ゲームのテクニックだと思っていた。
カードの特徴や長所をよく知り、ただただ最善を尽くせばいいと……。
だが、まったりはそうではない。
最善なんて当然。
それどころか、相手もお互いに最善を尽くす。
その上で、奴はあとの展開まで読み切って勝つと主張しているように感じるのだ。
あとの展開と言っても、単なる目の前の勝負のことではない。
運営が三国志CVをこれからどう進行させるかや、そのためにどんなカードを出すか。
また、その新しいカードがどうプレーヤーに影響を及ぼすかなどを予め察知し、用意周到に戦略を練って成果を上げようとしている。
いや、それだけではないか。
ガチャの件などは、明らかに手加減をしているとしか思えない。
手に入れようと思えば、もっといいカードが手に入ることが分かっているのだから。
あいつは無課金なのに……、だ。
どれもこれもハンデを背負い、それでも目的を遂げてみせると言い張っている。
つまり、
「最善を尽くすまでもない」
と、言っているのと同じなのだ。
なんて傲慢な主張。
創聖の勇者に入ってきたばかりのときだったら、勘違い野郎としか思えなかっただろう。
だが、今の俺は違う。
なんとなくだが、まったりの言っていることが分かるような気がするのだ。
最近、三国志CVはプレイしている人数に翳りがある。
イベントの最下位を見ればそれはハッキリ分かる。
以前の最下位は五千位くらいだった。
それが、今では三千位台なのだ。
これは、プレーヤーが三国志CVに飽きてきているからなのだろう。
いつまで経ってもUR諸葛亮を手に入れるのが目的なだけのゲーム性では、あまりにも変化に乏しいから。
もしかすると、俺のような手に入れられないまま辞めている奴もいるのかもしれない。
人数が減れば、当然、売り上げだって減っていく。
……で、運営がそれをただ眺めているだけなのだろうか?
いや、運営は商売でやっているのだから、必ず手を打つはずだ。
まったりはその打つ手を予測して待ちかまえている。
運営の更にその上を行くつもりなのだ。
「ふう……」
わざと声に出してため息をつく。
考えれば考えるほど、まったりがなにを見通しているのかが気になる。
だが、いくら考えても答えは出なかった。
ただ、まったりの意図がおぼろげに分かるので、尚更もどかしい。
俺は開きっぱなしになっているチャット画面をもう一度眺める。
そして、7ちゃんを開けた。
スサノオさんが言っていた通り、また晒されているだろうから。
まったりがまたとんでもないことを言っていたのだ。
晒し野郎がそれを見たなら飛びつくに違いない。
時刻は17時半。
ギルドメンバー達がそろそろインしてくる頃だ。
この時間にいないのは渦中のまったりくらいで、ほとんどのメンバーが出揃う。
まだチャットにコメントがなくても、メンバー達はすでに一連のチャットを見ているだろう。
そう、晒し野郎も……。
案の定、7ちゃんでは晒されていた。
これでもかと言うくらい、何度も同じ文面をコピペして。
特に、
「自分ほどゲーム能力が高い人間はそんなにいないっすからwww」
の部分を。
それと、偏りを運営が人為的に操作していると言う点にも強烈な反発があった。
これは晒した奴だけでなく、後から書き込んだ奴も否定的で、あり得ないとの結論で一致していた。
そして、どのコメントも、
「証拠を出せ!」
「妄言w」
「具体的なボックスの移動条件とやらを言ってみろ!」
と、強い言葉でまったりを罵るのであった。
まあ、こういう反応になるだろうとは思っていた。
俺だってにわかには信じられなかったから。
……と言うか、普通は信じないよな。
だが、さっき確認したら、まったりのデュエルランキングはまた上がっていた。
120位で、俺ともうほとんど変らない。
相変わらず、HRが多々混じったデッキなのに。
この一事をもってしても、まったりがただごとではない力量を持っていることはたしかだ。
あいつ流に言うと、ゲーム能力ってところか。
それに、宣言したことを着々と実行しているとも言える。
「まあ、でも、あと一ヶ月もすれば、デュエルランキングで100位くらいにはなる予定っすけどwww。」
創聖の勇者に入るとき、そうあいつは言っていた。
あのメールを読んだとき、俺はまったりを基地だとしか思えなかったが、現実にもう100位近辺まできている。
他のギルドに所属している奴には分からないだろうが、練習で直接デュエルをしてみても、俺でさえもう勝てはしないのだ。
そうやって着実に有言実行しているまったりの言葉を、絶対に嘘だと誰が言える?
