第9話 言ってもいいっすよwww

「すいません……。興味深い話なのでもっと話していたいのですが、あと30分で出掛けねばなりません。ですので、もう一つの方を聞いてもいいですか?」

「そっすね、もう7時半っすか。もう一つは、具体的なボックスの移動条件のことっしょ? www」

7時半……。

 だめだ、このままチャットを見ていたら一限目に間に合わない。


 だが、これが核心じゃないか。

 ボックスの移動条件が分かれば、俺にだってUR諸葛亮があり得ない確率で手に入る。

 そうすれば、まったりにだって……。

 いや、どんな重課金とだって勝負できる。


「ですが、先ほどまったりさんは仰いましたよね? もう一つは言えない……、と」

「言ったっすよwww」

「それは、ご自身で見つけたことだから、まったりさんが使うためってことですよね?」

「www」

「無課金でも排出確率が何倍にもなるのなら、たしかにデュエルランキング1位も狙えるでしょう。まったりさんならね」

「www」

「しかし、私は思うのです。もしそんなチートな方法を見つけたのなら、その存在を明かすこと自体を普通はしないのではないですか? このチャットは先日晒しが入ったばかりで、外部にも筒抜けの状態です。……であるなら、ここで中途半端に話せばまた7ちゃんに晒されるのは分かっているでしょう? 今度は嘘つきとかペテン師と言われかねないですよ」

「www」

「あなたはどうしてご自身を追い込むのです? まったく知らないフリをするか、すべてを明かすかしかないのに、そのどちらも選ばないのはなぜです?」

「うーん……」

まったりは、一言うなったあと、すぐに書き込みをしてこなかった。

 スサノオさんも俺と同じで、もうそろそろ出掛ける時間だろうに。


 そうだよな。

 全部明かすか、最初からそんなことを言わないか。

 普通ならそうするに違いない。


 だけど、スサノオさん。

 そいつは普通じゃないんだよ。

 基地だし、超の付く勘違い野郎なんだ。

 だから、自分だけが知ってることを世間に示して優越感に浸りたいんだろうよ。

 そして、自分だけが得をして、この三国志CVに君臨したいのさ。

 そういう自分勝手の塊みたいな奴なんだよ。


 いくらでも晒されて叩かれればいいさ。

 こいつにはそれがお似合いなんだからさ。

 ハッタリでも、本当にボックスの移動条件を知ってても、どちらでも構わない。


 だが、俺達課金者は、こんなラッキーなだけの卑怯者を許したりはしない。

 運営と課金者に寄生しているだけの無課金が、たまたま見つけたチートテクでのさばるのを。





「スサノオさん、悪いっすけど、かなり勘違いしてるみたいっすねwww」

「勘違い……? ですか」

「そっすwww」

「私がどう勘違いしていると?」

スサノオさんも時間が気になるのか、まったりが書き込むとすぐに応じる。


「自分、たしかに自分自身を追い込んでゲームをやってるっすよ。だけど、追い込んでるとこが違うっすwww」

「……、……」

「自分は別に偏りの正体を知ってても、それをどうこうするつもりはないっすwww」

「えっ?」

「そのつもりで検証してたんっすよ。ただ単に、ゲームをやり出したときからそんな感じがしてたんで、確かめてみただけのことっすwww」

「では、ボックスの移動条件を操作することでガチャ確率を上げたりは……」

「しないっすwww」

な、なにぃっ?


 そんなことがあるものか。

 だって、おまえはランキング1位になるんだろう?

 だったら、無課金でそれを成し遂げるには、ガチャで優位に立たなかったら無理に決まってる。


「悪いっすけど、スサノオさんが思ってるほど、自分、ゲームが下手じゃないんっすよwww」

「はあ?」

「ガチャなんかに頼らなくても、誰もが手に入れられるものを使って堂々とランキング1位になってみせるっすwww。大体、いくら確率が上げられるって言っても、無課金じゃ重ねる枚数はたかが知れてるっすしねwww」

「そう言えば、二周年イベントに拘っておられましたものね」

「そっすwww。まあ、ガチャで出たのはあとからの伸びシロとしては期待しているっすけど、それは単に長くやってれば自然と重なってステがよくなるってだけのことっすよ」

「ですが、何故ガチャの確率操作をしないのです? ここで言ってしまったからですか?」

「www、違うっすよwww。最初からそんなつもりはないっすwww。あ、最初って言うのは、ゲームを始めたときってことっすよ」

「えっ? ゲームを始めたときに、もうランキング1位になるつもりだったってことですか?」

「そっすよwww」

「そんなバカな……。いくらまったりさんが凄いと言っても、そんなことがあるわけがないです。すいません、年甲斐もなく興奮して失礼なことを言いました」

いや、スサノオさんが言うのも、もっともだよ。


 なにをバカなことを……。

 もう、まったりがなにを言いたいのかさっぱり分からねえ。


 だってそうだろう?

