第8話 偏りの是非

「うっ、うーん……」

俺は右腕に違和感を覚え、身体をひねる。


 ね、眠い……。

 そのせいか、右腕が思うように動かない。


 んっ?

 ああ、昨日は寝落ちしちまったんだ。

 だからこんな体制で床に転がっているのか。

 薄目を開けてチラッと見ると、上体をすべて右腕の上に乗っけて、うつ伏せになった俺の身体が知覚できる。


 いてて……。

 なんだってこんな格好で。


 俺は上体を起こすと、不自然にこちらを向いた椅子に手をかけた。


 そっか、昨日は疲れていたからな。

 だけど、寝落ちするなんていつ以来だ?

 そう言えば、大学受験のときにはこんなことが結構あったっけ。

 あと一メートルも移動すればベットにたどり着けるというのに、なぜか途中で力尽きてしまうんだよな。


 今、何時だ?

 窓の外は明るくなってるけど……。

 ああ、もう6時か。


 俺は点けっぱなしのパソコン画面の隅で時刻を確認した。

 そして、開けっ放しのチャットウインドウが動いていることに気がつく。


 スサノオさんとまったりが昨日の続きを話しているのか。

 俺もだけど、スサノオさんも相当気になっていたのだろうな。





「まずお聞きしたいのは、どうしてガチャに偏りを持たせないといけないのですか? 放っておいても確率の偏りは出るでしょう?」

「www。そっすね。偏りのない確率なんてあり得ないっす。よほど何万回も回さない限りは、多かれ少なかれ偏りはあるっす」

「だったら、人為的に入れる必要を感じないのですよ、私なんかは。運、不運は確率には付き物。人為的な操作などはかえって不公平ではないですか?」

「www。そっすよ、不公平なんっすwww。だけど、これが絶対に必要なんっすwww」

二人のチャットは、まだ始まったばかりのようだった。

 まったりの草の生えたコメントが、眠気の取れない俺にはうざいけど、とりあえず目をこすって画面を凝視する。


「必要……、ですか。うーん……」

「言うまでもないことなんっすけど、このゲームって商売でやってるんっすよね?」

「もちろんそうですよ。課金する人がいなかったら成立しません」

「じゃあ、課金する人って、最初から課金するっすか? プレイしだして間もない段階で、そのゲームが面白いのか面白くないのかも分からないのにwww」

「ん……、私なんかは、ゲームを続けると決めたら課金することに躊躇はないですが、それでも最初からはしないかもですね」

「そうっすよねwww。それが普通っすwww。だから偏りがまず必要なんっすよwww」

「はあ? すいません、よく分からないです」

「つまり、興味を持ってゲームを続けてもらうことが大事なんっす。その第一歩で、確率の激辛部分に遭ったらどうするっすか?」

「ああ、なるほど。興味を持ってもらうには、ある程度いいカードを引かせてゲームの楽しさを知ってもらわなければならないってことですか。そうでなくては課金どころかプレイさえも止めてしまうのですね」

「そっす、www」

「ですが、このゲームもそうですが、大抵、クエストとかで最低限の戦力が揃うようになっていませんか?」

「それはそうなんっすけど、最低限のものだけでゲームする人いるっすか? www」

「どうなんでしょう。ただ、いいカードを皆にプレゼントしてしまったら、課金してくれないような気もするのですが……。だとしたら、最低限のものにとどめるのも考え方かと」

「www、まあ、そういう考え方もありと言えばありっす。でも、もっと手っ取り早く課金させる方法があるんっすよ。それは、試供品を配ることなんっすwww」

「ふむ……」

「大体、持ってない人にとって、高レアリティのカードの使い心地なんて分かるわけがないんっす。だから、とりあえず一枚目は高確率で引かせるようになってるんっすよwww」

最低限のものだけでゲームをする人だと?


 どの口が言うんだよ。

 まったり、おまえのデッキこそ最低限に毛が生えた程度じゃないか。

 それでもゲームに参加しているだろう?


