第11話 失意の二周年イベント

 ユイさんが創聖の勇者を辞めてから、十日あまりが経った。

 その間、俺はなにもしなかった。

 いや、もちろん、息を吸って吐いて、メシを食って寝て、講義を受けてバイトには行った。

 だが、それ以外のことはなにをやったか定かでないほど、俺の心は萎えていた。


 俺は失恋したことがない。

 だから、失恋すると自分がどうなってしまうのかも分からない。

 だけど、もしかするとちょうどこんな感じの気持ちになるのではないかと思えてくる。


 正確に言うと、俺は失恋どころか恋もしたことがない。

 あれは、ごくごく恵まれた人間にしか許されないもので、俺のようななにをやっても中途半端な人間が出来るものではないのだ。


 俺にとってのユイさんは、彼女でも恋人でもない。

 そんなことは俺だって分かってるんだ。

 ただ、胸にぽっかり穴が空いたような寂しさが、バイトのときも、講義のときも、そして、三国志CVをやっているときも俺を襲う。


 今日なんか、バイト先で牛丼を食べていた若い女性客に見入ってしまっていたし。

 その客はボーイッシュなショートカットが似合うカワイイ子だったんだけど、

「ユイさんって、あんな感じの人なのかもしれないな」

なんて妄想に耽る始末。


 見たこともないのにさ。

 だけど、自分を「僕」と呼ぶ感じからして、きっと長い黒髪の女性ではない気がしてるんだ。

 目は大きくパッチリ開いていて、少し丸顔ですねた顔が妙にカワイイ……。


 そんな想像を、もう何度も思い描いただろう?

 いくら想像してみてもなんの意味もないことは分かっているのに。


 あれから……。

 ユイさんが創聖の勇者を脱退してから、俺はすがるようにメールボックスを見つめるようになった。

 イベント作業をしているときも、デュエルで激しく戦っているときも。

「もしかして、ユイさんからメールが来るかも……」

その淡い期待を胸に抱いて。


 もちろん、イベントもデュエルも上の空さ。

 間違えて、意味のないストーリーをポチポチしていたことだってある。


 ストーリーなんて、いつ以来に進めたかな?

 多分、もう一年以上触ってないはずだ。

 手に入るカードはRまでだから、今となっては誰も進めることもないストーリーなんだけど、メールボックスのアイコンを見つめながら無駄に行動力を消費していたりする。


 だけど……。

 あれきりユイさんからの連絡はない。

 脱退申請がきて以来。

 今日から二周年イベントが始まったから、てっきりその相談がくると思ったのに。

 いや、もっと前にデッキの相談がくると思ったのに。

 俺が見つめるメールボックスには、この十日あまりなんの変化もなかった。





 二周年イベントは、大方の予想通り昨年の一周年イベントとほぼ同じだった。

 内容は、好きなカードをどれでも一枚もらえるのと、通常イベントと同じように褒賞がもらえるポイント制のイベントだ。


 ただ、ポイント制のイベントは通常のと違い、ごく低確率でレイドボスが出現する。

 大体、五十回戦って一回くらいの割合だろうか。

 昨年はUR曹操がレイドボスで、倒すと一枚入手できた。


 そう、普段俺が軍団長で使っているUR曹操だ。

 スキルは、「一ターンごと、ランダムに五枚のカードの攻防値を25%上げる」だ。

 持久戦になるとじわじわ効いてくるタイプの攻撃補助カードなので、重課金者は軍団長には置かないが、耐性に優れているので俺好みだったりする。

 まあ、普通は後衛に入れたりするんだが、俺はUR諸葛亮を持ってないので仕方がなかったのだ。

 しかし、かなり一生懸命重ねたが、一週間で十枚そこそこしか手に入れられなかった。





「こんばんは。今年のレイドボスは微妙なのが来ましたね。UR呂布ですか」

「スサノオさん、こんばんは。ステは飛び抜けていいのですが、スキルが……、ね」

「ジョーさん、こんばんは。攻撃を50%の確率でかわすだけですからねえ」

「ええ、耐性も即死に対応していませんし、前衛に置くくらいしか使い途がないかと」

そう、ステは異常にいいのだ。

 今までの最強カード、UR関羽のさらに1.5倍ほどもHP、攻防値ともある。

 スキルで攻撃されるのを50%の確率で防いでくれるので、UR諸葛亮からの反撃なども無効になりやすく、とにかく死にそうにない。


 だが、それだけだ。

 ただただステがいいと言うだけのカード、それがUR呂布だ。


「ジョーさんならUR呂布をどう使います? たしか、去年のUR曹操は軍団長で使ってましたよね。私は後衛で細々と使ってるだけですけど、ジョーさんの戦略はかなりありなのではないかと思っていたのです」