 どうしてゲームを始めたばかりでランキング1位になれることが分かるんだよ。

 いくらホラを吹いてもいいけど、これだけは看過できない。

 吹き過ぎだろ、いくらなんでも。


「逆にスサノオさんに聞きたいっす。じゃあなんでゲームやり出したんっすか? 課金してるんっすから、ただ漫然とやりだしたわけじゃないっしょ? だったら、自分で決めた目標があるはずっす。それに向かって頑張るのは当たり前っすし、頑張れないほど高い目標を決めるのはただのアホっしょwww」

「そ、それはそうですが……」

「自分がこの三国志CVで頑張れると思ったのは、諸葛亮が跋扈しているのが分かったからっすよ」

「……、……」

「あの程度のカードが大当たりで、皆が集めてるとすると、これからいくらでものし上がる余地があると思ったからっす」

「……、……」

「実際、ちょっとガチャの排出カードを調べたら、もっと凄いのがあるじゃないっすかwww。だから目標を達成できそうなんで始めたんっすよ。なんで、ガチャから出てくるものなんて基本どうでもいいっすwww」

「どうでもいい……、ですか?」

「自分、常に最悪の状況を前提にやってるんっすよ。だから、運が絡むガチャとか、あてにしてないんっすwww」

「たとえガチャからいいものが出なくても、ランキング1位という目標を達成できると思ったということですか」

「www。ランキング1位はそうっすwww。だけど、目標はそれじゃないっすけどねwww」

「むう……」

なんでゲームをやり出したか……。

 まったりのこの一言が、俺を少しドキッとさせた。


 そう言えば、俺は息抜き程度のつもりでやり出したんだった。

 その頃は課金もランキングも気にしてはいなかった。


 だが、普通は皆、そんなもんじゃないのかな?

 たかがゲームをやり出すのに、一々、目標がどうのなんて考えないだろうし。


 しかし、まったりはそれを全否定している。

 やり出す以上は目標を掲げやり遂げるべきだと。

 目標を持っていないのなら、やるべきではないとまで言いそうな気がする。


 今の俺にとって、三国志CVは「たかが」ではない。

 だから、まったりの言っていることは分からないでもないが、それでも最初から目標を持つべきだとは言い切れない。


 色々な人がやるんだからさ、ゲームって。

 色々なスタンスがあって当然だろう?





「悪いんっすけど、自分、仕事なんでそろそろ落ちるっすよwww。スサノオさんもそうっしょ? もう30分過ぎたっすよwww」

「ええ……。ですが、今日は朝食抜きで行きますので、あと20分くらいなら大丈夫です」

「www、医者が不養生しちゃダメっしょwww」

「それは……。ですが、後ほどちゃんと食べますので大丈夫ですよ」

「そっすかwww。でも、自分はそろそろなんで、最後にもう一つだけ言っておくっすね」

「ああ、まったりさんにご迷惑をかけてはいけませんね。最後のもう一つ、お聞かせ下さい」

ちぇっ、俺はとっくに出なきゃいけない時間だよ。

 この二人、結構、朝出るのが遅いみたいなんだよな。

 学生の俺の方が早いなんて、なんだか納得がいかないよ。


 しょうがないから、友達にラインしておくか。

 代返してもらわなくても、いつも一応真面目に講義には出てるから大丈夫なんだが、ノートは写させてもらわないとな。

 と、言うか、実は初めてかもしれない、講義をサボるのって。


「さっき、ブロックの移動条件を言えないって言ったんっすけど、あれ、正確じゃないんで訂正しておくっすよ」

「ええっ? 言ってしまっていいのですか?」

「www。そうじゃないっすよwww。自分は、言ってもいいっすよwww。だけど、困るのはそれを聞いた人っしょwww」

「はっ? どうしてですか?」

つまり、言えないんじゃなく、言わないってことか?

