第7話 せこいガチャの使い方

 こんな日に限って、バイトが忙しかった。

 なんでも、中国の旧正月だとかで、中国語圏の人は皆休みをとってしまうから。

 そのしわ寄せが俺のバイト先にもきていて、俺は死ぬほど忙しい目に遭ったのだ。


 特に、俺のバイト先はベトナム人が多く、シフトがスカスカ。

 だから、今日は店長と地区のマネージャーが応援に入り、俺と三人でギリギリ店を回していたんだ。


 あ、ベトナムは中国語圏ではないが中国企業の進出が凄いらしく、生活習慣がそっちになりつつあるんだとさ。


 俺としては一刻も早く帰って、スサノオさんとまったりのやり取りの続きを見たかったんだ。

 午前中、講義の最中にしっかり睡眠をとって、昨日完徹してしまったのを取り戻していたのに……。

 バイトから帰れないのでは、なんの意味もない。


 俺が家に帰り着いたのは、ついさっき。

 もう、日付が変ろうかって時間。

 だけど、急いで帰ってきたから腹は減ってるし、バイトで疲れて足腰は立たないし、おまけにまだなんとなく眠かったりする。


 それでも俺は、とりあえずパソコンの前に座った。

 コンビニのおにぎりを頬張りながら。


 晒しがあれからどうなったのか……。

 スサノオさんとまったりは、あれからなにを話したのか……。

 諸々が気になったから。





 結論から言うと、晒しの件はどうにもなってはいなかった。

 良くも悪くも……。


 7ちゃんを見た感じでは、晒したと思しき奴の新たな書き込みがなく、燃料が投下されていないからのようだ。

 書き込み自体もパラパラと言った感じで、昨日とは打って変わって話題に乏しい過疎板に見えた。


 まあ、ゲーム自体が盛り上がっていても、7ちゃんみたいなところに書き込む奴はけなすことが目的だったりするから。

 新たな燃料でもなければ話題も続かないのだろう。


 それに、もしかすると昨日の晒し自体も、実は、ごく少数の奴が書き込んでいただけなのかもしれない。

 しかし、もしそうだとすると、個人的にかなり深くまったりは恨まれていることになる。

 そう言えば、まったり本人が重課金に粘着したとか言っていたから、他のゲームで買った恨みなのかもしれない。


 ……と言うか、粘着して引退に追い込む?

 あいつ、なにをやってるんだろう。

 いつもそんな嫌がらせをしているのか?


 昨日はちょっと見直したところもあるけど、やっぱりあいつは基地野郎だ。

 晒したのはあいつじゃないにしても、晒した奴の方にも言い分があるような気がする。





 創聖の勇者のメンバー間では、晒しの件が話題になっていた。

 皆、朝方のスサノオさんとまったりとのやり取りを読んで、気ままに書き込んでいる。

 ただ、チャットに書き込んでいるメンバーの多くは意外なほどまったりに好意的で、文句を言うどころか犯人捜しを喜んでいるような節さえある。


 メンバーの一人、「さけべん」さんなどは、

「実は、晒したのは俺なんだよ。まったりさんが生意気なことを言うもんで、おしおきをしてやろうと思ってさ」

などと、かなり際どい冗談を言っていた。


 他のメンバーもこれが冗談だと分かっているので、

「だと思ったよ」

とか、

「さけべんさんこそ、おしおきしてもらえば?」

などと、軽口で返している。


 俺は、ちょっと恥ずかしくなった。

 独りで深刻に感じていたのだから。


 皆、俺より年長だからなのか、それとも晒し程度のことでは驚かないのか。

 それとも、まったりみたいなタイプが晒しをしないことを分かっているからか。

 とにかく、ギルド内に動揺する様子は微塵もない。

 今まで一緒にやってきた仲間の頼もしさにほっとした部分と、本来なら俺が皆をほっとさせなきゃいけないのに……、と思う歯痒い感覚が、俺の胸の内で微妙なコントラストを描き、その複雑な気持ちのままギルドメンバーのチャットを眺めていた。