7ちゃんの奴等は知らないだけだ。
少なくとも俺は、まったりが真実を言っていると思うようになった。
悔しいし、認めたくはないけど……。
「ジョーさんいる?」
「あ、ユイさんっ!」
俺がチャットの反応を待っていると、突然、ユイさんがインしてきた。
晒し野郎が動き出すかと見張っていたので、少々勝手が狂う。
まあ、でも、ユイさんなら大歓迎だ。
気鬱な晒し野郎よりよほどいいし。
そう言えば、最近、ユイさんをチャットで見掛けなかったな。
俺がインするのが遅いことが多かったせいもあるが、ユイさんのコメント自体を見ていない気がする。
あ、そうか。
仕事が忙しかったのだろう。
俺もバイトが忙しかったこともあるし、すれ違いになってしまっていたに違いない。
「今日はいたんだね。僕、インしても話し相手がいなくて寂しかったよ」
「すいません。ちょっとバイトの関係もあって、最近イン時間が遅いんです」
「そうなんだ。その前はなにか悩み事でもあったみたいだったから、心配してたんだぞ」
「あ、いえ……。そんな悩みってほどのことではなかったんです。ただ、最近、少しゲームについて思うところがありまして」
「思うところ?」
「その……。なんて言うか、もう少し旨くなれるかもしれないと」
「ふーん、そうなんだ。ジョーさんは今でも十分旨いと思うけどね。僕なんか、ジョーさんのアドバイスがなかったらカードの配置もままならないからさ」
「いや、そんなことないでしょ。ユイさんだって、最初の頃に較べたら格段に旨くなってるじゃないですか」
そっか……。
俺のことを心配してくれてたんだ。
ユイさんはちょっと自分勝手なところがあると思っていたんだけど、実は結構気遣いの人なんだな。
それに、俺がいないと寂しいだなんて……。
今までそんなことを言ったことがなかったのに。
もしかして、俺のことを……。
あ、いや、ちょっと調子に乗り過ぎか?
「最近、いいカードを引きました? ユイさんのデッキはまだまだ強くなりますから、やりがいがありますね」
「……、うん。一昨日、諸葛亮の二枚目を引いたんだ。でも、まだ攻撃力が足りなくて」
「おおっ、おめです。では、次は攻撃補助の武将が欲しいですね。攻撃補助の武将はイベントで結構もらえますから、補強しやすいです。再来週には二周年イベントがありますし、頑張って下さい」
「そ、そうね。頑張るよ。あのさあ、ちょっと話が変るんだけど、いいかな?」
「はい? いいですよ、なんでもどうぞ」
「その……」
俺は妙に嬉しくなって、話を続ける。
ユイさんとの会話の一言一言が、俺の心に染み入るようだ。
ああ、これが癒しってもんなんだろうな。
いくらゲーム能力があろうと、まったりと話していたのではこうはいかない。
「どんな話ですか? あ、リアでいいことでもありましたか?」
「ううん……。そうじゃないんだけど……」
「では、仕事が忙しいとかですか?」
「あ、仕事は忙しいよ。でも、その話じゃ……」
「はい? では、なんでしょうね? 俺には想像もつかないですが」
「そうだよね。ごめん、大事なことなんだけど、ちょっとジョーさんには言いにくくて」
「言いにくい……、ですか?」
「うん……。その……」
えっ?
ユイさん、おかしいぞ?
いつもならいいにくいことでもズバズバ言うのに。
それに、大事なことってなんだ?
デッキのことでも、リアのことでもないようだし。
ま、まさか、俺と直接逢いたい、とかってことか?
寂しかったからそんな気になったのかも……。
だけど、それって芸能人なんだからNGだろう?