「まったりさん……。お言葉を返すようなんですが、まったりさんご自身が最低限のカードで頑張っておられませんか?」

「www。言われてみればそうっすよねwww。だけど、自分はかなり例外っすwww。それと、自分ほどゲーム能力が高い人間はそんなにいないっすからwww」

「はあ……」

「自分の場合は、実際に使ってみなくても分かるんっすよ。どのカードをどこに入れるとどんな働き方をするか。だから試供品はいらないんっすwww。でも、普通の人が同じことが出来るっすか? たとえばデュエルのデッキを、試してみないで持ってる中から最善のカードを選べるっすか?」

「まあ、無理でしょうね。私はギルドメンバーのデッキで必ず試します」

「スサノオさんくらいの熟練者でもそうなんっすよ。だったら、本当の初心者や、あまりゲームが得意でない人はなおさら試供品が必要なんっす」

「だから、ガチャに偏りを持たせる……、と?」

「そっす、www」

一応、筋は通ってるよ。

 ゲームを運営している会社にしてみれば、最初はサービスして、あとからしっかり課金してもらおうってことだろう。

 うん、バイト先の牛丼屋で、新規開店時にはサービスチケットを配るのと同じことだな。


 だけど、それだけのために偏りを持たせるって、やっぱり変だろう?

 サービスだったら他の方法だってある。

 それこそ、UR確定チケットでも配ればいいじゃないか。





「……というのが表の理由ですね?」

「www、さすがスサノオさんっすwww。その通りっすよwww」

「ですよね。ゲームの運営がそんなに気前がいいはずがないです」

「そっすね。運営はそのゲーム内の神っすからwww。なんでも思い通りになるんで、そんなサービスだけで手間のかかることをしないっすwww」

そうだろうな。


 ゲームの運営会社なんてのは、基本的に金を回収することしか考えてない。

 それが商売だから仕方がないと言えばそれまでだけど、どのゲームもかなりあからさまな課金誘導をするものだ。


 課金の中で一番効果が高いのがガチャ。

 そのガチャでサービスしっぱなしなんてことは、俺の体感的にもあり得ない。

 大体、もしそんなに気前がいいのなら、俺のもとにUR諸葛亮が来ないわけがないしな。


「それで、本当の理由はなんですか? まったりさんには見当が付いているのでしょう?」

「重課金者をハマらせるためっすwww」

「えっ? ま、まさか」

「www。そのまさかっすよwww。そうとしか考えられないっすwww」

ちょ、ちょっと待てよっ!


 まったり、おまえ、それは違法行為だろう?

 そもそも、おまえは確率は変らないって言っていたじゃないか。

 だったら、重課金者をハマらせるなんて出来るわけがない。

 いい加減なことを言うのも大概にしろよなっ!





「スサノオさん、ブラボーキングダムって知ってるっすか?」

「ブラボーキングダム? いえ、存じ上げませんが。ゲームの名前ですか?」

「これ、かなり昔のパチンコ台の名前なんっす」

「はあ……?」

「数字が三つ揃うと大当たりになる、いわゆるデジタル機と呼ばれた機種の一つっす」

なんだ、突然?

 重課金をハマらせる話はどうしたんだよ?


「そのブラボーキングダムなんっすけど、大当たり確率が225分の1だったんっすよ。だけど、連チャンすると止まらなくなる分、ハマリもキツイ台っした」

「……、……」

「その当時の連チャンするパチンコ台は、違法なものと合法のものがあって、違法なのは内部基盤自体に手が加えてあるんっすよ。でも、ブラボーキングダムは合法っしてね、強烈な連チャンを実現するために独特の抽選システムを持ってたんっす」

「そうなんですか。私はギャンブルを一切やりませんので、知らなかったです」

「そっすよねwww。パチンコは時間を湯水のように遣う遊びなんで、お医者さんは興味すら持たないっしょwww」

「それもありますが、私はギャンブルというものがあまり好きではないのです」

「www、それがいいっすwww。話が逸れたのでもとに戻すっすねwww」

「はい」

「ブラボーキングダムの抽選システムは、15分の1の抽選をするボックスが15個あるってものなんっす」

「なるほど、15×15で、225分の1ですか」

「そっす。でも、ボックスが15個あるんっすけど、大当たりするボックスは一つだけなんっすよ。つまり、他のボックスで抽選していてもノーチャンスなんっす」

「まあ、理論上そう言うことになりますね」

「……で、ボックスの移動にはある特定の条件を満たさないといけないんっすけど、大当たりのボックスに居続けられれば連チャンするってことなんっすよ」

「ああ、その大当たりのボックスに居続けられるようになっているのですね? だから強烈な連チャンをするのか」

「そういうことっす。逆に、ハズレのボックスにも居続けることにもなるんで、ハマるとハンパないんっすよwww」

「ふむ……」

って言うか、パチンコの話なんてどうでもいいだろ。

 俺もパチンコなんてやらないし、そもそも、ゲームとパチンコじゃ関係ないじゃないか。


 わけの分からない話を持ち出して誤魔化そうたって、そうはいかないぞ、まったり!