「ちょっと話は変るのですが……。まったりさん、聞いてもいいですか?」

「なんっすか? 自分で分かることならなんでも答えるっすよ。スサノオさんの余計な情報までしゃべりそうで、自分で自分が怖いっすけどwww」

「ちょ、ちょっと、それはもうご勘弁下さい(汗)」

「www」

俺がパソコンを閉じたあと、二人はすぐに話題を変えていた。

 晒しの件は、すぐにどうこうなる話ではないという結論を下して。


 俺は一通り晒し絡みの過去ログを読み終えると、気になっていたスサノオさんとまったりの話を読み始める。


「実は、最近、三国志CVにインすると、まったりさんのデッキと練習デュエルをするのが日課になっていまして」

「www、そうなんっすか。弱いのぶっ飛ばして、ストレス解消してるってことっすかね? www」

「あはは……。そういうことではないですよ。逆に、あの程度の手材料でよくあそこまで仕上げたと感心しているくらいです」

「まあ、ああやるしかなかっただけっすwww。本当は、もっと攻撃力のあるデッキで圧倒したいんっすけど、無課金なんで仕方ないっすwww」

「いえ……。最初は私も多少そう思っていたのです。窮余の一策なのだろうと。ですから、本気でやれば三回に一回は勝てそうかな、と。実際、それくらいは勝てていましたし」

「スサノオさんのデッキなら、そうっすよね。自分のデッキのわずかな綻びも見逃さないと思うっすから」

「ですが、最近、三回に一回勝てていたのが、五回に一回くらいになっていまして。まったりさんのデュエル用デッキは常に同じ構成なのに……、です」

「ああ、そのことっすかwww」

な、なんだと?

 スサノオさんでも五回に一回しか勝てないってどういうことだよ。


「以前は序盤でうまく補助武将を倒すと、デッキのバランスが崩れて回復より攻撃が上回りましてね。その展開はなんとか勝てていたのです。ですが、最近、なかなか補助武将が落ちない。ギリギリでHPが残ってしまうのですよ」

「www、まあ、弱いながらも成長してるってことっすよ、自分のデッキも」

「成長ですか?」

「そっすwww。HRの武将が出るせこいガチャあるじゃないっすか?」

「せこいガチャですか? ああ、ライトガチャのことですか。CとRとHRしか出ないので、今は誰も回している人がいないあれですね?」

「そっす、ゴールドで回せるんで、無課金でも死ぬほど回せるやつっすよ」

「ゲーム開始当初は、皆、あれを回したものです。ですが、HRだって滅多に出ないでしょう?」

「そっすね。だいたい、3、4%って感じっすかね。だけど、ほとんどが使えないのばっかなんで、重ねられるのが出るのはその十分の一くらいっす」

「じゅ、十分の一ですか? それって、ほぼ0.3、4%じゃないですか。つまり、千回に三、四枚出るか出ないか……」

「www。まあ、そうなんっすけどねwww」

ちょ、ちょっと待てよ!

 まったり、おまえ何回回してるんだよ?


 三国志CVは同じカードを重ねることで、その武将を強くすることが可能だ。

 だから、重ねれば重ねるほど強くはなる。

 カンストは99枚だから、それまではなにがしか強くはなるのだ。


 しかし、重ねられるのは99枚だが、重ねれば重ねるほど一枚あたりの効率は悪くなっていく。

 20枚重ねるとステは初期値の約二倍。

 50枚重ねると初期値の約三倍、と言う感じに。

 99枚重ねると、初期値の約四倍にはなるが、HRみたいな低ランクカードはそもそものステが弱いので、目一杯重ねても一つ上のランク、SRの初期値の2倍に届かなかったりする。


 だから、理屈上強くなることが分かっていても、頑張って重ねるのはURかSRだったりする。

 いや、SRにしてもそんなに出現率が高いわけではないので、それほど重ねられはしないのだ。

 それを、HRを重ねるなんて、効率が悪すぎる。

 まったりが言うように約千分の一だとしたら、カンストするのに十万回も回さなければいけないのだ。


 ただ、もし、それをやったとしてもSRを20枚重ねたのより弱い武将しか出来ない。

 URと比較すると、初期値でも敵わないし。

 スキルもHRのはしょぼく、何枚重ねてもその効果が上がったりはしない。


 つまり、HRをいくら育てても労力に見合わないのだ。

 頑張れば報われるのならやるが、報われない努力をする奴はいない。


 だから、このゲームをやる多くの人間が、イベントに力を入れるのだ。

 悪くてもSRの武将を重ねるチャンスがあるし、場合によってはURの褒賞の場合だってあるから。


 それなのにまったりはHRを重ねまくっていると言うのだ。

 戦果にハッキリ顕れたということは、デッキの中のHRすべてを強化しているに違いない。





「まったりさん、それ、どのくらい重ねているのですか? まさか、カンストさせてるんじゃないでしょうね?」

「www。HRは全部カンストしたっすwww」

「ええっ?」

「1千万ゴールドくらいあったのが、ほぼなくなったっすよwww。一回1000ゴールドっすから、大体一万回くらい回したってことっすかね? www」

「まあ、たしかにゴールドはイベントでいくらでも手に入りますので、誰もが余ってますから回すことは出来ますけど……。それにしても、そんなに回さなくてもカンストしそうなものですが……?」

「そっすねwww。全部カンストしたのは3百万ゴールドくらい使ったときっした」

「ですよねえ……。それなら、あとの7000回は意味がなさそうに思うのですが?」

「www。スサノオさん、それは誤解っすwww。自分、別にHRをカンストさせたくてせこいガチャを回していたんじゃないっすよwww」

はあ?