「うーん……、どう考えても前衛で使うしかないですね。攻撃補助が受けやすい右下隅に置いて攻撃力を活かすくらいしか考えられないですよ」

「ああ、やはりそうですか。しかし、UR関羽とか攻撃補助を併せ持つ武将を前衛に並べた方が、戦いが長引いた場合には有効そうなんですよね。攻撃補助を相互に受け合うと、初期のステなんか関係がなくなってしまいますから」

「ですよね。これは厄介な褒賞ですね。二周年イベントだと言うのに」

最近、スサノオさんは頻繁にチャットに顔を出す。

 そして、度々、俺とデッキについて語り合っている。


 もしかすると、これはスサノオさんの気遣いなのかもしれない。

 俺がユイさんという話し相手を失ったから。

 もちろん、俺はチャットで話すときは平静にしているつもりだが、スサノオさんほどの洞察力があると俺のモチベーションが下がっているのも分かるのだろう。


 そう、たしかに気持ちが萎えている。

 その上に、この使えないUR呂布という褒賞。

 二周年なのに、これではやる気が出ようがない。


「そう言えば、最近、まったりさんを見掛けませんね? 晒しで懲りてしまったかな?」

「ああ、そう言えば……」

「まったりさんは言っていましたよね、二周年イベントで戦力アップしてランキング1位になると。でも、このUR呂布では、どうにもならないですか」

「そんなことを言ってましたね。まあ、俺やスサノオさんが使えない認定するくらいのカードですから、いくらまったりさんでもねえ」

俺もまったりが顔を出さないのに気がついていた。


 だけど、それをチャットで言うと、ユイさんが脱退した責任を被せるみたいになりそうなので黙っていたのだ。


 まったりは晒しの被害者。

 たしかにユイさんが脱退した原因は奴にもあるが、あくまでも悪いのは晒し野郎だ。

 だから、俺はまったりを責めるつもりはない。


 だが、多分、奴は気にしているのだろう。

 いくらでも晒してもらって構わないとは言っていたが、そのせいで創聖の勇者に迷惑がかかったのだから。





「ジョーさん……。私はまったりさんと話をしたいのですがね。彼と話していると他の人とは違う視点の話ができますので」

「まあ、たしかに違う視点ではありますね。デッキも独特ですし」

「ええ……。そう言えば、最近、まったりさんのような防御特化の人が増えてきましたね」

「ですね。多分、無課金の人だと思いますが、俺も時々デュエルで当りますよ」

「でも、まったりさんのとは似て非なるデッキなんですよね。しぶとくはありますが、綻びが出るので大抵勝てます」

「あれは真似ようとしてもなかなか旨く行かないです。俺も手持ちのカードでやってみたんですけど、HRをフォローしてないと防御特化になりきらないんですよ」

これもあいつの予言通りだ。

 たしかに真似て防御に偏ったデッキが多くなった。


 まあ、一度デュエルで当れば忘れないからなあ。

 他とは一線を画す異様な戦略だし。


「そうなんですよ。あれはまったりさんだから引き分けに持ち込めるんです。他の人では真似できない」

「よく考えつきますよね、あんな戦略を」

「ええ……。だからこそ、もし、このイベントが終わってランキング1位になれなくても、彼を失いたくないんですよ、私は……」

「そうは言っても、目的が遂げられなければ意味がないと言い切る人ですからね。ゲーム自体を辞めてしまうかもしれませんね」

ゲーム自体を辞めて……。

 そう打ち込んだ瞬間に、俺はドキッとする。


 もしかして、ユイさんから連絡がないのは、ユイさんがゲーム自体にインしてないからなのかも。

 そんな考えが俺の頭を過ぎる。


「そうなんですよ。私もそれが心配で……。なにしろ、自信満々でしたからね。晒しでゲーム中に大言壮語が知れ渡ってしまいましたし」

「あんなことを言わなきゃ、何事もなかったんですけどね」

「ですね。私やジョーさんが聞いたので答えてくれただけなのですが、それが裏目に出てしまった……。私の配慮が足りなかったのかもしれません」

「つまり、スサノオさんは、有言実行できなくてもゲームを続けて欲しいと説得したいのですね?」

「はい……。だからこそ、彼と話をしたいのです。短慮に走る前に……。彼のような才気の塊みたいな人は、一度思い詰めるとすぐに辞めてしまいそうで……」

「……、……」

一度思い詰めるとすぐに辞める……。


 そうなんだよな。

 ユイさんもそうだった。

 俺になんの相談もなく、ギルドを辞める決意をしてしまった。


 あ、いや……。

 今はまったりの話だ。


 だけど、あいつのは最初からの予定だしなあ。

 ゲームを始めたときから決めていたことじゃ、いくらスサノオさんが説得しても気持ちは変らないと思う。


 それに、あれだけ晒されて実行できなかったら、恥ずかしくてゲームを続けられないだろう?