それに、三国志CVでも、直接逢う約束とか、メルアドの交換とかは垢バンの対象だし……。
「その……。怒らないで聞いてもらいたいんだけど」
「怒る?」
「あ、うん……。実は、僕、創聖の勇者を辞めようと思うんだ」
「えっ?」
や、辞める?
い、意味が分からない。
どうして?
さっき、俺と話せなくて寂しかったって言っていたじゃないか。
それに、いつも楽しく話をしてきたのに。
俺、ギルマスとして力不足だったかな?
もっと強くならなかったらギルマスとして不適格だとでも?
もしかして、年齢を聞いたことをまだ怒ってるのか?
だけど、あれから結構経ってるし、そんなわけないよな。
「僕さ、仕事柄、晒しはダメなんだ。事務所的にも……」
「……、……」
「ネットって怖いよね。どこでなにが情報として拡散するか分からないでしょう? 不特定多数の人から支持を得ないといけないから、ネガティブな話には関わらないように言われてるの」
「それって、例の7ちゃんに晒されたことがダメってことですか?」
「うん。なんか、今日も晒されてるみたいだし、これ以上はちょっと……」
「で、でも、今日のはユイさんが晒されたわけではないですよね? だったら大丈夫ではないですか?」
「だけどさ、いつ僕が晒されるか分からないから。そうなったらゲームどころじゃなくなっちゃうし」
「……、……」
「僕も、創聖の勇者に入ってから楽しかったんだ。だから、辞めたくなんかないよ。でも、もしゲームそのものを辞めなきゃいけなくなったら、ジョーさんとメールのやり取りだってできなくなっちゃう。僕にはその方が悲しいんだけど……」
「……、……」
「ジョーさんとこうやってチャットでは話せなくなっちゃうけど、メールでやり取りすれば今までとそんなに変らないよ。メールなら晒されることもないしね」
「そ、そうですけど……」
「だから、僕が辞めるのを許してくれないかな? 辞めても嫌われたくないから、こうして頼んでいるんだけど」
「……、……」
突然、そんなことを言われたって。
すぐに納得しろって方が無理だよ、ユイさん。
だけど、言っていることは分かるよ。
悪評でも立ったら芸能人としては致命的だろうし、ユイさん自身の気持ちもいいわけがない。
晒しって、ずっと残るしな。
拡散されたら手が付けられないし。
でも、理屈では分かっても、俺の心が承知してくれないんだ。
だって、まったりが悪いわけじゃないんだよ、晒しは。
あいつはあいつなりにゲームをやってるだけのことだ。
それが他の奴とちょっと違ったからって、晒されていいことにはならない。
創聖の勇者の他のメンバーだって、晒している奴以外はいい人ばかりだし。
それなのに辞めてしまうのか。
仕事に差し障りが出たらもちろんまずいけど、必ずそうなると決まったわけでもないのに。
ねえ、ユイさん……。
俺、心の整理がつかないよ。
「ごめんね、ジョーさん」
「……、……」
「でも、もう決めたことだから分かって欲しいんだ。創聖の勇者の皆には感謝しているからこそ、あとでしこりになるようなことは避けたいの」
「……、……」
俺は、語り続けるユイさんのコメントを呆然と目で追う。
「でもさ、僕、ゲームは辞めないから。せっかく、ジョーさんに色々教わって強くなってきたんだしさ」
「……、……」
「これからも相談にのってね。デッキだってまだまだ強くしたいから」
「は……、……、はい」
俺はついに頷いてしまった。
心の中では納得なんてしていないのに。
もちろん辞めるのを認めたくないし、今すぐにでも、
「ダメだよ」
と、ユイさんに言いたい。
だけど……。
これ以上ユイさんを困らせて、嫌われたくないんだ。
三国志CVを続けていれば、最低限の繋がりはあるのだし。
そうだよ、今までよりちょっとだけユイさんとの距離が離れるだけさ。
何も変らないさ、これからだって。
俺が……。
ユイさんがこのゲームを続けている限り……。
「じゃあ、あとで脱退の手続きをするから」
「はい」
「本当にごめんね」
「あ、いえ……」
そう言い残すと、ユイさんはチャットから落ちた。
もやもやとしたやりようのない感情を抱きながら、呆然とパソコン画面を見続ける俺を残して……。
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