 また、なにを言っちゃってるんだ、こいつは?


 一万回回すのだってアホかと思うことなのに。

 そんな無駄な作業をするくらいなら、イベントに精を出した方がよっぽどマシだ。


 それを、HRを重ねるためでもないだと?

 じゃあ、なんでそんな無駄なことをするんだよ。


 俺はまったりのこういうところが理解できない。


 もっと普通にゲームをやればいいじゃないか。

 結構テクニックもあるし、本人が言うところのゲーム能力にだって自信があるんだろう?

 だったら、ちゃんと課金していいカードを揃えればいいじゃないか。

 そんな無駄そうなことで時間を潰すなんて、よほどの暇人か、基地しかいないだろう。

 ……って、やっぱ基地には違いないのか。


「違うのですか? それにしても一万回も回すって時間がどれくらいかかりました? 私にはそんな苦行は出来ないですよ。カードだって貯まればいらないのは廃棄しなければなりませんしね」

「今週のイベントは報酬があんまよくなかったっしょ。自分にはまったくの無駄っすwww。だから、スルーして回してたんっす。毎日一時間くらいっすから、そんなにとんでもなく時間がかかったわけじゃないっすよwww」

「ああ……、イベントをやらなかったのですか。でも、イベントをスルーするほどの意味があるんですか? ライトガチャを回すことに……」

「www。あるっすwww。自分、このゲームのガチャに偏りがあることが気になっていたんっすよ。だから、それを検証するためにこんな面倒なことをしたんっすwww」

偏りだと?

 ガチャに偏りが出るのは当然じゃないか。


 どんな確率のものにだって、試行回数が少なければ偏りは出る。

 そんなのは当然のことで疑問を差し挟む余地なんかあるわけがない。

 確率ってそもそもそういうものだろう?


 それに、どのネットゲームもガチャは法律で確率が明記されることになっている。

 明記されたものと実際の確率が違ったら、大問題だ。


「ですが、ライトガチャを調べて意味があるのですか?」

「あるっすよ。ガチャって、大抵、そのゲーム内で課金ガチャも無課金でも出来るせこいガチャも同じ仕組みだったりするんっす。運営も面倒だから何種類もガチャの仕組みを作らないもんなんっす」

「まあ、そうかもしれないですね。レアリティごとにガチャの仕組みを変えるとも思えないですか。ただ、だからと言って、検証する必要があるのですか? 確率はちゃんと書いてありますが?」

「確率は間違ってないっしょwww。それが違ってたらやばいっすwww」

「ですよねえ……」

「なんっすけど、同じ確率でも偏りを人為的に作り出すことは可能なんっすよwww」

「えっ? どういうことです?」

「www。まだ仮説の段階っすけど、自分、かなりここのガチャがどういう仕組みか分かってきたっすよwww」

「それ、本当なんですか? 運営が偏りを人為的に作ってるって、法に触れないのですか?」

「触れないっす。……と言うか、偏りを作らないとゲームが成り立たないんっすよwww」

なにをバカなことを。

 偏りなんて自然発生的に出来るもので、人為的に操作なんかするわけがない。


 大体、そんなことをして運営に何のメリットがあるっていうんだよ。

 確率は同じなんだろう?

 だったら意味がないじゃないか。





「すいません、まったりさん。とても興味深いお話なんですが、そろそろ私も仕事の時間なので。話の続きはまたの機会にお願いできますか?」

「そっすね、www。自分もそろそろ出掛けないとやばいっすwww」

「では、落ちますね。明日の早朝にでもまたお願いします。正直なところ、私、話の続きが気になっていますので」

「www、了解っすwww。自分は明日も今日と同じくらいにインすると思うっす。だけど、ゲームに夢中になって患者さんを疎かにしないでくれっすwww」

「あはは、それは大丈夫です。私も長年やっているプロですから」

「www。じゃ、またっすwww」

ここで二人の会話は途切れていた。


 マジかよ……。

 スサノオさんじゃないけど、超気になるじゃないか。


 まったりの奴、思わせぶりなことばかり言いやがって。

 でも、話が途中になったのはまったりのせいじゃないけどな。


 俺はチャットの過去ログを読み終えると、パソコン画面から目を離した。

 なんだか急に疲れが押し寄せてきたようで、眠気が酷い。

 だけど、このまま寝ちまったら風邪でも引きかねないし、キーボードによだれでも垂らしたら大事だ。


 なんとかベットへ……。

 そう思った瞬間、俺の意識がスッと遠のく。


 そのときちょっと思ったのは、

「俺、もしかして、またゲームにのめり込み始めたのかも」

ってことだった。


 だけど、もうそれ以上はなにも考えられなかったが……。

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