「ブラボーキングダムは、ボックス移動の条件が特定されちゃったんっすけど、まあ、それは今、関係ないから言わないっす。かなり大回りしたので、話をこのゲームに戻すっすねwww」

「まったりさんがわざわざパチンコ台の話を出した意図が、ようやく私にも分かってきましたよ」

「分かったっすかwww」

「つまり、ブラボーキングダムとこの三国志CVのガチャは、抽選システムが似ていると言うことなのでしょう?」

「www、大当たりっすwww」

「おそらく、まったりさんは最初からそう思って検証していたのではないですか? 偏りの出方が似ていると判断して」

「www、その通りっすwww」

「なるほど……。確率が同じでも抽選システム次第で偏りが作れることを知っていないと、いくら検証しても確率が同じと言うことしか分からないのか」

「そういうことっすねwww。ボックスの移動条件に見当がつかなきゃ、なんの意味もないっすwww」

「……で、まったりさんはその移動条件を検証によって特定したと言うことですか」

そ、そういうことだったのか!


 だから長々とパチンコの話をしたのか。

 って言うか、まったり、おまえ何歳なんだよ。

 パチンコがブームだった頃って、相当昔じゃないのか?





「まったりさん……。二つ疑問があるのですが、答えてくれますか?」

「いいっすよwww。多分、一つは答えられないことだと思うっすけどwww」

スサノオさんはなにやら考えていたようで、コメントが入るまでにしばらくの間があった。

 まったりの方も、それを待っていたかのように応じている。


「一つ目は、パチンコとゲームで似たような抽選システムになるなんてことが、実際に起りえるのかと言うことです。まったりさんを疑うわけではないのですが、ちょっと話が出来すぎに感じるのですよ」

「www、さすがに経営者っすねwww。世の中旨い話ばかりじゃないのを分かってるっすwww」

「いや、誰でもそう思うではないですか? もし、偏りを作るにしても他にも方法があるでしょうし……」

「だけど、これはある程度必然だと思うっすよwww」

「……と言うと?」

「今の三国志CVって、大当たりは一つじゃないっすか? 諸葛亮とそれ以外っすwww」

「まあ、そう言えなくもないですね。たしかにUR諸葛亮をどれだけ重ねたかでランキングが決まるようなところがある」

「だったら、諸葛亮の出ないボックスに誘導されたら、ずっとそいつは出ないのに課金し続けなきゃならないってことっすよwww」

「そうかっ! だから重課金をハマらせるためなんですね? 運営は恣意的に重課金者をUR諸葛亮の出ないボックスに誘導できるのか」

「恣意的に誘導と言うとちょっと語弊があるっすけど、概ね正しいっすwww。それと、今のパチンコメーカーって、ゲーム会社と提携してたりするんっすよ。中には合併して一つの会社になったところまであるっすwww」

「だから、抽選システムにパチンコの前例があれば、ゲームのガチャにそれを使う可能性は低くないと言うことですね?」

「条件が合えば、やらない方が嘘っしょwww。ブラボーキングダムの件は当時かなり話題になったっすからね。業界の奴なら知らないわけはないっすwww」

そ、そんなのがありなのか?


 だから俺にはUR諸葛亮が来なかったってことか?





 だけど、俺は信じないぞ!

 そんなのまったりが勝手に主張しているだけじゃないか。

 正しいかどうかなんて、誰にも分かりはしない。


 大体、そのボックスの移動条件とやらは、具体的には何なんだよ?

 おまえが本当にそれを知っているのなら、諸葛亮を引き放題じゃないか。

 だからランキング1位になれるってのか?


 まあ、言ってることが本当なら、なれるだろうさ。

 諸葛亮を重ね放題なんだからな。


 だけど、それってゲームの巧拙じゃないだろう?

 単に、偶然気がついたってだけじゃないか。


 おまえはよく得意げに、

「自分、ゲーム能力が高いっすからwww」

とかって言っているけど、そんなのゲーム能力と言えるのか?


 俺は時が過ぎるのを忘れて、パソコン画面を睨み続けた。

 いや、かなり時間が経っているのは分かっていたが、敢えて画面上の時計を見ないようにしている。


 大学の講義も、バイトもどうでもいい。

 今、このチャットを見ることが俺には最優先なんだ。


 ボックスの移動条件ってなんだよ?

 答えろよ、まったり!

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