第5話 晒し

「……でね、僕が負けちゃってさあ」

「……、……」

「って、聞いてる? ねえ、ジョーさん」

「……、……」

「お~い、起きてるかー?」

「あ、え? すいません、ユイさん」

いけね、せっかくユイさんとチャットしているのに。


 えっと、なんだっけ?

 あ、そうか、デュエルの話だった。


 俺は素早くログを確認する。

 そして、結構長い時間、ユイさんをスルーしていたことを認識した。


「なんかさあ、最近、ジョーさん変だよ?」

「……ですか」

「うん、悩み事があるみたい。昨日なんかも、上の空って感じだったし」

「いえ、そんなことないですよ」

「ううん、僕には分かる。だって、前みたいに自分から話を振らなくなったよ」

「うーん……」

図星だ。

 ユイさんは、こんなところだけ鋭い。


 そう、俺にも自覚があるんだ、変だっていう。

 だけど、別に悩み事なんかじゃない。

 悩む要素なんて皆無だしな。


 でも、変なことはたしかなんだ。

 あいつのあの一言が頭から離れない。


「誰も使わないだけで、超強い使える武将がすでに出てるっすよ、このゲームには……」

まったりはたしかにそう書いた。

 俺が何度も見返したんだから間違いない。


 誰も使わない強い武将?

 しかも、もう出てる?


 このまったりの言葉が、もう一週間も、俺の頭の中をぐるぐると回ってやがる。

 バイトの最中でも、ときどき思い出すし。

 おかげで、昨日なんか、牛定と特盛りを間違えて出しちまった。


 あいつはどのカードのことを言っていたんだ?

 それに、これから相棒が出るだと?


 わ、分からない。

 俺の方がキャリアも実力も上のはずだ。

 それなのに……。


「おーいっ! またフリーズかな?」

「あっ、いえ、大丈夫です」

「ジョーさん。一応、僕の方が年上なんだからね。もし、悩みや困ったことがあるなら言ってごらん? だけど、ゲームのテクニックについての話はダメだよ。僕よりジョーさんの方が上手いんだからさ」