 いくらまったりが勘違い野郎だとしてもさ。

 7ちゃんは見なきゃ済むけど、ギルドのチャットはプレイしていれば嫌でも目に入るし。

 皆いい人だから、創聖の勇者のメンバーがそのことを責めるとは思えないけど、言われなければ言われないで、無言の責め苦がまったりを襲うに違いない。

 そうなれば、まったりがチャットに顔を出すわけがないし、ならいっそ辞めてしまった方が……、と考えるのは当然だろう。


「私は思うのです。過ちは誰にでもある……、と。決して失敗しても恥ずかしいことではないとね」

「……ですか」

「失敗したら、もう一度頑張ればいいじゃないですか。少々、時期が遅れても、無課金ではなく課金をしたとしても、最後に結果を残せば」

「……、……」

「私はまったりさんがランキング1位になることを疑っていませんよ。彼にはそれだけの力量とゲーム能力がある。実際に、無課金でデュエルランキング120位なんて、何人もいないはずです。まして、彼はゲームを始めてまだ四ヶ月弱なんですからね」

「……、……」

そうなんだよな。

 あいつは無課金の上にまだ始めて間もない。


 だから、あんなことさえ言わなきゃ、もっと楽しくゲームを続けられただろうに。

 ガチャの偏りに気がついたのなら、それをバレない程度に使って無双することだって可能だったはずなのに。


 でも、スサノオさんがいくら引き留めてみても、まったりは辞めるだろうな。

 付き合いは短いが、あいつは自分の言ったことを曲げない。

 良くも悪くも……。





「それと……、ジョーさん。一つご報告があるんですが」

「報告ですか?」

「ええ……、あまりよくない話です」

「はあ?」

ま、まさか、スサノオさんまで辞めるなんて言わないよな?

 もし、そんなことになったら、俺は……。


「以前、ウチにいたタゴサクさんを覚えていますか?」

「ええ、重課金で強い人ですね。デュエルでたまに当るのですが、全然勝てないです。前よりUR諸葛亮がパワーアップしてますね。仕事が忙しくなるとかでお辞めになったんですけど……」

「そのタゴサクさんが、覇記に入りました。昨日、何気なくイベントランキングを覗いていたら私とほぼ同じ順位におられまして、ギルド欄が変っていることに気がついたのです」

「は、覇記ですか? あの、重課金ばかりしかいない、ギルドランキング1位の?」

どういうことだ?

 辞めたとき、俺はたしかに言ったのだ。

 忙しいのが納まったら、創聖の勇者に戻って欲しい……、と。


 タゴサクさんだって、

「そのつもりです」

なんて言っていたじゃないか。


「二周年イベントが終わると、多分またギルド戦が行われるのでしょう。覇記はそれに備えて戦力強化をはかっているようなのです」

「ですが、どうしてタゴサクさんが?」

「タゴサクさんは、前回のギルド戦で大活躍しましたから。覇記が唯一負けた創聖の勇者で、実質エースでしたからね」

「あ、いえ……。タゴサクさんは、忙しいのが終わったら創聖の勇者に戻ると言っていたんですよ。だから、他から誘いがあったとしても断るかと……」

そうだった。

 あのギルド戦で、タゴサクさんの活躍は見事だった。

 朝から晩までインして、隙なく戦ってくれたっけ。


「ジョーさん……。こんなことを言うのは何なんですが、どうもタゴサクさんは引き抜かれたようです」

「引き抜き?」

「はい。創生の勇者を弱体化させるために」

「そ、そんなっ?! 覇記はそんなことをしなくても強いじゃないですか」

「私もまさかと思ったので、ちょっと覇記のメンバーを調べてみたんですよ。そうしたら……」

「は? なにか分かりましたか?」

引き抜き?

 それはいくらなんでも考えすぎだろう。


 スサノオさんがプレーヤーとしても優秀で、しかもギルドに尽力してくれているのは分かっている。

 だけど、タゴサクさんが何処のギルドにも所属していなければ、俺だってスカウトするよ。

 彼はランカーになることもあるくらいなのだから。


 たまたま仕事が一段落するのと覇記が誘った時期が重なっただけ……、とか、覇記にタゴサクさんの知り合いがいたので……、とかって理由かもしれないじゃないか。

 それを引き抜きが原因だと決めつけるなんて、スサノオさんもどうかしてるよ。


 それとも、他にも引き抜きだと断定できる根拠があるって言うのか?


「それが……。ちょっと言いにくいんですが……」

「なんですか? スサノオさんらしくないですね、言い淀むなんて」

「はい……。私もジョーさんには黙っていようと思ったのです。ショックでしょうから」

「はあ?」

「実は……」

「……、……」

「先日辞めたユイさんも、覇記に入っていたんですよ」

「……、……」

俺はスサノオさんの最後の一言を見て、全身がフリーズした。


 ま、まさか……。

 う、嘘だろう、ユイさん……!

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