 聞いた人のために。


「だってそうっしょ。聞いたら確かめてみたくならないっすか? それに、自分はセコイガチャで確かめただけっすけど、課金ガチャで確かめてガチャの確率操作をしたら、間違いなく垢バン(アカウントを停止されること)っすよwww」

「ああ、なるほど。運営としても見過ごしには出来ないですものね。そもそも、重課金をハマらせるためのシステムのはずですし」

「そっすwww。もし見逃したら、ゲームの売り上げが激減するっすしねwww。そしたらこのゲームが終わっちゃうっしょwww」

「うーん……。でも、皆が知っていれば、誰もがUR諸葛亮を手に入れることが出来るようになるので、差がつかなくなりませんか? だとすると、他のカードで差をつけようとするので、ガチャを回す回数自体はあまり変らないような気がするのですが?」

「それはそうなんっすけどねwww。でも、それは課金者だけの理屈っしょ? 無課金と課金者の戦力差が今より拡がったら、ゲームバランスが崩れるっすよ」

「それはそうですが……」

「無課金ってのは、課金者のエサなんっすよwww。だから、ある程度の数がいなかったらゲームは成り立たないっすwww。夢も希望もないゲームに、金をかけてない無課金がいつまでも留まると思うっすか?」

「中には、煮ても焼いても食えない人もおられますけどね(笑)」

「www、自分のことっすか? 自分みたいなのが残ると更に悲劇っすよwww。課金者は今までの何倍課金してもいい思いが出来ないんっすからwww。そうすると、最後には課金者も辞めちゃうんっすよwww」

「そうかも知れないですね。以前やっていたゲームで、同じようなことがありました。まったりさんのような無課金の方はほぼおられませんでしたが……」

そうか。

 そういう意味だったのか。


 まったりの言っていることは正しいだろうな。

 無課金と課金者との比率は、圧倒的に無課金の方が多い。

 それでも運営が無課金を無碍に出来ないのは、課金者が無課金に優ることで満足感を得るためだ。

 正にそこが商売のしどころと言っても過言ではない。

 特に、三国志CVのような、プレーヤー同士が直接戦うようなゲームなら尚更だ。





「じゃあ、マジで落ちるっすwww。スサノオさん、またっすwww」

そう言い残して、まったりからのいらえは途絶えた。

 なのに、俺は何度も二人のチャットを読み返している。


 もし俺がチートテクに気がついたとして、それを使わないでいられるだろうか?

 いや、まずそれに気がつくかどうかも怪しい。

 俺は今まで、確率なんてものは、表記されている以上、結果を左右するのは運や偏りでしかないと思っていたから。


 だが、まったりはゲームを始めてすぐにそれに気がつき、使う気がまったくないのに検証して確かめていた。

 少々出来すぎな話だと思わないでもないが、読み返せば読み返すほど俺にはまったりが嘘を言っているようには思えない。


 だってそうだろう?

 実際に、俺にはUR諸葛亮が来てないし、他のいらないURばかりが重なっているのだから。

 まったりは使わないと言い切っているし……。


 もちろん、ハッタリをかまして、実際にはなんの確証もないってこともあるかもしれない。

 だけど、運営者の意図や課金者の習性、無課金の存在意義まで意識している人間が、そんなつまらないハッタリを言うだろうか?


 たしかにまったりは基地だ。

 妄想癖があるのかと思うほど大風呂敷を広げるし。

 ただ、言っていることに筋が通り過ぎている。

 普通、無課金は自身をエサなどとは言わないのだ。

 客観的にそれが正しくても、抗うか諦めるかは別にして、それに気がつかないかのように振る舞う。


 スサノオさんは、まったりを、

「自身を追い込む……」

と言っていた。


 そう、あいつは自分が言えそうな言い訳を片っ端から排除している。

 それでも目標を達成してみせるという強い意志を感じざるを得ない。





「ふう……」

なんか、朝から熱いものを見せられた気がする。

 相変わらずのふざけた口調で、草の生えまくったコメントばかりだったと言うのに。


 もう、今出なかったら二限にも間に合わない。

 だが、俺の目はパソコン画面に釘付けで離れようとしない。


 チートテクも、課金もいらないと言い切る。

 それなのに結果だけは出すと、まったりは断言している。


 俺、こんな奴、初めてだよ。

 もしかして、あいつは俺より熱いのかな?

 ゲーム能力云々だけではない気がする。


 ちぇっ……。

 こうなるとまったりに意地でも負けたくないな。

 あの自信満々の物言いを、俺が止めてみたい。

 だけど、どうやって……?


 俺は刻々と過ぎていく時を気にしつつ、考え続けていた。

 まったりのゲームに対する熱を感じながら……。

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