「あはは、そんなんじゃないですよ。ちょっと考え事をしていただけです」

「僕との会話中に?」

「えっと、うーん、まあ……」

「そっか、それほどのことか。じゃあ、人間関係とかかな? リアで喧嘩でもした?」

「ぜ、全然、そんなんじゃないですよ」

「じゃあ、ゲームのこと?」

「まあ、そんなところです」

ユイさんは本当に心配してくれているらしい。

 いつもは自分の用事を済ますとすぐにいなくなってしまうって言うのに、今日はやけに優しい感じがする。


 だけど、考え事の中身が、まったりの言った本当かウソかも分からない話だと言うのが、我ながら情けない。

 ただ、あいつは確信を持って話していた。

 だから、たとえまったりの勘違いだとしても、なにをどう勘違いしているのか、俺は気になって仕方がないのだ。

 俺を癒してくれるユイさんとの会話よりも……。





 三国志CVの武将カードは、概ね4種類の系統に分けられる。

 攻撃武将、防御武将、回復武将、補助武将の4種だ。


 攻撃武将はその名の通り、突撃ターンや先制攻撃などで活躍する武将だ。

 基本的にステがよく、たいてい攻撃力がアップするスキルが付いている。

 代表例は、UR関羽。

 ただ、自らを回復するスキルが付いていない場合が多いので、軍団長には向かない。


 防御武将はデッキ全体の防御に関わる武将だ。

 主に味方の防御力を上げる。

 代表例は、俺の使っているUR曹操。

 カウンターで防御力が上がったり、マイターンごとに防御力が上がったりするが、使用者はあまりいない。

 理由は、相手の軍団長を倒さないと結局勝てないと思っているプレイヤーが多いからだ。

 ただ、防御力が高いので味方の回復武将の恩恵をうけやすいため、軍団長には向いている。


 回復武将には二タイプある。

 自身を回復するタイプと、特定の味方を回復するタイプ。

 前者の代表例がUR諸葛亮で、後者がUR司馬懿やSR孫乾だ。

 回復武将の中でもUR諸葛亮は攻撃武将も兼ねており、現在最強と言っていい。

 HPが回復すると言うことは、回復が継続できれば、武将カードのHPが無限にあると言っても過言でない。

 だから、デッキには多かれ少なかれ回復武将は入っていたりする。


 補助武将は味方の益になるスキルや、相手デッキの有利な状態を無効にしたりする役割だ。

 代表例はUR陸遜。

 他にもターンごとに回転するデッキの方向を変えたり、味方を特殊な状態にしたりするカードが多々ある。

 まったりが使っていた相手武将の攻撃力を下げるカードなんかも、これに属する。





 まったりの今のデッキは、補助武将と回復武将しか入っていない特殊なデッキだ。

 普通は攻撃武将を半分以上入れ、残りを補助武将と回復武将にする。


 だとすると、狙っている理想のデッキとやらも、同じように特殊なデッキになるのだろう。

 まあ、そうは言っても回復武将は欠かせないだろうから、あと工夫するとすれば、補助武将か防御武将くらいしか盲点になりそうなカードはないはず。


 だが、そこまでは見当がつくのだが、具体的にどれが超強い使えるカードなのかが分からないのだ。


 そんなこんなで、あれから一週間ほど、俺は頭を悩ませ続けている。

 どうせまったりに聞いても教えてくれないだろうし。

 いや、あんな奴に聞かなきゃ分からないと思われるのも悔しいので、聞くつもりもないが。





「おーいっ! またまたフリーズかな? いくら温厚な僕でも怒るよ(プンプン、怒)」

「す、すいません。今日は俺、ちょっとおかしいみたいです。申し訳ない」

「それってもしかして、あのことを気にしているの?」

「あのこと? えっ、なんかありました?」

「ううん、違うならいいんだ。あ、じゃあ、遅くなっちゃったから寝るね。お疲れ様」

「はい、お疲れ様でした」

なんだよ、あのことって……。


 ユイさん、ずいぶんと思わせぶりなことを言うじゃないか。

 まあ、でも、心配してもらって、ちょっと嬉しいかも。

 いつも、俺が心配することはあっても、ユイさんが俺を心配してくれることなんてないからさ。


 もしかして、俺のことちょっとは気にしてるってことか?

 先日、余計なことを聞いちゃったけど、それも全然気にしていないようだし。


 まったりの言ったことなんて、気にすることないのにな。

 せっかく、ユイさんと話していたんだからさ。


 俺、たしかにおかしいかも。

 ああ、もう、忘れよう。

 まったりはハッタリ野郎。

 そうじゃないとしても、俺より強くなるわけがないしな。

 ましてや、ランキング1位なんて……。

 笑っちゃうよ。





「ジョーさん、話が終わったみたいですので、少しいいですか?」

「こんばんは、スサノオさん。珍しいですね、こんな時間に」

「そうですね。老人なので、いつもはもう寝ています(笑)」

「あはは、老人は言い過ぎでしょ」

スサノオさんはたまにしかチャットに現れないが、話すときはすごく気さくだ。

 どうも俺の父親より年上らしいが、いつも言葉遣いは丁寧だし、若僧の俺に対しても見下したところがまったくない。


 バイト先の店長も、これぐらい穏やかな人なら俺も働きやすいんだが……。

 と、ついつい、思ってみたりもする。


「実は、黙っていようとも思っていたんですが、ユイさんもちょっと知ってらっしゃるようですし、ジョーさんももしかしたら気にしているかも知れないと思いまして」

「えっ? なんのことですか?」

「あら? ジョーさんは本当にご存じない?」

「ええ。さっき、ユイさんも、あのこととか言っていましたけど、どういうことなんですか?」

「ですか……。では、私から言っておきますね。一応、創聖の勇者では最古参の一人なので」

「はあ……?」

どういうことだ?


 スサノオさんはいつもこんなにもったいぶった言い方をしないのだが……。

 なんだ、何が起ってるんだ?


「その……。大手掲示板サイトってご存知ですよね? いわゆる7ちゃんねるってやつです」

「ええ、知ってはいますよ。のぞいたことはないですが」

「その7ちゃんに、この三国志CVの板が立っていまして、私もときどきのぞいているんです」

「はあ……」

「たいてい下らないことや愚痴なんかが多いのですが、たまにいい情報が載っていたりするので、定期的にチェックしています」

「俺は公式のページしか見ないので、7ちゃんはちょっと」

「ですか。では、ご存知なくても仕方がないですね」

「……、……」

「実は、その板で創聖の勇者の、このチャットが晒されてまして」

「チャットがですか?」

「はい。先日、ジョーさんとまったりさんが話していましたよね? あの、まったりさんがランキング1位になると宣言したのです」

「はあ、たしかにここで話しましたけど……」

「それが、そのまま引用されて載っていたんです。しかも、まったりさんに対して猛烈な批判もなされていまして」

「……、……」

「あと、ジョーさんについてもあることないこと書かれていて、これはちょっと深刻だと思いました。ですので、一応、報告だけしておこうと……」

「はあ……」

な、なんだよ、それっ!


 俺は、激しい怒りを覚えた。

 もう少しでキーボードをブッ叩くくらい。


 だってそうだろう?

 あれはまったりがとんでもないことを書いただけで、俺は単に聞いていただけじゃないか。

 それに、どこのどいつだよ、そんなことをするのはっ!


「あまり愉快なことではないと思いますけど、一応、7ちゃんを確認しておいた方がいいと思いますよ。私はジョーさんがそんなつもりでチャットで話しているわけではないのを知っていますし、誰にでも親切に接してくれているのも知っています。ですが、他の目があるとするなら、少しチャットも控えた方がいいかもしれないかと」

「スサノオさん、一体、俺のなにが書いてあるって言うんです? 俺、全然やましいことなんてないですよ」

「その……。ご自分で見られた方が……」

「そんなに言いにくいんですか? あとで見ますけど、とりあえず教えて下さい!」

「多分、ユイさんとのチャットを指しているのだと思いますが……。ギルマスのジョーが、女のギルドメンバーにしつこく話しかけている、と」

「俺がしつこく?」

「あ、私はそんなことないのを知っていますよ。ユイさんが質問して、ジョーさんが懇切丁寧に答えているだけですから。普通、ギルマスだからってそんなことまでしてくれないので、私なんかは感心しているくらいですけどね」

「……、……」

「ですが、晒した奴はそれを色眼鏡で見ているようでして」

「色眼鏡?」

「その……。ジョーさんがユイさんに気があるんだろうと。ユイさんの方も迷惑がっているとかってデマまで盛っていましてね」

「……、……」

くそっ!


 誰だっ!

 そんなことを書く奴はっ!


 ユイさんが迷惑がってるだって?

 そんなわけないだろう。

 スサノオさんの言うとおり、全部、ギルマスとしての親切心でやってるだけのことじゃないか。


 それに、俺はユイさんでも、スサノオさんでも、勘違い野郎のまったりでも、誰でも同じように接してるはずだ。

 ユイさんだって、さっき俺のことを心配してくれていたし。

 絶対、そんなの言いがかりだ。


 まあ、でも、百歩譲って俺がユイさんに好意を持っていたとしたって、それのなにが悪い?

 リアで逢おうって誘ったわけでもなければ、プライベートなことを根掘り葉掘り聞いたわけでもないんだぞ。

 このあいだなんて、年齢を聞いて拒否られたけど、それ以来失礼なことなんて一切言ってない。


「ジョーさん……。まったりさんについては、私も晒されても仕方がない部分もあると思うのです。なにしろ、ランキング1位宣言ですのでね。しかも無課金で……。私はそうは思わないですが、腕に覚えのある課金者なら冗談でもそんなことを言われれば愉快には思わない」

「ですよね。俺もあれはどうかと思っていたんです。だけど、ここのチャットは他には漏れないはずなので、まあ、少しくらいならとんでもないことを書いてもいいかと。だからまったりさんに注意もしなかったんですが」

「そうなんですよ。ここは創聖の勇者のメンバーしか見られませんのでね。ですが、それが晒されたと言うことは、言いたくないですが、ギルドメンバーの中に晒した者がいると言うことで……」

「あっ! そうですね。そうか、このギルドの中に……」

ショックだ。

 言われてみれば、創聖の勇者内の誰かしか可能性としてあり得ない。


 だけど、一体、誰が……?

 今までずっと一致団結してやってきたじゃないか。

 それなのに、今になってどうして晒しなんか。





「すいません、ジョーさん。不快な気持ちになったのではないですか?」

「あ、いえ……。スサノオさんが謝ることじゃないです」

「私としては、放っておくのが一番かと。相手にしなければエスカレートしないでしょうし。あと、まったりさんに過激な発言は慎むように仰っていただければ、沈静化していくのではないでしょうか?」

「ですが、気になるので、一応、7ちゃんはのぞいて見ますね。ユイさんにも迷惑がかかっているみたいなので、謝っておかないと」

俺の腹には、言い知れぬ怒りがふつふつと湧いている。


 だが、ここでそれを見せてしまったら晒した奴の思うつぼのような気がするので、努めて冷静に話しているつもりだ。


 こんなとき、スサノオさんの大人な対応が頼もしい。

 他のメンバーからこれを聞いたら、もっと感情的になっていたかも知れない。


 そうだな。

 スルーするのが一番だ。

 こんな嫌がらせが続くわけもないし、事実無根なのだから誰も信じるわけがない。


 だけど、まったりのことは事実だからなあ……。

 あいつについては、スサノオさんの言うとおりがいいかも知れない。


「では、これで落ちますね。もう、老人は眠くて眠くて」

「すいません。でも、教えてもらって助かりました」

「いえいえ、できれば皆で楽しくやりたいだけです。ジョーさんのギルマスとしての献身も知っておりますからね」

「スサノオさんにそう言っていただくと気が楽になります」

「では、これにて……。またなにかありましたらご報告いたします」

「おやすみなさい」

そうは言ってみたものの、俺の怒りはおさまらなかった。

 無性になにかを蹴りつけたい衝動に駆られる。


 だが、俺の部屋にちょうど手頃な対象物はなく、怒りはどこにもぶつけようがない。


「誰が……」

そう独りで呟くと、ベットに荒々しく仰向けになった。

 そして、真っ暗な天井を睨みつける。


 ただ、そんなことをしても、俺の気は一向に晴れなかったが……。


 俺の視野の片隅に、三国志CVの画面を開けたままのパソコンが煌々と光っていた。

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